2019/6/7, Fri.

 二人の会話のかけがえのなさは、二人が死んだ世界では、私たちも二人も知っている。二人が普通に帰ってきた世界では、そのかけがえのなさを、私たちは知っているが二人は知らない。そして、この二人の存在が与えられていない世界では、そのかけがえのなさは、私たちも知らないし、(言うまでもなく)二人も知らない(というより、そもそも存在しない)。
 この二人の話は、私がでっちあげた作り話である。ぜんぶ嘘なのだ。こんな二人はどこにもいないし、たかが泥棒よけのためにこんなに不自然なほど手のこんだことを考えるものはほとんどいないだろう。もともと私たちには何も与えられていないし、私たちは何も失ってはいない。
 そして、このようなことは、世界中に存在しているのである。あらかじめ与えられず、したがって失われもしないために、私たちの目の前に絶対に現れないようなものが、世界中に存在しているのだ。何も起きていない現実が世界中で起きているのである。私たちが毎日かわしている何気ない会話は、エリック・ドルフィーが音楽について述べたのと同じように、空気のなかに消えていって二度と戻ってはこない。しかしさらに感情に訴えかける事実は、それが戻ってきたからといって、やはりその言葉に特別なものは何もないということである。ロマンチックなもの、ノスタルジックなものを徹底的に追い求めていくと、もっともロマンチックでないもの、もっともノスタルジックでないものに行き当たる。徹底的に無価値なものが、ある悲劇によって徹底的に価値あるものに変容することがロマンなら、もっともロマンチックなのは、そうした悲劇さえ起こらないことである。
 (岸政彦『断片的なものの社会学朝日出版社、二〇一五年、31~32)


 アラームで一度床を離れるも、いつものように二度寝に入って結局一一時四〇分まで糞寝坊。その頃には家の間近で日本共産党の市議会議員、F.H氏が演説をしていて、その大きな音声で意識を確かなものにした形だ。なかなか強い雨の昼だった。上階に行って母親に挨拶し、演説の声が響いて壁や窓を貫き家のなかまで達してくるそのなかで、炒飯や細麺のうどんを温めよそり、卓に就いた。まず、前夜の残り物である茄子と豚肉の炒め物を食べた。それから、鮭やコーンの混ざった炒飯とうどんを替わる替わる食し、最後に玉ねぎドレッシングを掛けた生サラダ――具はキャベツ・モヤシ・玉ねぎ・人参・えんどう豆など――を食った。すると母親が、サイダーを半分飲むかと訊くので肯定し、彼女の用意してくれた炭酸飲料を口にしつつ、バナナも母親と半分ずつ分け合って食べて食事は完了である。台所に立って食器を網状の布でごしごし洗って乾燥機に入れておくと、階段を下って自室に帰った。コンピューターを起動させると早速FISHMANS『Oh! Mountain』を流しだし、日記を書きはじめた。前日の記事はもうほとんど書かれてあったので、僅かに書き足したのみで完成し、この日の記事もここまで短く綴って、現在時刻は一二時半に近づいている。
 前日の記事をブログに投稿したあと――Mさん方式で、他人の著作から書き抜いた文章を毎日の記事の冒頭に引用して掲げていくことにした――図書館で借りている三枚のCDの情報をEvernoteに記録した。Marc Ribot Trio『Live At The Village Vanguard』、Seiji Ozawa: Toronto Symphony『Takemitsu: November Steps etc.』、Bob Dylan『Live 1962-1966: Rare Performances From The Copyright Collections』の三作である。それに三〇分ほど使ったのち、『岩田宏詩集成』の書抜きを始めた。手帳にメモしてある頁と断片的な文言を参照しながら打鍵を続け、途中でFISHMANSの音楽が終わったのでBob Dylan『Live 1962-1966: Rare Performances From The Copyright Collections』にBGMを移行させながら岩田宏の詩句を写した。この時書き抜いたなかでは、『いやな唄』収録の「むすめに」という作品が非常に素晴らしいと思うので、先日Twitterにも投稿したばかりだが、ここにも改めて全篇引いておく。

 ことばは手に変れ
 とても男らしい手に
 すこし汗ばみ すこし荒れた
 実用的な手に なぜなら
 ぼくはことばを
 突き出さなければならない
 自殺を決心したむすめ
 あなたに なぜなら
 それがぼくの権利
 あなたの義務は
 思いつめ 思いつめること
 まるで追いつ追われつ
 走るように なぜなら
 夜は戦争よりも長いんだ
 政府もあなたも徹底的に一人で
 朝ほど痛い時間はほかに絶対ないんだ
 そのことを百回あるいは
 千回思って絶望しなさい
 あなたは睡眠薬を二百錠飲むつもりだが
 薬より口あたりのわるいことばを
 あなたの穴という穴に詰めこむのが
 ぼくのほんとうの望みなんだ
 サディストどもが
 拍手している ぼくは
 あなたにあげる
 握手を!
 (『岩田宏詩集成』書肆山田、二〇一四年、56~57; 「むすめに」全篇; 『いやな唄』)

 特に鮮烈なのは、「夜は戦争よりも長いんだ」から「ぼくのほんとうの望みなんだ」までの節で、この冒頭の比喩は短歌にもたびたび借用させてもらっているこちらのお気に入りのフレーズである。
 岩田宏の詩句をコンピューターに記録したあとは、大層久しぶりにMさんのブログを読むことにした。彼のブログもSさんのブログもそのほかの人たちのブログもここのところ、まったく読めていない。fuzkueの「読書日記」ももはや読むことを諦めてしまった。しかし同じ日記作家として彼の活動を応援したい気持ちはあるので、月々の課金はやめないつもりである。確か半年ごとくらいに日記を書籍化したものを贈ってくれるというサービスもあったような記憶があるから、その書籍化されたやつをまとめて読めば良いのではないかと考えている。それで、Mさんのブログを五月二四日の記事から四日分読むと、もう時刻は二時半だった。それから渡辺守章フーコーの声――思考の風景』の書見に入った。ベッドの上で薄布団を身体に掛けながら書籍を読み進める。音楽は途中でBob Dylanの長いライブ音源が終わりを告げたので、同じBob繋がりで、Bob Marley & The Wailers『Live At The Quiet Knight Club June 10th, 1975』を繋げた。そうして四時一四分まで文を読むとそろそろエネルギー補給でもするかというわけで書見を中断し、しかし上階に行く前に最近伸ばしっぱなしで鬱陶しくなっていた陰毛を処理することにして、下半身を丸出しにしている情けない姿が外から見えないようにカーテンを閉め、ハーフパンツと下着を脱いでベッドに座った。そうして股間の下に二枚のティッシュペーパーを敷き、Bob Marleyのレゲエが流れるそのなかで、縮れた毛の群れを左手で掴み、右手に持った鋏でじゃきじゃきと切っていく。性器を傷つけないように慎重に鋏を操作して、周辺の毛を概ね短く切り揃え終わるとティッシュを丸めて黒々とした毛を包み込み、ゴミ箱に捨てて服装を元に戻した。そうして上階へ上がった。
 まず玄関の戸棚から三合の米を笊に取ってきて、流し台の前に就いた。右手の指を鉤爪型に曲げて、笊のなかに流水を落としこむとともに米粒の集合をじゃりじゃりと擦り洗っていく。そうして良いところで水からあげ、笊を振って水気を切ったあと、すぐに炊飯器の釜に収めて水も注ぎ、六時五〇分に炊けるように機械をセットした。それから昼間のうどんの残りを小鍋で熱し――加熱しているあいだは立ったままバナナをぱくついた――丼に注ぎ込んで卓に向かった。新聞を瞥見しながらうどんを啜り、デザートとしてキャラメル風味のラスクを齧ると、台所に戻って食器を洗った。それから、今日は母親が仕事で帰りが七時くらいになるので――こちらも七時半から一時限のみ勤務がある――食事の支度を簡単にしておくことにした。冷蔵庫を覗くと茄子、エノキダケ、白菜などがあるので、茄子とエノキダケを炒め、茸の一部を白菜とともに汁物にすれば良かろうと献立を組み立てた。それで下階からFISHMANS『ORANGE』のディスクを持ってきて、CDラジカセで流しだしながら野菜を切った。沸騰した小鍋に先にエノキダケと白菜を投入して煮はじめたあと、フライパンにオリーブオイルを引き、その上からチューブのニンニクを押し出して落とした。そうして茄子を炒めはじめた頃、音楽は四曲目の"MY LIFE"に差し掛かっていた。それを歌いながら、蓋をしたフライパンを時折り振って茄子を加熱し、適当なところでエノキダケも加えると、汁物の方に味噌を溶かし入れ、そのほか粉の出汁や椎茸の粉も混ぜ、味噌だけでは薄いような気がしたので醤油を少量混ぜた。それからフライパンの蓋を取ってみると、茄子から色素と水分が出たようで、エノキダケが薄青く、何とも食欲をそそらない色に染まっていた。味付けをして色を誤魔化そうということで、すき焼きのたれを入れたが、量が足りなかったので、こちらにも醤油をさらに加えて、何とか色合いは酷い状態から脱することが出来た。それで食事の支度は終わり、サラダは昼間の余りが残っている。そうして洗面所に入って髪を整え、髭を剃ってから下階に戻ってくると、Bob Marley & The Wailersの音楽をふたたび流しだし、日記を書きはじめた。打鍵を始めてまもなく、蒸し暑さを煩わしがって、くたびれた黒の肌着を脱いで上半身裸になった。そうしてここまで打鍵し、現在五時半過ぎである。雨はどうやら止んだらしく、歩いて出勤できるかもしれない。
 それから肌着のシャツを身につけ直し、仕事着に着替えた。淡い水色のワイシャツに紺色のスラックス、ネクタイは灰色を地の色としてその上に細かな四角形と赤い点が散ったものである。紺色のベストも羽織って姿形を整えると、歯磨きをした。それからベッドに上り、出勤前の一時間ほどを読書に使うことにした。渡辺守章フーコーの声――思考の風景』である。ヘッド・ボードと背のあいだに挟んだ枕やクッションに凭れつつ、胡座を搔いたり脚を前に伸ばしてくつろいだりしながら渡辺守章の文章を追った。そうして六時四〇分に至ると本を置き、手帳に読書時間を記録しておいて、財布と携帯を入れたクラッチバッグを持って上階に行った。居間の食卓上の暖色の電灯を点けておくとすぐに出発である。焦茶色の靴を履き、玄関を抜けるとポストに寄ってビニール袋に包まれた夕刊を取って室内に入れておき、そうしてから黒傘を持って道に出た。なかなかに涼しい空気の暮れ方だった。坂に入って上っているあいだ、梢の厚く重なったその下、道の縁にはぽたぽたと落ちるものもあったが、あれほど強い雨が長く降ったのに、こちらの歩くあたりでは水滴が頭を襲うこともない。坂を抜けるとホトトギスの声を遠く背後に聞きながら表を目指し、街道に出る頃には、涼しいとは言ってもさすがにベストまで羽織ってネクタイもきちんと締めていると歩いているうちに身体が温もって、シャツの内側の腕の肌や前髪の裏の額に湿り気が現れていた。
 表通りの途中にあるバス停の脇、乗車客が座って待てる貧しい小屋のような建物の軒下に、燕が巣を作ったようでそこから空中に弧を描いて飛び立っていく親鳥の姿が見られた。なかでは子供らが餌を待っているのだろう、ぴいぴいと姦しく鳴く声が落ちる。そこを過ぎて老人ホームの角を曲がり、裏道に入ると前方から向かってくる女子高生が、白線の上をはみ出さないように、両足を踏む軌跡をまっすぐにしながら歩いていた。ランウェイを歩くモデルをちょっと連想させる歩き方だ。
 既に七時前、鳥たちはもう塒に帰っていったのか、頭上から落ちる声はなく、表通りの方から燕らしき鳴き声がちょっと響いてくるのみである。鳥のいない電線の彼方に広がる空は全面雲に覆われて、暮れ方なのに青味は見られず鈍い白に均一化されている。足もとのアスファルトから薄暗い宙空まで空間全体が濡らされたような宵だった。そのなかを歩いていると前方に、黄褐色の体色をした猫が一匹現れた。こちらの足音を聞きつけているのか、足早にとことこと歩いていくが、道の端に沿ってまっすぐ向かっていくのみで、民家の敷地に入っていったり物陰に隠れたり、すぐに逃げる素振りは見せない。その猫を追いかけるようにして歩いていくと、件の家の前で白猫が台に乗って佇んでいたが、もう一匹の猫はそれに関心は見せずに過ぎて、いつも白猫が寝そべっている家の入口から敷地内に入りこんで行った。
 七時を過ぎたあたりでようやく空に僅かばかりの青さが見受けられるようになった。職場に着くとこんにちはと挨拶をして入り、座席表を確認してから奥のスペースに行く。ロッカーにクラッチバッグを仕舞っておき、それからタブレットを取ってきて授業記録を確認したあと、入口付近でタイムカードを通して準備を始めた。そうして授業、この日の相手は(……)くん(中一・国語)と(……)さん(中三・英語)の二人である。授業直前まで入口付近で生徒の出迎えと見送りを行い、チャイムが鳴ってから教室奥の区画に入ると、そちらの区画にいるのは我々三人だけだったので、何か我々だけ隔離されているよねと言って笑った。そうして授業が始まると、(……)さんは初めて当たる相手だったので、初めまして、Fです、よろしくお願いしますと挨拶をしたのだったが、すると彼女が何やらふふっと小さく笑いを零したので、何でやねんと早速突っ込んだ。自己紹介したら笑われるって何でやねんと似非関西弁で突っ込んでさらなる笑いを引き出して、和んだ雰囲気でスタートを切ることが出来た。その(……)さんだが、単語テストの勉強はしてこなかったと言うので、今日はテストはやりませんと宣言し、その代わりに今練習してもらいますと指示した。それでちょっと練習してもらってから、三つこちらがピックアップしてさらにそれらを覚えるように伝え、ちょっと経ってから用紙を裏返して答えを隠しながら確認、という方法を取った。そうして書くことができたそれら三つの単語は、早速ノートにメモさせるという流れである。それから前回の復習を行ったのだが、ここで最上級が出てきたのでこちらも解説してそれもノートに記録させた。(……)さんは英語は結構苦手なようで、宿題を確認するとknowとかvisitの意味がわからないレベルだったのでそれらも勿論記録させ、宿題の確認にせよリスニングにせよワークの問題にせよ、英文を日本語に訳せるようにするという点に傾注して授業を進めたのだが、彼女本人は、自分でわからないということがわかっているからだろう、訳をやりますと言うと、苦笑気味に嫌がる素振りを見せたので、もしかしたら多少うんざりしていたかもしれない。しかしそれでもよくついてきてくれた。今日扱ったのは"What's wrong?"とか体調を訊いたり表したりする会話表現の単元だったのだが、ワークの問題を解く前に、まず教科書本文の訳を確認した。一通り確認したあと、shouldの意味は、とか、文を指してここは何て言ってるの、とか、じゃあここは、といった具合で、繰り返し意味を発語させて記憶の定着を図った。なかでもshouldは授業全体を通してかなりの回数訊いたので、結構頭に入ったのではないかと思う。一週間経つと忘れてしまうかもしれないが、授業最初の復習の時間ですぐに思い出せるだろう。二対一だったこともあってこのようにわりと密着した指導ができ、ノートも結構充実させることが出来たのだが、これはやはり二対一で余裕があるから出来ることである。こちらの経験として、二対一が一番指導しやすく――つまりこちらに暇な時間が生まれることがほとんどなく、なおかつ不足なく充分に行き届いた指導ができる――三対一だとやや忙しくて満足な授業をすることが出来ないことが多いように思うのだが、まあ我が社は三対一を根本的なベースとしているのでこの点が変わることはないだろう。
 (……)さんに対して充実した授業が出来たのと対象的に、(……)くんの方は今日は駄目で、何でも雨のなか体育祭をやってきたあとだと言い、それもあってだいぶ疲労していたようで眠っている時間が多かった――こちらとしてもあまり披露を押して取り組ませることはしたくないので、机上に肘をついて顔を支えながら大口ひらいて微睡んでいた彼を放っておいたのだが、授業終盤になって起きるように身体を揺さぶっても起きようとしなかったのはちょっと誤算だった。おかげで扱った頁は僅か二頁、漢字と言葉の問題だけで、読解問題は途中で終わってしまった。チャイムが鳴っても意識をはっきりさせようとしないので、記入していなかったノートの項目をこちらが代わりに記入してやらなければならなかったくらいだ。彼がそのようにだらけていたおかげで(……)さんのきめ細かい指導に注力できたという側面もあるにはあったのだけれど。
 そんな具合で授業を終え、(……)さんに記録をチェックしてもらい、退勤。駅に向かっている途中で傘を忘れてきたことに気づき、小走りになって取りに戻った。お疲れ様ですと改めて挨拶をして退出し、駅に入ってホームに上がると、スナック菓子を売っている自販機の前に行き、小さなポテトチップスの類を二袋買った(一八〇円)。それから最後尾の車両に乗り込み、席に座った。電車は一〇分ほど遅れていた。携帯を見ると、珍しくWから連絡が入っていて、何でも月曜日に子供が生まれたと言う。おめでとうと返信しておき、その後は手帳を見ながら発車を待ったのだが、こちらの対角線上の向かいの席の端に座った男性が、何やらものを食いながら頻りに自分の顔を、ぱんぱんぱんぱんと左手で叩いていて、その音が結構車内に響いていた。何かものを一口口に含んだかと思うと、咀嚼の代わりのように――実際には咀嚼しながらだろうが――顔を叩き出すようだったが、何故そんなことをしているのかわからなかったので、もっと注視して観察したかったのだけれど――そしてそれを日記に書き記したかったのだけれど――あまりじろじろと視線を送った結果絡まれたりしても困るので――そうなるのではないかという可能性を頭に浮かばせるほどにはいかつい顔つきの人だったのだ――それほど緻密な観察は出来なかった。じきに遅れていた電車がやって来て、ホームの向かいから乗り換えの人々が入ってきた。こちらの左方には女子高生が座り、そのあとから知り合いらしき男子高校生もやって来て隣に座り、どうでも良いような他愛ない話で談笑していた。こちらの正面、向かいには年嵩の男性が座り、その醒めた青のジーンズや、おそらくVANSの――目が悪くて文字がうまく読み取れなかったのだが――ややくたびれたようなスニーカーや、耳をイヤフォンで塞ぎながらそれが繋がったスマートフォンを操作している様子などをこちらは眺めて、到着を待った。最寄り駅に就いて降り、ホームを歩くと、追い抜いた二人の男が、一方は若者、もう一方は中年だが、どちらも手もとの携帯を覗き込むようにして顔を伏せ気味にしてゆっくり歩いている。電車のなかに視線を移せば座席に座っている人々もことごとく顔を伏せてスマートフォンの画面に注視しており、そうしていない人が見当たらないくらいで、この画一性は改めて目撃するとちょっとした驚きを覚えるような光景だった。小林康夫が『日本を解き放つ』のなかで述べていた、「存在とは別の仕方で」という言葉が思い出された。

 小林 やっぱり世界のなかに存在しているということですよね。世界内存在、あるいは世界に帰属している存在として。でも同時に、垂直に世界と向かいあってもいるんです。それが人間です。直立するというのは根源的なこと。この世界は、138億光年の広がりをもってあるのに、わたしは、まるで微小な、ほとんど「無」の存在なんだけれども、しかし垂直にその広大な世界と向かいあう「1本の蘆」である。それを可能にしてるのは、言語です。直立することと言語をもつことはオーヴァーラップしている。わたしという「ほとんど無」の存在が、何億もの銀河系を包みこんだ広大無辺の世界とかろうじて拮抗し、対抗するんです。すごいよね。言語が与えてくれるこの非対称のバランスを通じて、そして、この言葉というロゴスを通して世界を知り、世界を愛する、それはある意味では、人間にとっては、もっとも基本的な衝動なんですよ。「学」などというものではない。人間のもっとも根源的な「運動」なんです。フィロソフィーというのは、たとえそれがギリシャからはじまる「哲学」というものに収まらないとしても、どこかで人間には避けがたいんです。避けることができないんです。
 けれども、世界と向かいあって存在しているという感覚が薄れてしまうと、言語をそのような探求へと発動する心が生まれてこないように思いますね。意識がいつもどこかに接続されて、つねに情報が流れ込んでくる、そういうあり方に慣れてしまうと、向かいあいという拮抗が失われてしまう。からだがなくなって、全方位、だけど世界という不思議が感じられなくなってしまうというかね。自分が「いま、ここ」に存在するというプレザンスの感覚が日々薄くなりつつあるような気がしますね。でも、われわれの脳はそれで充足できるんですよ。脳は情報が入ってくれば癒やされるのかもしれない。これは、脳が存在しているのか、脳ではない「わたし」が存在しているのか、という大きな問題ですよね。
 脳という意識は癒やされる。情報刺激が入ってくればね。テレビを見て、インターネットを見て、映像を追いかけ、音楽を聴いて、さらにはゲームに埋没して、そうすれば、存在という厄介なものは忘れてしまえる。存在って厄介ですからね。
 たとえば引きこもりの人は、引きこもって存在してるというよりは、引きこもって人間の存在を忘れさせてくれる膨大な情報を引き入れていたりする。それは、いまの時代の大きな問題ですよ。「存在とは別の仕方で」存在しているというと、レヴィナス哲学を茶化しているようですけど、レヴィナスが言ったのとは違った意味で、「存在とは別の仕方で」がはやってきているように思えたりします。この現にある世界に、世界内に存在することが、難しくなってきているという奇妙な事態。脳が、この世界ではなく、ヴァーチャルな世界に常時接続しているみたいな、ね。
 (小林康夫中島隆博『日本を解き放つ』東京大学出版会、二〇一九年、389~390)

 そうして階段通路を行きながら、駅前の街道を車が何台か走っていくのを眺めて、例えばあの車の赤い尾灯が流れていく情景の方が、スマートフォンのなかのどんな情報よりも実体的であり、詩情を含んでいて美しいと思うのだが、と考えた。それから駅舎を抜けると横断歩道を渡り、木の間の坂道に入った。樹木の葉叢のなかで雨粒が移動して葉や枝にぶつかって立てているらしき音が、動物が枝葉の上に潜んで絶えず移動しているかのような響きに聞こえた。
 帰宅すると父親の車がなかった。今日は山梨の実家に泊まってくるという話だった。なかに入って母親に挨拶し、すぐに自室に下りていくと服を脱いで、ハーフパンツの気楽な格好に着替えて上階に行った。食事はこちらの作ったものである。丼によそった米の上に茄子とエノキダケの色の悪い炒め物を載せ、そのほか味噌汁などよそって卓に就いた。テレビは何らかのドラマを映していたが、まもなく母親が風呂に行ったので電源を切って沈黙させた。静けさのなかでものを食い、薬を飲んで皿を洗い、そうして下階に戻ると、買ってきたポテトチップスを二袋一気に食った。そうして日記を書きはじめようかなというところで母親が風呂から上がった気配が伝わってきたので、部屋を出て入浴に行った。出てくるとパンツ一丁の格好でソファに就き、『ドキュメント72時間』を少々眺めた。バナナを母親と半分ずつ分け合って食べたあと、下階に戻ったが、労働の疲労のために日記を書く気力が湧かなかった。そうこうしているうちにSkype上でYさんが発言し、通話が始まる気配だったので、コンピューターを電源から外してヘッドフォンを繋ぎ、隣室に移動した。
 そうして通話開始。最初のうちは何のきっかけだったか、Conversation Exchangeというサイトの話になって、YさんはここでEさんやらINさんやらと知り合ったのだが、こちらもちょっと登録してみるかということで、通話しながらフォームを入力していった。プロフィール紹介には、文学が好きだと書き、特にガルシア=マルケスの『族長の秋』が好きで今までに七回読んでいるということを記した。
 その後、MYさんやKさんも通話に参加して、コミック・マーケットの話であったり、『ひぐらしの鳴く頃に』の話であったり、Kさんが今嵌まっているというドラマ『ハンニバル』の話であったりがなされたのだが、あとKさんは明日合コンというものに参加するという話題もあったのだが、細かく綴るのが面倒なので省略する。コンピューターのバッテリーが切れかけたところでこちらは通話を離脱し、自室に戻って書見を始めたが、じきに意識を失って気がつくと四時を迎えていた。そうしてそのまま就寝。


・作文
 12:16 - 12:24 = 8分
 17:05 - 17:34 = 29分
 計: 37分

・読書
 13:04 - 13:32 = 28分
 13:40 - 14:28 = 48分
 14:35 - 16:14 = 1時間39分
 17:44 - 18:41 = 57分
 25:05 - 27:58 = (1時間引いて)1時間53分
 計: 5時間45分

  • 岩田宏詩集成』書肆山田、二〇一四年、書抜き
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-05-24「いずれ死ぬものたちばかり集まってにぎやかな週末のモール」; 2019-05-25「雨水の染み込んだ靴来年の今頃どこで何をしている」; 2019-05-26「手のひらを合わせて息を吹きこんだあなたは誰に何を祈るの」; 2019-05-27「けだものが走る土星の輪の上をお前が死んで今日で七日目」
  • 渡辺守章フーコーの声――思考の風景』: 90 - 222

・睡眠
 2:15 - 11:40 = 9時間25分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Bob Dylan『Live 1962-1966: Rare Performances From The Copyright Collections』
  • Bob Marley & The Wailers『Live At The Quiet Knight Club June 10th, 1975』
  • Fred Hersch『Open Book』