2018/8/15, Wed.

 七時に起きようと目覚ましを仕掛けてあったのだが、やはり鳴り響く音を聞いた覚えもそれを止めた記憶もない。意識が定かになったのは一〇時も近くなった頃だった。カーテンをひらくと、太陽の熱射が胸の上に落とされて暑苦しい。一〇時を迎えると、市内放送が空から聞こえ、本日、高温注意情報が発表されていますと伝えた。ほとんど毎日のことだった。室内にいても水分をよく取り、注意するようにと述べられるなかで身体を起こし、薄い布団をどかして床に降り立った。
 上階に行くと母親が作っておいたと皿を示すのは、炒めたジャガイモのスライスの上に小さな粒のトマトや玉ねぎやハムの乗ったものである。ありがとうと答えてそれをレンジに収め、米をよそった。それぞれ卓に運んでおき、味噌汁の鍋も冷蔵庫から取り出して、冷たくなったものを椀に入れてこれも電子レンジで二分加熱する。食事はほか、胡瓜に味噌をつけて食べ、かたわら目を向けた新聞には、きちんと読んだのではなく散漫に視線を滑らせただけなのだが、シベリア抑留関連の記事が社会面に出ており、最期の明らかになっていない抑留者がまだたくさんいるらしかった。シベリア抑留と言って頭に浮かぶのは勿論石原吉郎の名前であり、彼が送られた場所の名前は何だったかと記憶を探ってしばらく、そうだ、「バム」だ、バイカル=アムール鉄道だったと思い出した。
 食事を終えると食器を洗い、水を汲んで薬を服用する。それから風呂を洗うと自分の部屋に戻ってコンピューターを点けた。窓を閉めてSuchmos "YMM"を再生し、音楽のなかで前日の記録を付けたり、Twitterを覗いたりしてそののち、音を消してまた窓をひらくと早速前日の日記を書き足しはじめた。本を読んだり音楽を聞いたりした時に、もっと何かを感じ、鋭い分析力を発揮し、豊かな感想を綴ることができないものかと思う。ともかくも前日の分を綴り終えてブログに投稿すると、この日の分にも取り掛かった。つい一時間前のことをその細部まで隈なく思い出すことができないのだから、人間の記憶力などあまりにも不完全なものだ。
 それから工藤庸子編訳『ボヴァリー夫人の手紙』の書抜きを行った。三〇分ほど打鍵を続けて切りとし、今度は金子薫『アルタッドに捧ぐ』を読んでいると、まもなく天井から音が立った。母親がこちらのことを呼んでいるのだった。あまり腹が減っていなかったが、おそらく飯を食べるようにとの誘いだなと当たりを付けて上がって行くと、果たして母親は、素麺が乾いちゃうからと食事を促した。それでつゆの入った椀を持って卓に就き、麺を一掴み入れて啜ると、母親は茹で具合が固かったと言うが、こしのあって美味い麺だった。一口だけで一旦席を立ち、もぐもぐやりながらフライパンから茄子を取って戻ると、食事に戻った。テレビは前日に録画したものだろう、『マツコの知らない世界』を流しており、二〇色の多彩な色の変化を見せる手持ち花火が紹介されていたが特段の興味は湧かなかった。食後、前日に父親が貰ってきた「信玄軍配」を一つ頂いた。ギモーヴをなかに挟んだクッキーで、ギモーヴというのはフルーツを用いたマシュマロのことだと説明書きにあった。
 皿を洗うと室に帰り、金子薫『アルタッドに捧ぐ』を読みはじめた。ベッドで臥位になって読んでいると、風が激しく吹き、カーテンが押されて大きく膨らんでばたばたと音を立てる瞬間もあった。気づけば長く読んでおり、読了した頃には三時二〇分になっていた。それからコンピューターの前に移って、気づいたことを箇条書きで書き記そうと試みたのだが、思考がまとまらず論理が繋がらずうまく行かなかった。やり方を変えて、大まかなテーマ毎に記述を引いてみて何か見えてくるものがないかと文をいくつも写したのだが、そうしても特に頭が回るわけでもなかった。曲がりなりにも時間を掛けて読んだものに対して何も感じない、何も書けないというのが嫌で、何かしらの感想なり分析なりを綴りたいのだったが、五時を迎えた頃には結局こうしていても無駄なことだと諦め、日記への引用をやめた。変調以前には色々なことに触発されて思考や内省が勝手に湧いて来ていた覚えがあるのだが、今は本を読んでも感想の一つも浮かんでこないのだった。この先文を書き続けていれば、またものを感じ、明晰な思考を書きつけることができるようになるのだろうか? 以前の自分は書くという行いを出来る限り領域の広いものにして行きたい望んでいたし、毎日ものを読んで書き続けていれば自ずとそうした能力が高まり、自分の感じ方や思考に変化をもたらしてくれるという希望を持っており、実際自分の頭はそのように発展・変容してきていたはずだ。ところが変調から復帰しつつあるいまは、そうした以前の実存的な目標に前ほどの魅力を感じないし(積極的に書くことを志向するというよりは、ほかにやることもないからという消極的な姿勢によって文を連ねているような気がする)、応じて、インプットを頑張っていれば何らかの思考が自然に醸成され、広がっていくという単純な進歩的発想にも疑念を抱いている。何というか、頭がそのように働かず、以前よりも知的好奇心が薄れたように思われるのだ。小説を書きたいという欲望もほとんどなくなってしまった、と言うか、書こうともしないうちに、自分には小説は書けないのではないかという心が先に立っている。これもやはり、頭がそちらの方向に働かない、という感覚がある。社会的なことに対する関心も、以前もそれほどあったわけではないが、薄れている。要するに自分は、この先自分はもう精神的に変化や成長をすることができないのではないかという疑いを持っているのだが、実際どうなるのかは定かでない。自分は結局書くと言ってもこの日記を書くしか能力がなく、だとしたら日記のうちにもっと色々なことを取りこんで書くことを広げて行かなければならないのだが、ともかくも書き続けてみなければ先はわからない。
 夕食の支度をしようかと階段を上がって行ったが、台所に入ってみると、カボチャの煮物が置かれてあり、フライパンの蓋を取ればゴーヤやエリンギ、ハムに卵を混ぜた炒め物も作られてあったので何もせずに部屋に戻った。そうして、「(……)」の最新の記事を読むと、Suchmos "YMM"を流して運動を始めた。屈伸を繰り返してから前後に脚をひらいて筋を伸ばし、そしてベッドの上で足の裏を合わせ、前屈を行う。長いこと運動を怠っていたため身体が固くなっているのを、息を長く吐き出しながらほぐして行った。脚を伸ばした形での前屈も行うと、仰向けになり、腰を上に持ち上げて耐えるという運動をして、それから腹筋運動、腕立て伏せとこなした。最後にもう一度前屈を行うと運動は終いとして、Ella Fitzgerald "Gone With The Wind"を流して聞き、日記を書きはじめた。打鍵を始めてしばらくすると、窓外で草取りをしている母親の気配が感じられ、こちらもたまには風を浴びながら肉体労働でもするかという心になり、突如として書くことを中断して部屋を出た。玄関の戸棚から軍手を取り、サンダル履きで外に出ると、林から無数のツクツクホウシが隙間を作らず次々と鳴きを放っている。たくさんの角が代わる代わる突き出てくるようなその声を背後に、植木の並んでいる家の南側に行った。空には雲が掛かっており、午後六時の空気は涼しく軽かった。母親は白い帽子を被り、プラスチック製の赤い箱に座りながらフォークを使って草を取っていた。その近くにこちらもしゃがみこみ、道具が何もなかったので指で一つ一つ草を摘んで引き抜いていった。傍に置かれた蚊取り線香の煙が風に歪み、その匂いが鼻に届いていた。太腿が辛くなってきた頃に母親が、植木鉢の土をぶちまけてほしいと言うので、段を下りて畑の斜面に土をいくつか落とした。それからまた草を取っていたが、じきに母親が水をやりはじめて、それを機にこちらの仕事も終いとなって屋内に入った。日記の作成に戻り、現在は七時を回っている。
 食事を取りに行った。カボチャの煮物と炒め物を一皿に盛って温め、米をよそり、残っていた味噌汁もすべて払って卓に並べた。こちらが食事を取る向かいで母親は携帯電話を見ながら、どうすれば良いんだろう、などとつぶやいている。聞けば、メルカリで相手とのやりとりでわからないところがあり、こちらも携帯を渡されて解決を求められたのだが、この件の詳細は面倒臭いしどうでも良いので記さない。ものを食べてしまうとこちらは皿を洗って、散歩に出た。玄関をくぐったその瞬間から風が林を揺さぶり鳴らして、身の周りを包みこんで涼しい。風の多い夜らしかった。歩きはじめてまもなく、また吹くものがあったが、しかしそれに触れるなかに気持ち良いという感覚はなかった。何であれ快楽を感じる能力がなくなり、官能=感応の生まれる機会が消えてしまったのだ。西に向けて歩いて行き、坂を越え、テレビから流れる演歌の漏れる一軒の前を通り過ぎて路地を進むと、ここでもふたたび風が、正面からまっすぐ吹き流れてこちらの身体を通過していく。街道に出たところで方向を変え、道路の右側の歩道を東へ歩いた。百日紅の紅色が、ある一軒の前に僅かに零れ落ちていた。駅を過ぎてしばらく進んでから、また裏に入って坂を下って行く。空には不定形に形を広げる単細胞生物のような雲が掛かっており、そこから逃れて星が一つ灯っているのが見えた。
 帰宅するとすぐに風呂に入った。温冷浴を行いながらさほど時間を掛けずに出て、部屋に帰ると何をしようか迷うところがあったが、結局はまた本を読むことにした。中原昌也『名もなき孤児たちの墓』である。ベッドに腰掛けて読んでいると途中で母親がやって来て、ワンタンスープを半分食べないかと誘う。肯定し、しばらくしてから本を持ったまま上がって行って、卓に就くとスープのカップを受け取った。本はティッシュ箱で押さえてひらいたまま、食べるかたわら読むことを続けようとしたのだが、テレビの音なり両親の話す声なりに気を逸らされて、うまく読めなかった。テレビは確か、戦没者追悼式での天皇の姿を流していたと思う。スープを飲み干すとカップを洗って片付け、自室に帰り、読書を続けた。零時近くまで読み続けたのだが、何となく、あまり集中できないような書見だった気がする。たびたび立ってコンピューターの前に行き、ちょっとした調べ物をする時間があった。中原昌也は初めて読んだのだが、その場その場の思いつきで言わば適当に書いているのが明白な記述の感触だった。つまりはカフカおよびヴァルザー型の記述で、無意味で無内容な与太話もしくは戯言といったところだが、戯言という点ではどちらかと言えばヴァルザーのほうに寄るのかもしれない(本人がヴァルザーを敬愛しているということもどこかで聞いた覚えがある)。しかし、ヴァルザーの小説が白痴じみた幸福な戯言だとするならば、中原のそれは憎悪と暴力に満ちた戯言だとでも言えようか。
 そうして歯を磨くとちょうど零時を迎えて音楽を聞きはじめた。Jose James『Love In A Time of Madness』である。前日に五曲聞いた時にはぴんと来る瞬間がなかったのだが、六曲目の"Live Your Fantasy"のダンサンブルなサビで初めてちょっと惹かれるところがあった。続く"Ladies Man"も古き良き時代のファンクといった風味で、なかなか良いのではないかと思われた。しかしそれからまたシンセや打ち込み主体のR&Bに戻ってしまうといまいち惹きつけられるものがなく、そうして一三曲めに据えられた"Trouble (Tario Remix)"に至る。これは過去作『No Beginning No End』に収録されていた曲をリミックスしたものなのだが、一聴してその渋さに今作のどれよりも格好良く感じられて、自分の感性の限界が見えたような気がした。最終曲は"Live Your Fantasy (WONK Remix)"で、WONKという名前は(……)さんのブログで何度か目にした記憶があったが、これはRobert Glasper風のコードワークも用いながら原曲を大幅に解体したとても大胆なアレンジだった。その後、"Live Your Fantasy"と"Ladies Man"を再度聞いておき、"Trouble"の原曲のほうも聞いて終いとして、コンピューターを閉ざした。そうしてオランザピンとブロチゾラムを一錠ずつ取り出して、洗面所で服用してきてから布団に入った。一時一五分になる前だった。



工藤庸子編訳『ボヴァリー夫人の手紙』筑摩書房、一九八六年

 (……)ああ、まったく文体とはなんと手に負えないやつなんだろう! 貴女には想像もつかないだろうな、この本がどんな種類のものか……。いままで書いた本では、ぼくはなりふりかまわずだったが、今度は反対に、きちんとボタンをかけ、幾何学的な直線コースを進むつもりでいる。リリスムにおぼれず、自分の考えを披瀝せず、著者の人格を不在たらしめること。こいつは読んでも気が滅入ることでしょう。恐しいほどみじめで悪臭をはなつものになるでしょう。(……)
 (104; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五二年一月三十一日〕土曜夜)

     *

 (……)今はまったく別の世界、もっとも平板なる細部を注意深く観察すべき世界にいます。――魂から黴のように生えた苔にじっと眼を注いでいるのです。『聖アントワーヌ』の、神話と神学が燃えあがるような世界とは、いかにへだたっていることか。主題がちがうのですから、書く方法もまったく異なります。この書物には、著者に帰属する一片の[﹅3]運動、一片の[﹅3]思考すらないようにしたいのです。(……)
 (104註; 一八五二年二月八日)

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 (……)ぼくはペンの人間です。ペンによって、ペンゆえに、ペンとの関係において感じとります、いやそれ以上に、ペンとともに、感じとるのです。
 (106; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五二年一月三十一日〕土曜夜)

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 (……)つまりね、芸術のなかに個人的感情をまじえるほど弱いことはないと気がついた、と貴女は言ったんです。――この原則にしたがって一歩一歩すすみ、一行一行を書いてごらんなさい、それが揺らぐことなき信念として貴女の心のなかにつねにあるように、そうして人間の心の機微を解剖し、それを意味する言葉を一つ一つ探しあてるとき、貴女にもきっとわかる! きっとわかりますよ! どんなに貴女の視野が広がることか、どんなに貴女の楽器が高らかな音を奏でるか、貴女自身、どれほど晴れやかな気持になるか! 貴女の心は、地平線にまで押しやられ、奥のほうから視野の全体を照らし出す、前面にしゃしゃり出て眼をくらませるかわりにね。貴女という人間がすべてのなかに散在することにより、貴女の作中人物が生きることになる、そして相も変らぬ雄弁な個性、といってもじつは擬装をこらそうとするために、必ずどこか具体的な細部が欠けてしまい、はっきりとその姿が浮びあがってはこないのだけれど、そんな個別的人格のかわりに、貴女の作品のなかには、おびただしい人間の群が見られることになるでしょう。
 何かを証明しようとする文学については、言いたいことが山ほどあって立派な本ができるほどです。――証明しようとすれば、それだけでもう嘘をつくことになる。始まりと終りは神のみぞ知る、人間は中間だけにかかわっているのです。――芸術は、空間に位置する神のごとく、無限のなかに宙吊りになったまま、それ自体で完璧なものとして、作者から独立してあらねばなりません。
 (110~111; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五二年三月二十七日〕土曜夕 零時半)

     *

 (……)「自分が人生のなかに入りこむのではなしに、人生が彼のな(end110)かに入りこむこと、そこでたっぷりと時間をかけて人生というものを咀嚼し、人生がいかなる味わいをもっているか、おもむろに語ること、それこそ彼には必要なことと思われた。」 こうして作家の内的生活と呼ばれる領域は、それ自体としてはひとつの空白、というか外界を受容すべき空白の場[﹅4]と化してしまう。――「人生が彼に提供するものを、彼は<芸術>に贈与する。すべてが彼にむかって流れこみ、すべてがふたたび彼から流れ出る、上げ潮として打ちよせる世界、引き潮となる彼自身。彼の人生は、肉体を覆う衣服のように、彼の観念[イデー]にまといつく。彼は自分の力を自覚することによって、それを享受する。ありとあらゆる要素のなかに枝分れして入りこんだのち、彼はすべてを自分に結びつける。そうしてみずからの天職、みずからの使命、天賦の才と仕事が宿命的に要求する状況のなかで、自分自身をいっそう具体化してゆくのだ、――それは果てしなく大きな汎神論だ、彼を通過し、<芸術>のなかに再現される汎神論だ。」
 (110~111註; 『初稿感情教育』)

     *

 (……)ところでこのぼくは、ひとつ頭に想い描いている、いわゆる文体ってやつをね。素晴らしい文体です。十年後か十世紀後かわからないけれど、いつの日か、だれかがこんな文体をつくるでしょう、韻文のようにリズム感があり、科学用語のように正確で、波のようにうねり、チェロの響きをもち、炎のように軽やかな文体、短剣のように観念に切り込んでゆく文体、ちょうど快適な追風に乗った小舟が走るように、思考がなめらかな表面をすべってゆくことができる、そんな文体です。散文は生(end121)れたばかりなんです、このことをみずからに言いきかせなければなりません。韻文はなんといっても昔からの文学の形式です。韻律の組み合わせは、すでにありとあらゆるものがつくられてしまったけれど、散文のほうは、まだまだそれどころではありません。
 (121~122; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五二年四月二十四日〕土曜夕)

     *

 (……)そもそも平等とは、あらゆる自由、あらゆる優越性、<自然>そのものを否定すること以外のなにものでもないじゃありませんか。平等とはすなわち隷属です。だからこそ、ぼくは芸術が好きなんです。そこでは少なくとも、(end130)すべてが虚構の世界にあって、自由ですからね。――そこではすべてが叶えられる、なんでも出来る、同時に国王と国民になれる、行動的にも受身にもなれる、生贄にも司祭にもなれる。限界というものがない、人類は鈴をつけた人形のようなもので、大道芸人が足の先で鈴を鳴らすように、文章の先でそいつを踊らせることができる(こんなふうにしてぼくはしばしば人生に復讐したものです。ペンのおかげで甘美な想いを存分に味わいました。女も、金も、旅も手に入れました)。紺碧の空のなかで、ちぢこまっていた魂はのびのびと羽を広げ、<真実>の境界ゆきつくまで飛翔することができる。じっさいに<形式[フォルム]>の欠けるところ<観念[イデー]>はありえません。一方を探し求めることは、他方を探し求めることでもあるのです。それらはたがいに切り離せない、ちょうど物質と色彩が不可分であるように。(……)
 (130~131; ルイーズ・コレ宛〔一八五二年五月十五 - 十六日〕土曜から日曜にかけて 午前一時)