2017/6/17, Sat.

 風が吹いている。道には降りて来ず、林の高く、梢のあたりを流れて揺らすそのさざめきのなかに、雨の予兆をかすかに感じ取るような気もする暮れ方である。とは言えすぐには、おそらくは今日中には降らないだろうと思われた。街道に出ても、道端の旗は絶えず揺らめいてはいるが、身になかなか空気の流れの定かに触れてこなくて、膜のなかにいるような停滞感に包まれる。裏路地に入るとようやく、森に沿った東風が道にも通って、方々で葉鳴りを呼んでいるそれは時に速まって耳を覆うが、途切れれば温む肌に、服の内に湿り気の溜まっているのが感じられた。
 職場で会議を済ませて帰り際に飲み会に誘われ、一、二時間だけいるつもりでたまにはと出たところが思いのほかに安らいで、帰りは結局、未明三時の遅きに到った。街道では燕が既に、細かい声を散らしはじめていた。明けの気配はまだ見えず淀んだ空のもと、暗さに紛れるようにして、ともすればこちらにぶつかって来ないかと思われるものの、支障なく宙を渡っているのは燕は夜目が利くのか、それとも表道の街灯の白い光に誘われて起きたものか。途中、一軒の横に細く設けられた車庫の簡易な屋根の上から、猫がこちらを見下ろしているのを見つけた。まさしく深夜の象徴であるかのごとき真っ黒な体のなかに唯一刻んでひらかれたその目と向かい合ってしばらく凝視を交わしたが、こちらが多少の動きを見せても意に介さず、あちらは堂々たる佇まいを微塵も崩さずにまっすぐな眼差しを返してくるだけだった。
 飲み会のあとにはままあることで、歩きながらしゃっくりが出た。酒は呑んではいない。摂っている薬の作用があるのだと思うが、ジュースを多く飲むとどうも、おそらくは胃酸が増えるらしい。軋みが頭にまで及んだ身体を運んで帰り着くと四時も間近、服を替えてなおざりな歯磨きをし、風呂も浴びずにそのまま床に就いた。遅くまで外にいたせいか、布団の下で身体が熱を籠めていた。腹から胸のあたりもまた軋んでなかなか寝付かれないなかに、ひらいた窓の先から、普段は渡ってくる川の響きが耳に触れないのに気づき、空も白みかけているのに囀りも生まれず、ただ静寂が平板に沁みているのを訝しむようにしていると突然、何の鳥のものか、悲鳴のように潰れた叫びが激しく立ち、それが遠のいたあとから時鳥も鳴いた。