2017/9/29, Fri.

 三時過ぎの明るい道に赤蜻蛉が舞って、斜面の下からそびえ立つ樹の、道と同じ高さの宙に掛かって臥所のような葉叢の上に、ふっと降りて停まったのに足が止まって、ガードレールのこちら側から見つめていた。弱い風に枝葉がちょっと揺れるくらいでは蜻蛉はまるで意に介さず、翅の位置を僅かに移すのみで、いつ飛ぶかと、予想に反して静まり続けるその姿を眺める身に、横から陽射しが降りかかってやや暑かった。
 淡い青さの染み渡ったなか、出てきてまもない半月の、うっすらと浮かびあがった晴れの午後を電車に乗って、三鷹古書店に着いたのは五時頃のこと、そこから長々と時間を掛けて隅まで書棚を見て回り、六冊を買って帰途に就いた。濃密なような宵空のビルの上に覗く通りの奥から、演説の声が伝わってくる。解散が宣言されたばかりの今次衆院選のものかと思えば、武蔵野市長選のほうで、駅前に出ると湧き流れていく雑踏の傍に女性候補が立っていた。その声を背後に駅舎に入り、ホームに立って本の入った袋を下ろすと、涼しい風が吹いて過ぎる。
 最寄り駅から見上げた空に久方ぶりで月を見て、もう上弦まで膨らんだ姿の凛々しい白さに、清けしという語のまさしく相応しいと自ずから思った。下り坂の入口の電灯のない暗がりのなかでも、道端の植物の輪郭が浮かぶのに月明かりが現れている。もう死んだかと思った鈴虫の音がこの夜には幽かに聞こえたようだったが、ちょうどやってきた郵便局のバイクの音に搔き消されて捉えられなかった。通りに出ると南の空には藍色が澄み、しかし低い位置には雲が湧いて、公営住宅の棟の際まで広く詰まって大陸じみた灰白色の、なだらかな海岸線を挟んでくっきりと分かれ、夜空のなかに即席の陸地と海が生み出されていた。