2020/5/1, Fri.

 もっとも、ヒトラー政権が雇用の拡大と経済回復に取り組んだのは、政権の安定させることが目的であり、それによってナチ思想を実現しようとしたためである。ナチ思想とは、要するに反ユダヤの人種論を根底に、国内的にはすべての社会集団が「公益」のための〈民族共同体〉に一体化し、一人の指導者に無条件にしたがう体制(「総統国家」)をつくることである。ここではドイツ人は身分の違いが平準化されて〈国民同胞[フォルクスゲノッセ]〉となる。また対外的にはドイツ民族は優秀な「アーリア人」として劣等の他民族を支配する存在である。これにたいしてスラヴ民族は「従属の民」でありながら、本来ドイツ民族の「生存圏」である土地に生きている。ドイツが「相応の領土」を確保するのも、この優勝劣敗の人種思想の見地から正当化できる。
 (對馬達雄『ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か』中公新書、二〇一五年、2)



  • 夢見。NKとともにいる。知り合いでない女性もいて、彼女は眼鏡を掛けていたかもしれない。その人が身体を寄せて、こちらの上に乗りながら寝るようにしてくる。それとは多分別だったと思うが、淫夢の類も見たような覚えがかすかにある。
  • 七時台だったか八時過ぎだったかに一度眠りを出た。何やら虫の翅音が耳に入ってきたためである。見ればどこから忍びこんできたのか、カーテンの表面に蜂が寄り、浮遊しながら盛んにぶんぶんいっている。どうしようかなと思った。キンチョールを吹きかけて殺してしまおうかとも思ったのだが、部屋の逆側の棚の上に置かれたそれを取るために起き上がるのがまず面倒臭い。それでぐずぐず伏したままでいると、蜂はカーテンの上部を越えて布と窓ガラスのあいだに入っていったので、とりあえず幕を開けた。今日も澄みやかな水色の好天である。蜂はガラスの上にとまったので都合が良いと窓をひらき、少々苦戦しながらも最終的に広大な自然界の大気中に逃がしてやることに成功した。そうしてふたたび寝に入る。
  • 上の記事のなかにはまた【ロヒンギャ 再び受難/コロナ対策で接岸拒否】という見出しを付された小さな囲みもあり、「マレーシアの地元英字紙スター(電子版)などによると、北西部ランカウイ島沖で4月16日、マレーシア空軍機がロヒンギャ約200人を乗せた船を発見し、「ウイルスが持ち込まれる可能性がある」として、周辺海域から立ち退かせた」という出来事が伝えられている。同様に、「4月15日には、バングラデシュ沿岸警備隊ロヒンギャを乗せた船を保護し、約400人を救助したが、AFP通信によると、約60人が死亡したという。船はマレーシアとタイで接岸を拒否されていた。バングラ沖ではさらに2隻が漂流中だが、バングラ政府は受け入れを拒否している」。
  • 同じ国際面には、【コロナ対応 米医師自殺/心のケア 求める声】なる記事も載っていた。「米ニューヨーク市で、感染者の治療の最前線に立ってきた女性医師が自殺した」。「この女性医師は、マンハッタンの病院で救急部門の責任者として働いていたローナ・ブリーンさん(49)」で、父親の証言によれば、「同僚は1日18時間の勤務を続け、廊下で睡眠を取っている」と労働環境の実態を明かしていたらしく、彼女自身、「ウイルスに感染しても、1週間程度職場を離れただけで、復帰していた」と言う。
  • 食後、風呂を洗う。父親はその間、台所で丸盆に食事の支度をしていたが、浴室から出てくるとその姿がなかった。外で食っているらしい。それでこちらも倣い、天気も良いし肌に光を吸わせるかというわけで、 シェイクスピア安西徹雄訳『ヴェニスの商人』(光文社古典新訳文庫、二〇〇七年)を部屋から取ってきてベランダに出た。床がほとんど全面日向で占められ明るみを敷かれているそのなかに胡座を取って座りこみ、ジャージのズボンの裾をまくって脛を露出させつつ書見した。あたりからは鳥の鳴き声がかわるがわる立ち、水飛沫のように跳ね回って、空間そのものが賑やかな動感を帯びている。鵯が叫び、鶯ももちろん歌い、近間のどこかでは犬も繰り返し吠えており、鳴き声が並んだ屋根を越えて浮かんで大気に響き白煙めいた淡い気体の様態をもって流れてくるその先には、川の音[ね]もささめいている。陽射しは旺盛、肉体のすべてがまさに包みこまれて浸りきり、肌の上に膜をぴったり貼られたように、密閉的なカプセルのうちに取りこまれたかのように、まばゆい光のバリアーに保護されたかのごとくに温[ぬく]い。ピーク時にはかなり肌が火照って熱を帯びた感覚があったが、皮膚が汗を分泌して温度を下げてくれたのだろう、その後いくらか涼しくなって、膜は消えて温気が籠る感じはなくなった。風はあまり吹かなかったような印象が残っている。
  • 一時前まで五〇分ほど読んだあと、洗濯物を取りこみタオルを畳んで自室へ。四月三〇日、つまり昨日のことをメモしたのだが、途中でインターネットをうろついたりもしているので、やたら時間が掛かってしまう。三時過ぎまで費やしてようやく区切り。それからベッドに倒れて書見、『ヴェニスの商人』を通過して、シェイクスピア福田恆存訳『夏の夜の夢・あらし』(新潮文庫、一九七一年)を読みだした。相変わらずシェイクスピアの流れを踏みつつ、一応喜劇の路線にも沿ってみたのだが、福田恆存の翻訳は特に問題はないものの、彼は一九一二年生まれだしこの本は七一年発刊なので、時に古めかしさを、臭気めいたものを感じることは否みがたい。安西徹雄の訳の方が一つの作品の文体としてより高度に、稠密に有機的に統合されていたような、こちらとしてはそんな印象を受ける。平たく言えば、細かな点まで隅々入念に目が配られて、言葉がうまく流れるように心を砕いてきちんと嵌めこまれているように感じたということだ。
  • 五時に至って夕食の支度へ。母親が既にサラダをこしらえて餃子を焼いていたので、焼き手を替わってフライパンの前に立った。Ajinomotoの餃子で、この製品は油を引かなくても良い仕様になっているところが、オリーブオイルをちょっと垂らしたらしく、フライパンの一隅が毒々しいような黄緑色と言うか、料理において目にするにはあまり好ましくはない色に泡立っていた。火勢を調節しながらしばらく焼き、フライ返しでひっくり返しておくと、冷凍庫に保存されてあったお好み焼きを食べることに。先日、筍などを揚げた際に衣が余ったのでそれを利用して焼いたものだ。電子レンジで温めたあと、卓に移って食事。
  • 「(……)」に最近入ってきた子供はことごとく「クソガキ」や「悪ガキ」揃いでとても疲れる、と母親。人のことをすぐ叩くし、と言う。ある子は、昼食が「赤いきつね」の小さなやつ一つのみなのだとか。弁当あげれば良いじゃんと言うと、職員と子供では昼食を取る時間が違うのだということだった。それに、今はやめたほうが良いでしょと続けるので、弁当分けてあげるくらいで掛かってたら、同じ場所にいる時点でもうアウトだわと返した。
  • J・ヒリス・ミラー/伊藤誓・大島由紀夫訳『読むことの倫理』(法政大学出版局(叢書・ウニベルシタス)、二〇〇〇年)を書抜き。(……)

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  • インターネットをぶらぶらとうろついていたその最中、難波和彦という建築家の日記を発見した(「神宮前日記」と題されている)。建築方面の知識はまったくないのでこの人の名前もいままで知らなかったけれど、悪くなさそうだ。しかももう相当に長く、二〇〇二年の九月一日から、あいだはどうだったのか知らないが、ちょっと覗いた限りでは毎日欠かさず書かれている。やばくない? とても素晴らしいと思う。
  • 夕食とともに夕刊。二面に、佐藤勝彦という理論物理学者の人が取り上げられていた。一九四五年生まれ、東京大学名誉教授。三〇代半ば、「コペンハーゲンの研究所に客員教授として招かれた時期に、「宇宙は誕生直後に急激に膨張した」とする理論を発表した」。それは、「空っぽで何もないと思われる真空にも、実はエネルギーが潜んでいる。このエネルギーによって斥力が働き、宇宙誕生後わずか10のマイナス36乗秒後に加速的な急膨張が起こった。すぐに膨張が終わると、そのエネルギーが熱に変わって火の玉宇宙(ビッグバン)ができたというもの」で、「80年代初めの発表当初は冷ややかに見られた」ものの、のちに「インフレーション理論」として認められるようになったと言う。若き大学生時代、一般相対性理論があまりにも「単純で美しい」ことに打たれたという氏は、「美は真 真は美」なるジョン・キーツの言葉を引きつつ、「美しいものの中に飛び込まないと、真理を探究できないのではないか」と述べている。
  • 同じ二面の左方には土屋賢二という人――確か、わりと易しめの本を書いている哲学者ではなかったかと思うが――が、「もったいない語辞典」というコラムに登場しており、「豪傑」の語について短く語っている。そのなかに、「豪傑」なるあり方は、「戦後しばらくは、男の理想だった」と証言されていて、具体的な例としては、「留年を限度いっぱいまで繰り返す大学生は豪傑として称賛された。大学生は、オシャレを排して弊衣破帽を貫き、清潔を嫌って1か月間風呂に入らず、安定も幸福も拒否して、貯金を軽蔑した」という往時の若者の態度が記されている。「どんな事態にもたくましく生き抜く男の理想」を目指すにしても、よりによってわざわざ入浴を嫌わなくても良いだろうと笑わざるを得ないのだけれど、ここで思い出したのが、森見登美彦夜は短し歩けよ乙女』のなかに、「パンツ番長」みたいな異名を持ったまさしく豪の者が出てきたことだ。よくも覚えていないけれど、確か一目惚れした女性にもう一度会うまでは決してパンツを脱がないと神仏に願を掛け、性器の病気になりかけながらも誓いを守り通してついに想い人と再会することができた、みたいなサブエピソードがあったのだと思う(ちなみに、「パンツ番長」の懸想した相手というのは、大学祭で「象の尻」なるよくわからない展示を公開していた女性だったはずだ)。あの「番長」も、古き時代の「豪傑」をパロディ化したキャラクターとして描かれていたのだろうか。
  • Mさんのブログ、二〇二〇年二月二一日を読んだ。片岡一竹『疾風怒濤精神分析入門』の要約。

(……)「人はどのようにして精神分析家になるのか」と銘打たれた章で、「ラカン派には分析家の資格を認可する精度など」なく、「極端に言えば、自分自身が分析家だと認めれば分析家」ということになるという事実をはじめて知って、これにはけっこう驚いた。パスがあるのではないか? と思ったが、「さまざまな事情により、パスはあらゆるラカン派の組織が共有する精度にはなってい」ないのだという。では、分析家になる条件とは何かという問題が当然出てくるわけだが、その答えは「特異的なものを目指す欲望を手にしていることで」あるという。ラカン派における「分析家」という概念は、「単なる職業や資格の謂いではなく」、「特異性を目指す欲望(分析家の欲望)を備えた人々」を指し、その「分析家の欲望」を身につけるためには、「自分自身が分析主体となり、自らの分析を行っていくことが必要で」ある。そして「分析をある程度の年数以上行っていると、ある時に「自分にも分析ができる」と思えるようになる」が、その時こそほかでもない「分析家の欲望がその人に宿った」ということなのだ、と。また、ラカン派においては、「分析を終えた主体はみな特異性を手にして」いると考えられており、「つまりは精神分析家であるということにな」る。これは別の言い方をすれば、「精神分析が特異性を目指すということ、それは精神分析が新たな分析家の誕生を目指すということと同義」であるということだ。

     *

(……)『疾風怒濤精神分析入門』では、「時や場所が変わっても私たちの言うこと(パロール)」が変わらないのは——「自分はダメな人間だ」と思い込み続けたり、もう幸せなんてないと絶望し続けたり、(…)もう嫌だと思っても気づけばまた同じ悩みに陥ってい」たりするのは——、「私たちがいつだって同じような正確で、同じような考え方をしているからであ」り、「そうした〈同じこと〉の反復から抜け出すためには(…)決して共感しないような他者がいることが肝要」であり、それこそが分析家にほかならないとしている。分析家は「普通に共感できそうなことにも共感しないような態度を取」り、それによって患者は、自由連想中のみずからの発言(パロール)が宙吊りにされるのを感じる。分析家はこのように「意味を切ることによって、分析主体の発言(パロール)に切れ目を入れ」、「その切れ目から新たな発言(パロール)が出て来られるように」する。つまり、「分析の解釈とは〈思いもよらなかった新しいこと〉を言うよう、患者を促すためのもので」あり、それによって分析主体は「普段なら口にしないような〈もっと他のこと〉を言えるようになる」のだ。(……)

  • discogsを逍遥していて興味を惹かれた作品を五つメモしておく。
  • 「(……)」の詩における勘所、つまり締めくくりの部分で空白だった箇所の語を思いついた。「(……)」といういかにも凡庸な語になってしまったが、これまでに考えたなかではまあ一応、多分最も嵌まっているとは思う。


・作文
 13:24 - 15:13 = 1時間49分(30日)
 26:05 - 27:41 = 1時間36分(12日)
 計: 3時間25分

・読書
 12:08 - 12:56 = 48分(シェイクスピアヴェニスの商人』: 123 - 174)
 13:01 - 13:07 = 6分(シェイクスピアヴェニスの商人』: 174 - 179)
 15:13 - 17:02 = 1時間49分(シェイクスピアヴェニスの商人』: 179 - 241 / シェイクスピア『夏の夜の夢・あらし』: 11 - 55)
 18:17 - 19:44 = 1時間27分(ヒリス・ミラー、書抜き)
 20:52 - 21:14 = 22分(シェイクスピア『夏の夜の夢・あらし』: 55 - 74)
 21:53 - 22:16 = 23分(英語 / 記憶)
 24:25 - 24:41 = 16分(日記 / ブログ)
 25:57 - 26:04 = 7分(ブログ)
 27:41 - 28:16 = 35分(シェイクスピア十二夜』: 73 - 113)
 計: 5時間53分

・音楽

  • Jack's Mannequin『Everything In Transit』
  • Maroon 5『Songs About Jane』
  • Mike Stern, Ron Carter, George Coleman, Jimmy Cobb『4 Generations of Miles』
  • Gil Evans Orchestra『Blues In Orbit』
  • Guns N' Roses『Live Era: 87-93』