2017/7/19, Wed.

 坂に降る蟬の声が、まだ合唱というほどでもないが厚くなりはじめている夕方、空は晴れ晴れと穏やかに青く、陽射しのなかにあってもさして背が粘らず、路上に掛かった蔭も水を含んだようにさらさらとした質感で伸びている。雲はほとんどなくて、僅かに混ざったそれよりも、膨張した太陽から押し寄せる光の波のほうが空に白さを刻印して、振り向けば西が一面、洗われたようになっていた。道行く男らの、シャツから伸びた腕がどれも血色良く染まっているのに引き換えて、自分の細腕は殊に青白く映るのだろうとふと思われた。こちらはそもそも夏であっても半袖を好まず、長袖を捲りながら毎年やり過ごしているのだが、この日はその袖を肘まで引き上げる必要を感じない、爽やかな空気の晴れの日だった。
 帰りは雲が湧き、煙に纏わりつかれたような濁った空に、昨夜はなかった背のべたつきが戻って、行きは引き上げずとも良かった袖を深く捲らされる。特に何があったわけでもないが、人のあいだで働くというのはいやに面倒だと、肉体と言うよりは精神の疲労倦怠に思いが流れて、周囲の物々もあまり耳目に入らず、自宅間近の下り坂の末端まで来てようやくひらいた景色に意識が向いて、黒影と化した木立の奥に川向こうの灯が、こちらの歩調に合わせてゆっくりと萎んではまたひらくように見え隠れするのに、侘しさの情が薄く滲むようだった。