2017/7/24, Mon.

 早くに起きてまもない頃から、時鳥の声をよく聞いた朝だった。はっきりと立って膨らみ続くのは、久しぶりに耳にしたものだ。八時に出かけて街道を行くと、降り注ぐ陽射しが、まだそれほど高くはないはずだが早くも目に重く、眠りの少ない瞳に上からの圧が沁みるようで、広がる眩しさに、手を額にかざさなければ視線を上げて道の先を見通すことができない。伏し目がちに行っていると、真っ青な瓦屋根が油のような光をはらんでつやつやと照り輝き、まだ夏休みには入っていないのか、次々とすれ違う高校生らの姿も、明るさのなかに白く見える。並んだ女子高生らも暑い暑いとこぼしていたが、風はたびたび軽やかに吹き流れて、するすると身体を抜けていくように長く続く時間があった。灯りはじめたピンク色の百日紅の前を過ぎるあたりだった。
 午後に至ると雲が広くなって陽射しは中和されていたが、曇ってはいても空の腹を抱えて水も飲まずにいては、数十分の徒歩はことによると危ういと電車を取ることにした。最寄りに降りると、空は青みをなくして単調に褪せているのだが、瞬時に熱気が寄せて身を包みこむ。蟬の声響く坂を下りながら木の間に覗く空の様子に、この分ではあとで夕立が来るかもしれないという予感が萌さないでもなかった。下りきって通りへ出ると木立の奥からまた時鳥が鳴き、続けて今度は鶯の声も立つ。時鳥の鳴きは初めの一瞬間だけ鶯のものと紛らわしいと、確か『白髪の唄』だったか、古井由吉が書いていて、そうだろうかと疑問に思っていたものの、こうして連続で聞いてみると確かに、音質にしてもよく似ていて、何よりも音の高さがほとんど同じなのだと気付かされた。
 雨は結局走ることなく、深夜に入って短く、細く降っていたようである。街灯の光にでも覚まされたか、ミンミンゼミが一匹、夜の遠くで盛るのが聞こえた。

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