短歌

1. 羽ばたきを重ねて暮らす壺のなか種は汀に葉は岩陰に
2. 歩きつめ氷河に到りすすり泣く炎と秋と火と目と神と
3. 暗い部屋砂漠に絶えて口ずさむ犬は東に驢馬は南に
4. 偽善の日仮面を纏い哄笑す儚き道に揺れるともしび
5. 苦しみを包んで殺す丑三つに書物を燃やせ距たりの語彙
6. 浜に骸[むくろ]沖に紗霧の里暮らし暮れて迷って明けて墓場へ
7. 形而上の塵と埃と非在の輪鐘を打つ手に脈の賑わい
8. 記号の手雨に塗られて回転す無色の意味の空の器の
9. 木苺に一語一語の青い稚児夜目の余命を嫁の読めるや
10. 混沌を刺して溶けだす白鏡光くまなき夜の静脈に
11. 言葉とは涙眼球空の網膜瞳は口に口は瞼に
12. 導きを待って刃の冬時雨霧の彼方に山茶花泣けり
13. 蛮勇も憂鬱怯懦も金次第地獄の果てに眠り咲くかも
14. 漣は鏡小島は赤暗闇水煙灯火仄めき夕べ
15. 眼差しを壊して運ぶ日暮れ時涙じゃ何も片づかないさ
16. 退屈な映画みたいな人生さオレンジ潰して燃えてさよなら
17. 曖昧が乾いて香る現し世に病んで眩んでさてさようなら
18. 語彙を撓め意味を歪めて手慰み歌を憧れ無様に呻く
19. 地球をば丸く束ねて一掴み銀河も星も永劫回帰
20. 犬蓼の赤くはためく園村に太陽落ちて輝き死せり
21. 道という道は傾け海原へ越えて戻って背中を刺せよ
22. 愚劣さを凍らせておくれ東雲よ曙光淡青宙の彼方に
23. 欲望を耕し育て刈り取って種を蒔く人歩き続けよ
24. 時の瀬に睡蓮目白夾竹桃露を結んで天に煌めき
25. 靴を履く踵を亡くして宙返り夢物語語れ小鳥よ
26. 身投げして割れた仮面をまた集めカンポ・サントに埋めて悼めよ
27. 主語を崩し述語を失してまた明日神が不在の神話を紡ぐ
28. 緑色の空と君とのあいだにはたましい泣いて身はほどけゆく
29. 聖人の雪が降る日に罪を撒く救いは忘れ骨は地中へ
30. 形のない風が吹く夜に天邪鬼椎の枝葉の川波揺れる
31. 天の川振りさけ見れば葬列の百鬼夜行の星は去来す
32. 白光の眠り儚き宮城に辛い言葉を甘く満たして
33. 擦り切れた時の着物を脱ぎ捨てて我は笑おう緋色の空
34. スイッチを押して流れる鎮魂歌夢の仔犬の皮膚の痣まで
35. 海辺とはあらゆる比喩の終わる場所油を撒いて詩集を燃やせ
36. 大虐殺血の火達磨の通せんぼ潰れた声で叫べ慈愛を
37. 朝と昼と宵と真夜中溶け合って時の抜け殻砂丘に落ちて
38. 罠に掛かり恋を丸めて捨ててなおあなたの頬の暗く艶めく
39. 愉しみはブラスバンドの残酷さトランペットの泣き声醒めて
40. 軍艦を積んで崩して儲け物苔生す弾[たま]に小鳥は囀る
41. 朝ぼらけ原始時代の戦いの苦しみ招く雲の色かな
42. 苦しみは煙草金塊肌の色奴隷の論理かざして月に
43. 切なさを殺して溶かすその刹那蜥蜴の尻尾ついに戻らず
44. 主人にも奴隷にもならぬ矜持持て尻の黄色い猿の小山で
45. 目くるめく白銀灯の血の涙無色無臭の宝石になれ
46. 神の前で白紙委任の嫌らしさ銅鏡銅貨刀で割って
47. 音楽に踊る雨夜の傘の群れ黒声白声撃てよ左脳を
48. 独裁よ貴様の胸は尖ったガラス歌はいけない身を焦がすから
49. 労働を越えて言葉は手に変われ足は権利に瞼は星に
50. 逆転の世界で鳴らす音楽は血か蜜の味義務など棄てて
51. 白い夜は戦争よりも長いから朝が来るまで痛みと握手
52. 絶望を品良く保つ憂愁は希望も届かぬ空に散らして
53. くだらない夜に滲んで吐く熱をサディストどもが吸えば泣くだろう
54. 美しく死ねば遺体も未知の星言葉のなかに生まれ変わるさ
55. 二二時四五分の鐘が鳴る過[あやま]てる夜の我はいずこへ
56. 足よりも手よりも頭よりも先に心よ踊れ短き鼓動に
57. 過ちを忘れ月夜に雨が降る街灯の暈に解けぬ智慧の輪
58. 死んだ人は二度と生き返らないからピアノを鳴らせ沈黙の日に
59. 恋をする勇気持たない暇人が口ずさむのさ白髪の唄を
60. 散歩して悲しさばかり拾い上げ侘しい風に涙枯らして
61. 明け暮れてまばたきだけが拠り所夜の睫毛に雫垂らして
62. 儚くて今日も今日とて独り言亡霊讃歌暗む足取り
63. 白糸と鉄と鎧の狂詩曲踊り狂って死ねば本望
64. 金の爪で裸の風を殺しては哀しみばかり呑んで窒息
65. 欲情が腐った林檎を齧り出す泣き虫だらけの失楽園
66. 革命の唄になれないこの愛は魔法使のさびしい目つき
67. 沈黙の息吹孕んで鳥になる絶望運ぶ負の孤島まで
68. 美しい希望の抜け殻携えて我は沈めりまなざしの底に
69. 臆病な動詞のなかの追憶で思い出してよ星の言語を
70. 肥大した睾丸さげて戦争へ死神犯せ族長の秋
71. 眼裏に薔薇の宇宙の構造を耳に孤独を口には愛を
72. 発熱の愛は湿って疫病に溶けて乾いて炎天挽歌
73. 孤独とは夜空霧雨緋色の塔心臓ばかり軋むこの身よ
74. 夕暮れには外へ出たまえ誰もかれも罪喰い人の不実な腕に
75. 伝説のさなかにいない僕たちは時間も言葉も無限も超えて
76. 禽獣の歩行者天国突っ込んで白鳥捕らえ一緒に渡る
77. 悲しみは空き缶道路薄の穂夢の畔でまた会う日まで
78. 約束は破るためにこそあるのだと手紙をくれた若者いずこ
79. 一滴の雲もない空羽ばたいて西陽のもとに帰る赤子よ
80. 存在を擦って燃やした昨日から受け継ぐものは燐の光だけ
81. 剝ぎ取られ白紙のように血を抜いて透き通る肌にほくろはいくつ
82. むき出しの骨と血肉と歯の裏に小人が棲んで脳を直すよ
83. 青色の汁を流して一休み穴から穴へ凍えないように
84. ガラス窓の向こうに佇む亡霊を抱いてキスして初めて笑え
85. 人工の光を浴びて手を振って影を踏まれて生まれ変わって
86. 照明に荒れ果てたこの丸部屋へ鎮魂歌来る悲しいリフレイン
87. 宝石のように目も手もなくなって声のみ残れ光はいらぬ
88. 我らの唄あれはハーレム・ノクターン眠れ眠れと森の木霊に
89. 連れて行ってもぬけの殻の楽園へ夢より朧な現のなかへ
90. 成熟よ睫毛の下に陽を浴びて目を細めればまるで虹のなか
91. 唇を青く濡らしてこの夕べ波間に憩う燃え尽きるまで
92. 郷愁は寂しい木馬雲の上に嘶き渡り雷[いかずち]となれ
93. 鴇色のやさしい人はおしなべてうつむき歌う風の言葉を
94. 我が恋は静かに憎む灼熱を口笛吹いて氷雨の唄を
95. 寂しさを固めて埋めて悼む時コンクリートの産声を聞く
96. あてどない夢の過剰によろめいてまばたきもせず涙降る夜
97. 果てもなく薄れて見える街角に娼婦と猫と指切りしよう
98. 枯れ果てた河床のような悲しみは透明だけが救ってくれる
99. 虚しさばかり豊かに漂う日暮れ時血管が詰まるような青空
100. 牙を研ぎ獣になろう黙々と瞼に優しい草を生やして
101. 眠ったら唇のように撫でてくれ俺も貴方を泣かせてみせる
102. 指と指を絡めて平等を作る苦しい吐息銀の心音
103. 罪と罰を雨に溶かしてから騒ぎ裁くは神が嘆くは人が
104. 花畑に行方不明の君のため恋の構造分析しよう
105. 月の陰で言葉を食べる兎たち地球を夢見て叙事詩を綴る
106. 美しい破片となった時間だけ投げて散らして一人で遊ぶ
107. ナイフ持て世界の心臓貫いて流れ出た血で罪を清めよ
108. 黄昏に行くあてのない幽霊は動物たちにキスして消えろ
109. 一杯のきれいな水が欲しいのに手に入るのは雨の尨犬
110. 明け方にクリーム色の夢を見て破壊衝動堪えて眠る
111. どぶ板のハツカネズミとダンスして月の写像へ向けて宙返り
112. 復讐よ儚く散って風になれ恋も恨みも刃も捨てて
113. 文学の全体主義を夢想するトワイライトの夜明けは間近
114. 月光の共産主義のただなかで革命前夜の太陽墜ちる
115. 夕暮れて影法師たちのセレナーデ鳥も樹木も風に狂って
116. 儚くて正義も罪も平等も犬に喰わせて空き地に埋める
117. 鈍色の涙を燃やせ不死鳥よ氷雨に刺されて血を噴きながら
118. 寝覚めしてゼニアオイ色の黄昏に狂気の本を繙き耽る
119. 真っ青な原始時代の白夜にて無涯の海に投身自殺
120. 旋律のない音楽でから騒ぎ悪魔を呼んで朝まで狂う
121. 暗がりで裸に触れたその日から君は涙を見せなくなった
122. 死神と背中合わせの逃避行ドライブしよう黄泉の果てまで
123. 何が嘘かもわからないこの世では歌うだけだよ愛の呪文を
124. 監獄でメメント・モリを唱えつつ純粋音楽夢見て眠る
125. 人波を縫って奏でる鎮魂歌白く乾いた煙を吸って
126. 文字のない書物を君に贈ります青い裸をそこに埋めてよ
127. 街角でバスに轢かれた猫を見て雨が降ればと祈らずおれぬ
128. 古ぼけたアパートの灯が消える頃朝は痛みを背負ってくれる
129. 砂を喰らい喉を灼かせる炎天下水はいらない涙が欲しい
130. 後れ毛を搔きあげながら唄歌うあの子の眼には無限が見える
131. 頭蓋骨が溶けるような虐殺を夜は戦争より長いから
132. 純白の真昼の光の只中で蝶が孵化する夢を見てから
133. 死人[しにびと]が腐った林檎を齧りだす列車のなかですすり泣く君
134. 道端の小石を拾い涙するいかなる夜も祝福だから
135. 結晶と化した林檎を齧り捨て山越え向かう緑の国へ
136. 明け方に台風の目を刺し殺す風が絶えたら俺も死ぬから
137. 赤らんだ石の記憶が忘れられ歴史は腐る樹液のように
138. 寂しいと今言ったのは僕の瞳? 夜空の下ではすべて眩しい
139. 白紙にて青い照明灯しつつ鉱質インク撒いて詩を書く
140. 黄昏の砂の帳を切り捨ててスケッチしよう虚無の色味を
141. 崩れ落ちたガラスの破片で指を切り血を撒き描く真理の唄を
142. 白っぽい道の遠くで霧が泣くなかで踊るは悪魔の僕[しもべ]
143. 暮れ方に両手をだらり道に下げ西陽を吸って息吹き返す
144. 「ロリータ」と発語するたび舌を噛む血塗られた唇でキスしたい
145. 唇の口内炎を貫いて叫べる声があればいいのに
146. 冥王星から降り注ぐ宇宙塵白夜の空に溶けて光れよ
147. 胎内に神を宿した女が言う「狂った人ほど純粋なのよ」
148. 色褪せた水晶よりも純粋で貴婦人よりも淫猥なもの
149. 虹色に泣いた視界を横切って子犬が吠える声を枯らして
150. 崩壊よお前の唄は聞き飽きた真っ赤な雲から注ぐ銃弾
151. 路地裏をばかり選んで闊歩する後ろめたくて表に出ない
152. 儚くて今日も今日とて徘徊す臨終までに地図を埋めたい
153. 誰も彼も死ぬというのにこの世には挽歌もなけりゃ終末もなし
154. 陽炎と氷の塊引き連れて砂漠を行こう天使のもとへ
155. 日暮れ前に紫色の唇は帰らなければ凍えぬように
156. つぎはぎだらけの楽器を抱え込み歌おう永遠[とわ]に目覚めぬ夜に
157. 家出しよう終日[ひねもす]雨の白夜には不確かな気が狂わぬように
158. へい兄ちゃん何か一曲やってくれ眠りも家も目もない俺に
159. 殺人が大衆化したこの世では天使も悪魔も欠伸ばかりさ
160. 冬なのか夏の日なのかわからない沼に沈んで空見上げれば
161. 鉄の環をちぎってはまた繋ぎ替え位牌を作る君悼むため
162. 逝く君の手首と髪を抱きしめて脈動測る世の最後まで
163. 劇場の燃える舞台の上に立ち詩を読み叫ぶ声嗄れるまで
164. エンパイア・ステート・ビルの跡地にて花を捧げる天に向かって
165. 神様の気まぐれな手にすくわれて君と出会った親子のように
166. 君思う大停電の真夜中に戦争よりも遠い朝まで
167. 行く春の昼間の雨を懐かしむコップの水の震える夜に
168. 寂しくて僕らは頬を膨らませガムを吐いてはまた踏みつける
169. 残酷な映画みたいに待ちぼうけ一人で歩く赤ん坊連れて
170. 黄昏の光のような音楽で悪魔を刺して血の海に踊る
171. 真夜中の白痴になって歌唄うそれだけでもう一篇の詩さ
172. 禁じられた遊びに耽り夏を越え秋風のなか涙を落とす
173. 神話よりむごい男さこの俺は孤島のような背中をしてる
174. 夢の縁の砂地に足を埋[うず]めつつ根のない樹として雨をただ待つ
175. 陽炎を吸い込みうねるあなたの髪は炎天下にて蛍を宿す
176. 耳たぶを掴んでひねりあっかんべすれば暑さも和らぐはずさ
177. 空腹を抱えて眠り目覚めれば雨垂れの音が銀河色して
178. コンビニに生まれ変わってしまっても君はわたしを見つけてくれる?
179. 晴れ渡る空安息の日曜に自殺すれば成仏できるかも
180. 冴え冴えと月の亡霊泣く夜に雨が降るあの娘が眠ってる
181. 鳥の唄歌う緑のあの人は俺を見つめる風景のよう
182. 言の葉に意味を託して今日も雨純粋音楽憧れながら
183. 溺死者を引き上げ悼み灰にして崖の上から海に還せよ
184. 滑らかな歯ぎしり立てて宙返りくるるくるると舌に血の味
185. サーカスの子熊が遊ぶ玉の上銀河は回る地球を乗せて
186. 革命が今晩頭上を通過する一杯呑んで遠雷を待とう
187. 青空は魚平等死の定めすべての比喩を吸い込む調べ
188. 強さとか悲しさだとか言うけれど食べられないそれが詩の運命[さだめ]
189. 大海はあらゆる比喩の終着点そこから先は頁の外さ
190. 名前がない家も妻もなく食べ物もあるのは朝と昼と夜だけ
191. 東京は監視の都ならばいっそ裸を晒せ囁き声で
192. 青空の深いところに馬がいるすべての道は牢屋に至る
193. 死に人は帰らないから歌うのさ僕の心を取り戻すために
194. いかにして跡形もなく消え去るかそれを考えながら眠ろう
195. 盗賊と兵士と母と火を囲み酒を交わそう夜は祝福
196. 葬式の読経のなかでふと気づく千年前にも聞いた唄だと
197. 一〇〇年後のフランツ・カフカになりたくて手紙を書くけどフェリーツェがいない
198. 迷宮の亡霊になって夜もすがらどの部屋に行けば成仏できる

(2019/1/20, Sun. - )