2018/2/17, Sat.

 五時になる前に一度覚めたのではないか。覚醒時の緊張感というものも、最近ではだいぶ薄れて、この日も身体を動かして薬を飲むのが億劫で、そのままに任せてふたたび眠った。七時過ぎ頃から意識が浅くなり、七時四五分に自ずと覚めた。夢を見ており、詳細は覚えていないが、何か一帯の危機のなかで我が家は悪者扱いをされて、ボウガンで狙われている、というようなものだった。夢中にいる時には危機感も覚えていたと思うのだが、こちらの不安が反映されたものなのだろうか。
 八時を迎えると身体を起こして、便所に行ってきてから室に戻り、この朝は起き抜けに腕振り体操をしてみた。しばらくベッドの上で腕を前後に振ってから、上階に行き、母親に挨拶をする。ストーブはちょうど消されたところだったが、床に陽が落ちているのでそのあたりにちょっと座り、それから洗面所に入って顔を洗って髪を梳かし、台所に出て食事を用意した。鍋には前夜の汁物、フライパンには餡掛け風の炒め物があったので、それぞれをよそって卓に就く。テレビはオリンピックの報道をしていた。そちらを見やったり、母親の話すことに耳を傾けたり受け答えをしたりして、食事の味にばかり意識を向けることができなかったが、それでも食べていてどれも美味く感じられた。
 食器を洗って風呂も洗ったあと、洗面所の床にしゃがみこむ。と言うのは、母親がそこでネックレスの飾りを落としてしまい、行方が知れないのだということで、一緒に探してくれと頼まれたのだった。それでものをどかしたり、床の各所を注視したりするのだが、何しろ小さなものなので容易に見つからないなと思っていたところが、母親があった、と声を上げた。戸口の引き戸の隙間あたりに転がっていたようである。良かったと言って場を離れ、居間に出ると、明るい光が炬燵テーブルの上に落ちている。それに惹かれて、その上にあぐらをかいて乗り、温もりを感じながらヨーグルトを食べた。そうして下階へ下りる。
 コンピューターを点けると、インターネットを覗いたあと、一月一五日から二月一四日までの収支を整理しておき、それから日記を書いた。ここまで綴って一〇時ぴったりである。
 それから、ギターを弾いたのだが、弄りながらまた殺人について思念が流れるのを感じた。ノイズのようなものである。一人でいる時には、ノイズのような脈絡のない思念がずっと流れており、端的に言って自分の頭はひどく雑念まみれなのだが、しかし段々、それらに影響を受けないようになってきているのでは、という気もした。
 それから読書を行った。音読をしているうちに眠くなったのだが、天井が鳴ったので正気付き、上階に行ってみると、母親が天麩羅をやっていた。トイレに行きたいから見ていてくれと言うので了承し、そのまま揚げる仕事を担当した。具はエリンギに玉ねぎ、セロリの葉っぱである。それらを揚げ、昼食にはほかに水沢うどんというコシのあるうどんが用意され、また朝の炒め物の残りもあり、それぞれ分けて三人で食べた。どれも美味しくいただくことができた。食後、皿洗いを済ませてからさらに、父親がバレンタインデーに会社で貰ってきたチョコレートケーキとGODIVAのチョコレートをいただき、これも美味かった。そうしていると、母親がLINEだかViberだかの通知を発見し、何でも兄がチェコ料理店に行ったとのことである。豚の膝の肉を食ったらしいが、そのメッセージや写真を見せてもらった。
 自室へ戻ると、ルソーを音読し、続けて歯を磨きながら一時四五分頃まで読んだ。そうして、服を着替えて美容院に向かう。玄関を出ると、父親が水場で大根を洗っていた。行ってくると告げて、ゆっくりと歩いて行く。木の間の坂に入って上って行くと、道の脇、草木の手のつけられず自然そのままになっている空間から、こちらの足音を聞きつけて、鳥が何匹も羽音を立てて飛び立って行った。
 美容院ではちょっと待つ時間があったので、日帰り旅行特集の雑誌を手に取り、暇潰しに眺めた。金沢の頁を見ると、何でも鈴木大拙館というものがあるらしい。じきに呼ばれ、髪を洗ってもらい、鏡の前の椅子に就く。ここでも少々待つ時間があったが、(……)(助手の女性)の持ってきてくれた本や雑誌のなかから、今度は箱根についてのものを選んだ。箱根にも、彫刻の森美術館というものがあるらしく、ニキ・ド・サンファル作の彫像が置かれていたり、またピカソを特集したピカソ館というものもあるという。
 その後、ほかの客の世話が済み、美容師の婦人が来ると、今年は雪が降って以来寒かったですね、などと世間話をしながら、髪を切ってもらう。最近は筋肉をつけたいと思っているとか、やはり足腰が大事なのだろうとか、そうした何でもない話をするのだが、最近ではこうした雑談のスキルが上がったようで、以前と比べると結構こちらから話を継ぐことができたようだ。
 一時間ほどで散髪を終えると、戸口でありがとうございましたと二人に向けてそれぞれ頭を下げ、帰途に就いた。髪が短くなったので、やはり風が冷たく感じられたが、坂を下りて道に出ると、陽射しの恩恵があった。帰宅すると、母親は録画した『しゃべくり007』を見ていたところで、こちらも炬燵に入って、ちょうど三時でそのまま『マツコの知らない世界』の傑作選を視聴した。大学博物館と、シャボン玉兄弟の回である。最初のうちは、近くにやって来た反核団体か何かの演説が被さっていたのだが、じきに声は聞こえなくなった(母親は、畑のほうで働いている父親に飲み物などを持って行こうと用意していたようだが、団体がいるのに気後れして出ていきかねているようだった)。
 四時である。ギターを弾いたあと、自室に戻ってメモを取り、そのまま一五日の記事を三〇分間綴った。それで五時一五分、六時頃には家族で出かける予定だったので(ピザ屋に飯を食いに行き、ついでに近くの公園で星を見ようとのことだった)運動に入り、腕振り体操や各種トレーニングをこなすと、歯磨きをして、運動のためにジャージに替えていた服をもう一度着替えた。ちょうど六時頃に出発である。
 行きの道は父親が車を運転し、こちらは母親と並んで後部座席に座った。(……)を越えて埼玉のほうへと抜けるのだが、道中は実に暗く感じられ、電灯もあまりないようなところに家の灯が乏しく見られるような具合の場所もあり、ここにも人がいるんだなというような感じを抱いた。母親が、病院だか老人ホームだかがそのあたりにあるでしょうと言うのにも、その施設だか定かでなかったが、建物のいくつも並んだ窓の光を眺めて、そこに入っている人の暮らしを想像するような、そうした生、そうした生活もあるのだよなと思いを寄せるような心が働いた。
 ピザ屋には二〇分ほどで到着したと思う。車から降りると、宵の青さのなかに小さく湧いた雲の形がよくわかる空だった。店は、(……)という名前だった。六時半に予約を取ってあった。席に案内され、父親はビール、母親はノンアルコールのもの、こちらはジンジャーエールを飲み物に注文し、ほか、ミックスサラダにホタルイカのパスタ、ピザは、オーダーを聞きに来た女性店員(この店員さんを見た時、自ずと素直に、綺麗な人だなとの思いが湧いた)に野菜の乗っているものはと尋ねて、メニューのうちから指されたそれにした(名前は忘れてしまった)。
 サラダを三人で分けると思いのほかに量がなかったので、もう一種類の、タコとオリーブとジャガイモのサラダを追加で注文しようとしたが、タコを切らしているとかいうことだったので、代わりにバーニャカウダを注文した。ピザは、エビと緑の葉っぱの乗ったものだった。それを分けて賞味し、パスタを食い、バーニャカウダのあと、最後にカキフライを食べて終いとした。
 退店すると、母親が傍のスーパーに寄って行くと言ってすたすた歩いて行くので、そのあとを父親と二人でついていった。店内では父親がカートを押し、こちらは、ヨーグルトや茶漬けや即席の味噌汁などを籠に入れて行く。会計すると品物を袋に詰めて外に出て、寒い寒いと言いながら車に戻った。
 それから、近くの展望公園に移動した。夜気の冷たいなか、階段を上って行くと、頂上は円い広場になっていた。ほかに犬の散歩の人が一人おり、明かりはその人が持っているライトのものしかなく、高校生くらいだろうか、若者が二人いたのだが、暗闇のためにその姿も見えなかった。父親は寝転がって、星がよく見えると言っていたが、見上げた星空の明度としては、自宅の周りとあまり変わらないように思った。こちらとしては星よりも、町並みが一望できる周囲の見晴らしの良さがよく、特に、方角はわからないが、一方の果てに町の灯が並んで、地平線にうっすらと赤く、横線が引かれて浮かんでいるのに心惹かれた。じきに、罰ゲームの類か、若者が音楽を流し、スピッツの"チェリー"を歌いはじめた。少々やけっぱちのような声だったが、酒を飲んでいた父親が途中で声を上げて拍手を入れ、こちらも口笛をちょっと合わせて吹いたりした。終わると拍手を送り、それで我々三人は帰ることにした。
 帰りの車中では母親が、今度カラオケにも行こうよとこちらを誘ってきた。別に、と言ったが、それほど拒否する心も起こらなかったので、その時の気分で、と落とした。車内には兄が置いていったものらしく、Mr. Children『IT'S A WONDERFUL WORLD』が掛かっており、何かの拍子に音量が上がったので、歌いながら家に着くのを待った。帰宅すると、八時を過ぎたところだった。
 ストーブで温まってから自室に下りた。この時、本当に時間が過ぎるのが速いという感じがした。いつの間にかまたいまここにいる、ここまで来ていると気づく瞬間が何度もあって、コンピューターに向かい合った際にも、そう感じたのだが、それに不安を覚えはしなかった。この日のことをメモに取っておいてから、入浴に行く。
 風呂を浴びるついでに洗面器でストールを揉み洗いした。出ると洗濯機で脱水し、スーパーで買ったチョコデニッシュパンの、母親の食べたあとの半分が残っていたので、それをいただき、大根もおろして腹に入れて胃を助けた。自室へ帰ると一五日の日記を書き、インターネットを閲覧して零時近くになるとそこから読書に入ったが、途中で気を失った。起きると洗面所で短く歯を磨き、一時頃に就床した。

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