2019/2/8, Fri.

 やはり外出の疲れがあったのだろうか、正午過ぎまで床に留まってしまう。睡眠時間は一〇時間三五分。長い。ダウンジャケットを羽織って上階へ、母親は買い物などの用事で出かけていた。台所に入ると、蓮根と蒟蒻とひき肉の煮物があり、汁物も作られてある。それぞれを温め、米をよそり、ほか、ゆで卵を一つ持って卓へ。新聞を読みながらものを食べる――読んだ記事は、パレスチナ関連のものと、ベネズエラ関連のもの。そうして食べ終えると薬を服用し(あと二回分しかなくなったので、明日何とか午前中に起きて医者に行かねばなるまい)、皿を洗い、仏間に入って前日に母親がYさんから貰ったという多くのクッキーのなかから三つ取って下階へ。自室に戻ると一二時半から早速日記を書く。前日の分である。天気は曇り、昨日に比べるとやや肌寒く、ストーブの温風を足もとに吐き出させる。二時間を書き物に費やし、二時半を過ぎたところで一旦中断して上階に行った。母親が帰ってきていた。ケンタッキー・フライドチキンを買ってきたと言うので頂くことにして(大きいものと小さなものとで一人二つずつだと言った)、小さいスティック状のものを一つ電子レンジで加熱して米をふたたびよそる。そうして鶏肉をおかずにして米を食ったあと、やはりケンタッキーで買ってきたというアイスクリーム・モナカも頂き、それから風呂を洗った。それから緑茶を用意して自室へ戻り、茶を飲んで一服してから、日記の続き。先にこの日の分をここまで書いてしまい、三時四〇分。それから前日の分を引き続き綴る。今のところはまだ六割から七割というところだろうか。BGMはFISHMANS "Walkin'"をリピートしている。
 五時過ぎ、二月七日の日記は完成。大仕事が終わった。それからMさんが前日に言っていた(そして以前ブログにも書いていた)中村佳穂というアーティストを探って、"きっとね!"(https://www.youtube.com/watch?v=DGmQRSUuKFY)を聞いたがこれは確かにやばい。洗練と、その一般的な洗練からちょっと外れた、冒険的な要素の同居がまた一つ新たな洗練の領域を形作っているという稀有な才能だ。オフィシャル・ミュージック・ビデオが作られているわけだが、これがメジャー・シーンの流通に乗っているのだとしたら、日本の音楽もまだまだ捨てたものではない。Suchmosにせよ、ceroやWONKにせよ(この二つはまだこちらは正式に聞いたことがないが)、SIRUPにせよ、洒落た音楽が最近はどんどん出てきていて、一大ムーヴメントを形作りつつあるのではないか?
 それからSさんのブログを、昨夜のうちにちょっと読んだのだが、正式に読む。一九六一年のBill Evans Trioについての感想が相当程度一致していたことは喜びである。その"All of You"についての記事を読んでいる最中、突然、All of Youというのは「あなたのすべてを」という意味ではないかと気づき、はっとした瞬間があった。「細部まで一つ残らずおぼえてしまいたい」という欲望を差し向けるにおいて、これほど相応した曲もないのではないか。「あなたのすべてを愛している」と歌う曲に対して、「あなたのすべてを記憶したい」「あなたのことを一つの隈もなく把握したい」という欲望を向けていたわけだこちらは。こうした曲の意味的な領域を意識することは今までまったくなかったのだが、曲の内容がこちらの欲望の内容をまさしく先取りしていたことに気付かされたわけである。
 ブログを読み終えると上階に行った。ストーブの前にタオルが乱雑に置かれてあったが、まだもう少し乾かすので畳まなくて良いと言う。散歩に出てくると行って、灰色の少しくたびれたような短い靴下を履き、外に出た。道を行っていると、飛行機の飛ぶ轟々という音が頭上から降っており、左方、南の空に目を上げれば、星も出てはいるものの空の低みには薄雲が窓から射し込む朝の、まだ透明感に溢れる光のように淡く掛かっており、空は全面灰色で、その下にあると道も殊更に薄暗く映る。西の空にほとんど孤のその輪郭しかない月が出ており、良くない視力のためにそれが三重か四重にぶれてぼやけて見えたのが、すぐに林の樹々に姿を隠してしまう。坂を上っていくあいだ、空気はやや冷たく脇腹に寄ってくるが、翌日雪が降ると噂されていても震えるほどの寒さではなく、風も走らない。今冬は本当に暖かく、身が震えるほどの寒気というものをまだ一度も覚えていないように思う。いつもと違って裏路地の途中で、急坂に折れて上って行き、自分の影が路上に濃く映った状態から前方に緩慢に伸びて行き、薄らいで消えたと見る間にふたたび右手に現れて石壁に掛かりながらまた伸びて薄れて行くのを見ながら、梶井基次郎が何かの篇のなかでやはり夜道を歩いて電灯や月に映される自らの影を描写していたなと思い出した。

 有樂町から自分の驛まではかなりの時間がかかる。驛を下りてからも十分の餘[よ]はかかつた。夜の更けた切り通し坂を自分はまるで疲れ切つて歩いてゐた。袴の捌ける音が變に耳についた。坂の中途に反射鏡のついた照明燈が道を照してゐる。それを背にうけて自分の影がくつきり長く地を這つてゐた。マントの下に買物の包みを抱へて少し膨れた自分の影の兩側の街燈が次には交互にそれを映し出した。後ろから起つて來て前へ廻り、伸びて行つて家の戸へ頭がひよつくり擡[もたが]つたりする。慌[あわただ]しい影の變化を追つてゐるうちに自分の眼はそのなかでもちつとも變化しない影を一つ見つけた。極く丈の詰つた影で、街燈が間遠になると鮮かさを增し、片方が幅を利かし出すとひそまつてしまふ。「月の影だな」と自分は思つた。見上げると十六日十七日と思へる月が眞上を少し外れたところにかかつてゐた。自分は何といふことなしにその影だけが親しいものに思へた。
 (『梶井基次郎全集 第一巻』筑摩書房、一九九九年、59~60; 「泥濘」)

 そうして表に出ると車の流れに引かれるようにして風が駆けており、さすがに冷たく面の皮が張るようで、耳も痛くなりそうだったが、やはり身を震わせるほどの威力はなかった。街道沿いに行って、八百屋のトラックが停まっている肉屋の脇で右に折れ、薄暗い木の間の坂に入った。下りて出るとふたたび輪郭だけの細月が三重四重に刻まれて夜空に現れていた。
 帰宅すると自室に戻り、他人のブログを色々と読む。そうして七時を越えると食事へ。ケンタッキー・フライドチキン、米、マカロニサラダ、モヤシやレタスのサラダ、茸やあれは何なのだろう練り物の入った煮物、鶏ガラを使ったスープ(豆腐・葱・ワカメなどの具)。新聞から日韓関係の悪化について追った記事を読みながら食べ、隧道マニア廃道マニアの女性が出ているテレビもちょっと眺めて、食べ終えて皿を洗うとそのまま風呂に入った。さっさと上がり、室に帰ると今度は「ウォール伝」を読み、そうして九時前から日記を書き足して現在九時一五分。FISHMANS『ORANGE』をBGMにしていたが、やはり"気分"の格好良さは格別である。
 引き続きコンピューターの前に就いて、Ernest Hemingway, Men Without Womenを書見。Mさんの日記が楽しみで、いつ更新されるかとたびたび彼のブログをわくわくと確認しながらの読書だった。この時調べた英単語はたくさんあるので、メモはひとまず後回しにする。一〇時過ぎまで五〇分読み、そこから一一時にふたたび読書を始めるまで日課の記録に空白があるので、そのあいだは何かしらインターネットサーフィンをしたり娯楽に触れたりしていたらしい。一一時から斎藤松三郎・圓子修平訳『ムージル著作集 第八巻 熱狂家たち/生前の遺稿』を読みはじめた。一時間。「無愛想な考察」を読み進めていて、批評とまでは行かない、誰も注目しないような身の周りの物事に対する一種のエッセイのような感じなのだが、ムージルの論理は合間に頻繁に小さな飛躍が挟まると言うのか、論理の結合が緩いような、余白が多いような感じで、文脈に沿って言わんとすることを理解するのが難しい。一時間読み、日付替わりも済むとそろそろMさんのブログが更新されていたのだと思う。ただ実際に読みだすまでまた一時間ほどの空白が差し挟まっている。そうして腹が減ったので両親の寝静まった家内を忍び足で上階に行き、「麺づくり」のあんかけ醤油味を用意した。湯を注いだのを自室に持ってきて、三分ほど待ったあと粉末スープと液体スープをともに投入し、それを啜りながらMさんの日記を読んだ。二月五日、SさんやWさんと会食を持った日の記事で、これが当然のことだがやはり長く、読み終えるのにちょうど一時間掛かった。それで二時二〇分、そろそろ眠気も差していたが床に移ってムージルをまたちょっと読み進めてから、二時四五分に就床した。
 書き忘れていたが、零時から一時のあいだに短歌を三つ作ったのだった。以下に掲載する。

 美しい破片となった時間だけ投げて散らして一人で遊ぶ
 ナイフ持て世界の心臓貫いて流れ出た血で罪を清めよ
 黄昏に行くあてのない幽霊は動物たちにキスして消えろ


・作文
 12:36 - 14:34 = 1時間58分
 15:29 - 17:16 = 1時間47分
 17:23 - 17:26 = 3分
 20:49 - 21:14 = 25分
 計: 4時間13分

・読書
 17:50 - 18:10 = 20分
 18:32 - 19:13 = 41分
 20:21 - 20:44 = 23分
 21:16 - 22:06 = 50分
 23:02 - 24:03 = 1時間1分
 25:18 - 26:18 = 1時間
 26:22 - 26:42 = 20分
 計: 4時間35分

  • 「at-oyr」: 「感謝/驚」; 「Prego! Prego!」; 「All of You」
  • 「晩鮭亭日常」: 「消えたトンカツ。」; 「極楽までに何買える。」
  • 「悪い慰め」: 「日記(2019-02-05)」; 「いつかの日記(だったもの)」
  • 「思索」: 「2月3日2019年」; 「2月6日2019年」; 「2月7日2019年」
  • 「ウォール伝、はてなバージョン。」: 「キリスト教に目覚めていく私。その5。」
  • Ernest Hemingway, Men Without Women: 12 - 16
  • 斎藤松三郎・圓子修平訳『ムージル著作集 第八巻 熱狂家たち/生前の遺稿』: 52 - 64
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-02-05「郵便となったわたしが届きうるすべての宛名を愛している」

・睡眠
 1:30 - 12:05 = 10時間35分

・音楽