2017/3/17, Fri.

 往路、まだコートを纏わなくては肌寒いような曇りの夕刻で、坂を上って行けば風が渡って周囲の木々がざわめくのに、目が細まる。道の軽く湾曲するあたりの、左手から張り出した斜面に生えた低木をちょっと見上げた瞬間、空を背後に黒く塗られた枝のなかから小さな断片が飛びだして、葉が剝がれたかと視線を寄せれば、輪を描くようにして綺麗に元の枝々のなかに戻って、同じ黒さの葉の影のなかに紛れたのは、小鳥だった。空は大方雲が埋めて、なかに晴れを思わせる水色もあり、よりくすんだ灰青色もあり、乱れた様相のもと、裏道の空気はコートの裏まで冷え冷えとするようだった。

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 帰路はあまり空気の動かない静かな夜道で、道に四角くひらいて網状の蓋を嵌められた下水溝から、水音が小鳥の囀りのように響くのにちょっと足を止める時間もあった。空は曇っているが、北側の林の際などを見れば曇りの色が露わで、電線やら屋根上に設置されたアンテナやらの形も溶けず、全体にそう暗いものでもない。裏通りを抜けて表に曲がったところの、無骨な節の枝についた蕾の締まりが夜目にも明らかな梅の木の下を通った際に、線香のような匂いを嗅いだように思った。花の香りだろうかと過ぎると表の方から人声がして、出ると角の商店の前に、停めた車に音楽を孕ませて、若そうな連中が集まって笑っている。反対側に折れてふたたび匂いが香るのに、あの人たちがつけた香水だろうかとも思ったが、距離がそこそこあるのに鼻に届くだろうかと訝しいようでもあった。進むうちに、また時折、嗅ぐ瞬間があるのに、夜気そのものに、諸所でひらいた花の匂いが忍んで、全体に混ざり広がっているような想像を持ったが、それはおそらく、幻想なのだろう。そうであれば、幻臭という言葉を使うには弱すぎるので、耳で言う空耳の類になるかと捉えたが、そう思うと実際、流れる風も行きとは違って肌に緩くて、夜の方がかえって冷えない涼しさに留まって心地よく、ささやかな錯誤を嗅がせるほどには空気が春めいているようだった。