2017/4/7, Fri.

 往路、午後五時。前日と同じように気温が高くて、微細な羽虫が空中を飛び交っていた。空は青を湛えてすっきりと晴れたなかに夕月の、下端だけ消えて表面の模様もよく見えるのが白く露わに浮かんで、南の方にただ一筋だけ、雲が引かれて、丸みを帯びた部分部分が繋がったようにして横にまっすぐ伸びているのが芋虫めいていた。風の動きもそれほどなく、止まれば肌に馴染んで同化し、触れられている感触もない春の空気の軽さである。裏通りを行くうちにあたりに薄く漂う陽の感触に気づき、まだ声の高めな中学生の、白い野球服を身につけたのが三人、自転車で追い抜かして行ったあとから振り向くと、落ち陽が稜線に掛かって山を円くえぐっているところで、前に向き直ると横の家塀に映ったこちらの影は、半紙に水で文字を書いた時と同じ淡さだった。先日から何やら工事の始まってシートに包まれた二階屋の隣の白木蓮は、もうあちらこちらを茶色に枯れ萎ませて老いの坂を駆け下っている。いつも通り鵯の声の林のなかから響くあたりまで来て、寺の枝垂れ桜の桃色に横目をやりながら過ぎると、行く手に突き当たる家屋を越えて現れた駅前のマンションの高層階が、先日も同じような場面に行き会ってその時は窓が落日の金色に浸っていたが、この日はガラスのみならず建物の表面すべてが、地の黄褐色を新しく塗り直されたように明るんでいた。駅前に出ると陽の感触は下層階の方に移っており、壁色にいくらか艶を帯びさせながらもその明るさのなかの端々に古い黒ずみを浮き彫りにし、歳月を経たもの独特の風情を抽出して露わにしていた。