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2017/4/10, Mon.

 往路。この日もまた薄灰色の、雨が落ちてもおかしくなさそうな空気の風合いだったが、結局降ることはなかった。気温はやや下がって、コートもマフラーもつけずに出ると顔に当たる微風がちょっと冷やりとするが、歩いているうちにそれも紛れた。坂の入り口で右にひらき下る細道の中途に立った桜は、目を凝らせば紅の風味が瞳に触れるが一見してはほとんど白で、清潔に膨らみ、曇り日で背後との対比も弱く、実に柔らかい。街道沿いの小公園の三本は盛りだが、薄暗さのために前日と同じく、花色のなかにちょっと鈍さが混ざっていた。裏を行くあいだ道の先に、鳶が数匹集まって森の縁あたりを飛んでいる姿が見え隠れする。林の奥の方に行って見えなくなっても、ひゅるひゅると回転する声だけがしきりに降ってきて、同じ一匹らしいが、間を置かずに連続して、随分と鳴きつのる時間もあった。背後を向くと白い空のなかに陽が溶けていて、マンションの最上階の窓の端をかすかに彩るくらいの、仄かな明るさはある。

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2017/4/9, Sun.

 午前から雨が降っていたが、四時半に近づいて出る頃には止んでいた。路上には濡れ跡が残っており、流れる空気のなかにも湿り気がやや籠ってしっとりとしている。車が行き交う街道のアスファルトは既に乾いていた。桜が至る所で盛りを迎えている――街道沿いの小家の前に置かれたささやかな木は、ほかのものから先立って既に葉桜に移行しかけているが、その先、小公園に立った二、三本は満開の風情で、通りの向かいで家先に出てきた女性が、連れた幼子の関心を促していた。枝の隅まで泡のようにして縁取り膨らんだ花の隙間から覗く空は、薄紅色との対比で僅かに青く見えるような気がする程度で、一面薄灰色に均されており、仄暗さを被せられて花色も艶は弱い。裏に入ると風はほとんどなく、顔に触れるものも軽く、音は表から車の音が入って来て、反対側の林の奥から鵯の鳴きが漂うのみで、広い静けさのなかで自らの足音が立つ。四手辛夷を行く手に見た瞬間に、花の白の裏に緑色が混ざりはじめているなと視認された。二階屋の上に届く白木蓮はもう大方褐色に崩れて、さながら花火の燃え殻である。寺の傍まで来ると枝垂れ桜の、二本あるうちの、森に接したほうの一本が明度を高めて、いくらか浮遊するように軽くなって、それまでの紅色にはなかった品の良い甘さが混ざっているのが片方との対比で良くわかって、そうか桜というのは、盛りを迎えるとこのように、自ずと色が明るんで菓子のように、香るようになるのだなと、今更なことを思った。

               *

 最寄り駅に着く頃には七時前で暗んでおり、ホームに降りた時にはここにも桜があることを忘れていて、闇に沈んだ反対側の丘の方を向き、宵に掛かりながらも青みのかすかに残っているように見える暗色の空に目をやっていたが、通路を抜けると暗中で淡紅に柔らかく膨らみ枝を埋め尽くしているものが、繭のような、と映った。まさしく盛りで、足許には花びらが無数に散って白く点じられている。いくらか冷えた空気のなか、木々に囲まれていて路上に湿り気が残っている坂を下ると、公営団地の敷地の端から伸びる桜も満開だったが、街灯を投げかけられて一つ一つの花の区切りを定かに浮かんだこちらは白く固まったようで、掴めば粉に崩れる硬い細工の印象を得た。見ているうちに団地の方から、小さな爆竹を破裂させるような音が連続して聞こえて、人らの気配も漂ってくるのに歩き出すと、こちらのいる道からは一段下がった団地の入り口あたりに、これから出かけるらしい数人がいる。母親らしい最後尾の女性のあとを追って女児が何かを届けに来て、快活に仲良く言葉を交わしていたが、サンダルか何か角の立ったらしい履物で住宅の階段を次々下りる際の反響が、先ほどの音の正体だった。

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2017/4/7, Fri.

 往路、午後五時。前日と同じように気温が高くて、微細な羽虫が空中を飛び交っていた。空は青を湛えてすっきりと晴れたなかに夕月の、下端だけ消えて表面の模様もよく見えるのが白く露わに浮かんで、南の方にただ一筋だけ、雲が引かれて、丸みを帯びた部分部分が繋がったようにして横にまっすぐ伸びているのが芋虫めいていた。風の動きもそれほどなく、止まれば肌に馴染んで同化し、触れられている感触もない春の空気の軽さである。裏通りを行くうちにあたりに薄く漂う陽の感触に気づき、まだ声の高めな中学生の、白い野球服を身につけたのが三人、自転車で追い抜かして行ったあとから振り向くと、落ち陽が稜線に掛かって山を円くえぐっているところで、前に向き直ると横の家塀に映ったこちらの影は、半紙に水で文字を書いた時と同じ淡さだった。先日から何やら工事の始まってシートに包まれた二階屋の隣の白木蓮は、もうあちらこちらを茶色に枯れ萎ませて老いの坂を駆け下っている。いつも通り鵯の声の林のなかから響くあたりまで来て、寺の枝垂れ桜の桃色に横目をやりながら過ぎると、行く手に突き当たる家屋を越えて現れた駅前のマンションの高層階が、先日も同じような場面に行き会ってその時は窓が落日の金色に浸っていたが、この日はガラスのみならず建物の表面すべてが、地の黄褐色を新しく塗り直されたように明るんでいた。駅前に出ると陽の感触は下層階の方に移っており、壁色にいくらか艶を帯びさせながらもその明るさのなかの端々に古い黒ずみを浮き彫りにし、歳月を経たもの独特の風情を抽出して露わにしていた。

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2017/4/6, Thu.

 往路。午前には旺盛な陽があったが、昼過ぎから雲が広がりはじめて、あたりが薄鈍色と化した午後五時である。それでも最高気温二〇度とあって、風が流れても肌寒さは微塵もなく、今年初めてストールを巻かずとも済んだ。空気の暖かさのために一挙に湧いて活発化したのだろう、細かな羽虫の群れがそこらじゅうに湧いていて、道行きに終始ついてきて、視線をどこに向けても宙を飛び回るものが目に入り、顔や服に触れないまでも常にそのなかに包まれているような状態である。街道沿いの古家を過ぎると、小公園の桜もさすがにもう花開きはじめており、空中に薄紅の絵の具を粗く点じられた風情だった。風は丘から鳴りが立つほどではないが、時折通って、近場の木々の葉群れを撓ませ、そよぎを道に添える。家を発ったころはまだしも青さが残っていた雲も灰色に落ちて、あたりが鈍く沈んだなかで寺の枝垂れ桜は色艶が足りないが、桃色を塗られて上から下へと流れており、ほとんど緑しかない森の木々を周囲にそこだけいくらか明るんでいた。

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2017/4/5, Wed.

 光の溢れる屋内に出た途端に、空気のなかに染み渡った朗らかな匂いが鼻に入って来て、乳のような、と思った――無論、牛乳の匂いなどしていないが、何の香りとも言い難いものの温もった大気のなかに広がって鼻孔をくすぐるものがあるのは確かで、乳の比喩が浮かんだのはそのまろやかと言うべき質感のためだろう。本格的に春めいて気温の上がったここ数日は、道を行っていても、土や植物の香りが溶け出すのか、やはり何ともつかない物々の匂いが空気中に浸透している感じがする。モッズコートはもはや不要で、シャツの上にデニムジャケットを羽織ればそれで快い陽気である。車に乗って駅へ行き、叔母を拾ってから墓へ向かった。墓場の入り口脇には白木蓮が咲いていて、ここにあるのは確か海棠だと思っていたがと記憶の不一致に訝しみながら、裏通りのものよりも背が低いが花は大振りで、花弁の底に細かく粒だった蕊の集まりが覗けているのを眺めた。墓掃除をし、花を入れ替えて、線香と米を供えて拝んだあと、母親が余った水を通路に撒くと、足もとに一気に白い照りが広がって、完全に均されてはおらずいくらか凹凸のある石畳の内に水が浸透していくその一刻ごとに、泡の破裂する音かぷつぷつと鳴りながら、新たな白さがあちらこちらで生じて密度を高めて行くさまを気付けば見つめていた。

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2017/4/4, Tue.

 往路、最高気温は一七度の、緩くほぐれた春日である。左右を木々に囲まれた坂を上って行き、平らな道に出たところで、西から射しこんで顔のあたりに掛かる光の明るい温もりに、匂うような陽だ、と思った。街道を歩いていると、古家の前の低く小さな桜木はもう大方花をひらいてその下には葉の清涼な薄緑もあるが、表に面した小公園に立つ高い木の方は、枝にある色はまだすべて蕾の赤褐色である。裏通りから、前日と同じく丘の表面が細かく蠢いているのが見えるが、風はこの日はそれほど寄せていないようで、鳴りは地上に近い森の縁からしか立たない。並ぶ家に沿ってその裏に伸びる線路を越えて向こうの、林の最も表側の木々がいくらか音を立てているのを見やっていると、その上空、澄んだ青のなかに、まだ年若い鳶だろうか、翼を広げても端から端までがそれほど大きくないが、鳥が四匹、悠々と旋回する姿が現れて、見上げているうちに、例のくるくる巻きながら落ちるような、長閑な鳴き声も一度降ってきた。色濃い晴れ空の果てには、形は見えるけれど物量の感じられない、ぺらぺらに圧縮されたような雲が貼られていて、明るい部屋の壁に投影された写像の稀薄さだった。寺の付近まで来ると、以前から視認してはいたが、林の縁から一つ奥に入ったところに、表の木に見え隠れしながら、あれも桜だろうか、鮮やかな鴇色の花を戴いた木があって、この日はその色が殊更に目を惹き、鵯もいつもはそれを隠している方の木の樹冠に飛んでいくのを見かけるが、この日は少し奥から鳴きを聞かせるようだった。

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2017/4/3, Mon.

 往路、風が強いという話だったが、玄関を抜けたところで身に寄ってきた大気は柔らかで、薄布に触れられているような感じだった。道を行くうちに確かに風が厚くなる時があって、木々のなかを搔き回すらしく大きな葉鳴りが膨らむのだが、その流れが顔に寄せてきても冷たさに結実することはないくらいに暖かな日和である。空模様は曖昧で、街道に出るあたりではまだ行く手にこちらの影が薄く生まれ、そのすぐ傍を鳥の分身が掠めて通ることもあったが、のちには空に白さが勝って、西では太陽が光を留められながら一層白くなっていた。ひらいている桜はまだ僅かである。裏道を行きながら路上に視線を落としていると、その前から耳には入ってきていたはずだが、何かの立ち騒ぎが聞こえるのに聴覚が不意に焦点を合わせて、それと同時に丘が風に鳴らされているのだと認識が追いつき、随分と鳴るものだと驚いて目を上げた。裸木もあり緑木もあり、赤みがかったような木もあり、さまざまな色味の木々が継ぎ接ぎのように組み合わされながら全体としてはまだ鮮やかさの少ない森の表面が、細かく蠢いていた。二階屋を越える白木蓮は、一方では褐色に侵食されきった花があり、古くなった花弁が地にいくらか散らばってもいるが、他方ではまだ淡黄に固まって艶を帯びたものもあって、後者が目に入ると何か新たな感じがした。寺の枝垂れ桜は、蕾の赤味のなかからもう少し目に派手な、紅色がところどころに萌えはじめていた。

               *

 屋内にいるあいだ入り口の扉がひらくたびに、聞こえてくる車の音のなかに水っぽさが混ざっていたので雨を思っていたが、午後八時になって帰る頃には降りはなくなって、道が薄く湿っているのみだった。それほど降ったわけでもないらしい。雨が通ったあとでも空気の質は日中とあまり変わらず、冷たさが固まることはない。雲は流れて空には青さを背後に三日月と星が灯り、裏通りの路上は水気がまだ残って道の灯がその上に吸着され、粉をまぶしたように淡く黄緑に光っていた。表の道路はもう乾いていて、車のライトも溶かされて伸びることもなく、普段通りに、布を掛けたように道の上に落ちるのみである。

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