2017/3/11, Sat.

 昼前、ものを食いながら南の窓外を見やると、乾いた陽の色が粉っぽく舞って、風が吹いているようで家並みのあいだを走る電線が、上下に軽く撓むその上を応じて影が左右に行き来する。緑のなかに煌めくものがあるのに視線が奥に進んで、一体何が光っているのか知らないが、川の対岸から盛り上がって集落の前にはだかる林の茂みの奥に、陽の照射を反映するものがいくつか、宝石が埋めこまれたようになって、見え隠れして震えているのが前夜に見た星の揺動を思い起こさせた。背を伸ばして窓が切り取る図の範囲を変えてみると、先ほどの電線のすぐ下に位置する瓦屋根の、寄棟のうち北側の一面が白さを湛えていて、油を塗ったようなとかアルミを貼ったようなとかお決まりの比喩が浮かんだ。

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 アイロン掛けをしている最中に突然、サイレンの音が遠くから立ちあがって、おそらく山に跳ね返るのだろう、順々に三つ昇って行ったのが上空で一つに合流して持続する。レースの掛かった東の窓に目をやって、何が見えるわけでもなく外の道には人の姿もないが、市街の方か川向こうで火事だろうかと、消防車の色を浮かべて鳴り響く音にも赤さが混じったように感じながら、立ち昇った音のおかげでかえって、あたりは神妙めいて静まったような気がした。それから壁の時計に目を上げて、二時四六分を見たところで、そうか、追悼の、と思い当たった。塔のように高く鳴っていた叫びは、昇る時と同じようにまた三つに分かれて崩れ、それぞれ多少の尾を引きながら消えて行った。

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 往路、午後七時。宵に入った空には東寄りに満月が浮いて、白々と照り映えて、薄雲くらいならばものともせず、千切れたそれに触れても光が弱まることも姿が曇ることもなく、その前を通り過ぎて行くようにしか見えないほどの明るさに、空も紺色が露わである。坂のなかを行くと左右の木々が風に鳴って、空気は冷たいが、大股で速めに歩いて、街道に出るまでには身体も多少温まった。空では雲がどこかからやって来て、替わる替わるに月に寄って行くが、やはり隠れることはない。触れられた雲のほうが、光の広がりに陰影をくっきりと描きこまれて、周縁の白さの滑らかになって内は鼠色が深く滲んだその姿を、視線で切り取る範囲の違いによって動物の顔だったり、蛇か龍のようにうねる体だったりに見えた。