2017/6/5, Mon.

 鴉が、声を遠くに向けて朗々と渡らせるのでなく、間の抜けたような調子でしきりに鳴き立てている夕べだった。ともすれば拍車が掛かって喘ぎのようになりかねない、妙な鳴き方だった。空気は、さらさらと流れて涼しく、肌に安い。街道まで来ると、東の地平に盛り上がってにわかに新造された山脈のようになっている雲の、あるかなしかの陽を掛けられて陰影をはらみながらくっきりと形を際立たせているのに、曇りがちの空ではあるが、大気の澄明さが表れていた。頭上に溶けて染みたようになっているものと比べれば、外周にしても内の襞にしても輪郭の強さは明白で、ありがちな形象ではあるが、まさしく雪を積み重ねたようで、にわかに新造された山脈の趣だった。その長い連なりが道を歩くあいだ残って、西陽は雲の奥に籠っているけれど、正面の空を占める白さが、ずっと明るかった。
 夜は風が吹いて、あちらこちらで樹のなかにさやぎをはらませる。それだから蒸すわけでないが、久しぶりに冷たいものでも飲むかと、自販機で炭酸飲料の缶を買った。缶を右手に嵌めて道を渡り、腕時計に目をやったところで、どうも今日は、時間がわりあいにゆっくりと流れているようだなと気付いた。理由は知れないが、落着いて一刻一刻に留まっており、のちに深夜の読書のあいだにも、時計を見ながらいつもは「もう」の感が差すところを、この日は「まだ」と思っていた。
 路程の最後の下り坂に入ったところで奥から、風が湧き上がってくるその冷たさに、雨の気配を嗅いだ。実際、その風のなかにも既に、かすかに散るものが混ざっていたようだ。食事を取るあいだに降り出し、風呂に入った頃には繁くなって、素早く直線的に落ちる降りらしいその響きを聞きながら湯に浸かっていたが、早々と衰えて、上がる時にはもう止んでいた。