2018/2/11, Sun.

 一度覚めた時、確か四時台で、前よりも覚めるまでの時間が長くなっていることに安堵する心があった。と言って心身にはやはり緊張感があったと思うのだが、しばらくしてから身体を起こし、机上の袋からベッドの上に薬のパッケージを取り出し、目覚まし時計のライトで間違えないように確認しながら二粒を服用した。その後、もう一度覚めたと思うが、それがいつだったのかは覚えていない。最終的には八時四五分頃覚醒して、あまり寝床でだらだらとせずに、比較的すぐに起床できたと思う。
 上階へ行き、洗面所で顔を洗ったり髪を梳かしたりする(そろそろ散髪に行きたい)。食事はモヤシの炒め物とともに米を食った。また、前日に作った葱と豆腐の味噌汁も残っていた。母親は、九時頃になると(……)の仕事に出かけて行った。
 皿と風呂を洗って自室に帰ると、一〇時から読書である。石井遊佳『百年泥』の続きを読み、一時間ほどで読了した。現在時の物語的展開としては、百年に一度の大洪水で川が氾濫したその三日後、家を出て、職場(インドのIT企業で新入社員に日本語を教える仕事)に向かって川の上に掛かった橋を渡って行く、という程度の短い時間幅しかないのだが、その合間に過去語りであったり、職場でのあれこれであったりが挟まれて紙幅が長くなっている、という構成になっている。橋の上には川の氾濫によって集積された泥(これが「百年泥」である)が溜まっており、そこから過去の姿のままに留まっている人間や、話者の過去に結びついている何らかの物品など、人々の「記憶」を喚起させる物々が掘り出されて、それに応じて何らかの挿話が語られるというような趣向である。人々の「記憶」がそのまま具象化して発見されるように、彼らの過去の友人や恋人などが、当時の姿のままで発掘されるというのが、不思議な点となっているのだが、そのほか、「翼」を背に付けて「飛翔出勤」するエリート層がいたり、話者のなかに他人の記憶が、「声帯のふるえ」によらない「メッセージの中身だけ」の声によって伝わってきたりというのが、帯に「魔術的」という文言が見られる理由になっているのだろう。終盤で発掘された一人の男が、話者の「五巡目の男」であるようでもあり、そのほかにも何人もの人が集まって、彼は自分の親友であるとか甥だとかいとこだとか言い合っているなかで、「こうなにもかも泥まみれでは、どれが私の記憶、どれが誰の記憶かなど知りようがないではないか?」という言葉が見られるのだが、これを「記憶」が個々人の垣根を越えているという風に取るとすれば、話者のなかに他人の記憶(一つは、話者の中学三年生の時の同級生である「新藤さん」のものであり、この女子はほとんどまったく口を利かない、という存在なのだが、その同じ性質を共有した話者の母親と重ね合わされている。もう一つの記憶は、デーヴァラージという、話者の教えるクラスの生徒の一人の幼少時のもので、現在時ではこの彼が、話者の目の前で泥のなかから物品を掘り出していく)が伝わってくるのも、まあ不思議ではないということになるのかもしれない(正確な読みではないが)。このように内容をまとめてみながら、芥川賞受賞作品ではあるけれど、自分としてはそんなに印象深く感じる部分もなく、さらさらと読んでしまって、書抜きをしたいと思う箇所もなかったのだが、「土」「地面」「踏む」「足あと」といったテーマが散見されることがちょっと気になりはしたので、以下にまとめておく。

 朝のカーテンの向こうに私は、ついに地面を見た。(……)地面を踏みたかった。三日ぶりに目にする地面、泥まみれだろうがなんだろうが片足ずつ、右踏んで、左踏んで、じん、と感触をあじわう。ああ地面、そのまま会社へむかう。(……)
 (9)

 (……)歩くにつれここは東京郊外かと目を疑うような鬱蒼たる森に入りこんでゆき、いろんな色かたちのきのこやシダ、さまざまな苔類をさんざん踏んで乗り越えやっとの思いでいりくんだ木立ちをぬけたとたん、いちめんの花畑がひらけた。
 (35~36)

 ふたたびあの森を通りかかり、(……)薄暗い中をまた苔をふんで歩いた。
 (38)

 結婚して半年もたたない頃と記憶するが、ちょうど雨上がりの美しい午前中、駅前の西友と隣のパチンコ屋との間にしっとりととても具合のいい土があるのを通りがかりに目にし、しんぼうたまらずそこに入りこみ足あとをつけて遊んでいると、(……)
 (39)

 春によく堤防でいっしょによもぎを摘んだことをおぼえている。ふたりで川を見ながら歩いた。(……)歩くにつれ、しっとりとした堤防の土に足あとがつく。母はしばしばじぶんの足あとを見るためふりかえり、そのときかすかに子供っぽい顔になった。自分が土をふむ、それを土がすなおにうけ足あとでへんじするそのことをたのしんでるふうにみえた。
 (74)

 (……)みわたすかぎりの浜辺、だまりこくって級友たちのうしろをゆく私とその子の前にあらわれる砂地はいたるところ級友たちの足あとだらけ、自分たちの足あとをつけることはむずかしかった。それでも波がしなやかな掌をのばし前方の足あとをうちけしてくれるのを待ち、潮騒のとどろきに抱きしめられてそのあとを踏めばほんのわずか、こころがあかるむのを感じた。
 (81)

 ときどきいっしょに海辺をさんぽした。はだしで砂浜に足あとをつけて遊んだ。かかとだけで歩いたり、足を真横にして、左右交互に方向を変えて進んでみたり、砂の掌がわたしたちにくれるへんじがうれしく、夢中になってふたりでいろんなもようを描いた。
 (82; ここは「新藤さん」の記憶)

 (……)靴屋で新しい運動靴を履いて、心の踊りはねるそのままおばあさんと手をつないで砂浜へ行き、うれしく砂をふむと、新しい靴は足あともくっきり新しい。世界はただ受け、おしみなくへんじする。新しい足あとをふりかえり、ふりかえり歩いた。(……)
 (84; 同上)

 それからちょっとインターネットを覗いたあと、さらに読書を続けることにした。次に選んだのは、南直哉『日常生活のなかの禅』である。この日の天気は曇りがちで、そう暗くはないが陽射しの感触もあまりなかった。一時直前まで読んでから、食事を取りに上階に行く。
 フライパンに余っていたモヤシ炒めは帰ってくる母親に残しておこうというわけで、こちらは納豆を用意し、そのほか、母親が作っておいてくれた人参のサラダや、味噌汁や、ゆで卵を卓に運ぶ。テレビを点け、『新婚さんいらっしゃい』を眺めながらものを食っていると、そのうちに母親が帰ってきた。彼女も食事を取り、食後、そのまま『パネルクイズ アタック25』を見て、皿を洗ってから、二時に至っても炬燵に入って居間に留まり、テレビを眺めてしまう。番組は、マイナーだが味は美味い魚を紹介するという趣向のバラエティで、炬燵の温かな心地良さに浸りながら、穏やかな気分になった。
 母親は翌日、出かける用事があったのだが、それに持っていく土産を買うとのことで、(……)に行くつもりらしかった。こちらも、いくらか歩いたほうが良いだろうということで、車で運んでもらい、帰り道を歩いてくることにしようと、外出についていくことにした。三時を過ぎて身支度を調えると、そうして出かけ、車に乗って店まで行く。すぐに歩きはじめるのでなく、こちらも何となく、母親と一緒に店内に入り、ショーケースのなかの品を眺めた。じきに母親が買うものを決めて会計を済ませると、外に出て別れる。道にはちょうど、ハイキング帰りのようでリュックサックを背負い、山登りをする人がよく持っている杖のようなものを携えた集団がぞろぞろと流れていた。彼らのなかに立ちまじり、歩くのが遅いのでどんどん抜かされながらゆっくりと行く。川の上に掛かった橋に入ると、高所恐怖で少々緊張したが、川のほうを眺めても思ったよりも恐怖感はなかった。渡り終えて街道を行くと、薬剤の効果もあるのか気分は心地良く、ゆったりと歩を進めて行く。道路を次々と走って行く車や、コンビニの駐車場で細かく揺れている旗を眺めて、揺蕩いの感覚を覚え、すべてはこのようにして流れ去って行くのだな、失われて行くのだなという無常の感じをまたもや覚えた。
 道をしばらく進み、神社の前まで来ると、樹々に薄陽が掛かっており、歩くうちに左斜め後ろの空に、太陽も顔を出した。このあたりでは歩きながら、ブログでアマゾンアフィリエイトをやったほうが良いのでは、ということをまた考えていた。そうした場合、アクセス数がやはり鍵となるわけで、また他者との関係を広げて行く、何になるかはわからないが自分の文章を何かしらに繋げて行くという観点からしても、Twitterをふたたび始めて(一応アカウントは残してある)、そこにブログの記事を投稿していくというようなこともやったほうが良いのでは、とも思うが、このあたり、迷うところである。
 帰宅すると書き物を行ったが、そうするとあっという間に五時半になった。上階へ行くと、帰ってきていた母親が既に飯の支度を済ませてしまっていたので、アイロン掛けをした。ストーブの石油を入れてほしいと言うので、それも行おうとしたが、『笑点』を見てからにしたらと言われたので、そうするかと居間に留まったが、この番組を見ているあいだは、ちょっと笑いを漏らしてはいながらも、何となく心中に虚しさのような感じがあった。それから石油を補充しに勝手口のほうへ出る。あたりは既に暮れて、薄闇が降りている。遠くの市街のマンションの、長方形の側面に点々と、上下左右に整然と並んだ灯りの点の集合が、ゆらゆらと震えて見えた。
 戻ると、自室で運動をした。その最中に、(……)から電話が掛かってきた。メールを貰っていたのに、あまり見なくて返事をしていなかったので、と言う。三月くらいになって温かくなったら、また吉祥寺の井の頭公園でボートにでも乗ろうと言うので、賛成した(昔、男二人で一緒にスワンボートに乗ったことがあるのだ)。運動をして、筋肉を刺激しているあいだに、虚しさは消散したようだったので、所詮はその程度のものなのだと思い、その後、何曲か歌を歌った。気持ちが持ち上がっていたので、そのままの勢いで、実に久しぶりのことだが、ヘッドフォンをつけて音楽を聞いた。まず類家心平『UNDA』から、冒頭の二曲を聞いたのだが、これがなかなか格好良いもので、有機的かつ弾力的にテンポを変えながらややフリー風の演奏を繰り広げる二曲目などは、ニューヨークでも充分通用するのではなどと思ったのだが、しかしやはりあちらにはこのくらいのミュージシャンたちは掃いて捨てるほどにいるのだろうか? それから、やはり相当に久しぶりに、Bill Evans Trio, "All of You (take 1)"を聞いた。聞いていて、思わずフレーズに合わせて歌ってしまい(ベースソロはうまく歌えないが)、楽しんでいる自分がいるので、安心した。そうして最後に、Nina Simone, "I Want A Little Sugar In My Bowl"を流し、やはり歌ってしまった。
 そうして、七時半になって夕食へ向かった。メニューは、エリンギなどを混ぜたマグロのソテー、白菜を足した味噌汁、モヤシ、蕪か何かのサラダで、どれも美味く感じられるのがありがたかった。じきに父親が風呂から出てきて、その後こちらも入浴し、その最中は、書くことについて頭が回った。書くことに対する欲望がもはやあるのかどうなのかわからないが、しかし何だかんだで毎日書いている自分はおり、生活している最中にも、過去の記憶を思い出して、メモを取らなければなどと考えたりしている。もはや強迫観念なのかもしれないが、頭のなかで常に何かを書き、考える、そのような主体に自分はなってしまったらしい。今まで自分は自分の欲望だけを根拠にして毎日の日記を書いていると思っていた、そのような、何の役にも立たないし、何にも繋がらないが、しかしただやるのだという欲望がこの世にあるということを示したいとも思っていた、しかし、その欲望が相対化されてしまったようである今になっても、何故か書き続けている自分がいるのだ。これは本当に、欲望すらも根拠ではなくなって、完全に無根拠の地点に至ったのではないかという気もするが、しかしやはりなかなかそうは行くまい、人間何だかんだで何かしらの根拠は必要である。今までは「自分の欲望」が根拠だったのが、それに入れ替わって、「他者の存在」が根拠として挙がってきているような気がする。
 風呂を上がると九時、メモを取った。翌日は朝からの労働だったので、六時には起きたいものだから早めに眠る必要があった。八時間と考えれば一〇時には就床するべきだったが、南直哉『日常生活のなかの禅』を読んでいるうちに、一一時に至り、そこで床に就いた。

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