2017/5/8, Mon.

 往路。風邪で家に籠る日が続いていたから、長く外気のなかには身を置いていなかった。道に出ると、四方を壁で囲まれ閉ざされていない空間の、無論様々なものはあいだにあるが果ての空までひらいて繋がったその広漠に、肉体が頼りなさを感じるようで、身の平衡を窺うようなところがあった。病み上がりでもある。坂を上って行くと、途中で正面に伸びる木が緑色の明るい若葉を被った樹冠に陽を受けていて、その茂りにも久しさの感を得た。軽い青さの広まった空に、白い乱れはチョークをすっと擦り付けた程度の薄さで、月も上りはじめというよりはこれから消えていくような淡さで馴染んでいる。背後から陽に照らされる街道で、こちらの影が、道端の草の上に映り出る。小公園の桜は花柄もなくなって皐月緑にまとまると、すっきりとなったようで涼しく、また入り口に設けられた木組みの屋根には、藤が小さく垂れ下がっていて、こんもりと積まれた葉が陽射しに透かされていた。落ち陽は旺盛に膨らんで、肩に熱の乗って汗の滲む道である。裏通りの途中、空き地で小さな子らが四人ばかり集って野球遊びをしていて、一人の投げたボールがバットに当たらずに流れて来て、こちらの目の前で壁に跳ね返って転がるのをまた一人が追いかけた。手の入らない空き地の隅は、草が背高く籠ってきており、タンポポの小毬やハルジオンが顔を出していた。

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 声を出す必要のある仕事で、勤めのあいだに喉の痛みがぶり返した。人のあいだに出れば、明らかな緊張はなくとも自ずと気が張ろう、頭の方にも熱が上がってきたらしい。コンビニに寄って、喉の不調を緩和する飴を買い、舐めながら夜道を歩く。道と道の繋ぎ目に掛かっても風の気配もない、静かな夜である。空には雲が広く掛かったようで、月が引っ込んで朧に明るむ。弱くとも、西の山際までその光が渡るようで、彼方が沈んでいない。街道に出ると、既に営業後で明かりも落とし、窓が暗んで運転手以外は無人のバスとすれ違って、振り向いて何とはなしに見ていると、乗せる者もいないのに停留所にしばらく停まってから、再び出発する。それからちょっと進むと花の匂いが香ったのは、一軒の家先に花があって、オレンジ色の小さな集まりは、躑躅の類らしかった。先のバスが発った停留所のベンチに、中年の男が一人で就いて、携帯電話をじっと覗きこんで静かにしていた。