2020/3/8, Sun.

 ナチが長期化する戦争を目論んだ根源には、ドイツ民族の「生存圏」を確保しようという、「国民の存続にかかわる歴史的な戦い」の構想があった。これは『わが闘争』でヒトラーががなりたてた大法螺でも、ナチが戦争をするための曖昧なメタファーでもなく、ナチ指導者にとって最大の関心事であった。ドイツは人口過剰なのに、現在の国土では増え続ける人口を支えることができない。ゆえに「民族」の未来を確かなものにするためには、農業集落を形成するための土地を獲得しなければならないというのだ。その土地はスラヴ人が住む東方で得られるはずだった。ポーランドのかなた、ユダヤ人が支配すると言われるソ連の土地だ。今にして思えば、第二次世界大戦中に農業省次官として「ヨーロッパ占領地におけるドイツ農民の再編成」という遠大な計画を作成したヘルベルト・バッケが、一九二六年にロシアでの農業に関する博士論文を書いていたのは、まったくの偶然とは思えない。
 (リチャード・ベッセル/大山晶訳『ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い』中公新書、二〇一五年、80~81)



  • 昼過ぎ、キーマカレーとケンタッキー・フライドチキンで食事を取る。アマゾンの先住民の集落を訪ねる類のテレビ番組が流れていたので、少々眺める。訪問主体である番組ディレクターがなかなか豪気と言うか、恐れを知らないような感じの人で、ピラニアに似た魚を丸ごと生のまま貪り食っていた。そのほか、当地には「ウィコ」と呼ばれる果実があるのだが、現地の人はそれを美容品として肌や髪に塗って活用するということを聞いたディレクターは、ここでも物怖じせずにこの果実を顔や全身に塗りたくったところ、それが実は美容に良いどころか皮膚をひりつかせて黒く変色させてしまう効果を持ったもので、数時間後、まるで人種が変わったかのように全身真っ黒になってしまったのだった。
  • 今日も前日に引き続き、「(……)」の三人、(……)、(……)、(……)くんと集うことになっていた。(……)夫妻が不要になったカーテンを、四月から大阪で新生活を始める(……)に渡しにふたたび彼の宅に行くと言うので、夕食から合流させてもらうことにしたのだった。そういうわけで、宵前から(……)に出向くことになったので、臙脂色のシャツに前日と同じ褐色のズボンを身につけた姿に着替える。その上にグレンチェックのブルゾンを羽織り、さらに上着としてバルカラーコートを着ることにした。
  • 日記を綴っているうちにいつの間にか出発の六時が迫っていたので、慌ててLINEに連絡を入れて外出。
  • 道に出て、公営住宅前まで来たところで空へ視線をやれば、一面の淡青のなかに輪郭を曖昧に沈めて靄った朧月が浮かんでおり、柔らかだが艶のない花の色を思わせる白さだった。電車の到着まで猶予は充分にあったので、坂に入ると一歩一歩をゆっくりと、身体の悪い老人や病人のように、ほとんど緩慢とも言うべきリズムで踏んでいく。樹の下を通る坂道は暗い。頭上の樹間には空の色がまだ残っているので、そのせいで地上は余計に暗いように思われ、薄闇が全方位から身を包みこんで存在の感覚を希薄にするのだった。風はなく、大気の僅かな身じろぎと言うほどのものもほとんど発生しない。
  • 駅の階段から覗く空は暗い青さに支配されており、西側にはまだ雲の網目模様が多少視認されたが、東の天は宵前の青闇に完全に呑みこまれ、ひとひらの装飾もなく均一に澱んでいる。
  • (……)に到着して三人と合流すると、LUMINEの上層に上がり、「(……)」という飲食店に入った。フロアの一方の端には白いシーツの引かれた段が設けられており、靴を脱いでそこに上がってくつろぎながら食事を取る趣向になっていたのだが、(……)の希望でその区画に入った。こちらはあまり腹が減っていなかったので、同様に大して空腹ではないと言う(……)くんと品を分け合っていただくことにして、アボカドと鮪に明太子ソースを和えた丼の定食を注文した。やはり腹の減っていない(……)は甘味の類を頼み、(……)は普通に何らかの定食を頼んで食っていた。段上には円盤型の木製台が置かれてあり、その上に膳を乗せて食事を取るのだったが、食べ物の位置が通常よりも低くて遠いので、こちらは手を伸ばして箸でものを摘み取ると、それを落とさないようにゆっくり慎重に口もとへと運んで食べる。その鷹揚な動きが(……)くんには面白かったようで、箸の軌跡が放物線のように綺麗な曲線を描いていると言って、こちらの真似を試みていた。
  • 初めのうちは堅苦しく胡座を搔いて背筋を伸ばしていたのだが、段上にはシーツと同じく真っ白なクッションが用意されてあったので、後半は(……)と位置を替わってもらい、それに凭れ掛かりながら脚を伸ばした。クッションの向こうには隙間をいくらか空けた柱の列が設置されており、クッションをあいだに挟んでそれに寄り掛かることができるので、(……)などはその柱の角を利用して背中を刺激したりしていた。
  • 時間が前後するが、(……)に着いてからはまず、三人と合流する前にGRANDUOの「(……)」に行ったのだった。母親所望の林檎入りチョコレート、「Pomme D'Amour」を購入するためである。ついでなので(……)夫妻と(……)の分も買って、壁画前に着いて顔を合わせると同時にプレゼントしておいた。