James Francies『Flight』

1. Leaps [James Francies]
2. Reciprocal [Francies]
3. Sway [Francies]
4. My Day Will Come feat. YEBBA [Francies / Abigail Smith]
5. Crib [Francies]
6. Ain't Nobody [David James Wolinski]
7. Reciprocal (Reprise) [Francies]
8. ANB [Francies]
9. Dark Purple [Francies]
10. Dreaming [Francies / Chris Turner]
11. A Lover And A Fighter [Francies]

James Francies: piano / keyboards
Burniss Travis Ⅱ: Acoustic and Electric Bass on 1,2,3,5,6,7,8,9,11
Jeremy Dutton: Drums on 1,2,3,5,6,7,8,9,11
Mike Moreno: Guitar on 1,3,8,9
Chris Potter: Saxophone on 2,5,7,11
Joel Ross: Vibraphone on 2,5,6,7,11
Abbey Smith: Vocals on 4
Kate Kelsey-Sugg: Vocals on 6
Mike Mitchell: Drums on 10
Chris Turner: Vocals on 10

Produced by Derrick Hodge
Co-Produced by James Francies
Recorded by Josh Giunta at GSI Studios, New York, NY
Mixed by Ben Kane at Electric Garden, New York, NY
except "Lover And A Fighter" and "Leaps" which was
mixed by Josh Giunta at GSI Studios, New York, NY
Mastered by Ian Sefchick at Capitol Mastering, Hollywood, CA

Blue Note Records; (P)(C) 2018 UMG Recordings, Inc.
UCCQ-1092


2019/11/10, Sun. 

 一〇時くらいだったかと思うのだが、ふたたび音楽を聞くことにした。今日借りてきたJames Francies『Flight』を早速聞いてみようと思ったのだ。二〇一八年の作品だが、録音日時は明記されていない。まず一曲目の"Leaps"。一聴してみて、序盤はどのような感想を持てば良いのか、こちらのなかに評価基準や語彙が見つからないような感じだったのだが、曲が進むにつれていくらかの印象が湧いてきた。冒頭には一部軽い変拍子が入っており、多分、四拍子のなかに八分の六か何かが含まれていたように思ったのだが、その後は一応、通常の四拍子として聞けるようになったので、この妙な崩しは必要だったのかどうかいまいちよくわからない。楽曲は、明快でわかりやすいテーマ・メロディが提示されたあとにその構成に準じてメンバー間でソロを回していくという伝統的なスタイルではなく、ギターとキーボードによるものだろうか、浮遊的なテクスチャーが常に背景に敷かれていて、曖昧で色彩豊かな夢のような質感が醸し出されている。ソロはないのだろうかと思っていたところで、ギターのMike Morenoが弾きはじめた。流麗ではあるものの、これはあまり強い印象も覚えずに聞き過ごしてしまったが、次にリーダーのFranciesがピアノソロを聞かせて、それがなかなか鮮烈な音使いではあった。ただ、ピアノの音色がやけにきゃらきゃらしていると言うか、そんな擬態語で言い表したいような感触なのだが、これは何か加工されているのだろうか。
 二曲目は、"Reciprocal"である。一曲目の彩り豊かな抽象画めいた浮遊感から一転してハードな感じだが、ソロに入るまでがやはり結構長い。拍子は頭で数えていないのでよくわからないが、一定の範囲を単位にして曲構成が次々と変わっていくタイプの複雑な楽曲で、ソロのあいだもそうだった。最初はChris Potterのサックスソロなのだが、彼はどこにいても全然ぶれないと言うか、音色も高音部での張り方もいつもの通りで、込み入った曲の上を事も無げに乗って渡っていく。次に展開されたJoel Rossというヴィブラフォンのソロでは、ソロの方よりも伴奏のドラムの方に耳が行ってしまった。ドラムはJeremy Duttonという人で、相当に手数が多く多彩で、何をやっているのかはよくわからないものの、非常に高度な技量を備えているのは明らかである。闘争的と言うか、ほとんど威嚇的とでも言いたいような叩きぶりで、上手いのはわかるけれどしかし、叩けるだけ叩けば良いってもんでもないだろうとちょっと言いたくもなる暴れぶりだ。このようなバトル的なドラムがしかし、現代の最先端のシーンの流行りなのだろうか? その後はピアノのソロで、先ほど言ったように曲中で構成や拍子がどんどん変わっていくにもかかわらず、それを全然乱さずに演じているメンバーたちは流石ではあるのだけれど、ちょっとプログレッシヴに、小難しく作りすぎているような気もしないではなかった。聞き終えたあとに原田和典のライナー・ノーツを読んでみたところ、この曲は八分の二一拍子だということだった。
 三曲目、"Sway"。凛とした美しさを持ったテーマ・メロディがあって、先の二曲と比べると取りつきやすい感じがした。ちょっとKendrick Scott Oracleを連想させるような雰囲気も感じられたのだが、そう言えばあそこのギターも確かMike Morenoだったはずだ。しかし、ソロに入ってくるとまた譜割りが何だかよくわからなくなって、フォー・ビートをやっていると思っていたら急に途切れて、複雑になってくる。しかし頭で譜割りを数えて把握しようとすると音楽の本質を見失ってしまうと言うか、単純によく集中できないので、耳を流れに任せた。ドラムがやはり縦横無尽に叩きまくっているために、音像がちょっとごちゃごちゃしすぎているのではないか、情報量が多くなりすぎて濁っているのではないかというような気もした。

     *

2019/11/11, Mon.

 それから、James Francies『Flight』に移った。昨日は一曲目から三曲目を聞いたが、一度聞いただけでは多くのものを聞きこぼしてしまったように思われたので、もう一度冒頭から触れることにして、ふたたび"Leaps"を流した。昨日の日記には、「浮遊的なテクスチャーが常に背景に敷かれていて」と書いたのだが、「常に」というのは言い過ぎだったかもしれない。冒頭付近から序盤のうちにはまだキーボードの音色は聞かれないようだった。ただ、浮遊的な響きを含んだ空間構成になっているのは確かで、これは一つにはギターの音色によるものだと思うが、ピアノの響かせ方も、多分録音の方で何か調整をしているのではないか。また、テーマも、昨日は聞き逃したのか印象に残っていなかったが、ギターとのユニゾンで細かく素早いものが提示されているのを今日はきちんと聞き取った。ただ、「明快でわかりやすい」ものではないというのはその通りで、後半にも多分同じものだと思うが――何しろあまり「明快」でなく、フレーズも細密なので、一聴しただけでは異同の判断がつかない――もう一度ユニゾンで提示される。ところでアンサンブルのなかではJeremy Duttonのドラムがやはり凄くて、ギターソロの裏でも構わずに相当に色々なことをやっており、このアルバムでは彼の主張にかなり重点が置かれているように思われた。このレベルの奏者が多分ごろごろ、とまでは行かないかもしれないが、普通に何人もいるのだろうから、アメリカ、殊にニューヨークという街はとんでもない。魔窟である。総じて、昨日よりも単純に、全体的に格好良いじゃん、という印象を得た。
 続いて、"Reciprocal"。やはり二回聞くと幾分慣れるようで、前日に聞いた時よりも小難しい感じは受けなかった。譜割りは相変わらずよくもわからないが、それを気にしなくとも普通に流れに乗って聞くことができる。音楽の様相はやはり次々に変わっていき、どこからどこまでがワンコーラスなのかもよくわからないのだが、そういう単位では考えられていないのだろうか。サックスのChris Potterは昨日も言ったように流石の貫禄である。今日はJoel Rossのヴィブラフォン・ソロに耳を寄せてみたかったのだけれど、ソロのあいだ、バッキングのピアノとドラムの音が大きく、そのわりにRossのヴィブラフォンはちょっと引っこんだように録れているので、細部まで聞き分けることができず、大きな印象も得られなかった。全体的にドラムはやはり過激で、しかしうるさいという感じも昨日よりはせず、こいつはやばいなという印象に変わってきたのだが、それでもヴィブラフォンの裏ではもう少し静かにした方が良かったかもしれない。あるいは録音やミックスでの調整の問題か。とは言え、これから現代の最先端を目指すジャズ・ドラマーたちは、このような人間と勝負しなければならないのだから、まったくもって大変だなあと思う――まあいつの時代でもそうかもしれないが。ライナー・ノーツによると、FranciesはNew York Timesの論評で、「タッチに液体のように自由自在なダイナミズムを持つピアニスト」(a pianist with liquid dynamism in his touch)と評されたらしいが、「液体的」という形容が当たっているのかはよくわからない――広範囲を縦横無尽に駆け巡る素早いフレーズが得意なようで頻繁に聞かれて、豪勢なピアノではあるけれど。

     *

2019/11/12, Tue.

 Bill Evans Trioの奇跡を二曲味わったところで、James Francies『Flight』に移行して、三曲目の"Sway"を聞いた。Franciesのピアノの特徴として一つ、色彩性とでも言うべきものが挙げられるのではないかと思った。冒頭、イントロのコードの連なりからして、カラフルと言うか、彩り豊かな感覚を覚える。それは決して、けばけばしいということではない。このアルバムのジャケットの、様々な色片の集合で彼の横顔を象ったイラストは、Francies自身の手によるものらしいが、この色彩表現が同時に彼の音楽性への自己言及にもなっているような、美術的センスと音楽的センスが軌を一にしているような気がするものだ。演奏スタイルとしてはやはり、コードの押印のなかからたびたび広く横へひらき突出していく速く細かく息の長いフレーズの転回が主要な特徴ではないか。ライナーノーツによると、影響を受けたミュージシャンとしてOscar PetersonArt Tatumの名前が挙がっているので、そうしたテクニックはあるいは彼らのあの綺羅びやかな駆け巡りを取り入れて、Francies流に発展させたものなのかもしれない。そのフレーズ構成は、今までにあまり聞いたことがないような感触を覚えるが、まったく当てずっぽうの、何となくの印象を言わせてもらえるならば、やはりRobert Glasper以降のピアニストだなと、そういう言葉が脳裏に浮かび上がってこないでもない――両者のスタイルは全然違うとも思うのだが。
 四曲目、"My Day Will Come"。この曲はYEBBAことAbbey Smithという女性ボーカルとのデュオである。この人の歌唱は初めて聞いたが、歌が滅茶苦茶に飛び抜けて上手くてびっくりさせられる。声の細密な移行時にも、音程を微塵も過たず完璧に嵌めて非常に滑らかに推移させてみせるし、声質も各所でとても多彩に使い分けており、音域も相当に広い上に最高音域でも掠れたり弱くなったり音が揺らいだりしない。世の中には本当に、歌の上手い人間がいるものだ。Franciesは彼女を魅せるための堅実なサポートに徹しているという感じで、あくまで歌が主役ということで主張を控えたのかもしれないが、個人的には間奏でもっと本格的なソロを取っても良かったのではないかと思った。
 続いて、"Crib"。今までの曲ではすべてFranciesはピアノをメインに据えて、キーボードはサブといった使い分けだったと思うが、この曲ではキーボードの方がメインとして活用されている。譜割りはまたしてもどうなっているのかよくわからず、ややアブストラクトな感じのする細かく入り組んだテーマの曲で、ソロも各人短く、次々に入れ替わって交錯していくという調子で演じられる。この曲ではサックスのChris Potterが右側で吹き、ヴィブラフォンのJoel Rossが左に位置していて、これは二曲目 "Reciprocal"とは逆になっているのだが、その位置取りの変化に意味があるのかどうかはよくわからない。途中からサックスにエフェクトが噛まされはじめ、また曲のちょうど真ん中あたりで何やら女性が喋る声が入って、それを機に曲構成が転じるのは、いきなりと言えばいきなり、無理矢理と言えば無理矢理ではある。その後は結構アヴァンギャルドな演奏が織りなされるのだが、それでも音像は濁らず、あるいは無調的にならず、やはりあくまでも色彩性めいた要素が保たれているような感覚を覚える。
 六曲目は、"Ain't Nobody"。David James Wolinskiという人の作曲になるもので、ライナーノーツによれば、「チャカ・カーンやピーボ・ブライソンも歌唱したソウル・ミュージックの古典」であるらしい。原曲を知らないのだが、リハーモナイズが甚だしいのがオリジナル版を聞いたことがなくとも明らかにわかる。単純なダイアトニックに沿った進行感を剝奪して希薄にし、ソウルの泥臭さのようなものを消して、かなり洗練させていると思う。サビの変拍子もスリリングで、きちんと数えなかったのでよくもわからず自信はないが、多分一六分の一五拍子か何かで作られていたのではないか。キーボードソロも、あれは何という楽器の音色なのかわからないが、宇宙的とも言うようなトーンで奏でられていてなかなか格好良い。ところでヴィブラフォンのソロが後半に入るのだけれど、歌と重なっており、また二曲目と同様、鍵盤のバッキングが結構大きい音でもあって、やはりフレーズが細部まで聞き分けられなかった。Joel Rossは何となく、このアルバムでは損をしているような気がするのだけれど、本人としては良かったのだろうか。
 七曲目の"Reciprocal (Reprise)"は一分少々の短い繋ぎの曲なので、さほど聞き所はないものの、そのなかでもJeremy Duttonがポリリズムを披露している。あれは何の楽器の音なのだろうか、川面に立ち上がる水柱の飛沫散らす白さを思わせるような感じの響きを取り入れてリズムを段々と変化させていく。最初は三拍子の二周分、つまり六拍子のなかを五分割するようなリズムの取り方かと思ったのだが、完全にそれに固定して嵌めているわけでもないようで、徐々にずらしていく方式を取っていたようだ。

     *

2019/11/13, Wed.

 それから、James Francies『Flight』より、四曲目の"My Day Will Come"を聞いた。YEBBAことAbbey Smithの滅茶苦茶に卓越した歌唱を聞きたくてもう一度流したのだったが、改めて耳を傾けてみてもやはり出鱈目なほどに上手く、息を多く孕んだ柔らかな繊細さから鋭く締まった強靭さまでのダイナミクスやニュアンスの振れ幅が非常に広く、大きい。音程は、ほんの僅かにぶれている箇所すら一音たりともないのではないかと思うほどに、最初から最後まで完璧な正確さで整然と当てられていて、厳密に調律された楽器での演奏のようだ。ジャズスタンダードを取り上げてスキャットなどをやっているのも、是非とも聞いてみたいと思う。
 次に、八曲目の"ANB"。この曲の譜割りはわかりやすく、三拍子が三小節に四拍子が一小節という構成が基本となっている。やはり浮遊感があって淡い色合いの、懐かしい感じのするようなテーマメロディだ。中盤で分厚いコーラスが闖入してくるのは、やはりいくらか唐突に過ぎるような気がするものの、その後のキーボードソロはこのコーラスの霧のなかに溶けこむような音色になっていて、ソプラノサックスかフルートを加工したかのような印象を与える伸びやかな質感が面白い。
 そうして、九曲目、"Dark Purple"。この曲でもふわふわとした感触の靄めいたテクスチャーが背景に敷かれている。それは残響をたっぷり孕んだギターのサウンドと、それに合わせたキーボードの音色との複合体だと思われ、このアルバムではギターは大体一貫してそのような音作りをしていると思うし、鍵盤も浮遊的なサウンドを用いている曲が多い印象だ。浮遊感と色彩性という要素が、James Franciesの音楽の主要な二つの特徴であるような気がしてきた。この九曲目は三拍子が三小節に二拍子が一小節、という構成だったはずが、いつの間にか尋常な四拍子に変わっている。譜割りの複雑さや、色々な拍子構成のあいだのスムーズな移行というのも、Franciesの作曲の特徴として挙げられるだろうか。

 出発前にまた一曲だけ音楽を聞いておくことにした。James Francies『Flight』から、一〇曲目の"Dreaming"である。Chris Turnerというボーカルをフィーチュアしているが、魅力的でわかりやすいメロディを明瞭に際立てて歌い上げるというスタイルではなく、キーボードの分厚い音響に声も溶けこむような形態を取っている。この曲もやはり浮遊的と言って良い質感の音響空間が構築されており、よく知らないのだが、こういうのをアンビエント的と言うのだろうか。背景に夢幻的なテクスチャーが敷かれたその左右で、ドラムとピアノが威勢良く暴れるといった趣向で、Jeremy Duttonのドラムはここでもやはり聞き物だと言うべきだろう。カラフルな煙めいた気体的な空間構成のなかにドラムのハードな打音が差し入れられて、靄めいた空気を割って裂くといった感じで、多分一部ポリリズムも取り入れていたのではないだろうか。

 まずはJames Francies『Flight』の最終一一曲目、"A Lover And A Fighter"。凛とした感じのメロディが冒頭から終幕まで、僅かに譜割りを変えながら繰り返しモチーフとして出現する。スローテンポの前半は一六分の九を基調としているように聞こえたが、それもさらに四+四+一の感覚のパートと、四+三+二の感覚のパートとに分かれていたように思う。キーボードによる背景のテクスチャーはやはり浮遊的な耳触りのもので、そこにエフェクトを掛けられて強い残響を孕んだ持続的なサックスが被せられる。中盤、Franciesのソロピアノが入って以降、後半は多分一六分の一一の拍子にしばらく沿っていたと思うが、それからまた構成が変わったあとは上手く把握できなかったので、それ以後の譜割りはよくわからない。その箇所ではしかし、Chris Potterの、今度はエフェクトなしの、砂埃を立てるタイヤのように高速で激しい回転感を含んだブロウのソロが印象に残った。