2017/9/12, Tue.

 蟬の声のもうない坂に、替わりに鵯が盛んに鳴きを降らしている。木下坂を出てからも道端で別の一匹の張り上げるその声が、蟬があたりを占める前、春に聞いたものの記憶よりも、乾いたような、掠れたような風に聞こえた。
 裏路地を行っているあいだに雨が落ちはじめ、すると途端に宙に匂いが浮かぶ。何の匂いとも定かにつかないが、アスファルトなり、左右の家から流れてくるものなり、水気に混ざって膨らむのか、鼻に触れてくる。傘は持たなかったのでシャツを濡らしながら、やや降り増してくるのにさすがに少々脚を急がせたが、ちょっと行ったところで前方が明るみはじめ、振り向けば西の丘の向こうから伸び出た雲の幕が薄金色に、滑らかに染まっていた。正面に顔を戻すと、まだ降るものの残るなか、こびりついた雲に濁った空に、大きく綺麗なアーチを描いて虹が掛かっている。虹など、物心ついて以来見た覚えを思い出せない。進むうちにくっきりとしてきて、森から出てくる端の方は迸るようではないかと見ていると、その外側にももう一つ、いつの間にかうっすらと生まれている。二重の虹を見るのもなかなか珍しい機会だろう。理科の知識はからきしなのでどういった作用かわからないが、外のものは内のものの反転した像なのか、色の順序が反対になっていた。
 労働中にも人々が虹だ虹だと騒いでいて、入口までちょっと見に行くと、虹は見えなかったがもう暮れ六つで西の雲の群れが、火口から噴出したマグマのようにひどく赤々と焼けているのを目にした。夜にも雲は残って、深い青の覗きつつも全体にくすんだ空である。月は気配すら見られず、満月も過ぎてそろそろ昇りの遅い時期だろうが、調べてみるとこの日の出はやはり一〇時過ぎで、ちょうど家に着いた頃に現れていたらしい。途中の小さな辻で、たまには車の明かりでも見ながら歩くかと早めに表へ出たが、と言って特に印象を残したものもない。いくらか蒸して汗の滲む夜だった。