2017/2/24, Fri.

 五時頃に散歩に出た。川へ行くことは決まっていた――一年か二年か、随分と久しぶりのことである。もう少し早い時間には陽も出ており、本来ならその頃合いに明るい川辺を気分良く歩きたかったところだが、諸々の事柄に時間を浪費してしまったあとで、いまは曇り空が暮れ掛かっており、空気もやや冷たかった。河原にはほかに誰の姿もなかった。水の方へと近寄って、寄せてくる漣の間際まで行き、少々立ち止まった。裸木の骨組みが表面に張り出した対岸の林からも、反対側の、砂色の枯れ薄の茂った方からも鳥の声がしきりに立ち、空間に響く。それから、水辺を離れて陸地を端に向かって歩きはじめた。周囲は林の壁で囲まれ、区切られているものの、陸も長く、空は広い。表面はほとんど一面、雲が埋めているが、ほつれたガーゼのようにところどころに隙間が生まれ、そこから薄水色が覗いており、分かれた縁には僅か、夕暮れの明るみが差し掛かってもいた。流れのなかには一箇所、巨岩が鎮座した場所があって、その周辺では白渦とともに轟々と鳴りが高まっている。そこを過ぎてさらに先に進むと、川面は緩やかになって、遠くから先の厚い響きが流れてくるのにかき消されることもなく、ささやかな水音を立てていた。自分の立っているあたりを境にして、背後、西側の水面は底が透けて、錆びついたような鈍い色に沈み、その上に無数の引っ掻き傷めいた筋が柔らかく寄って渡るだけだが、境のあたりから流れの合間に薄青さが生じ、混ざりはじめて、前方の東側ではそれが全面に展開されていた――空の色が映りこんでいるのだが、雲の掛かり、時間も下って灰の感触が強くなった空そのものよりも遙かに明度の高く透き通った、まさしく空色である。水面は鏡と化しながらも、液体の性質を保って絶え間なくうねり、反映された淡水色の合間に蔭を織り交ぜながら、青と黒の二種類の要素群を絶えず連結、交錯させて止むことがない。視線をどこか一部分に固定すると、焦点のなかに、無数の水の襞が皆同じ方向から次々とやってきては盛りあがり、列を乱すことなく反対側へと去って行くのが繰り返されるのだが、見つめているうちに地上に聳える山脈の縮図であるかに映ってくるその隆起は、すべて等しい形のように見えながらも、まさしく現実の山脈と同じく、一つ一つの稜線や突出の調子にも違いがあり、言語化など不可能なほどに微妙な差異を忍びこませながら、それを定かに認識して意識に留める間も十分に与えないうちに素早く横切ってしまう――その反復のさまは、催眠的と言うに相応しかった。岸の際あたりに視線を移すと、自分の立っている石の敷き詰まった陸地が一瞬、僅かに回転するような錯覚を起こす瞬間すらあった。行き止まりになった岸の端からしばらくそうした様子を眺めてから、その場を離れた。暮れが進んで、頭上の雲には綻びも少なくなって、空気は先ほどよりも灰色に暗んでいた。戻る脚が自然、河原にごろごろと転がって起伏を作り、地面の平板さを乱している石の上を辿るようになって、思いがけなくも歩みに、平衡を崩すまいとしながら同じようにして遊んだ幼時の足取りが宿った。