2017/1/21, Sat.

 この朝は長寝のために瞑想をしなかったので、書き物の前にと枕に尻を載せた。翌日に記すだろうこの日の日記のために、生活のうちで幾許かの印象を落としたものを思い返して辿っていたのだが、そのうちに、胡座のあいだで緩く組み合わせた両手に意識が行った。また思考に立ち返ったり、身体のほかの部分や、周囲の物音に感覚を寄せながらも、何度か繰り返し手に戻っているうちに、静止させた手の感触が稀薄になってきた。腕の先が消えているようでもあり、あるいは実際とは逆にねじれているかのようでもあるような感じが続いていたのだが、その無感覚の範囲が腕を伝って登るように段々と広がってきて、それにつれて視界も白っぽく染められる領域が増えていた。精神が別の段階に入ろうとしているのが見て取られて、それにいくらかの不安を感じていたのだが、そうして、腕だけが幽霊のそれのようになって、肘のあたりまでこちらの感覚上は消えた頃合いになると、動悸が苦しげに早まっており、不安も強まっていた――一種、パニック障害の時期の発作が、その頃よりも程度は随分と弱いが戻ってきたような風でもあって、ひどく久しぶりにああした感覚を味わったものだ。意識が高いほうへと引っ張られるような瞬間もあって、それでもしばらくその状態に留まっていると、身体がやけに軽いようになってきた。その先を超えれば、いわく言い難い幸福感だとか、何か精妙な幻覚だとか――多田智満子がLSD服用実験のなかで目撃した幻想の薔薇のような?――が生まれ出る域へと到達できるのかもしれないが、切迫を受け流し、どうするかと考えて心臓の鼓動を見つめながらも、しかしやはり、怖いものは怖いので、そのあたりで取りやめと決めて、姿勢の固定を解いて、両の手のひらを擦り合わせ、胸のあたりをぱんぱんと叩いてから目をひらいた。立ちあがり、ベッドから下りて椅子に就いても、身体の軽さは続いていて、疲れが洗われて落ちたようでもあったが、しかし同時に、肉の充実でもってしっかりと空間に嵌まっているのではなく、稀薄に溶けかけたような感覚が実に寄る辺ない感じもして、動悸の速度もまだ高まったままだった。