2017/9/2, Sat.

 四か月の赤子を連れて兄夫婦の遊びに来た休日、寿司など取り、またほかにも卓の上や狭しと諸々並べて豪盛にやったあと、たらふく詰めこんだ腹を助けに散歩に出た。既に一〇時が近かったはずで、半ズボンから露出した膝のあたりが肌寒い。虫の音の満ちる夜気に涼んで気楽にゆったり歩いていたが、上り坂に掛かったあたりから、足取りがさらに丹念なようになってきた。一歩を重く、厚いように踏んで木立の脇を行っていると、表の方から囃子の楽が伝わって来る。九月初めの土日は、土地の神社の例祭に当たる。ごく小さいものであり、この夜は前夜祭に過ぎないが、それでもなかなか賑やかに鳴らしているらしい。
 すぐそちらには折れず、そのまま道に沿って裏を進むと、家並みの合間の通りの宙が大層暗くて、空にもどす黒いような雲が蔓延っている。見上げていると僅かな雲間に、小さく圧された月がちょっと現れ、すぐにまた吸われて一片の痕もなく消えた。表道を来た方角に折れて行きながら、やはり足が丹念に、そのあまりほとんど慎重とも言うほどになっている。顔は動かぬままに目は左右にあちこち移り、耳も近くへ遠くへ張っている。何をやっているのかと自分で訝しみ、何かを待っているような、と思った。待つとすればやはり、何がやはりなのか知らないが、啓示をだろうか。顕れを、真実などと大袈裟なことは言わないが、何かの開示を待っているかと思い、そうかと言って無論何が顕れてくるでもないが、振り仰いでみると月が白々現れている。見る場所角度で随分空の模様が変わると思っていたのは、雲の動きが思いのほかに速いようだった。
 階段に赤提灯の連なった神社の下まで来ると、坂上から威勢の良い囃子の奏と、呼応する叫びが飛んでくる。太鼓の音というものの、これほど耳を楽しませたことも今までなかったようだ。屋台も見えたが、金も持ってきておらず、一人で祭りの柄でもない。素通りして黙々と歩き、地区の端から裏に戻って下り坂まで来ると、月がふたたび掛かっている。望も遠くない。黒々と粘る雲を物ともせず、抵抗を受けずするすると、事も無げに泳いで行く姿を木の間に見上げつつ、下りて行った。