2017/5/18, Thu.

 灰色雲が低く垂れて、薄暗いような曇りの午前だった。台所と食卓を幾度か往復するあいだに、窓外の、南の空の山際近くまで雲が広がった下に、稜線との接触面の周囲のみ、雲の浸透から逃れて白さが明るんで際立つのが目に入って、それで翻って空気の暗さに気付いた。雨を思ってからまもなく降り出し、茄子と豆腐を合わせて拵えた煮込み蕎麦を啜っているあいだに、雨脚はいや増して、篠突くようなとはこのことか、石灰色を宙に染みこませながら、夏の夕立めいて激しく搔き降った。新聞に目を落としていると瞬間、白光が目の前にひらめいて、雷かと顔を上げて耳を張ると、遅れて、しかしわりあい近くに落ちたようで、豪壮な轟きが部屋を包んで迫った。もう一度、鳴りがあったが、それで収まり、雨も盛りはすぐに過ぎて、続くのに間断も挟んで、午後一時を前に近所の美容室に出かけた際には弱く軽くなっていた。いっぱいに散り敷かれた山吹色の竹の葉を踏んで坂を抜け、表に出ると、東の空は印刷されたように淡い雲の合間に、稀釈された青さが覗いていた。
 髪を切ってもらって店を出た頃には晴れて、道路の端に残った水のなかに微細な煌めきが映り、陽射しもなかなかに厚く、肌に快い。ところが一度帰って、夕刻に到ってまた出ると空は搔き曇って陽の気配もなく、あたりが仄暗くなっているのに雨を思わされて傘を持った。坂の中途でふと、花の香りが定かに立ったのに、思わず足を止めてあたりを見回したが、ささやかに伸びたハルジオンくらいしか手近の茂みには見当たらない。風に渡って来たらしい。その風は、道を行くあいだ終始滑らかで、吹き付けるというものでなく、肌に触れてはさらさらと引っ掛かりなく抜けて行く。空は雲が搔き回されて、曇りは曇りだが一面平らかに均されたそれでなく、細かくほつれた隙間に仄青さも見えるのが、かえって天候の不安定を示唆するようだった。
 しかし結局、この日はそれから降ることはなかったらしい。帰路は風が、やや冷えていた。疲れのために自ずと欠伸が洩れ、心身が静まって足が遅くなる。前にも女子高生が、大きなリュックサックを背負い、片手に何か袋を提げて、いかにも疲れているらしく左右に緩く振れながら、こちらよりものろいくらいの歩調でいた。月は遠くなったようで西空は黒々とわだかまり、街道の上に連なって浮かぶ電灯の楕円形が、その前でくっきりと形を定めていた。下り坂に入ってまもなく、行きと同じ場所で、同じ花の匂いがふたたび香った。

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