2016/9/21, Wed.

 早い時間から目覚めたようである。覚えているのは八時の目覚めで、この日は両親が草津へ旅行に出かける予定だったのだが、九時頃に出るつもりが寝坊をしたのだろう、母親が慌てたような声を発しながらどたばたと起きたのにこちらも覚醒を得たのだった。夢を見ていた――前日に見た『境界線上のホライゾン』のキャラクターが出てくるものだったはずだが、詳細はもはや知れない。床を抜けて記録する気も起きずにふたたび眠りに落ち、そうして起床は一一時一五分を待った。空は白いが、台風は去ったようで雨は消えている。携帯電話を使って目を冴えさせたあと、便所に行ってきてから瞑想を一〇分行った。そうして上階に行くと、もう正午である。台所には焼き鮭が置かれ、鍋には即席のものに葱を足しただけの簡易な味噌汁があった。それらに前夜のカボチャを加えて飯を食い、新聞記事も追うと下階に帰った。時刻は、一時頃だったはずだ。そば茶を飲みながらインターネットを巡回し、歌を歌って、一時半になったところで便所に立ち、先に歯を磨いてしまうことにした。椅子に腰掛け、日本史の問題集を確認しながらゆっくり時間を掛けて歯磨きし、その後、二時から書き物を始めた。BGMはEric Harland『Voyager: Live By Night』である。この作品は聞くまでもなく充実作だとわかっていたので、勿論売る気にはならなかった。それで一時間弱を掛けて前日のことをまったくの冒頭から書き付け、この日のものも僅かに記して、三時である。職場で日本史を担当するのは、毎週火曜日のことである。前日は、残念ながら延期となったものの、元々知人と会う予定があったために休みにしていたが、その分の授業はどこに移動するのかと職場にメールで聞くと、予想通り今日だと返っていたので、問題集をひらいて扱うであろう箇所の確認をした――と言っても、たかが一七分程度の話である。三時半が迫ると服を着替えて、用語集と一問一答を小型鞄に入れて上に行き、身支度を済ませると出発した。雨は降っていなかったが、湿った涼しさの頬にかすめる夕刻で、風が止まれば身体を囲む感触が軽く、何の抵抗もなくて具合の良い気候だが、大気が動いて肌に擦れるとベストが恋しがられるような青い秋日だった。裏通りに入るところで民家のサルスベリに目をやった。花の時も終わりに向かい、加えてそこに台風に襲われて大層落ちているかと思いきや、確かに低い位置では花が寂しくなっていたが、高みの枝先にはまだ紅色が、風雨にも耐え、小さな円を作るかのように寄り集まっていた。そろそろ最後の落花だろう、と思いながら過ぎて、鞄を気楽な風に抱えながら、そう急ぎもせずに余裕のあるリズムで歩いて行った。駅前に出ても、いつもより時間が一時間半ほど早いためか、街路樹に群がる鳥の鳴き交わしはなく、黒い点がいくつか集合しながら、マンション上空のくすんだ空の表面を円を成して滑っているのみだった。労働を済ませると、八時過ぎに退勤した。秋虫の声が道端の木から旺盛に放たれていた。駅入口から覗くと、電車まで六分というところだったが、徒歩を取ることにして入らず過ぎ、裏通りに入った。雨が軽くぱらついていた。すぐ後ろには酔漢らしき二人がついて、買い物をしたばかりのコンビニの店員に、酔っ払いであることを嫌がられはしなかったか、と些細な被害妄想じみた考えを洩らしていた。殊更に足を早めず、こちらのペースを変えずにゆっくりと歩いたが、次第に二人との距離はひらいていき、さらに途中で道が別れたようで、彼らの気配はなくなった。雨はそう強いものではないが、路面は既に隅まで濡れており、道の先へと視線を送ると、街灯の光が路上を斜めに渡って、鈍いような薄金色を柔らかい形で走らせているのが見て取れた。白線の上を辿ってみても、遠くから足もとまで伸びてくる光の薄色がその上に重なって、直線的な帯の輪郭を不規則に左右に拡大して、リアス式と呼ばれるような海岸線めいて細かな波打ちを描かせているのだが、そのさまはこちらも白線を踏んでまっすぐ相対していないと生じないもので、少し横にずれて水の淡く溜まったアスファルトの上に立つと消えてしまい、そうすると白線自体も光の力を失って暗がりのなかに沈んでしまうのだった。弱めの雨を降りかけられながら帰宅し、居間に入ると食卓の明かりを灯した。着替えを済ませてくると、ラーメンを作ることにした――兄が函館の土産として送ってきたものである。玉ねぎとキャベツを先に切って茹で、その後に麺、そして良い頃合いになるとハムとゆで卵を加えて少々熱し、丼に作っておいたスープに加えたのだが、野菜の量が多すぎて縁から落ちんばかりに盛りあがり、大層不格好な形になった。それと、冷蔵庫にあった鮭を温めて食い、食後にそば茶を啜りながらマルセル・プルースト/鈴木道彦訳『失われた時を求めて 6 第三篇 ゲルマントの方Ⅱ』を読んで一〇時を迎えた。片付けをして、腹がこなれるまでちょっと待とうと下階に戻ったが、するとギターを弾きはじめてしまった。久しぶりにアンプに繋いで音を出していると、一〇時半を過ぎてしまい、それから入浴に行った。出てくると一一時、笑わせるような動画を眺めて、この日の終わりも目前になると、英語を読みはじめた。四〇分当たってから今度は読書だが、しかしこれはすぐに切り上げて、そのあとポルノを閲覧し、射精をして性欲を解消した。後始末をしたり手を洗ってきたりしてから、そば茶を用意してきて、再度読書である。途中で寝床に移り、少々冷やりとする夜気のなかで一時間ほど読んだ――すると三時である。二時半には床に就きたかったところが、前日と同様、就寝時間を早めることができず、かなり眠気と疲れも迫っており、久しぶりに歩いたためか左脚の肉も疼いて、瞑想をしても四分しかもたない有り様だった。