2016/12/9, Fri.

 顔を上げて一息つくと、ベランダに続く窓のカーテンの隙間から、光が射しこんでいる。畳んだ掛け布団の、青白緑が帯状に描かれた模様の表面に宿って、陰影を伴う布の襞を際立たせているのを見ていると、認識の縮尺が刹那乱れて、山脈の連なりのようにも映る。光の当たったその部分だけがガラスに映りこみ、ベランダのほうに飛び出たように見えるのだが、そのガラスはといえば、もうおそらく何年も掃除をしていないから、斜めに走った光の帯によって、表面の、土埃による激しい汚れが露わである。一面粉っぽく染まっているなかに、ごく小さな虫の死骸か何かか、白い塊が時折り落ちているのが、砂浜を上空から見下ろした時の貝殻めいていた。外は青さのどこまでも広がる晴天で、近所の屋根がてらてらと輝いている。ぼんやり見ているうちに、ベランダの向こうの端、柵から物干し竿に向けて蜘蛛の巣が掛かっているらしいのだが、止まっていると空気に紛れて視認されないそれが、風に吹かれて撓むときだけ、こちらの瞳のほうへと光を跳ね返して部分的に姿を現す――しかも、糸に宿った断片的な白さがするすると、綱を登る人間めいた不規則なリズムで下から上へと、滑っていくのが面白かった。

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 アイロン台を炬燵テーブルの上に置いて準備をすると、すぐ傍に母親のものらしい、黒革の小さなハンドバッグが置かれている。窓から射しこむ光が鱗めいた革の表面に撒き散らされるとともにまた、ファスナーのほうにも広がって、鈍い金色の歯の一つ一つが輪郭を膨張させて丸みを帯びている。円状の金具の上にも光は宿り、アイロンを操りながらそれを見つめていると、輪っかの上の二箇所で向かい合う輝きの、激しく周囲にその棘を押し広げたのが、こちらの動きに合わせて、あくまで相対を崩すまいとしながら円周上をちりちりと、揺れながら移動してみせる。

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 空の澄明な黄昏で、深縹色のなかに月は右側に孤を描いて浮かんでいる。裏通りを行っていると、あたりに人もいなくて物音が途切れた時があって、その一瞬に林のほうから、風の音なのか何なのか、直線的に走るような幽かな響きが洩れ聞こえてきて、それで途端に、自分の靴音がそのなかで固く刻まれる静寂が強調された。

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 一〇時一〇分の直前くらいに退勤したはずである。夜空は先ほどから変わらず澄んで藍色が満ち満ちており、半月は孤を下向きにして高い。