2017/3/3, Fri.

 ベランダに出ると、空気が緩く、肌に触れる陽射しの柔らかさにも春の感が立つが、洗濯物を取りこむあいだに風が動くと温もりが涼しさへと転じ、さらに吹けばやはりまだ冷たさが残る。畑を囲む斜面に低く生えた梅桃[ユスラウメ]の、手指をやや湾曲させながら手のひらを広げたようになっている枝に花がひらいて、珊瑚色が引かれたなかにまだひらかぬ蕾の固く締まった紅褐色が点じられ、混ざっているのが、女人の髪飾りや着物の装いを思わせてふたたび春めく。

               *

 往路。坂を上って行きながら、正面の空の青の色合いが、二月中に同じ場所を同じ時間で通った時の目の記憶よりも明確に密度を増して濃くなっているように見出す――市街の方に乗った雲の下端にも、淡紫の色味は少ないのを見れば、三月に入って途端に日が伸びたような気味に見受けられる。しかし鼻先を擦る空気は冷たく、まだ固さを持っている。街道から家間に覗く空の果てが淡さの極みで紫にくゆっているのを、中学校の、古びて無機質な白さの校舎を前に見通すと、言葉にならぬ印象が胸中に滲んだ。道に沿って正面の方向に浮かんでいる雲の塊は、灰に青に紫陽花色が複雑に混ざり組み合った上から陽が僅か乗って、濁りながら黄ばんだというよりは、そんな言葉があるのか知らないが、「赤ばんだ」ようになっているのが、古物の趣を帯びていた。

               *

 帰路、変わらず空気は冷たい――日中は春の匂いが如実に香って空気がほぐれても、遅くなるとまだまだ冴え返る早春である。途上に低く、山の傍に、下向きに弧を描いた細三日月が、やや熟したような色で浮かんでいたが、街道に出た頃に気づくと、見えなくなっていた――家の並びや木々に隠れるほど、地に近かったのだ。夜空は暗く、裏道で見上げれば電線がそのなかに溶けこんで、黄と緑の色味を含みながら点々と並んでいる街灯が、光の糸をひらいて視界に斜めに掛けてくるのが、目につく。

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2017/3/2, Thu.

 往路、雨降りの日である。肩口は上着に守られて温もるが、外気の摩擦が鼻先に強く、冷たい。街道との交差点の脇の、ガードレール沿いに生えた紅梅は、枝を端から端まで膨らんだ花に装われて堂々と、揺らがずに静まっていた。表通りに出ると、風の動きが活発になって、走り去る車のあとから水飛沫も舞っている。向かいへ渡ろうと振り向き振り向き機会を窺っていると、前後で路面の色合いが異なるのに気づいた。背後の西は、空の際が青く籠もっていて、それが反映された道の上も、中空も青味を帯びているが、行く手の東側に伸びて行くアスファルトには一面石灰色が敷かれて、舗装し直されたかのようであり、白く濁った空がその色のためにかえって、西側よりも明るいようだった。

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2017/2/28, Tue.

 往路。空は坂に沿って並ぶ木々の毛細血管めいた枝振りをその上に黒く刻印されながら、軽い水色に広々とひらき、低みではそのまま和紙の淡紫に移行している、晴れた晩冬らしい夕刻である。コートの下の身体の方には冷気がさして伝わって来ないが、真正面からやって来て顔を擦って行く風に、頬や鼻の周りの肌ばかりが無闇に冷たいのに悩まされながら道を行った。

               *

 帰路も、ここ最近では久しぶりに冷たさに寄った夜気で、たまには車の光でも見ながら歩くかと表の通りに出た。空気は夕方に比べると動き少なく、ほとんど止まっているようで、道端の、通りがかりの家の足もとで褪せている草の先も揺れない。往路ではいくらか掛かっていた雲は消えたらしく、街灯の合間から見上げる空はいかにも黒々と、偏差なく磨きこまれたような風情で、星も薄く灯っているなかで、地上の道路では、タクシーが客を送って帰って来たのとよくすれ違い、鼻面を黒く沈ませて二つ目だけを露わに光らせながら滑ってくるのが、機械というよりは何かしらの生物――イメージをより限定すれば、巨大な虫だろうか――のようにも映った。裏道の坂の上に至ると、西は変わらず黒いが、市街の上空の低みまで見晴らされる東の方は地上の光が混ざるのか、かすかに色が薄らんでいるのが見て取れる――青味のどこにも窺われない、黒髪に籠められたような夜で、下りながら見上げた木々の、まっすぐ屹立して星を隠さんとする突き出しの先端が、夜空に溶けこみがちだった。

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2017/2/26, Sun.

 図書館に行って、『失われた時を求めて』の最終巻を借りて来ることにした。一時四〇分頃に出発した。正面から風が渡って来て、顔を包みこむ感触が、前日と比べてやや冷たかった。空には雲が多く、陽が射す時間もないではなかったが、長くはない。とは言え、鞄を持った右手がそう冷えるわけでもない。日曜日なので裏通りには、散歩やらウォーキングやらをする人が多く見られた。道を進んでいるとすぐ傍の木の葉鳴りが脇に沿って来て、鵯か何かの鳥が二匹、雲の明るめの白を背景に空中を横切ってその木に渡るのも見えた。本を借りてのちの帰路は街道に出たが、風は収まって、雲はより多くなり、西空に広く掛かったものは青くなって、水で良く溶かした墨の感触がなかにあった。

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2017/2/25, Sat. 

 外出したのは午後七時を過ぎた頃である。既に暮れきって空は薄黒く、雲が染みのように湧いて、合間に覗く星の光もそれほど明瞭ではなかった。坂を行くあいだ、斜面の下のほう、川の近くのどこかの木で鳴いているのか、鳥というよりは虫の声のような短い囀りが昇って来て、秋の暮れ時を思い出すようだった。比較的温暖な夜で、正面から来る風が身を包みこんでも寒さはなく、顔も膝頭も涼しいくらいで、出る前に入浴で温まった身体の温もりが、コートの下の両肩には留まっていた。公営会館の裏まで来ると人出が多く、俄かにあたりが賑わっているのは、催されたコンサートの帰りの人々らしい。道の端に停まった車の周りに人が集まっていたり、こちらの前では老婆二人が互いに支え合うように歩いたりしながら、皆口々に話しているなかに横の通りの奥から赤ん坊の泣き声が渡ってくるのも相まって、宵闇が活気づくようで、祭りの雰囲気と赤提灯の明かりを眼裏に何となく連想させた。

               *

 帰路は雲がかって白濁しがちの空の調子も、空気の感触も肩口から身内にわだかまる温もりも行きと変わりなく、腹の軽さだけがそこに追加されていた。

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2017/2/24, Fri.

 五時頃に散歩に出た。川へ行くことは決まっていた――一年か二年か、随分と久しぶりのことである。もう少し早い時間には陽も出ており、本来ならその頃合いに明るい川辺を気分良く歩きたかったところだが、諸々の事柄に時間を浪費してしまったあとで、いまは曇り空が暮れ掛かっており、空気もやや冷たかった。河原にはほかに誰の姿もなかった。水の方へと近寄って、寄せてくる漣の間際まで行き、少々立ち止まった。裸木の骨組みが表面に張り出した対岸の林からも、反対側の、砂色の枯れ薄の茂った方からも鳥の声がしきりに立ち、空間に響く。それから、水辺を離れて陸地を端に向かって歩きはじめた。周囲は林の壁で囲まれ、区切られているものの、陸も長く、空は広い。表面はほとんど一面、雲が埋めているが、ほつれたガーゼのようにところどころに隙間が生まれ、そこから薄水色が覗いており、分かれた縁には僅か、夕暮れの明るみが差し掛かってもいた。流れのなかには一箇所、巨岩が鎮座した場所があって、その周辺では白渦とともに轟々と鳴りが高まっている。そこを過ぎてさらに先に進むと、川面は緩やかになって、遠くから先の厚い響きが流れてくるのにかき消されることもなく、ささやかな水音を立てていた。自分の立っているあたりを境にして、背後、西側の水面は底が透けて、錆びついたような鈍い色に沈み、その上に無数の引っ掻き傷めいた筋が柔らかく寄って渡るだけだが、境のあたりから流れの合間に薄青さが生じ、混ざりはじめて、前方の東側ではそれが全面に展開されていた――空の色が映りこんでいるのだが、雲の掛かり、時間も下って灰の感触が強くなった空そのものよりも遙かに明度の高く透き通った、まさしく空色である。水面は鏡と化しながらも、液体の性質を保って絶え間なくうねり、反映された淡水色の合間に蔭を織り交ぜながら、青と黒の二種類の要素群を絶えず連結、交錯させて止むことがない。視線をどこか一部分に固定すると、焦点のなかに、無数の水の襞が皆同じ方向から次々とやってきては盛りあがり、列を乱すことなく反対側へと去って行くのが繰り返されるのだが、見つめているうちに地上に聳える山脈の縮図であるかに映ってくるその隆起は、すべて等しい形のように見えながらも、まさしく現実の山脈と同じく、一つ一つの稜線や突出の調子にも違いがあり、言語化など不可能なほどに微妙な差異を忍びこませながら、それを定かに認識して意識に留める間も十分に与えないうちに素早く横切ってしまう――その反復のさまは、催眠的と言うに相応しかった。岸の際あたりに視線を移すと、自分の立っている石の敷き詰まった陸地が一瞬、僅かに回転するような錯覚を起こす瞬間すらあった。行き止まりになった岸の端からしばらくそうした様子を眺めてから、その場を離れた。暮れが進んで、頭上の雲には綻びも少なくなって、空気は先ほどよりも灰色に暗んでいた。戻る脚が自然、河原にごろごろと転がって起伏を作り、地面の平板さを乱している石の上を辿るようになって、思いがけなくも歩みに、平衡を崩すまいとしながら同じようにして遊んだ幼時の足取りが宿った。

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2017/2/23, Thu.

 往路、コートを着ずにジャケットのみで出たが、問題のない陽気だった。坂を行くと林から、鼻に掛かったような音色で高低の二音を行き来し、嘲弄的な笑い声を思わせる鳥の鳴きが降ってくる――あるいは、ゴムを擦り合わせたような摩擦の感触も響きのなかに強いのだが、この声は近頃よく耳にするものの、何という鳥のものなのか一向に知れない。街道に出たところでいつものように西に首を向けると、山の稜線に触れるか触れないかで浮かぶ雲が、滑らかな断面を下から照らされて白橙に明るんで固化したようになっているのが、雪花石膏の具合だった。朝方に雨が降ったあと、日中は一時晴れ間も見えたようだが、今はまた雲がぐずぐずと、良く煮えた果肉のように形を崩しながら連なって青紫を帯び、下地の淡水色が露わになるのを妨害していた。気温が高めなためか鳥たちの活発な夕方で、駅の方まで来ると、周囲の家々の合間から声がしきりに立ち、一度などは、つがいだろうか目の前を二匹が連れ立って空を切り、アパートの窓先に掛かった柵のあたりに突っこんで行ったが、鳥の体が小さいことと、あたりが既に仄暗くなっていたこともあって、柵に溶けこんで行ったかのように、目を凝らしてもその姿が視認できなかった。同じ種のものが何匹か、丁字路の突き当たりの、塀に囲まれた庭に飛びこんで、玉を跳ね回すように鳴き声を弾かせ、空気をかき混ぜていた。角を曲がると、そのあとを追って、別の家の垣根に移り、軽く小さな鳴きではありながら、高速の連打を激しく聞かせていたが、その姿形を定かに見ることは叶わなかった。

               *

 帰路、行く手の西空は暗く、家屋根の輪郭線はそのなかにぼやけている。頭上から東に掛けては雲がなだらかに続いて一面を埋め、白く濁っているのが、仄かに明るいようでもある。見上げた視線を反転させて落とすと、通りの静寂が頭に染み入るようで、自分の靴底のゴムが収縮する摩擦音が耳に立った。右足を踏み出したあと左が追って前に出て、右が後ろに送られての再度の蹴り際に鳴るのだが、それを確認するようにして歩調を緩め、一歩一歩をゆっくりと踏みながら道を行っていると、頭では別のことを考えながら歩みが滞りなく続き、ちょっとした踏みの調整や方向転換も難なく済ませて、平衡を崩すこともなく鷹揚と動けているのが不思議なように思われた。寒さの和らいだ日なので、大層久しぶりにジンジャーエールのボトルを自販機で買い、右手に持って帰ったが、握ったその手指に冷たさというほどの感触は一点もなかった。

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