2017/9/15, Fri.

 風はあまり吹かなかったらしく、その質感の覚えはない。しかし、樹に囲まれた上り坂を抜けると、気温が一昨日昨日よりも一段下がったらしいと、肌に感じる涼しさの確かな夕べの道だった。空気の蒸す感触もなく、街道に出て仰いだ空の、西まで雲が張って僅かな綻びもないのに、今日は陽射しは洩れなさそうだと見た。ちょっと進んで、くすんだ白の上からかすかな青さを被せたような空をまた見上げ、無感情な風なと思わず浮かぶのに、凡庸でありふれた形容であり、安易に情緒を投影するのも良くないと自分で自分に批判を入れたが、浮かんでしまったものは仕方がない。
 裏路地に入るとあたりの家々の敷地から、エンマコオロギの声が立って続く。森を賑わしていた蟬の鳴きは、傍を通る高校生らの声の隙間に耳を澄ましても、さすがにもう聞こえてこない。出かける前から眼にどんよりと疲れが籠り、歩きながらも欠伸が湧きそうで湧かず、半端な眠気を伴って頭の曇った気怠い道行きだった。駅前ロータリーまで来たところで、聳えるマンションに軌道を成型されるのだろう、流れるものがあって、初めて風を定かに覚えた。
 ちょうど職場を出たところで寒くないですかと訊かれて、上着もベストもなしでも寒くはないが、たしかに涼やかな夜気だった。あと少し気温の下降が進めば、肌寒さに転じるくらいだったろう。気怠さが勤労のあとの疲労感を加えられて、重たるいようになっていた。月はまだ東の地平の向こうにあって、夜空がまた暗くなる時期である。街灯の裏で西空は暗み、その小暗さを見据えようとしても、手前の道に連なる灯りの宙に膨らみ目を遮って邪魔臭い。道の終わりの坂まで来ると、いままで歩いて芯は温まっていながらも、風はなくとも涼しさの肌表面に隅まで張りついて、下るあいだに消えず残った。