2021/6/10, Thu.

 (……)「すべての人間は、生まれつき知ることを欲する。その証拠は、感覚への愛好である。感覚はその効用をぬきにして、すでに感覚することそれ自体のゆえに愛好されるからである」。『形而上学』の冒頭でアリストテレスはそう述べるけれども、だれより知ることを欲していたのは、「万学の父」とのちに呼ばれることになる、アリストテレスそのひとであったように思われる。アリストテレスがなによりも力を入れて探究したのが生物学的な事実とその細部であったことも、よく知られているところである。アリストテレスは、じっさい、どのような動物であっても観察してみれば、「造化の自然」は「生来の哲学者」に「いいしれぬ愉しみを与えてくれる」と書いていた(『動物部分論』第一巻第五章)。(……)
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、99; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • 八時台に母親が部屋に来ていちどさめた。(……)ちゃんの妹さんがランチに行こうというから行ってくるということで、洗濯物をたのむといわれたが、あいまいな意識で目もほとんどひらいていなかったので返事をしたかさだかでない。それからまたねむり、首を伸ばしたりしてから一〇時半の離床。夢をたくさんみた。ひさしぶりのことだ。高校が舞台で、いぜんあった強くてニューゲーム式のものではないが、卒業後に教室にもどってきているような状況だった。こちらは朝はやい時間からだれよりもはやくひとりで教室に行っており、部屋のなかは薄暗くて窓のちかくの席でも持ってきた本を読めないくらいだった。(……)先生がじきにくる。高校のときの日本史の教師である。その後、ほかの生徒たちもあつまってきて、なかには高校の同級生だけでなく、小中時代の知り合いもいたようだ。(……)の顔を見たおぼえもある。
  • 例の、たまにある、迫害される式の夢のバリエーションということになるのか、詳細をおぼえていないが周りの連中から非難されるひとまくがあった。なにかこちらが学級委員的な立場として役割を課せられていたのだけれど、それをうまく果たせずに非難され、謝る、というものだった気がする。謝罪を受けてそのあと(……)が出てきて、数学かなにかの問題をおしえてくれとたのんできた。起きたあとに記憶のなかでこの女子のなまえがすぐに浮かんでおどろいたくらいだが、彼女は小中の同級生である。
  • ほか、男女のトイレのまえの廊下で、トイレの番を待つだかで立ち尽くしていた場面もあった。それとつながっていた気がするが、廊下の途中の広めのスペースでやりとりしていたところ、友人のひとりの手がなにかの拍子に変な方向に曲がってもどらなくなる、というできごとがあった。これもうまく記憶できていないが、手首か指か腕かがまったく折れたように、肘のほうにむかってたたまれたようになって、しかもその先端がはまるふうになって固定されてもどせない、みたいなかんじだった。人間の身体にとってあきらかに不可能な状態だったので、大仰に動揺してうろたえながら、ほかのひとりがもどそうとして引っ張ったりするのだが、うまくもどらない。手が折れた本人は、多少は痛いらしいが、そこまでの痛みでもないようで、顔をしかめるでもなくけろりとしている。そこに女子がひとりやってきて、この女子は先ほどから場面にちょっと出てきていたようだったが、女子といっても制服でなく、着物を身につけていたおぼえがあって、冷徹きわまりないような、まったく動きをみせないような無表情をつねに保っていたのだけれど、そのひとがちかよってきて無言で件の腕をなおしてくれた。ひねりを入れながら引っ張ってかんたんに伸ばしていたので、彼女が去っていったあとに、ひねりながらやればよかったのか、と手が折れた男子に声をかけた。この女子ともうひとりべつの女子、そして(……)とがいっしょになった場面もあったはずだが、それはもうわすれた。
  • 一〇時ごろになってさめ、快晴のあかるみと熱が溜まった寝床のなかでしばらくまぶたをあいまいな状態にしながら各所を揉んだり伸ばしたりしつつ、夢の記憶をおもいかえしたりしていたのだけれど、そうしてみると高校生のころのことなんて、ほとんど前世の記憶みたいなものだなとおぼつかなくおもわれた。ひるがえっていまのじぶんの生じたいもおぼつかなくかんじられ、それはおきぬけの意識の不十分な覚醒が寄与したものでもあるのだろうが、死をおもった、というか、すでに死後であるかのような、そういうおぼつかなさをかんじた。なんかどうでもいいな、とおもった。じぶんの生じたいがどうでもよく、いずれ大したものでないというかんじ。
  • きょうもかなり暑い。天気は晴れ晴れしい。水場に行ってきてから瞑想を一五分ほど。風の音で、枝葉じたいがせせらぐ水のながれとなったかのような持続のひびきがうまれる。
  • 食事はきのうの鶏肉ののこり。新聞、文化面に『つげ義春大全』が三月に完結との記事。つげ義春ほんにんは渋っていたらしいが、長男が奔走して実現したという。この長男は漫画のなかに出てくるこどものモデルにもなっているらしい。つげ義春はいま八十何歳かだが、この大全は貸本時代の最初期の作からあつめているといい、そのあたりの原画は紛失していたのだけれど、熱心なファンが保存状態の良いものを提供してくれて刊行できたと。しかし、貸本のころからやっているってすげえなとおもった。ほとんど明治大正的なひびきのことばなのだが、戦後すぐの時期の作品ということだろう。五〇年代、六〇年代あたりか。つげ義春と長男は都内にふたりで住んでおり、いまも漫画の道具は家にあって、生活も楽ではないので息子はおりおりつげ義春にまた漫画を描いたらとうながすらしいのだが、つげ本人は、じぶんのような漫画はもう時代遅れだと言って描こうとしないという。そのことばにはいろいろな気持ちをすこしずつおぼえて、うーん、という複雑な感慨がこちらの心中に生じる。
  • 国際面には香港で国家安全維持法が施行されてから六月末で一年をむかえるとのおおきな記事。香港島の西にランタオ島という島があり、そこに親中派の団体が運営する中学(日本の中学・高校にあたるという)があって、その学校では毎週月曜日に国旗を掲揚して愛国心の発露をうながしていると。そこの校長は、ほかの学校でもとおくないうちに、うちとおなじような教育がとりいれられていくだろうとかたっているらしい。じっさい、通識課はこの九月で廃止されてかわりに国歌にあらわされている愛国感情を理解させることを目標とする科目に置き換わると書かれてあったし、とうぜん監視もつよまっているから、通識課をおしえていた教師の、毎年六月四日には天安門事件についてはなしていたけれど、もうそれもできない、という嘆きの声も聞かれていた。
  • 民主派の状況は端的な無力と絶望で、周庭も黄之鋒も黎智英も逮捕されて収監されているし、いまはたぶんまだ公安条例違反の判決しか出ていないとおもうのだが、これから国家安全維持法の面での判決もくだされるはずで、そうすると刑期はもっと伸びる。民主派のひとが経営している店に行って多少金を落としたり、そういうふうにしてほそぼそと支え合うことしかできない、という声が紹介されていた。香港人のうちで国外に移住したいと言っているひとのわりあいは増えていて、全体で何割だったかわすれたが半数くらいはあったのではないかとおもうし、一八歳から二四歳の若年層にかぎって言えば八割がそうこたえていると。
  • ほか、居間にひとがいなくてしずかだったので、おちついて三つの記事をよんだ。ひとつはハーグの国際法廷でラトコ・ムラジッチが終身刑をくだされたという極々ちいさな記事。一審判決を踏襲したものだと。もうひとつはロシアでナワリヌイに関連する三団体が過激派組織認定を受けそうだというはなしで、三団体というのは、ナワリヌイが一〇年ほどまえにたちあげた汚職なんとかという、政権の不正を暴くような組織がひとつとその関連組織、そしてナワリヌイ派の全国団体みたいなやつで、さいごのものは四月で解散しているという。検察のもとめを受けて裁判所がいま審理しているらしいのだが、もし過激派組織として認定されると、あつかいとしてはISISなんかとおなじくくりになり、団体の活動はすべて非合法になってまったくできなくなると。
  • さいごにアメリカ関連の情報で、きのうからはじまったシリーズの中編だが、きょうはバイデンのインフラ計画について。ケンタッキー州オハイオ州の境にオハイオ川を越えてなんとかいう橋がかかっていて物流の軸になっているのだが、この橋がもう古く、いまの通行量も建設当時に予定されていたものの倍とかで、付近では交通渋滞が頻繁に発生して困っていると。連邦全土にそういう橋はたくさんあるといってバイデンは大規模なインフラ整備計画をつくっており、その財源を法人税増税によって捻出すると言っているらしいのだが、共和党にしてみれば法人税減税はドナルド・トランプが達成した成果のひとつだから、とうぜんうけいれられない。Mitch McConnellは、インフラ計画は法人税を減税したいがための「トロイの木馬」、すなわち罠であり囮であり表面上の名目だ、と批判している。しかしバイデンとしては分断された国家をふたたびひとつにむすびつけるという大義をとなえて当選しているので、できれば超党派での合意にこだわりたいのだけれど、現実むずかしそう、というはなし。米国の上院はいま民主党共和党がちょうど五〇ずつ分け合っていて、野党はフィリバスターを利用すれば討議を時間切れに追いこんで法案をながすことができるところ、フィリバスターを回避するために討議の打ち切り動議を出す手があるらしく、しかしそれを可決するには六〇人の賛成がいるという特殊ルールがもうけられているらしい。ただ、さきごろの追加経済法案のときにはそれもさらに回避して、このルールが適用されない例外的な措置を取って成立させたというのだが、この例外的な措置というのがどういうものだったのかはよくわからない。フィリバスターについてちいさな説明が記事に付されていたが、その記述によれば、いままでにひとりの議員がおこなった最長の演説記録は、一九五七年に公民権関連でなされた二四時間数分のもの、とあって、こいつマジでどうやったんだよと笑った。ほんとうにずっとしゃべっていたのだろうか? 検索すると、この議員はJames Strom Thurmondというひとで、Wikipedia上では「南部民主党の代表格」と称されている。「1948年の民主党大会では、党の大統領候補者としてハリー・S・トルーマン大統領が指名された。この時の民主党の綱領には、ミネアポリスのヒューバート・ハンフリー市長らリベラル派の主張するマイノリティ(主にアフリカ系)の公民権擁護のための法律(公民権法)の制定が盛り込まれた。ちなみに、先に制定された共和党の綱領にも公民権法の制定が盛り込まれていた。南部の民主党員は人種隔離政策を支持しており、トルーマンの綱領に反発した。この結果南部出身の民主党議員、知事、それに一部の南部出身の民主党員はトルーマンに反旗を翻し、州権民主党(ディキシークラット)を結成した。当時サウスカロライナ州知事であったサーモンドは同党の大統領候補者に指名され、ジム・クロウ法の擁護と人種隔離政策の継続を訴えた」とあり、ただのクソ野郎じゃないか。「上院でも彼は南部民主党員の主張を代弁した。1957年に公民権法(1957年の公民権法)が審議されると、24時間18分にわたる演説を行い、議事を妨害した。これが上院史上最長の議事妨害である。結局、同法は共和党と北部民主党の賛成を得て可決された」とのこと。その後彼は共和党に鞍替えしている。
  • 風呂場の洗剤を詰め替えておいた。
  • ジンジャーエールを飲みつつRachel Nuwer, "Will religion ever disappear?"(2014/12/19)(https://www.bbc.com/future/article/20141219-will-religion-ever-disappear(https://www.bbc.com/future/article/20141219-will-religion-ever-disappear))をすこし読んだあと、八日をしあげて投稿し、今日のことも多少書いてから書見。三宅誰男『双生』。クソおもしろい。まずもって語と文の構築のされ方磨かれ方がふつうにいままでの日本文学のなかで最高峰なので、それだけでもう読んでいておもしろい。文のレベルにかぎってもここまで隙なくつくっているひとはほかにいないはず。テーマ系はよんでいればいろいろむすびつきはするが、十全に気づけるとはおもえないし、発見がなにか統一的な絵図をなしておもしろい読みにつながるかも不明。
  • 三時ごろまで。音楽をながしたいがために窓を閉じて暑いなかで読んでいたのだが、BGMのCarole Kingを止めると、窓外からはなし声がきこえて、どうも母親が(……)ちゃんの妹を連れてかえってきて野外の風を浴びながらはなしているらしいなとみえた。トイレに行ってきてから、窓をあけて、音楽を聞きたかったのでひさしぶりにデスクにつき、Gonzalo Rubalcaba Trio『At Montreux』をヘッドフォンからながしてきょうのことを記述。(……)ちゃんの妹さんはその後まもなく帰ったようだった。
  • あと、洗濯物を二時まえに入れにいったのだが、そのときにベランダの日なたのなかにすわりこんで多少肌に陽の光を吸収させておいた。じっと座りこんでいるとむろんしだいに肌のうえやからだのまわりに熱が溜まってきて暑いのだが、じっとしているしそれほどながい時間ではなかったので、意外とそれほど汗は湧かなかった。陽の勢いとじりじりした質感は、いうまでもなくすでに夏。きょうも最高気温はたぶん三〇度くらいなのではないか。さいきんはホトトギスが深夜だけでなく日中にも頻繁に、朗々と、盛んに、ためらいなく使命のようにして鳴きまくっている。
  • 記述が現在時に追いつくと四時半くらいだったはず。そこからベッドにあおむけになり、目を閉じて休息。五時で市内のチャイムとともに起きて、上階へ。アイロンかけ。なぜかわからないが、暑気のためなのか、めちゃくちゃ疲れているかんじがあった。それで母親がなんであれことばを発しているのを聞くだけでもいくらか不快になるようなありさま。きょう会ったのは(……)ちゃんの妹さんではなく、(……)ちゃん本人だったらしい。妹さんが過干渉で、ひとりでいるのが不安で(……)ちゃんの家によく来て、おばあちゃん(というのはたぶん姉妹の母親のことだとおもうのだが)の悪口を言ったり、(……)ちゃんがどこに行くにも拘束しようとする、とかいうはなし。この(……)ちゃんというひとも精神的に調子が悪くて鬱症状かなにかをもうけっこうながくわずらっているのだが、妹がそういうふうにあれこれ干渉してくることもあっておおきなストレスをかんじているらしく、病気とも合わさって四キロ痩せたという。母親は、スリムになってうらやましいよ、とか受けたらしいのだが、この人間はほんとうに、他人の心情をおもんぱかってことばに気をつけるということを知らないあさはかな愚物だなとおもった。年々脳が溶けていっているかのように、愚かな言動が目についてきているような気がする。(……)ちゃんは、でも病気で痩せたんだからぜんぜんよくないよと嘆いたと。
  • なぜかクソ疲れていたので、アイロンかけを終えると、公園で食べたモスバーガーがあまっているということでもあったので、食事の支度をすまないがまかせることにして、部屋に帰ってまたベッドに寝転がった。あおむけになって両手のひらをひろげたかたちで腕をからだの脇に伸ばして置き、目を閉じて、死体を模すようにしてほとんどぴくりともうごかずにからだをやすめ、擬似的な死を通過することで生を活性化させようとこころみたのだが、甲斐あって三〇分ほどやすむと心身がだいぶまとまって、あたまもからだもすっきりし、復活した感があった。回復するまえは、希死念慮までは行かないが、マジで生きるのが面倒臭いしすべてどうでもよいからさっさとこの世からおさらばしたい、みたいな倦怠が支配的だったのだが、心身がまとまればそういうニヒリズムもおのずとかくれる。
  • 音読。「ことば」の1と2。1はもう暗唱できる。2も石原吉郎の文で、「確認されない死のなかで――強制収容所における一人の死」の冒頭。人間は死においてひとりひとりその名を呼ばれなければならないものなのだ、とかたっている箇所。
  • 六時半で食事へ。先日台所に大量にあった赤紫蘇はそのへんに生えていたのを採ってきたのかとおもっていたが、買ってきたものだったらしい。梅の実とあわせてカリカリ梅をつくるためのものだと。ハンバーガーほかで食事。ものを口にはこび、手のうごきをとめて咀嚼しつつ、夕刊の文字を追うことをくりかえす。朝刊でモスクワの裁判所がナワリヌイ派の団体を三つ過激派組織に認定するか否か審理されているところだとつたえられていたが、その結果が出て、認定されたと。米国は大いに批判。しかしこれでロシアの反体制運動、というか反プーチン運動はたぶんほぼ死んだということになるのではないか。ロシアもそんな調子だし、中国や香港もそんな調子だし、タイやミャンマーもそんな調子だし。一面にはもうひとつ、米国がファイザーから五億回分のワクチンを購入して、一〇〇か国以上の国に提供する方針だと。COVAXというしくみをつうじて分配するのではないかとのこと。バイデンがとなえる国際協調路線への復帰を印象づけるねらいだと述べられていた。ひらいて三面にも米国関連の話題があって、まず、バイデンは就任後初外遊でいまイギリスにいるらしいが、ボリス・ジョンソンとのあいだで新大西洋憲章なるものをむすぼうと合意したと。いわゆる権威主義諸国にたいして民主主義国の結束をつよめようという目論見の一環だろうが、そういう構図にくわえて、「大西洋憲章」などという一九四一年の用語が反復されると、まるで大戦前夜だなという錯覚がたたないでもない。四一年だとじっさいには二次大戦はもうはじまっていたわけだが。検索してみると大西洋憲章が発表されたのは八月一四日らしいので、独ソ戦がはじまってもうすぐ二か月のころあいであり、太平洋戦争に突入する四か月ほどまえにあたる。
  • 一一日からG7の会合がはじまるといい、そこでバイデンとプーチンがはじめて首脳会談する予定らしい。ほか、ドナルド・トランプ大統領令TikTokとか微信とかの使用を禁じて、たしかTikTokの米法人を追い出すみたいな動きもあった気がするが、バイデンがその大統領令を撤回すると。しかし、「敵国」である中国のアプリを利用することのリスクやその対策をあらためて調査しなおして対応を決めると。
  • いま八時まえ。(……)さんのブログの六月九日分。冒頭の引用(國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』)から。

 さらに、自分に見えていないものの存在を信じられるためには他者が必要であるという議論を展開するとき、ドゥルーズが考えているのは外界の知覚だけではありません。自己もまたこの他者構造によって成立していると言うのです。というのも、一秒前の自分、一時間前の自分、一週間前の自分、一か月前の自分、一年前の自分……、そうした自分はもうここにはいません。私には見えません。でも、その存在していない自分が今の自分と同一であると思えなければ、そこから自己というものが成立してこない。つまり、自己が成立するためには、今ここに見えていないものを存在しているものとして扱う想像力の力が必要であり、その想像力の生成のためには他者が必要だというわけです。言い換えれば、他者という資源を失う無人島状況では、自己自体も崩壊していくことになる。

  • ほか、「『複眼人』(呉明益/小栗山智・訳)を読了した。最後の最後まで全然おもしろくなかった。なんでこんなもんが世界中で絶賛されとんねん。ほんまに世界文学っちゅうのは低レベルやな。クソくだらん。そりゃだれもムージル読まんわ」とあって、けなしっぷりにわらうのだが、この呉明益というなまえを検索してみると、台湾のひとで、白水社の「エクス・リブリス」から出ている『歩道橋の魔術師』の作者であり、これちょっと気になっていたのに、とおもった。くだんの『複眼人』のAmazonページには、「こんな小説は読んだことがない。かつて一度も」というル=グウィンの称賛が引かれているのだけれど、まあル=グウィンだって言ってしまえばやはりエンタメ寄りのひとだろうし、出版もKADOKAWAから出ているあたりまあねえ、とならないではない。
  • ブログ後、日記。記述が現在時においつくといま八時四四分。それにしてもマジでクソ暑い。この時間になっても、腕や背など肌のうえに熱が乗っているのをかんじる。夜気の涼しさもときどき散ってはいるのだが。
  • 「知識」を九時一〇分くらいまで音読してから入浴。
  • 風呂からもどってきて、2020/6/10, Wed.をいま読んでいる。つぎの一段があった。

坂道を上っていけば、木洩れ陽などむろんないのだが木叢のなかの葉っぱの一部が軽い白さを宿し放ってはいて、それはつまり雲の向こうに衰えかけた西陽の微弱な明るみが反映しているわけなのだけれど、そう言うよりはむしろ、雲そのものの色が滴ってきて染みこみ広がったような弱い白さである。途中の道脇に楓の樹が一本生えており、その若い緑の連なりはほかの樹の葉といくらか違う感覚を目にあたえて面白い。たぶん、葉の線が直線的だからだろう。もちろん厳密に直線ではないのだが、他種のものよりも丸みがすくなく比較的まっすぐな輪郭線で構成されており、葉の指のおのおのがやや尖ってぎざぎざしているそれが何枚も重なりひろがることで、全体的には不定形で密集的にまとまった明緑の色塊を作りなしていて、ほかにない鮮やかさを瞳に差しこんでくるのだ。英単語を借りるならば、crispな感じ、とかちょっと言ってみても良いのかもしれない。

  • なんだかずいぶん妙な書き方をしているというか、風景をとりあげているわりに描写という感触ではなく、やたらに分解し分析して説明しているようなかんじで、変な書き方をするなあとおもった。かんじかんがえたことをこまかくくみとりたいという志向はかんじとられる気がするが。
  • 一年前のこのころは兄にメールをおくっていて、この日に返信がとどいているが、それは六月七日が兄の誕生日だったからなのだ。ことしはかんぜんにわすれていた。すこしもおもいつかなかった。
  • 熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)を書抜き。きょうはかなりおちついて打鍵できた。書抜きも面倒臭いので、読んだときに書き抜こうとおもっていた箇所をあらためて読みかえし、いまの目で見てそれほどでもないとおもわれた箇所は写すのをやめようとおもったのだが、きょうの箇所はふたつともやはり写しておきたいという判断になった。一年かそこらで知見などそんなに変わらない。
  • Joshua Redman Quartet『Spirit of the Moment: Live at the Village Vanguard』をききながら休息。ディスク一の三曲目まで。冒頭の"Jig-A-Bug"はよい。Joshua Redman、Peter Martin、Chris ThomasBrian Bladeというメンツ。このバンドはどいつもこいつもうまく、ずいぶん統制されているなあという印象。九五年の録音で、Joshua Redmanは六九年の生まれだから二五歳か二六歳のときの演奏で、そうかんがえるとやはりめちゃくちゃすごい。Redmanのプレイは非常に知的というか、知的と言うとすこしちがう気がするが、隅から隅までおどろくほどにあぶなげなく制御されているかんじがあって、構築的センスとその構想を実現してしまう演奏力はべらぼうに高い。とちゅうでいくらかリズムをずらしながらブロック的なフレーズをいくつかこまかく吹いてつなげるところがあるが、それですら、フォービートの感覚から外れているのに、あいまいにやっているのではなく明晰にととのっているし、フレーズとしてもはやめなのにこともなげに、小気味良いくらいの軽快さでながれに乗っていく。機動性がすごい。ピアノのPeter Martinもうまくて、このひともこの時点で二五歳くらいなのだが、さいしょから終わりまでやはり隙なくながれるし、速弾きをしてもリズムが厳密で一音の輪郭もはっきり立っているから追いやすい。後半でモーダルな、あるいはややアウト気味の音使いになるが、それ以降のフレージングはすごく格好良い。ほかの参加作も聞くべきすばらしいピアノだ。
  • さいきんよく実感されるのは、人間生きているだけで疲れるなということで、まえまえからむろんそのことは知っていたが、さいきんはとりわけてそれが身に染みる。生とは絶え間のない疲労だ。なんであれ、なにかの行為や行動をするだけでじぶんの心身は疲労する。だからほんとうに休めるときというのはまったき意味でなにもしていないときしかなく、だからじぶんにとって瞑想が重要なのだし、道元が座禅は安楽の法だと言ったのもたぶんそういう意味もふくんでいたとおもうのだけれど、ただ瞑想だって本質的に疲労からまぬがれているわけではなく、瞑想をやればやったでそれにともなう疲れだってある。なにしろ存在しているだけで疲れるのだからしかたがない。
  • 詩の1番をほんのすこし改稿。多少足したり、行替えの箇所を変えたり。冒頭から後半まで、いちおうことばのつらなりとしてながれはできているとおもわれ、読んでみてもおおきく変えようとはおもわないのだが、それでいて良い詩かというととくにそうはかんじない。ともあれひとまず完成はさせたい。終盤からの締め方がまだわからない。
  • 四時直前に就床。

2021/6/9, Wed.

 (……)いったい、いつから、その法が法となったかを、ひとびとが忘れはててしまうことによって、法はまさに法となる( [『法律』] 七九八b)。――法は、ふるまいを二分して、正しい行為と不法な行為との境界を設定する。法の創設は、切断する暴力である。もっともひろい意味での法が、倫理の源泉であるならば、いっさいの倫理は暴力的に開始される。法は、それを制定した起源の暴力が忘却されることで法となるのだ。(……)
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、96)



  • 一一時四四分の離床になってしまったので、出勤までの猶予がすくなかった。この日のことを書くこともできず、書見を多少したくらい。暑いので電車。三時まえに出てゆっくりと道をいく。陽射しが厚く、重量的で、公営住宅に接してある見捨てられたような公園では、区画の端にならんでいる木が濃緑の葉を豊富に茂らせてまとっており、それで隙間があまりなく、なかのようすがうまく見えないくらい。
  • 最寄り駅で手帳にメモ。勤務があった日の夜はやはりからだを休めながら読み物をしたほうがいいだろうという認識にたちもどっている。書き物をがんばってやろうとせず、心身をいたわってととのえることを優先したほうがたぶん長期的には良いだろうという予感。ベッドでごろごろしながらずっと文を読んでいれば良いのだ。読み物に飽きたらコンピューターで娯楽的な動画など見ていたって良い。労働後にがんばろうとしてもどうしてもからだがこごってつかれてかたいので、集中できずうまくいかない。
  • きょうはすぐに職場にいった。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • 退勤は一〇時。駅へ。電車を待っていると(……)があらわれる。ともに乗って、そのあとの帰路もともづれて、やつの家まで。ゴールデンウィークに千葉の蘇我であったなんとかいう音楽の野外イベントに行ったはなしや、家の横のほそい隙間で植物をそだてているといういつもの話題など。そだてているものを見せてもらい、そのあと家のまえの台にならんですわり、多少雑談して別れ。やつは植物をそだてるのみに飽き足らず、鳥小屋を設置して鳥が来るようにしようとおもっていると言うので、おまえ趣味が完全に老人のものじゃないかと笑いながらも、こちらもどちらかといえばそういう性分なので肯定したが、仕事で疲れるから家でゆっくりおちついてやるようなそういう趣味しかできないとのこと。自転車はたまに乗っているらしいが、あまり長い距離はもう走らないようだ。ずっと乗ってなくて、たまにいきなり乗って、それでからだ大丈夫なの、ときくと、やはりむかし乗り慣れていたので、意外と行けるとのこと。ガチの連中だと一日で三〇〇キロ走るようなひともいるというので、三〇〇キロってどれくらいなんだときけば、静岡まで行ってもどってくるくらいじゃないかな、と。(……)だったら二日以上かかるが、つわものたちはそれを一日で走破するらしい。ずっと走ってるわけでしょ? 彼らはそのあいだどういう気持ちなんだよ、とたずねると、走ってるとけっこうあたまが冴えるから、意外とかんがえごとしたり、あとは風景を見るのもおもしろいから、車だと風景見ようっつってもぜんぜん見れないから、とのことだった。まあこちらが歩いているときとそんなに変わらないのではないか。
  • 帰宅後、夕食前の休息中に、"The Arab world in seven charts: Are Arabs turning their backs on religion?"(2019/6/24)(https://www.bbc.com/news/world-middle-east-48703377(https://www.bbc.com/news/world-middle-east-48703377))をよみだした。いま一時で、風呂から帰ってきてまた読んでいる。表題には宗教心の件が触れられているが、ほかたとえば、A woman president or prime minister is acceptable / Husband should have the final say in all family decisionsの項目などがある。前者の割合がいちばんおおいのはレバノンで、七五パーセントに達しているが、そのレバノンでも後者にかんしてはほぼ五〇パーセントが賛同している。記事中の記述によればレバノンは地域内で比較的リベラルな国だと評価されているらしいのだけれど、homosexualityを許容できるとこたえたひとの割合は六パーセントにすぎない。同性愛のグラフとならべてHonour killings、すなわちいわゆる名誉殺人がacceptableかという問いのグラフもあるのだが、それはアルジェリアが二七パーセントでいちばんたかい。そのアルジェリアは同性愛の許容度でもトップで、二六パーセントがacceptableとこたえたらしい。この二種類の問いの数字はほぼどの国でもだいたいおなじ程度になっていて、そこにおおきな差があるのはヨルダンの、名誉殺人二一パーセント、同性愛七パーセントだけである。
  • どの国がthe greatest threatか、という問いにたいしては、総合的に見て、イスラエル、米国、イランの順位になっている。レバノンでは八割がイスラエルで、パレスチナでも六三パーセントであり、それはとうぜんだろう(パレスチナでは二四パーセントがアメリカを回答してもいる)。イエメンとイラクではイランがもっとも高くて、それぞれ三割以上を占めている(イエメンではサウジアラビアが一四パーセントをかぞえているのがほかと比べた特筆事であり、イラクでは米国も三〇パーセントの地位をあたえられている)。
  • 食事は鶏肉のソテー。うまい。丼の米に乗せて食った。
  • やはり疲労感がつよくて、横になっても書見すらなかなかできず、瞑目のうちにふくらはぎをほぐすばかり。それでもいくらか読んだ。さいごのほうは意識がけっこうあいまいだったようで、何時に寝たのかおぼえていないのだが、三時三〇分を見た記憶はあるので、四五分くらいだったと推測。しかし明かりを落とした記憶がないのだが。
  • 夕食時に、『家、ついて行ってイイですか?』をながめて、おもうところかんじるところがいくらかあったのだが、記すのが面倒臭いので省く。

2021/6/8, Tue.

 感覚に与えられているもののうちで、或るものと完全にひとしい他のものは、ひとつとして(end86)ありえない。また、感覚がとらえる世界にあっては、いっさいが移ろって変化してゆくかぎり、変わらないもの、みずからとひとしくありつづけるなにものもない。完全なひとしさ [﹅4] をひとが目にしたことは一度もない以上、ひとしさ [﹅4] ということばを、感覚をつうじて経験的に理解することは不可能であったはずなのである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、86~87)



  • いちど九時半だかそのくらいにめざめたはず。しかし起きられず、一〇時半ごろにもういちど覚醒して、いつもどおりこめかみを揉んだり腰を揉んだり、腕を伸ばしたりなどしてから一一時に離床。クソ暑い。カーテンもたっぷりとひかりをはらんでいて、晴天らしい。水場へ。顔を洗い、口をゆすいで水を飲むと、うがい。用も足してもどり、瞑想をする。あからさまに気温がたかくてクソ暑いので、枕のうえに尻を乗せてあぐらをかきながらじっとしているだけで、しだいに背中に汗が生じてくるのがかんじられる。一五分ほどすわって上階へ。母親はテレビをみており、料理番組で、梅の酢漬けかなにかをつくる趣向だった。テーブル上には果実酒用のなんらかの液体のパックや砂糖が置かれてあり、台所にいけば採られた梅の実が桶にたくさん入れられてあったので、母親もどうも梅酒などをつくるつもりらしい。あと、赤いシソの葉がなぜか大量にあった。どこに生えているのか知らないが、これも採ってきたのだろう。洗面所で髪をとかし、食事は炒飯とキャベツの炒めもの。レンジであたためて卓へはこぶと、新聞をひらきながら食事をはじめた。一面の下部には今日は国書刊行会水声社の広告。後者のなかに、ボルヘスが激賞したとかいうカサーレスの作品があった。大西亮訳。なかのページからは、政府の有識者会議で皇位継承や女性・女系天皇について専門家らへのききとりがおこなわれているという記事をよむ。ヒアリング対象の「専門家」としてなぜか綿矢りさの名があり、綿矢りさ天皇制ほかについての「専門家」などではまったくないだろうとおもったのだが、国民や女性目線の意見をとりいれたいみたいな文言も記事中にみられたので、たぶんそういうことで選ばれたのだろう。意見を述べる専門家は二一名で、うち八名が女性。保守派はむろん女性天皇女系天皇も許容しないが、だいたいのところ、女性天皇は過去にも例があるから容認とし、女系については慎重な姿勢をしめす、という趨勢のようす。継承に関連して、戦後に皇籍を離脱した元皇族を養子縁組できるようにするべきだとか、女性宮家の創設は将来の女性・女系天皇につながりかねない、というはなしが出たらしい。
  • もうひとつ、一面に、ソウル中央地裁が元徴用工や遺族らの賠償請求をしりぞけたという記事があったのでそれも。二〇一八年に大法院すなわち最高裁で、日韓請求権協定によっても個人レベルでの賠償請求の権利は失われないという判決がくだされており、それにのっとって日本企業にたいするてつづきがすすんでいるところだが、今回の裁判は、原告八五人が日本企業一六社にたいしてひとり一〇〇〇万円弱の賠償をもとめたもの。中央地裁の判断はとうぜん大法院のそれとは逆行するもので、一九六五年の日韓請求権協定において、両国ともあいての政府や国民にたいして、賠償に関連していかなる主張もできない、みたいな文言がふくまれているらしく、それを重視したものだということだった。また、地裁判決は国際的観点からの影響にも言及しており、つまり日本政府が国際司法裁判所にうったえる可能性を想定し、もしそこで韓国が敗訴することになったら韓国司法の信頼性は致命的なまでにそこなわれる、という政治的考量も述べているという。ただ、原告側は控訴する予定のようなので、判決は覆される可能性もある。
  • テレビはそのうちに気象予報にいたる。今日、東京は三〇度を超えるまでに上がっており、今年はじめての真夏日だという。夕方から夜にかけて局地的に雷雨になるかもしれないとのこと。食器を洗うと風呂場に行って浴槽もこすり、はやばやと自室に帰った。コンピューターおよびNotionを準備して、今日のことをさっそく書きはじめる。文をしるしている途中、目を閉じながら首を曲げて伸ばしているときに、やっぱりnoteやめようと唐突におもったので、すぐさま退会しておいた。二日か三日くらいしか登録していなかった。先日に登録したときは、なぜかまたやろうかなという気分になっていたのだが、きょうはやっぱり面倒臭いし、やってもしょうがねえなというこころになったのだ。やはりじぶんの場所はひとつでよい。きょうのことをここまでしるせばいまは一二時五〇分。労働のために三時ぴったりには出なければならない。徒歩ならもうすこし遅くてもよいのだが、さすがにこの暑気とあかるさのなかを歩いていく気には、きょうはならない。電車を取る。しかしそうするとはやすぎて、時間がかなりあまるのだが、待つのは得意である。きょうの勤務は最後までなので、帰宅はまた一〇時半か一一時くらいにはなるだろうから、そうするとあまりなにをやる時間もない。疲労も濃いだろうし。
  • それからきのうの日記をすすめたが、一時をまわったあたりで切りとした。外出前に脚をほぐしたかったためである。そういうわけでベッドにうつってあおむけになり、三宅誰男『双生』をよむ。ややねむいような、あたまが晴れきっていないような感覚があった。おりおり本を置いてやすみ、胎児のポーズなどをやったりただ瞑目でとまったりしてリフレッシュする。
  • 二時ごろからにわかにくもってきていた。しかし空気にこもった熱はそのままで溜まって散っておらず、なおかつ雨の気配もある。出勤まえには台所で、立ったままちいさな豆腐をひとつだけ食べた。
  • 出るまえに「ことば」の1番の石原吉郎の文を音読するが、たぶんこれはもうほぼ暗唱できるとおもう。そろそろつぎにいってもよい。
  • 出るころにはやはりもう雨が来ていた。しかし最寄り駅につくころにははやくもやんでいる。のち、勤務中にも盛った時期があり、そのときには雷の音も鳴っていた。(……)さんの自転車が雨ざらしになってしまったので、スリッパ履きのまま外に出て軒下にはこんであげたが、そのみじかい時間でもそこそこ濡れてシャツにおおきな粒の染みができる。
  • (……)についたのが三時過ぎで、この日は職場を開ける役目だったのだが、すぐに行くとさすがにはやすぎるのでベンチについて手帳にすこしメモ書きしたりしていた。「停電の夜を惜しんで笑むきみを盗み聞きするその脈拍を」という一首を作成。こちらのすわっているまわりをハクセキレイがちょこちょこうごきまわっており、その足のはこびの、いかにも小鳥らしいすばやさこまかさといったらなく、ながくあるくときはほとんど回転しているように見える。ハクセキレイなどと呼ばれているわりに、けっこうからだに黒の色のわりあいがおおい。じきに女子高生の一団がやってきてわいわいしていたので、それを機にたちあがって職場へ。というか、ふつうに職場にもうはやく行ってしまって、なかでメモするなり目を閉じて休んでいるなりすればよかったのではないか。べつにはやく開けたってバレないわけだし。
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • それで退勤は一〇時半ごろ。電車で帰り、夜は三宅誰男『双生』をよみすすめたり、日記を書いたり。

2021/6/7, Mon.

 難問は、ソクラテスがさらに鋳なおすことで、一見して完全ないき止まりを示すものとなる。「人間は、じぶんが知っているものも、知らないものも、探究することができない。第一に、知っているものを探究することはありえない。知っているかぎり、探究する必要はないからである。また、知らないものを探究することもありえない。その場合には、なにを探究すべきかも知られていないからである」( [『メノン』] 八〇e)。よく知られている、「探究のアポリア」である。
 なにかを探しているとき、ひとはなにかを知らないと同時に、べつのなにかを知っている。鋏を探しもとめるとき、ひとは、鋏がどこに [﹅3] あるのかは知らないが、鋏とはどのようなものであるかは知っており、鋏は部屋のどこかに [﹅4] あることは知っている。知っていることと知らないこととが、探究をなりたたせる。完全な不知は、探究そのものを不可能にするはずである。
 たましいの輪廻を前提するいわゆる想起(アナムネーシス)説が語りだされるのは、この文脈にあってのことである。不死なるたましいは、すでに遍歴をかさねて、ありとあるものごとを(end84)見知っている。たましいは顕在的なかたちでは、なおなにも知っていない [﹅6] 。けれどもたましいは、潜在的にはすべてを知っている [﹅5] はずである。この、不知と知のはざまで、探究がなりたつことになる。
 学ぶとは、したがって、想起することである。ソクラテスは、そこで、教育を受けていない(ただしギリシア語を解し、図形と大小の観念をもつ)召使いの少年に、ただ質問するだけで幾何学の定理を証明させてみせる。――なにごとかについて、知識が獲得されるとき、それはなにかとして [﹅6] 知られることになる。論理的に、或るものがそれとして [﹅3] 知られる、当のなにか [﹅3] は、或るものがそれ [﹅2] として知られるまえに、あらかじめ知られていたのでなければならない。知ることと想いだすことの両者は、そのかぎりで、たしかにおなじなりたちをしている。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、84~85)



  • 一一時ごろ覚醒。きょうは各所を揉むのではなく、ストレッチに転換し、臥位のまま腕をのばしたり、手首を曲げたり、足首を前後というか上下というかにそれぞれ曲げてちからを入れ、脚の筋をのばしたりした。一一時二〇分に起床。水場に行ってきて、顔をあらい、口をゆすぐとともにトイレで放尿し、もどると瞑想。きのうストレッチをしたので脚が楽。静止のかんじはきょうもよろしい。だいぶおちついている。瞑想のとりくみがあらたなフェイズにはいってきたような気がする。時間が充実して詰まるようになってきた。きのうのかんじからして、たぶんこれくらいで二〇分だなとおもったあたりで目をあけるとやはりそう。一一時二八分から四九分くらいまでだった。
  • 上階へいき、母親にあいさつして、仏間の簞笥から出したジャージを履く。洗面所で髪をとかし、うがいを念入りに。食事はきのうのキムチ鍋をもちいたおじや。新聞からはドナルド・トランプノースカロライナだったかどこかで退任後はじめて演説し、活動を再開したとの報。共和党員はあいかわらずトランプ支持がおおく、世論調査では六六パーセントが、ドナルド・トランプに忠誠を誓うことが重要だとおもう、という回答をしているらしい。「忠誠を誓う」などという封建的な文言ではなかった気もするが。トランプは演説で、今次の大統領選は不正だったとの言をくりかえしたという。また、急進左派がアメリカを破壊しようとしている、愛国者たちの力を結集して防がなければならない、とも言ったらしく、いつもどおりの言動だが、「アメリカを破壊」するというのは具体的にどういう意味なのか? TwitterFacebookも凍結されているので(ブログも閉じたとか二、三日まえの新聞に載っていたきがするが)、手軽に民衆にうったえる発信力の面では苦しい、みたいな評価が記事中でなされていた。
  • ロシアでは過激派や反体制派とみなされた人間を選挙に立候補できなくする法律が成立しただか成立すると。ようするに主にはナワリヌイ派のちからを削ぐためのものである。あと、ブルキナファソイスラーム過激派が村を襲って一三九人を無差別に殺したというちいさな記事もでていたが、これはまだ中身をよく読んではいない。ロシアの記事もあまり仔細に読んでいない。
  • 読んでいると、洗面所で身支度をしていた母親が、あのあと転んで、手を骨折したんだって、などと声を飛ばしてくるのだが、誰について言っているのかわからないし、「あのあと」というのもなんのことなのかわからない。日本人にかんして、古典の文章なども傍証とされながら、ひとびとのあいだの類同性がつよい社会なので主語や主要情報を明示しなくとも暗黙の了解ではなしがつうじる、といわれることが非常におおく、それはある程度そうなのだろうし、これもその一例なのかもしれないが、このときの母親の言動はより個人的なレベルのもののような気がする。つまり、どうしても、母親には他者がいないのだよな、というふうにかんじてしまう。他人もじぶんとおおかたおなじことをかんじたりかんがえたり承知したりしているということが、基本的な前提とされているようにみえる、と。家庭内だからそうなのであって、外だとまた違うのかもしれないが。誰というのは兄だとすぐにわかったのだが、「あのあと」というのは、きのう、兄が会社でソフトボールの試合に出たということを聞いたのだけれど、そのあと、ということだった。と言って、それがソフトボールの試合中に転んで折ったのか、試合を終えたのちにどこかで転んだのかは不明で、そこまで聞いてはいない。ふだん運動しないんだから、大丈夫かなとおもったんだよね、片手折っちゃあ不便だよね、パソコンやったりするのもたいへんそうだって、とのこと。
  • テーブル上を拭き、食器を流しにはこんであらって、そのあと風呂洗い。浴室にはいるまえに洗面所で屈伸。このころには父親が室内にはいってきていた。風呂をこすって洗う。窓の外はいくらかの明るみが敷かれているが、あからさまな晴れというかんじでもない。済ませて出るとポットに水を足しておき、沸騰させているあいだに自室にもどってコンピューターを準備。LINEをのぞくと(……)からメッセージが来ていたので返信。そうしてNotionも支度して上がり、茶を用意。このときテレビは、どこかのメロン栽培農家を映していた。さきほどのときはNHK連続テレビ小説で、このドラマは気仙沼が舞台らしい。なんか少女が牡蠣の養殖をこころざして自宅の一室を研究室みたいに改造して、昼飯に呼ばれてもあとで食べるとこたえて熱心にとりくんでいる、みたいな場面だった。茶葉がひらくのを待つあいだは屈伸をしたり、ソファを片手でつかみながら前後に開脚して筋をのばしたり。そうして茶をもって帰室すると、きのうのことをさっそくつづって投稿、そのままきょうのこともここまでしるせば二時過ぎである。勤勉でよろしい。勤勉さはいついかなるときでもつねにすばらしい。やはり人間、じぶんのおもいさだめたことにたいしては勤勉でなければ。怠惰は怠惰でそれもすばらしいが。
  • 二時にいたったので洗濯物をとりこみにいった。父親はソファで寝ており、スマートフォンからラジオがながれだしている。ベランダにつづく戸をあけると外はさきほど同様、陽の色が多少あって、ながれる空気はやわらかく、涼しげなにおいをはらんだような質感。吊るされてあったものを室内に入れ、父親が寝ているソファの背でタオルほかをたたむあいだ、ながれているラジオをちょっと聞いたが、父親はだいたいいつもTBSラジオを聞いているようなので、おそらくこの番組もそうだっただろう。「ユウジ」というひとと「ユウスケ」というひとがゲストのようで、年若にもかかわらずラジオが好きでかなりたくさん聞いている、というようなはなしがされており、「ユウスケ」はわからないが「ユウジ」というのは「ユージ」と表記するあのひと、彫りがすこし深くてはっきりした顔立ちをしているあのひとかなとおもったものの、その後を聞くにどうも違うようだった。パーソナリティの声にも聞き覚えがあって、誰だったかなと思っているうちに、カンニング竹山ではないかと思いあたった。はなしを追うに、ゲストのひとは番組のスポンサーになった会社のひとで、もともとラジオが好きで息を吸っては吐くように聞いているので、ラジオ番組と協力して何かできないかとおもいご相談させていただいた、というはなしのように理解されたが、正確かどうかわからない。たたんだものを洗面所にはこんでおき、自室に帰る。英語の授業の予習をしておかなければ。
  • それで職場からコピーしてもってきてあった教材の英文を読む。三時でかたづく。それからアントナン・アルトー/多田智満子訳の『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』をよんだ。いつもどおりベッドであおむけになり、膝でもって脹脛を刺激したり、また踵でもって臑のまえの側を揉んだりしながら。アルトーが彼のかんがえる「アナーキー」ということばの意味を簡潔明確に定義しているところがあったので、あとで引いておきたいが、いまは出勤まえで余裕がないのでのちほど。ほか、この小説では性的秩序、すなわち男女間の対立だったり優劣だったりが通底するテーマになっているとおもうが、それにふれた部分を多少追いなおしておいたので、それも余裕のあるときに引くだけ引くかもしれない(つい「小説」と書いてしまったが、この作品が小説と言って良いものなのかどうかはいまいちわからないのだった)。
  • アルトーが「アナーキー」を明確に定義している箇所というのは66ページのことで、そこでは、ヘリオガバルスがはぐくんだ一神論について、「そして私がアナーキーと呼ぶのはこの一神論を指している。すなわち、事物の気まぐれと多様性とを認めぬ全体の統一をアナーキーと私は呼ぶのである」と言われている(「事物の気まぐれと多様性とを認めぬ全体の統一」なんていうフレーズは、政治体制としてはまさしく全体主義にふさわしい定式ではないか)。これは一般的な「アナーキー」の意味とはむしろ逆であるようにおもうのだが。アナーキーとかアナーキズムというのは無政府的な無秩序状態を指す語のはずで、だからふつう、中央集権的な統一権力の不在とそこにおけるごちゃまぜの乱脈混沌を意味することばのはず。しかしここでは、「アナーキー」の語は、「統一」とむすびついている。うえの定義のひとつまえの段落では、「ヘリオガバルスは早くから統一についての意識を持っていた」とのべられ、その「統一」が「唯一なるものの観念」と呼び替えられてもいるし、うえの定義の直後の段落は、「事物の深い統一の感覚をもつことは、とりも直さずアナーキーの感覚、事物を還元しそれを統一に導いてゆくためになされる努力の感覚をもつことである」とはじまっている。それにつづけてまた、「統一の感覚をもつ者は、事物の多様性の感覚、つまり、事物を還元し破壊するために通らなければならぬ微細な無数の相の感覚をそなえている」(66~67)とも説明されているから、多様きわまる諸事物を「統一」的に「還元」するには、そもそもそれいぜんの「無数の相」の「気まぐれ」な混沌を知り、「感覚」していなければならないわけだ。ここを読むかぎりでは、アルトーの言う「アナーキー」とは、「全体の統一」状態そのものというよりは、諸事物が「統一」へと「還元」されてゆくときの「破壊」的な過程のことを指しているようにもおもわれる。「アナーキーの感覚」が、事物を「統一に導いてゆくためになされる努力の感覚」といいかえられている点も、おなじように理解できる気がする。
  • 三時四〇分ごろまで読み、それから柔軟した。やはりストレッチを毎日するべきだ。ひさしぶりにベッド上でおこなう四種、すなわち、合蹠、前屈、胎児のポーズとコブラのポーズをそれぞれ二回ずつやって筋肉を伸ばした。コツもまえまえから認識していたとおり、あまり意図的に伸ばそうとせず、ある程度適した姿勢をとったらそのまま停止して勝手に筋がやわらぐのを待つ、というかんじだ。だから座位でなくポーズを取って瞑想しているのとおなじ。そうして四時にいたると出勤前にものを腹に入れるために上階へ。父親はどこかへ出かけたようだった。キムチ風味のおじやが余っていたので、鍋にのこっていたそれをすべて丼にはらって電子レンジへ。鍋はいちどゆすいでから洗剤を垂らし、水道水をシャワー型にして落とし、泡で漬けておく。食べ物を持って帰室すると以下。
  • いま四時二〇分。キムチ鍋風味のおじやののこりをもってきて食べながら、一年前の日記をよみかえした。冒頭からなかなか考察をぶっている。とはいえ目新しい内容ではなくまあなじみの話題だなとおもったのだが、第一段落の、「存在しないはずのそうした「断絶」を一抹どうにかして表現できないのだろうか」あたりからちょっとおもしろくなってきて、その後も特にすごいことは言っていないものの、いきおいみたいなもの、もしくは多少の凝縮みたいなものが文章にかんじられて、意外とけっこうおもしろかった。要約すれば「人事を尽くして天命を待つ」の内実、というだけのはなしだが、いろいろ例を引いてきてつなげているので、多少の比喩的ないろどりがある。

一〇時過ぎに起床した。起きた瞬間からなぜかギターが弾きたかったので、今日は上階に行くよりも先に、隣室で楽器をいじった。例によって似非ブルースや、適当な即興演奏もする。やはり即興と言うか、「即興演奏」などと言えるほどきちんとしたものではないのだが、なんか適当に弾いているときが一番音楽そのものをよく感じられるような気がする。こちらが即興的なことをやっているときはもちろん一緒に音を合わせる相手もいないし、また何か明確な形を持った楽曲をやろうというのでもないから、コードやスケールの限定もない。とは言えむろん、それをある程度はベースにせざるを得ないわけだけれど、それでもそういう規定なしの条件下(もしくは無条件下)で音を出すというのは、(コードやスケールといった理論などの)外部的な観点から見た場合の失敗がないということだ。つまり、どの音の次にどの音を弾いてもまったく構わないということで、音楽は――と言ってしまって良いのかわからないが――、楽器を弾いたり音を発したりするということは、本来はそういうものなのだと思う。「本来」なんていう言葉を使うと途端に胡散臭くなってくるのだけれど、こちらが言いたいのはすなわち、何の音の次に何の音を弾いたとしてもそれは連鎖として繋がってしまうということで、もしそれが繋がらないように聞こえるとしたら、それはなんか人間の感性的な性質とか理論的な知識とか、あとはいままで聞いてきた音楽から得られた慣例的なイメージに拘束されているからであり、つまりは「文化」に〈汚染〉されているからにほかならず(「感性的な性質」に関しては、「文化」なのか脳(など)が本来持っているものなのか微妙でよくわからないが)、それを取り払って考えればある音の次にある音を弾いてはいけないなどということはまったくない(もちろん、そういう種類の演奏が文化的構築物としての「音楽」に認定されるかどうかは別の話だけれど、現代音楽やフリージャズの試みを見る限りでは、ある程度は認められている)。こういう話は、先日の日記にも書いたと思うが、たとえばこちらの脳内言語領域や小説作品などにおいて、あることを考えて(書いて)その次にまたあることを考えれば(書けば)ともかくも繋がりが生まれてしまうということと同じ話題だろう。何かと何かがただありさえすれば、人間の認識上、そこには常に関係が(意味が)成り立ってしまうということで、もちろんそのなかには通常の観点からすると繋がっていないと感じられる連鎖もあるわけだけれど、これもたびたび記しているように、断絶とは関係の一形式である。そういう関係形態はたとえば「並列」という言葉で捉えられ、無関係なものがただ並んでいるだけだという風に見なされる。たとえば古井由吉なんかはこの「並列」の論理をうまく利用している作家のような気がするが、その話はいまは措き、上の道筋に沿って考えれば、本来的な(純粋な)「断絶」なる事態は人間の認識としてはこの世に存在しないのではないか、という発想に容易に繋がっていくはずだ。これと同趣旨のこともいままで何度も書きつけているけれど、ただそこで今度はしかし、存在しないはずのそうした「断絶」を一抹どうにかして表現できないのだろうかという疑問と言うか、もしそれを表現できたらすごいことなのではないかという考えが湧いてきて、音楽というものが目指すラディカルな形のひとつとしてそういう試みがあっても良いのではないかと思ったのだが、それはあるいは現代音楽のほうでもうやられているのかもしれない。こうした発想は文学の方面で言えば、言葉を連ねることによって「沈黙」を表現する、という逆説的な命題として言われていることとだいたい同じなのだと思う。「沈黙」という言葉はたとえば石原吉郎なんかによく付与されるし、石原自身もそんなようなことを言っていた気がするけれど、こちら自身は石原吉郎の詩作品において明瞭に「沈黙」を感受したり観察したりできたことはまだない。

「断絶」を表現する試みの一環と見なせるかどうか、よく知らないのだけれど現代音楽の方面では音楽の外部にある何か偶発的な要素を取り入れるために、数的理論の類を応用したり、フィールドレコーディング的なことをやったりという実験があったと思う。ただこちらがこの朝にギターを弾いていて思ったのは、「断絶」の話とはちょっとずれてくるが、一応無条件的と理解されていて「失敗」がないはずのこちらの即興遊びにも「失敗」と感じられる瞬間、すなわち、あ、ミスったわと思う瞬間は明確にあるということで、それは要するに、この音を弾こうと思っていたのにまちがえて別の音を弾いてしまった、みたいなときである。言い換えればこちらの「意図」が成立しなかった瞬間ということなのだが、まずはこちらの精神におけるこの「意図」の表象形式をもうすこし詳細に述べておきたい。こちらはギターを弾いているときには基本的に目をつぶっていて、脳内に浮かぶフレットの配置及びその上の指のポジションを指示する抽象図式的なイメージの変化に従って手を動かしている。もうすこし平たく言えば、あるコードを弾いたときに、そのコードを構成する三つや四つの音のポジションが脳内のフレット図の上に複数の点としてイメージされるということで、その次にまた別のコードのポジションがいくつかの点として浮かんでくるので、まあじゃあそっちに動いてみるか、みたいな感じで手を操ってそのコードを弾く、という感じなのだ。もちろん現実にはこのイメージの推移に従わないことや瞬間的にうまく従えないこともあるし、イメージではなくて手の動きが先行することも往々にしてあり、実際のところイメージと手指とどちらが先でどちらがどちらに従ってんの? ということは絶えず複雑に入れ替わっていて、現実の事態としてそこに優劣はないと思うのだが、仮にひとつの場合を考えると上のようなプロセスになる。本当はさらにそこにメロディ的表象、つまりは旋律のイメージも重なってきて、こういうメロディが浮かんだからそっちに行ってみようと動くこともあるわけなので本来の事態はさらに複雑なのだが、いまはこの旋律的要素は除外して考える。で、こういったことを基礎としたとき、本当はこのポジションをイメージしていたのだけれどまちがえて人差し指をひとつ隣のフレットに置いて鳴らしてしまった、というようなことがときに生じるのだ。これは理論や規則という外部的観点から見た失敗ではなく、こちらの「意図」という方面から見たときの内的なミスである。ただ、こちら自身はあ、ミスったわと思うのだけれど、こちらの即興的お遊びには理論的限定はないのだから、実際のところそれは別にミスではなく、別にその音を弾いても良かったわけだし、隣の音を弾いてもほかの音を弾いても良かったわけだ。どちらにせよ即興的演奏としては成立することになる。そのように考えてきたときに、ここには演者の主体的「意図」という観点から見てひとつの偶発性が生じていると理解されるはずで、要するにミスというものは(少なくとも理論的制約を取り払った音楽場においては)自分自身が拘束されている定型から逃れるための偶然の契機になると思ったのだった。

上のようなことを考えるとともに思い出したのが深町純がむかし言っていたことである。深町純というのはたとえばBrecker Brothersなんかとも共演していたフュージョン方面の鍵盤奏者なのだが、大学のときに取った「美とは何か」みたいなテーマの授業の教師がなぜか深町純と知り合いで(ちなみにいま検索エンジンを駆使して突きとめたところでは、この講義は「感性への問いの現在」というものだったようで、講師は志岐幸子という人だった)、ある日の授業で彼が招かれて即興演奏をしたことがあったのだ。その即興演奏というのは、生徒をひとりだったか複数人だったか選んで適当に音を弾いてもらい、たとえば「ド・レ・ミ・ソ」みたいな簡易な単位のメロディをひとつ作り、それをベースに据えて通奏的モチーフとしながらさまざまに変奏するみたいな形式だったのだけれど、その授業のあとに講義室の外で深町純とちょっと立ち話をする機会があったのだ。なんか突っ立って暇そうにしていたので声を掛けてとても良かったですみたいなことを伝えたもので、陰鬱な内向性に満ち満ちていた大学時代のこちらからするとずいぶん積極的な振舞いに出たものだと思うのだが、そこで二、三、話を聞いたときに、コードとかスケールとかは全然考えないということを彼は言っていて、いまから考えれば、そんなことを言ったってコードやらスケールやらを一旦知った人間がそれを「全然考えない」などということは端的に無理であり、それは自転車の乗り方を身につけた人間にとって自転車を下手くそに運転するのがかえって至難であるのと似たようなことだと思うけれど、だがそれはともかくとして今回重要なのはそのあとに述べられたもうひとつの言葉のほうで、深町は、ミスをしなくてはいけない、みたいなことを言っていたのだ。「しなくてはいけない」とまで断言していたかどうかちょっと自信がないけれど、要するに、ミスをしないということは挑戦をしていないということだ、という意味の言葉を彼は述べていたのだ。それは確実である。で、この言葉のおそらくより正しい意味が、今朝の音楽的お遊びのなかでこちらには理解されたという話で、つまりミスというものはひとつの偶発性であり、それは新たな音の連ね方を発見し、みずからが拘束されている枠を破り、そこから逸脱して自分がそれまで想像していなかったような新たな方向に進むためのきっかけ(第一歩)になるということだ。

こうした発想を、たとえば科学の方面で言われる「セレンディピティ」という概念や、またたとえば、ほったゆみ・原作/小畑健・漫画『ヒカルの碁』の後半に描かれていた進藤ヒカルの碁のスタイルと繋げて考えることは容易である。進藤ヒカルの碁の特徴は、試合の中途で一見悪手としか見えないような一手を打つことから始まる。その一手は、周囲で観戦している誰にもその根拠が理解できないような、天才的な碁の才能を持ったライバルである塔矢アキラにさえもその意図や理路がわからないような、完全にミスとしか思えない一手である。ところが、明らかに失敗だと思われたその一手(まさしく死に手)が試合の後半に至るとどういうわけか息を吹き返し、進藤ヒカルの勝利に繋がる枢要な支柱として機能しはじめるのだ。漫画の現場そのものにおいてどのように描かれていたのか覚えていないので以下は作品にきちんと拠らずにこちらの文脈に引き寄せた想像にすぎないが、おそらく進藤ヒカルは上のような展開をあらかじめ見通していたわけではない。彼は時空を超える神の目を持っていたわけではない。彼が「悪手」を打ったとき、なぜ自分がその手を打ったのか、その理由はおそらく彼自身にも理解されていない。上述した即興演奏の場合とはちょっとずれるかもしれないが、これは理論的意図や根拠にもとづいていないという点で、こちらの言う「ミス」と類同的なものだと考えられる。この「ミス」は、それが盤上に放たれた時点ではまったく無意味だった。あるいはむしろ、余計なものですらあった。そこに積極的な意味はなく、あるとすればそれはマイナスの意味だけだった。ところが試合展開の変容によって、すなわちその一手を包みこむ周辺の環境や文脈の変化によって、この「悪手」に潜在的にはらまれていながら誰にも見えなかった意味がまざまざと現前する。ということは、進藤ヒカルはみずからの「ミス」を、その後の展開によって意味づけし直し、新たに機能させ、生まれ変わらせたということだ。

これと同じようなことが即興演奏についても言えるはずである。つまり、「ミス」は発生する。そして何よりも、「ミス」は発生しなくてはならない。しかし、その「ミス」を起点としてほの見えた新たな経路に踏み入っていくことで、人はそこに新しい道筋を形成し、「ミス」をまったく予想されなかった意味合いを持つものへと変換することができるのだ。これがおそらく「即興」という言葉が意味する事態のひとつの内実であり、また「セレンディピティ」と呼ばれる科学的発見のプロセスの具体的な描写であるはずだ。そして、人間がもし「神の一手」に束の間触れることがありうるとしたら、それはきっとこのような形でしかありえないのではないか。人間はみずからの「意図」によって「神の一手」に至ることはできない。どれだけ完璧に「意図」を制御したとしても、人間にできることはたかだか人間にできるだけのことでしかない。もし人が「神の一手」に触れることがありうるとしたら、それにはおそらく偶然性の介在が不可欠だろうということだ。それは「偶然性」である以上、人間の「意図」によって引き起こすことはできない。人間はただ、おのずからそれが起こるのを待つほかはない。もちろんそれは必ず起こるとは限らないのだから、ここで人は完璧に受動的な立場に置かれる。しかし、もしたまさか「偶然性」が発生した場合に、人はそれを捉えて新たなる方向へ身を広げていくことができる。とは言え当然、それがうまくいくとは限らないし、むしろ失敗することのほうが通例だろう。それに、「偶然性」の介在が不可欠だからと言って、人は何もせずにそれをただ待ち呆けていれば良いということでもない。ここで言う「偶然性」とは、どれだけ完璧に「意図」をコントロールできたとしてもどうしてもそこから漏れてしまう余剰的なしずくのようなものなのだから、それを受け取り、掴んで、引き受けるためには、前段階としてまずは「意図」をできる限り制御し実現するという試みが必要である。そのような真摯な「努力」がまず下地にありながらも、しかしどこかで不可避的に「偶然性」が発生してしまう。そこで人間は、それを己の統御下に組み入れながら、と言うか正確にはそれに導かれるようにしながら新たな「制御」の形を開発していかなければならないということだ。ゴドーは来るかもしれないし、来ないかもしれない。あるいはゴドーはすでにここにいるのかもしれない。しかし、もし何かがやってきたときにそれがゴドーだとわかるためには、あるいはいま目の前にいるものがゴドーだったと気づくためには、それにふさわしい行為の積み重ねが必要なのだ。そのような営みの追究を絶えず継続しながら、人は同時に、来るかもしれないし来ないかもしれないものを待ち続けなければならない。これが正しく倫理的な姿勢であり、なおかつすぐれて政治的な態度ではないのだろうか? 「神の一手」ばかりでなく、そもそも「進歩」とか「発展」とかいう事態が、もしかすると原理的にこのような形でしかありえないのではないかという気もしてくるのだが、いままで述べてきたことをもっとも通有的な言葉に要約するなら、「人事を尽くして天命を待つ」という定式表現になるだろう。さらに以上の内容は、「絶対精神」とかいうものに至らんとするヘーゲルのいわゆる弁証法的道筋の図式とも多少重なってくるようにも思うのだが、しかしそう考えると途端に退屈なことになってしまう。

  • 「英語」の音読をやっている。本格的にはじめたのは去年のこのくらいではなかったか? George Floyd死亡事件をうけて、ミネアポリスの議会が警官の首圧迫を禁止する議案を可決している。
  • 日記の読み返しをおえるとうえに行って食器を洗った。そういえばおじやを用意するまえに、米を磨いだのだった。三合半。そのとき、米の保存してある戸棚のなか、米袋の置いてある最下部の床に、古い制汗剤ペーパーのたぐいを発見して取っておいたのだが、食器を洗ったあとにそれを一枚取ってみると、なかば予想していたけれどもうほぼ乾ききっていて使い物にならず、しかたがないので東の窓辺に置かれてあったウェットティッシュをつかってからだを拭いた。そろそろ気温が高いので、茶なんて飲んでいると汗もかくし、しらないうちに腋が汗臭くなっていることがある。そうして下階にかえるとワイシャツにスラックスにネクタイにベストの格好にきがえた。いや、そうではない。きがえるまえに、四時四五分から五時直前まで瞑想をしたのだった。出勤前に瞑想をできたのはよろしい。起床時と日中と寝るまえで、一日三回できればよいのではないか。このときも窓のそとで鳥が鳴いていたが、なかに、ヒューイ、ヒューイ、ヒューイ、みたいな、一セット三回から六回の発声で定期的に鳴きを立てる勤勉な鳥がいて、それを聞いているととちゅうで音の高さが変わってもっと高くなったのだが、あれは個体が変わったのか、それとも求愛度を高めたのか。そもそも求愛で鳴いていたわけではないかもしれないが。
  • 瞑想のあと仕事着にきがえて出発へ。玄関をぬけてポストをみると、新聞などのほかに、薄い黄土色というか、あのよくある封筒色の小包みがはいっていて、なんだこれとおもっておもてを見ればBCCKSとあったので、(……)さんの『双生』が来たのだとわかった。それで新聞ほかは玄関のなかに入れておいたが、小包みは持っていくことにしてバッグに入れ、道へ。林縁の石段のうえで白い蝶がうろついている。すすめば(……)さんの宅の横にある梅の木の下でも、このあいだみたのとおなじ色の、淡い翡翠色みたいなかすかな白緑の蝶が、しかし死にかけなのかアスファルトの地面にとまって翅を閉じ、一枚となって、生えたようにじっとしていた。公営住宅まえをとおりながら棟のほうをみおろせば、建物の角というか壁に接した隅のところにアジサイが群れて咲きはじめており、色は赤紫にあいまいな白など。坂道におれるとマスクを口からはずしてのぼっていく。頭上の枝葉から下がって空中に、微小な毛虫だかなんだかのたぐいが吊られていることがあった。それを避けつついって、駅前までくるとマスクをもどし、駅舎内へ。ベンチにつくと小包みを出して、鋏をむろん持っていないが下部が剝がせるようになっていたので開封し、ビニールの袋から本を取り出してカバーの紙もはずし、表紙をちょっとながめてからひらいた。しかしそのころにはもう電車がやってきていたので、さいしょの文のさいしょのほうを読んだのみで仕舞って乗車。座席で目をつぶって待ち、降りると職場へ。
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • 退勤は一〇時半ごろ。帰路は電車を取った。帰るまでのあいだに特段の印象はない。帰宅して部屋にもどり、仕事着を脱いで楽なかっこうになったあとは、ベッドにころがり、(……)さんの『双生』をよむことに。アルトーはいちじ中断して、こちらを先に読む。冒頭から例の修飾豊富な息の長い文になっているが、「かつての目のくらむような輝きもすっかり色褪せて白く抜け落ちてしまった髪をひとつの美しい諦めのかたちにたばねた妻」は不思議でないとしても、そのつぎの、「いまだその端々にたどたどしさのわずかに残る発語もあるいは単なる老いの仕業でしかないのかもしれぬ口元」は、ふつうこんなふうに言わないだろうとおもった。「(あるいは)~かもしれぬ」が長い情報付与の末尾に置かれて名詞にながれこんでいる点のことで、(……)さん以外の作家だったら十中八九、これは名詞一語に修飾させるのではなく、述部として提示する内容のようにおもう。こういう書き方はその後も非常にたくさん出てきて、それについては余裕があったらこの翌日の記事にまた書こうとおもうが、本来なら述部的な動きのある情報をながながしい修飾として用い、膨張的なうごめきを展開させたあとにそれを名詞一語に集束させて、ホッチキスでとめるようにきゅっと閉じる、というのが、三宅誰男の文体における主要なダイナミズムのひとつではないかとおもう。ある種迂回的に円を描いては締めながらすすむというか、膨らませた風船の口を紐でむすぶようなかんじというか。
  • 食事にあがったのはもう零時ちかかったはず。夕食時や入浴時のこととしておぼえていることとてもはやない。風呂を出たあとはこの日のことを記述できた。労働をこなしてきたあとなのに、勤勉なことではある。二時になるまえだったかそのあとか、気力が途切れていったん瞑想に休んだ。しかしそのまま復活できずダウンしてしまい、ようするに臥位になっていくらかまどろんでしまい、三時からウェブにくりだしたのち、寝るまえにまた瞑想をした。だからこの日は四度も静止したわけで、それはまあ悪くはない。消灯したあとにストレッチもすこしだけおこなって、四時五分に就床。

2021/6/6, Sun.

 イデアという語は、「見る」という意味の動詞、イデインに由来する。イデアとは、だから文字どおりには「見られるもの」であり、もののすがたやかたちのことである。だがプラトンの語るイデアは、目で見られるものではない。もののすがたや、かたちにかかわるにしても、見られるものではない。すがたやかたちそれ自体 [﹅4] は、見られるものではないからである。(end79)
 コインをさまざまな方向から観察してみる。かたちがいろいろと変化する。それではコインそのもののかたち [﹅3] とは、どのようなものだろうか。真円が、そうだろうか。だが真円は、たんに真上から見られたすがたであるにすぎない。無数に可能な視点の、そのひとつから見られたかたちにすぎないのである。かりにコインそのもの [﹅4] のかたちが存在するとすれば、それを記述するのは、楕円のすべてがそこからみちびかれる一箇の方程式であることだろう。かたちは目で辿られる。だがコインそれ自体 [﹅4] のかたち(モルフェー)は、目には見えない [﹅4] 。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、79~80)



  • 一一時台に起床。水場へ行ってきてからもどり、今日は瞑想せず、しばらくだらだらしながらふくらはぎを膝でほぐす。(……)
  • それで一二時をすぎて上階へ。食事は天麩羅ののこりなど。テレビは『のど自慢』。新聞の書評面の入り口では、阿部公彦レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』を紹介していた。カーヴァーの小説は地味で激しい展開はまったくないが、ものごとの非常に微妙な機微をすくいあげてあつかっており、『大聖堂』はある夫婦が妻の友人の盲目の男性を自宅にまねくはなしで、この男性と妻はむかし仲が良かったようなので夫としてはおもしろくないし、視覚障害者にたいする接し方もわからずさいしょはぎこちない関係になってしまうのだが、ほんのちょっとしたきっかけで状況が変わっていく、それを描いてみせるさまが見事だと。さいごではテレビに映った大聖堂を見ることができない男性は、夫に絵に描いてくれないかとたのみ、その絵のうえに手を乗せて見えないものをかんじとろうとする、みたいな展開になるらしく、この紹介だけきくとクソおもしろそうだとおもう。カーヴァーはそうとうむかし、たぶん読み書きをはじめて文学にふれだすまえだったのではないかとおもうが、『頼むから静かにしてくれ』だったかを読んだことがある。「でぶ」というみじかいやつが冒頭にはいった本だった。とうじはやはりわからず、あまりおもしろいとはおもわなかったはずで、なんか変なはなしだなあ、くらいにかんじたおぼえがある。
  • 今日の天気はくもり。新聞からはもうひとつ、ロシア特派員だか支局長だかのみじかいエッセイ風の記事をよんだ。「メモリアル」といって、ソ連時代の抑圧の歴史とか、そこで人権のために活動したひとびとの記録をのこしてつたえようという団体があるらしいのだが、その団体がアンドレイ・サハロフ特別展をひらいたものの、場所がまったく目立たないような狭いアパートの一室だかで、プーチンのもとではこういう展示をおおっぴらにやることもできないと。サハロフというひとは七五年だかにノーベル平和賞をもらった物理学者で、サハロフ賞というものもあったはず。ハンナ・アーレントが受賞していなかったか? 記憶違いかもしれないが。プーチンは外国から資金提供されたり、外国の影響を受けている団体をスパイ組織として指定できる法律をつくったらしく、この「メモリアル」もそれでスパイ組織認定されているとのこと。
  • 食後は食器洗いと風呂洗い。茶を持って帰室。(……)
  • (……)ちゃんの家にこどもの友人らがきているのか、にぎやかな声がきこえていた。それで五時過ぎ。あがって、アイロンかけをする。テレビは『笑点』。ロッチがコントをやっていた。まあまあ。眼鏡をかけていて髪がながくもじゃもじゃしているほうのひとについて、母親は、なんかあのひと、ふつうにいたらちょっとキモいよね、と言っていた。わざわざそれを口に出さなくていいとおもうのだが。
  • アイロンかけをすませると部屋に帰り、きのうの記事をほんのすこしだけ書き足して投稿。そして、日記の一部だけまたnoteにあげてみるかという気になったので、登録した。私生活の詳細ではなく、天気か風景の記述だけ投稿するアカウントにするかと。まえにはてなブログでもやっていたことだが。六月がはじまったばかりなのでどうせなら六月のさいしょからにするかというわけで一日をよみかえしたが、この日は特にまとまった天気の文がなかったので、二日から。休日は外に出ないのでそういうたぐいの記述はない。今回は毎日あげなくてもよいとおもっているので、それらしい文が書けた日だけでよい。noteもコメントを書けないように設定できるとおもっていたのだが、そうできるのはpro版だけのようで、投稿時にコメント欄閉鎖を選択できなかったので残念。プロフィールには「きょうのてんきなど。」としるしておいた。
  • そのあとだったかそのまえだったかわすれたが、瞑想をおこなった。かなり充実した印象。なんというか、時間が密集的に凝縮して、途切れ目が生まれない。窓外ではもう暮れ方なのに鳥がたくさん、かしましく鳴いている。なにもせずにじっとすわっていればじきに、なんというか心身内部がかるくなめらかになってきて、空洞のような質感になる。かなり座ったつもりでいたのだが、ところが目をひらくとやはり二〇分も経っていなくて、マジかとおもった。三〇分座ったつもりだったのだが。あと、この日はおりおりに、両手を組んで腕を後方や前方にのばしたり、背伸びをしたり、上体を左右にひねったままそのへんをつかんでとまったり、ストレッチ的なことをやる時間をおおくとったのだけれど、そうするとからだがちがうので、やっぱりこれもやらなければ駄目だなとおもった。マッサージとストレッチはどうやら相補的なものなので、どちらかだけでなくて両方やらないといけない。
  • それで七時ごろに夕食へ。キムチ風味のスープや煮物など。さいしょのうちは、つまり母親が食膳を用意して炬燵テーブルの父親の横につくまでは、テレビはニュースを映しており、ミャンマーでひきつづく苦境や抗議デモをうけて日本に来たサッカーかなにかの選手が、大会の開会式だったか試合のときに、国軍への抗議を意味する三本指を立てる仕草をおこなった、という話題などをつたえていた。この三本指を立てるサインは、たしかもともとタイでやっていたものではなかったか。食事を口にはこんで咀嚼しながら新聞もまた読む。一面から二面にかけてあったジョセフ・ナイの寄稿をまず。米中間対立で怖いのは、双方があいてとおのれのちからを正確に把握せず過小か過大に評価して、それで恐怖感から葛藤がエスカレートすることだというはなし。トゥキュディデスがペロポネソス戦争の原因を、アテネの台頭にたいしてスパルタが恐怖や危機感をおぼえたことに帰しているらしいのだが、ナイは冒頭それを紹介し、現在の米中対立についてもこの見解に沿ってかんがえる識者がいるが、しかし米国と中国は経済的な相互依存が強いので、いまのところはまだ、熱戦はもちろん、冷戦の段階にもいたりはしないだろう、と述べる。そのあと、中国はたしかに相当に拡大してきているが、まださまざまな面で米国が優っている分野もある、という趣旨の説明がつづく。中国は、貿易相手としては米国の人気を上回って、米国を世界最大の貿易相手としている国はいま五七であるのに対して中国は一〇〇を超えているが(例の「一帯一路」の一環で、諸外国への金銭的支援も相当にやっているらしい)、経済規模はまだそれでもアメリカの三分の二くらいだと。また軍事力も、米国のほうが四倍高いという推定もあるという。推定とされていたのは、たぶん中国が正確な防衛費や軍事力のデータを公開していないからだろう。具体的なはなし、いまの中国ではたとえば西太平洋からアメリカを追い出すことは決してできない。さらに文化的なソフトパワーの面ではとうぜんアメリカのほうが優勢だし、学術面でかんがえても、大学の学問的業績ランキングみたいなものの上位には中国ははいっておらず、アメリカの大学が大部分を占めている。そういうわけで、中国の拡張や台頭にせよアメリカの衰退にせよ、米国側はあまり恐れすぎずに冷静に把握して、軽々な行動を取らないようにしなければならない、というようなはなし。危惧されるのは中国側の民族主義的な動向の高まりだとも言っていた。
  • あと一面の、外国から大きな影響力を受けている留学生や日本人研究者にたいしては、軍事転用可能な技術情報の利用を許可制にする方針、という記事をよんだ。もともと外国人にたいしてそういう情報を提供するのはいまも許可制らしいのだが、外国人でも日本で働いていたりすると「居住者」というくくりになり、居住者にたいする提供は問題ないとされているので、そこが抜け道になりかねないということらしく、外国人も日本人もまとめて情報流出の可能性があるばあいは規制すると。外国から大きな影響力を受けているというのをどういう基準で判断・認定するのかがまた難問になりそうだが、中国の例の「千人計画」というやつを警戒しなければならないというわけだろう。
  • 食器を洗って部屋へ。食後だったか食前だったかわすれたが、(……)さんのブログの最新記事をよんだ。冒頭の引用(國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』 p.270-277)からメモしておきたいとおもったのは以下のぶぶん。

 私は、「痛みから始める当事者研究」のなかで、非常に単純化して言えば、退屈になる理由、じっとしていられないということの理由は、過去のトラウマが原因なのではないか、と書きました。
 かつてコナトゥスを乱され、踏みにじられた記憶が大きければ大きいほど、人は簡単にそれを忘れたり慣れたりすることができない。多かれ少なかれ、コナトゥスを乱される記憶は、私たちのなかにたくさんあります。いわば私たちは傷だらけなのです。そして乱された記憶が傷として残る。その疼きを取りたくて人は新たな傷を求めてしまうのでないか。
 私はまた、同じ論文のなかで、さまざまな根拠を挙げながら、過去のトラウマ的な記憶を消すためには、今ここで新たにトラウマになるような傷を自分が自分に与えるのが一番だと述べています。例えば、自傷というかたちで出ることも、依存症のようなアディクションのかたちで出ることもあるかもしれない。いずれにしても、パスカル風に言えば、興奮させるような、覚醒度を上げさせるような何かで過去の痛みの記憶を沈静化させることが合理的である、そんな場面というのがあるかもしれない、と。

     *

 熊谷さんは以前、僕の浪費と消費の区別を、「インプット」と「アウトプット」という言い方で説明してくれました。浪費しているときには、食べながら味わい、その味をインプットできている。ところが、過食の場合は、確かに食べ物を飲み込んではいるんだけれど、そこに起こっていることはインプットというよりアウトプットであり、何かを食物にぶつけている。しかも内臓で起こっていることの受け取りも遮断しているので、自己の状態もモニターできなくなっている。
熊谷 そうなんです。私は自分の過食を思い出しながら、消費と浪費の違いはなんだろうと考えました。例えば、食べ物が目の前にあって、それをちゃんと味わっているときはうまく食べられるわけです。ところが、過食としてむやみに食べているときは、食べ物から情報をまったく受け取っていない感じがする。むしろ、エネルギーを食べ物にぶつけているような感覚があります。食べることがインプットではなく、スポーツするときのようなアウトプット重視の行為になっているときに、食べるのが止まらなくなるのではないか。

  • 八時二〇分ごろから音読。Carole King『Music』をながした。「ことば」で1番の石原吉郎の文をあいかわらず読み、そのあと「知識」のほう。順番はまっすぐでなかったが、1から6まで触れることになった。「知識」のほうはそんなに何度も何度も読まなくとも、その記述にふくまれた枢要な情報はとうぜんインストールできる。いままでは一項目につき二回と決めてすすめ、きちんと記憶することをかんがえず触れたときにあらためておもいだせばいいやとおもってやっていたが、おぼえるまで反復して読むやりかたに変えてみると、こういう方法のほうがこちらに向いていたような気がする。大学受験の勉強のときもそうだったのだ。どんどんすすんでいって周回するのではなく、範囲をみじかめに区切ってなるべくきちんとおぼえながらいく、というやりかただった。英語の単語は『システム英単語』をつかっていたが、ページのうえにやった日付をメモして、一週間経ったらもういちど学習する、みたいなかんじで、触れる間隔を管理していたくらいだ。いまおもえば、あのときから何度も口に出して読んで力技でたたきこむ、というやりかたを習得していれば、もっと楽だった気がする。
  • 九時で切って部屋を抜け、トイレで柔らかめの糞を腸から追い出したのち、入浴へ。暑い。気温が高いということもあるが、音読のさいちゅうにダンベルを持っていたからだろう。さいきんはマッサージのほうに傾斜していて音読中も各所の肉を揉んでいることがおおかったが、やはりダンベルを持つのもよい。風呂のなかではたわしでからだをていねいによくこすった。かなり念入りにやったといえる。それなので肌がそうとうにすっきりした。出るとカルピスを一杯つくり、裸の上半身に黒い肌着をかけ、片手にはコップを持って階段をくだり、寝室にさがっている母親に風呂を出たことを知らせにいった。部屋はおおかた暗くなっており、母親はややうとうとして休んでいたようだ。はいるまえから気配を聞きつけて、出た? ときいてくるので、肯定し、お先に、と言ってじぶんの部屋に移動する。LINEをのぞくと(……)が、今日の九時くらいから通話できるかと呼びかけていたが、時間もすぎていたし、今日は欠席させてもらうことに。(……)それからきょうのことを冒頭からここまでしるすと、いまちょうど日付が変わるところにいたっている。書いているうちとちゅうから指のうごきがおちついてきて、だいぶゆっくり書く感覚になったのだが、そういうふうに、これくらいのスピード感でつづったのはひさしぶりのこととおもう。
  • 預言者がくれたこの世の真理など昼寝のなかでわすれてしまえ」という一首をつくった。
  • 「祭壇の火にたくされた妄想を来世のきみにはこぶ盗賊」という一首もつくった。
  • アントナン・アルトー/多田智満子訳『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』(白水社、一九七七年)をよみながら休息。ヘリオガバルスまわりの事項の推移と、町や神殿の説明がかわるがわるかたられるのだが、あいかわらずなにをしたいのか、なにをかたりたいのかあまりよくわからないようなかんじ。わりあいとしてはむしろ後者のほうがおおいようで、神殿の祭儀や内部の事物についてなどややくわしくかたられるのだが、それが物語的主軸と有機的にむすびついているかというと、そうともみえない。いちおう背景をなしているのはそうなのだろうが、語り方が無造作というか、一行あけをはさんで断章的にすすんでいくのだけれど、それらをうまく統一的につなげてひとつの世界を表象しようというよりは、説明するような文章。だからやはりエッセイ的というか、物語の語り手としての語りというより、書き手としての語り方という印象。アルトーの関心は、いまのところでは、ヘリオガバルスよりも、むしろ神殿まわりのことがらとか、太陽神信仰の原理とか、それとむすびついているようだが、シリアやローマという世界における性的秩序などにより濃くむけられているようにみえる。たぶん、ヘリオガバルス当人やその事績をかたろうというよりは、ヘリオガバルスをとおしてなにかをみようとしている作品なのではないか。
  • 52のさいしょにある、「戦争が去ったあとには詩が立還ってくる」というフレーズがちょっとよかった。あと59の二行目に「宇宙車輪」という語がでてくるが、これはなんなのか。はじめてみる語の結合の気がするが。「まわすと宇宙車輪の響きを発しながら放射状の地下道を通りぬける蝶番の軋み」という一節のなか。ここは太陽神にささげられる「日に四度の聖餐」についての記述のいちぶ。
  • 書見は一時をまわったあたりまでだったか。なので、わりとみじかい。そんなにすすんではいない。(……)

2021/6/5, Sat.

私のほうが、この男よりは知恵がある(ソフォーテロス)。この男も私も、おそらく善美のことがらはなにも知らないらしいけれど、この男は知らないのになにか知っているように思っている。私は知らないので、そのとおり知らないと思っている。(『弁明』二一d)

 伝統的には、「無知の知」と呼ばれてきたことがらである。プラトン研究者たちが指摘するように、けれども、この言いかたはソクラテスの真意を、おそらくは枉 [ま] げてしまうものだろう。ソクラテスは「知らないと思って [﹅3] いる」と語ったのであって、「知らないことを知って [﹅3] いる」と言ったのではない。プラトンもまたそうつたえてはいない。プラトンはむしろべつの対話篇(end69)で、「知らないことがらについては、知らないと知ることが可能であるか」という問いを立て(『カルミデス』一六七b)、否定的に答えている。視覚が色彩を感覚するものであるなら、視覚についての視覚とは、なんについての感覚でありうるだろうか。ほかならぬ視覚でありながら、色を見ずに、たんにさまざまな視覚そのものを見る視覚などありえない。知の知は、たやすく難問(アポリア)を抱えこむ。無知の知も同様である。「知らないので、そのとおりに知らないと思っている」という、プラトンがつたえるソクラテスの発言は、なにか特別な自己知 [﹅] の主張ではないように思われる。「知ある無知 docta ignorantia」を説く者とソクラテスをかさねあわせることは、クザーヌスそのひとの発言にもかかわらず、不可能なのである。
 この件は、そうとうに決定的な、ことの消息とかかわっているものだろう。無知の知という知のかたちをみとめるならば、ソクラテスはやはり「知者」(ソフォス)であることになるからだ。知者であるのは、たとえばプロタゴラスであって、それを自称する者たちこそがソフィストであった。ソクラテスは知者ではない [﹅2] 。あくまで「知を愛し、もとめる者」(フィロ・ソフォス)である。この一点で、同時代人の目にはソフィストそのものと映っていたであろうソクラテスが、ソフィストから区別される。ソクラテスソフィストではない。だから [﹅3] 、ソフォス(知者 [﹅2])でもない。フィロソフォス(哲学者 [﹅3])なのである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、69~70)



  • 六時にアラームをうけてつつがなく覚醒。むしろそのまえにもいちどさめていた記憶がある。いったん寝床にもどるとこめかみをもんだりふくらはぎをほぐしたりしたが、二度寝におちいることなく、六時一五分すぎに無事離床できた。洗面所へ。母親もおきており、トイレにはいっている。顔をあらったりうがいをしたり水を飲んだりして部屋にもどり、瞑想。Queenの"Don't Stop Me Now"があたまのなかにながれていた。それをきいたり、浮かんでくる歌詞の意味をあらためて確認したり。窓外には鳥声がむろんある。基本的にヒヨドリがピヨピヨ鳴くのがベースで、それにカラスが二匹くらい、そう大きくもなく、まだねむたいような漫然とした声音でざらつきをさしこみ、ウグイスがときおり錐揉み状に、もしくは花火みたいにひゅるひゅるやっているのだが、さらにもう一種、ほかの鳥声のなかにあってじぶんのペースをくずさずにほぼ一定の間隔で鳴くやつがいる。なんの鳥かしれず、鳴き声のかんじも言語化しづらいのだが(鳥の声はだいたいどれも言語化しづらいが)、鳥というより夏の夜に鳴いている虫の鈍い羽音をおもわせるようでもある。
  • 目をひらくと二〇分少々経っていて、六時四三分。上階へ。洗面所で髪をとかす。母親は今日、四時までらしい。こちらはたぶん三時すぎくらいに家に帰り着くのではないか。昼飯は職場で食わず、帰ったらカップ麺を食うと言っておく。焼き豚があるというのでそれを卵と焼いて、米にのせて食事。炊飯器の米はなくなった。ほか、キュウリに味噌を添えたものと、インスタントの味噌汁。新聞を外に取りにいくのが面倒臭いので、ニュースをみる。ワクチン接種について、六五歳以上で一回目の接種をおえたのが一八パーセントほど、二回目までおえているひとだとその一〇分の一で一. 七パーセントくらいらしい。すすみはおそい印象。二一日から職場や大学でも接種できるようにする目標とのこと。東京はきのうの新規感染者が四〇〇何十人とかで、いっときにくらべれば減っているが、なかなか数百人規模を脱せないなというかんじで、都のほうでもなかなか数値が下がらず高い水準で推移している、という認識を発しているもよう。沖縄でも感染拡大しているようで、役所の局長が、このままだと医療崩壊におちいるその瀬戸際の危機にいる、みたいな発表をしたらしい。いわゆる「コロナ疲れ」をかんじるかという調査にたいしてかんじるとこたえるひとがおおいというデータも出ていたが、こちらは「コロナ疲れ」というほどのことはとくにかんじない。コロナウイルスだろうがなんだろうが基本的に生活がかわらないので。
  • 食器をあらって帰室。コンピューターを点けてNotionを準備し、さっそくここまでつづった。じつに勤勉。いまは七時半をすぎたところ。母親が出るときに同乗させてもらう予定で、八時二五分に出発するらしい。きょうの勤務はテスト監督で、九時からなのでどうにかなるだろう。監督といってもだいたいタイマーを管理してはじまりと終わりを画すのと、とちゅうでたまにあと何分です、というくらいのものだし、きょう受けにくる生徒もすくなさそうなので、楽なしごとだ。あいまにやることがたいしてなさそうだから、コンピューターをもっていってきのうの日記を書けばよかろうとかんがえている。ついに職場で内職ができるくらいのポジションにいたった。
  • 「知識」の1番と4、5番を音読したのがきがえたあとだったか否かわからないが、出発までにそれをやった。たぶんきがえたあとだった。先に歯をみがいてベストすがたになり、八時一〇分あたりまでよんだところで余裕をもってうえにあがったはず。便所にいって腹をかるくする時間もほしかったので。それで排便したあと、もう風呂をあらってしまい、そうして出発。きのう職場から借りてきた傘をもって家のまえへ。天気はくもり。また雨になる予感がないでもなかった。道の脇に立って母親が車を出すのを待ち、助手席に乗って出発。さすがにいくらかねむいようだった。睡眠としては四時間も取っていないのでとうぜんのこと。ラジオからはなにか女性ボーカルがながれていて、Nightwishか? などとおもったのだがそんなはずがないだろう。そもそもNightwishをきいたことなどほとんどないし。だが、そういう、ゴシックメタルといえばよいのか、それを連想させるような、ゴシックメタルからメタルをとったようなかんじの曲調と歌い方の音楽だった。職場のすぐそばでおろしてもらったのだが、このとき雨がはじまっていた。面倒臭いので傘はひらかず、すぐそこの裏口にいって開錠。なかにはいって勤務へ。
  • (……)
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  • (……)退勤。三時半ごろだった。さすがに疲労感。なにしろねむりがすくないし、駅内の通路をいきながら計算すると、八時半ごろから三時半までだから七時間も職場にとどまっていたわけで、あきらかに働きすぎだなとおもった。ホームに移り、ベンチについて瞑目しながら休む。そこそこ眠気めいたものが兆す。意識を失いはしないものの、多少あたまが前後に揺れるかんじはある。電車内でも同様に休んで、最寄り駅につくと降り、暑いのでマスクを顎のほうにずらして呼吸のための穴を露出させ、帰路につく。坂道をくだると、十字路からみて右方の先にある近間の家で木を切っているようなかんじの音が立っていた。家までの道をいくあいだ、あらためてまわりをみればどこもじつに色濃く充実した緑に満たされていて、道に沿って林がつづいているわけだけれど、その青々とした緑色の斉一性のなかにあるほかの色といって、柑橘類の実の黄色と、あと正面奥で林縁に混ざっている竹の葉の、いくらか黄みの混ざって褪せたような中間色くらいしかない。正面にひかえている林壁もあらためてみあげればずいぶん高くかんじられ、道をいくあいだ風がおりおりながれて暮れ方にむかう初夏の気が曇天ながらさわやかだったが、自宅のまえまで来るとまた風が走って、それが林のてっぺんをゆらしゆらし葉擦れをしゃらしゃらおとしてきて耳と肌によい。
  • 帰るとアルコールで手とマスクを消毒し、マスクはすぐに捨て、洗面所で手を洗いうがいをしていると車が帰ってきた音がきこえ、母親にしてははやいから父親かとおもって洗面所からでたあと玄関への戸をあけるとやはりそうだった。出かけるのときくので、いま帰ってきたところだとうけて下階におりる。服を脱ぎ、ほんとうは横になって休んだほうが良かったのだろうが、書き忘れていたけれど最寄り駅でコーラを買っており、コンピューターをまえにしながら二八〇ミリのそれを空っぽの腹に飲んで水気と砂糖を補給したのですぐには横になれない。母親がまもなく帰宅し、寿司を買ってくるかと言っていたとおり買ってきてくれたので、食事はもうそれでよいというわけで、クソ腹が減ったからすぐに食べるといいながらもすぐには食べず、部屋にもどってきのうの記事を書いた。Queenの音楽を就寝前にきいた際のことを綴って仕上げ、投稿。そのあとギターをいじったはず。隣室にはいってしばらく遊んだが、まあ駄目。大した弾きぶりではない。散漫。うまく弾こうなどという不相応な野心はすてたほうがよいのだが、あまりかたなしでも、どうも。楽器にたいしてこころづかいをできていない。愚かさとはそのことだ。いたわりといつくしみをもたないのが愚劣さということだ。
  • そうして食事へ。寿司があったのに母親はくわえて天麩羅を揚げたらしい。ゴーヤが悪くなっていたから、という。父親はなんの役目かしらないが、どこかの会合にいっているようす。ものを食う。イタリアンパセリとかいうものを揚げたといって、どうかときかれたが、目をつぶって味に意識をむけてみても、あまりパセリらしい風味をかんじず、ただの葉っぱというか、むしろただの天麩羅、というかんじだった。菜っ葉というより、天麩羅の味。寿司はむろんうまいが、先日ほどのあざやかさをかんじなかったのは、やはりコーラを飲んでしまったので血糖値が上がっていたためではないか。新聞の朝刊をきょうは読んでいなかったが、みれば天安門事件から三二年で香港では厳戒、との報。七〇〇〇人の警官だか治安員だかが動員されたとあったはず。ヴィクトリア広場は、完全にではなかったかもしれないが、封鎖され、毎年追悼集会を主催していた団体の副代表が、SNS上で、みなに見えるところで個人的に灯をともそうと発したのが、無許可集会の煽動にあたるとして、公安条例違反で逮捕だか拘束だかされたらしい。そういう状況下でも、治安部隊員と対峙して、例の、国家安全維持法違反だと認定されている、我らの時代の革命だ、というスローガンを叫ぶ一団のひとびともあったというし、当局がやはりあたりを監視して通行人が立ち止まらないように管理するなか、キリスト教教会のいくつかでは追悼のミサが挙行されたという。
  • 英文をよんでいるとちゅうから疲労感と眠気が限界にたっしかけていたので、さすがに休もうとベッドに身投げし、しばらく目を閉じてあいまいな仮眠。八時四〇分くらいまで。八時くらいからだったとおもうので、三〇分か四〇分くらいしか意識をおとしていなかったとおもうのだが、それでもだいぶ回復する。風呂は父親が入っていた。母親に先にはいるかどうするかききにいくと、先にはいるというので了承し、こちらは室にもどって書抜きを一箇所。熊野純彦レヴィナス本。Carole King『The Carnegie Hall Concert (1971-06-18)』をバックに。久しぶりにスツール椅子に腰掛けてやったが、書抜きを長時間やるにはやはりそうするしかない。立位でやっていると足が疲れてきてながくできないので。座っていればいるで、背がこごってくるのが難儀なのだが。
  • そのあと臥位になってアントナン・アルトー/多田智満子訳『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』(白水社、一九七七年)をすこしだけ読み、風呂にいったのがたぶん一一時まえくらいだったか? アルトーのこの本で、いまのところ、書き抜くほどではないがよいとおもった表現は、まず25でユリア・ドムナについて言われている、「地獄よりも高い所へは決して昇らない女」というもの。「ところでドムナ、この女性はディアナでありアルテミスであり、イシュタルであるが、黒い女性的な力をあらわすプロセルピナ [訳註: 冥界の女王] でもある。大地の第三地帯の黒。地獄の化身であり、地獄よりも高い所へは決して昇らない女である」とのこと。もうひとつは、31でバッシアヌスが着ている服の、「叫び出しそうに鮮やかな黄色」という形容。
  • 風呂のなかで、「帰り道を失くした霊をともづれに月を見つめる胸のすくまで」という一首を作成。あと、多少の詩案というか、それらしき口調と内容があたまのなかにながれたが、かたちとして表出するのは面倒臭い。なんか、なぜか、高校生の乾いた無感動な鬱屈みたいな内容だったのだが。
  • かえってくると今日のことをここまで記述し、いまは一時すぎ。
  • そのあとは怠けて、特段のことはない。三時ごろにいたっておきあがり、瞑想をしてから就寝した。瞑想はねむるまえなので、やはりからだが前後にわりとぐらぐらしたおぼえがある。三時四三分ごろに消灯したはずだがあまり記憶がたしかでない。

2021/6/4, Fri.

 ソフィストとは知者であった。ソフィストの知は、時代のなかで力とむすびつく。かれらの言論における卓越が、権力を生んだのである。ソフィストは、その意味で有能な人間であり、有用な人物であった。けれども、有用さそのものはいったいなんのためにあるのだろう。そのように問いかけつづける者があったなら、その者は、どのような時代でも余計者として疎まれ、最後には憎まれることだろう。ソクラテスというひとが、おそらくはだれよりもそうであった。(end66)瀆神の罪(アセベイア)とは、ソクラテスをアナクサゴラスと混同した濡れ衣にすぎない。
 プラトンの描くソクラテスは、あるときパイドロスと散歩に出て、プラタナスの木陰でひとときの休息をとった。ソクラテスは、プラタナスを誉め、アグノスの樹を称え、泉に感嘆して、吹きすぎる風に感謝する。夏の盛りを告げる蟬たちの声、草の柔らかさ、そのひとつひとつを賞賛するソクラテスに驚きあきれて、その場所に案内した、パイドロスは言う。

驚いたひとだな、まったく。あなたのほうは、これまた申し分もなく風変わりなひとだとわかります。ほんとうにいまおっしゃったとおり、あなたは案内人に連れられ歩いている余所者みたいで、この土地の人間にも見えないのですから。(『パイドロス』二三〇c―d)

 ソクラテスは「申し分もなく」変わった人間(アトポータトス)だった。アテナイには場所をもたない(アトポス)異邦人、「余所者」(クセノス)であるかのように、アテナイのひとびとに問いかけつづけたのである。余所者であり、現実的には余計者であって、ソフィスト的な有能さの対極にある人間であったとも思われる。その顔も、言うことも「シビレエイ」にそっくりだと論敵からは言われ(『メノン』八〇a)、アテナイが眠りこまないために神が贈った「虻」であると、じぶんではいう(『ソクラテスの弁明』三〇d―e)。クサンティッペが悪妻であったのでは、(end67)たぶんない。ソクラテスが好色かつ酒好きな道楽者で、無能のひとだったのである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、67~68)



  • さいしょにさめたとき、一一時半ごろにみえて、ながく寝てしまったとおもったのだが、意識がはっきりしてからよくみてみると一〇時台だったのでわるくない。こめかみをもんだり、腹をもんだりしてから一一時ちょうどに離床。天気はくもりで、きょうは雨になるらしい。このときもすでに降っていたのかもしれない。そうだとして、雨音が立つほどの降りではなかったが。コンピューターを点けておき、水場にいってきてから瞑想。やはり毎日停止する時間をとらなければだめだ。きょうは雨天だからか、鳥の声がすくないよう。ヒヨドリが一匹きわだっているが、ピヨピヨと張られるその声も、水気がはらまれたような質感になっている気がする。また、あれは川の音なのか遠い雨の音なのか、川に雨がおちるひびきなのか風の音なのかわからないが、空間の奥になんらかのあいまいなひびきがかかってもいる。風はときおりはしってきて家をゆらしたり、あたりの草木をざわめかせたりして、その葉擦れの音もやはり水っぽいような気がしないでもない。けっこう座ったつもりでいたが、目をあけると二〇分しか経っていなかった。体感では三〇分くらい経ったつもりだったのだが。足がしびれたので、ちょっと待ってから上階へ。
  • 麻婆豆腐などで食事。母親はまもなく勤務へ。新聞からはイスラエルの件を。やはりヤミナはリクードよりも強硬だという情報がでていた。なにしろ、西岸の入植者たちを支持基盤にしているという。とうぜん、二国家共存案も支持していない。その党首が半期であれ首相をやろうというのだから、むしろリクードのときよりパレスチナの苦境は深まるのではないか。そういうひとびととアラブ政党が連立しようというのだから、そうそううまくつづきはしないだろう。そもそもこの連立が本当に成るかもまだ不透明である。今回の野合はようするに反ネタニヤフで一致しただけのことであって、ネタニヤフを退陣させて、あとはコロナウイルスなど喫緊のことがらに対応するくらいしか大義がないわけで、だからコロナウイルスがおちついたらもうおわるんじゃないだろうか。そしてイスラエルは全世界でいちばんはやくワクチンが普及した国で、国民のあいだにはもう楽観ムードがただよっているらしく、ところによってはもうふつうにマスクをはずして平常にもどったみたいな場所もあるようなのだ。反ネタニヤフで野党が一致できたのは、今回の主要参加者がけっこうみんな過去にネタニヤフから攻撃されたという事情があるようで、スキャンダラスな情報を撒いたりして政敵を徹底的にやりこめるネタニヤフの手法が一種復讐をまねいた、みたいなところがあるらしい。ヤミナのベネット党首も過去にネタニヤフ政権の防衛大臣だったらしいのだけれど、妻がユダヤ教の戒律をまもっていないみたいな情報をばら撒かれたことがあったようだ。ラームというのはアラブ政党で、四議席持っており、アラブ系だとほかにアラブ統一会派とかいう勢力が今回の件でどちらにも属さず中立をたもっているようなのだが(たしか六議席だったか?)、ラームは、アラブ系のひとびと、すなわちパレスチナ人の生活環境をよくするには、ユダヤ勢力と取り引きするしかないということで連立参加を決断したらしく、西岸地域(だったとおもうが)のパレスチナ人の環境改善とかインフラ整備とかにたいして日本円にして一兆何千億円だったか、けっこうな額の支援をおこなう、という取り決めになっているようで、しかしこれはヤミナにしてみれば絶対に是認できないことのはず。
  • 天安門事件にかんする記事もあったはずだがよんでいない。食事をおえるとかたづけ。このころには雨がはじまっていた。しかしまだ音のたたない、染み入るような降り。風はなかなかふえていて、精霊の叫びのような音をときに立てていたし、風呂をあらいにいったときも、窓は二センチくらいしかあいていないのにそこから涼気がするすると、なめらかにすばやくながれこんできた。茶を用意して帰室。Notionを準備し、一服しながらウェブをまわると、この日のことをつづった。いま一時一〇分。きょうの労働は夜。七時まえの電車で行くだろう。明日は朝からなので、かえったら夜ふかしせずにはやめに寝ることになるはず。
  • いま五時半。書見をしたのが四時か三時半くらいまでだったか? 雨がはしった時間があって、ピーク時はそこそこ音がおおかったのだが、いま現在はやんでいて、カラスやら鳥たちがよく鳴いている。ピエール・ヴィダル=ナケ/石田靖夫訳『記憶の暗殺者たち』(人文書院、一九九五年)を読了し、その後、アントナン・アルトー/多田智満子訳『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』(白水社、一九七七年)をよむことにして、さっそくよみはじめ、20ページかそのくらいまでよんで中断し、日記をかたづけにかかった。それで五月三一日からきのうのぶんまで一気にしあげて、溜まっていたしごとを解消することができたのでよかった。
  • 出勤前にものを食べるため、上階へ。夜は餃子でいいかと母親が言っていたので焼いておこうとおもったのだが、冷凍庫をさぐっても餃子がないし、ほかに調理して一品にできそうなめだった品もない。味噌汁はのこっており、サラダも多少あるので、餃子を焼けばいちおう膳としての体裁はととのうとおもったのだが。エネルギー補給のためにはカップ麺でも食えばよいかとおもっていたところ、冷凍庫に、先日母親が(……)ちゃんの妹さんからもらったチーズ入りのパンが保存されてあったので、それをいただくことに。レンジで一分強、加熱。ほか、キュウリを切って味噌をつけて食うことにして、小さな包丁で切り分け、皿に乗せて味噌を添える。キュウリという野菜は水いがいにほとんどなにもふくまれていないかんじがじつに好ましい。それで二皿をもって帰室し、(……)さんのブログをよみながら食事をとった。その時点でちょうど六時ごろ。それから歯をみがいたあと、瞑想。生の真実を再確認してしまったのだが、やはり瞑想の時間をなるべくとったほうがよい。あきらかに心身はおちつくし、気力もたもたれ、意識は明晰になって時間が多少減速される。瞑想をしているあいだがそうだというのではなく、その後の一日の時間の感触がそうなるのだ。このときは、窓外で、(……)ちゃんの家の女子が母親をあいてにはなしている声がきこえてきた。家のなかにいて、ことによるともう飯を食っているような雰囲気だったので、窓か扉があいていたのだろう。なにやら友だちと喧嘩でもしたのか、母親が、なんとかちゃんの家はなんとかちゃんの家でやりかたがあって、うちはうちでやりかたがあるから、でも、友だちとして言わなきゃならないことは言ったほうがいいよ、みたいな調子で、いさめるようなことを言っていた。一五分ほどすわったはず。いちおう体感にしたがって、そろそろいいかなとおもったら姿勢を解くことにしているのだが、一五分か、というかんじ。数字でみるとやはりみじかいようにかんじる。
  • 「月光とにらめっこするおれたちは夜がくるまでマスクを取れぬ」という一首をなぜかつくった。
  • そのあと、きがえて出勤路へ。雨がまた降りそうな天気ではあったが、傘はもたずに道へ。時刻は七時まえなのだが、みあげる空にはまだ青さがなく、偏差なく延べられた空白のうえに薄い煙色の雲が染みつくようにしてたくさんかかっているのみ。左に目をふって、東の果てのほうをみると低みでは多少の青が生まれはじめていないこともないが。坂道をのぼっていき、最寄り駅のホームにはいったころにはしかし、空は少々青く染まってきていた。ベンチについて電車を待ち、来ると乗って、瞑目。(……)でおりてホームをいけば、ここではすでに七時もまわって、空の青さは急激に深まり、おうじて雲も、じっさいにはその厚さが変わったわけではないだろうが暗さのなかで沸き返るような質感の影となり、どす黒いという色の言い方があるけれど、それにならって「どす青い」とでも言いたいような天の青さだった。
  • 駅をでて職場へ。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • 退出は一〇時半まえ。駅にはいって、ベンチへ。客はほぼいない。ホーム上を駅職員が行き来しているのみ。目を閉ざしてやすんでいると、まもなく電車が来たので乗り、ひきつづき瞑目に安らう。最寄り駅につくと降りて、傘をひらく。職場を出るときに雨がそこそこ降っていたので、傘立てに放置されているビニール傘をひとつ借りてきたのだった。それで雨を防ぎながら急がずあるいて駅を抜け、夜道をたどって帰宅。父親の車がまだなかったので、今日も山梨に泊まってくるらしいと知れた。
  • 家にはいると手とマスクをアルコール消毒し、さらに洗面所で手洗いうがいもする。餃子なかったじゃん、と母親にいうと、そうだね、と。自室におりて服を脱ぎ、書見。アントナン・アルトー/多田智満子訳『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』(白水社、一九七七年)のつづき。この作品はふつうにローマ皇帝やローマ史を題材にした小説だとおもっていたのだが、そういうわけでもなく、小説的な場面描写がごくみじかくあったりもするにはするが、どちらかというとひろい意味でのエッセイにはいるものなのかもしれない。アルトーがじぶんでいろいろ文献をしらべて、ヘリオガバルスという皇帝やその周辺について考察したことを、詩的もしくは形而上学的なよくわからん記述をはさみながら披瀝していく、みたいなかんじか。だから、いま30くらいまでよんだのだけれど、古代の文献から引かれたらしい記述とかもおりおりはさまれている。多少の伝記的な推移とか人物紹介とかもないではないが、物語的な進行感にせよ描写的な言語の駆動にせよいまのところはまだ薄く、舞台や歴史や周辺事情や文化を紹介・説明して地ならしをしているようなかんじ。
  • 帰宅後、書見をしてから食事にあがっていくと、一一時半まえだったのだが、テレビで『ボヘミアン・ラプソディ』がかかっていた。もう終盤らしく、あれはたぶんWembleyのライブを模したものか、Freddie Mercury役のひとがそれらしい、つまりその時期らしい風貌をしていたが、曲は"Hammer To Fall"の最中。この映画は主役がそっくりで、歌も本物みたいで、という評判だったとおもうのだけれど、たしかに、バンド全員じっさいに演奏してその音をつかっているのだとおもうが、違和感はないし、Mercury役のひとも似ているし歌はうまい。近距離でうつるとやはりみんなすこしずつちがうのだけれど、いちばん似ていたのはたぶんJohn Deacon役ではないか。Brian Mayは遠くから見るかぎりではほぼ完全にBrian Mayだった。Mercury役のひとも、顔はともかくとしても、動きは完全にMercuryそのもの。"We Are The Champions"が演奏されるのにあわせて口ずさみながら皿をすこしずつはこんで食事を用意し、食べはじめるころには映画も終わってエンドロールになったのだが、そこでながれるのは"Don't Stop Me Now"であり(イントロのゆっくりとした部分は、歌の一節一節のあいだに原曲にはない空白がすこしはさまって、区切られながらすすむかんじになっていた)、これをエンディングにもってこられると映画本篇をみていないのにそれだけでもわりと感動的であり、うたわざるをえない。そうして映画はおわり、こちらはものをたべながら新聞にいくのだが、テレビはそのあとなんらかの歌番組をうつしていて、そこに緑黄色野菜というバンドが出ており、なまえはきいたことがありながらその音楽はここではじめて垣間見たのだけれど、こういうかんじなんだとおもった。メインストリームのJ-POPの範疇にいる印象だが、それでありながらはしばしに洒落っ気をにおわせるところがあって、このひとたちは中高生に人気だとかいわれていたから、やっぱりさいきんの若いひとたちがやる音楽ってなんか洒落たものがおおいなとおもった。ボーカルのひとが「歌うまお化け」とか呼ばれているらしく、YouTubeだかどこだかでThe First Takeとかいう一発録りシリーズがあるらしいのだけれど、そのなかでいちばんうまいとかいわれているらしい。
  • 新聞からは中国海警局の船が尖閣諸島付近にとどまりつづけており、連続一一一日だったかをかぞえて過去最長の記録とならんだという記事をよんだ。四隻いるらしい。宮古島などの漁師がそのあたりに漁をしにいくのだが、海警局の船は接続水域(沿岸から二四海里の範囲のうち、領海の外)に陣取っていて、漁船の動きをみてそれにあわせるように領海にもはいってきて、二隻つかって漁船をかこむようにするという。接触の恐怖もある、と漁師が証言していた。海上保安庁は中国のこういう動きに対応するために常時一二隻の巡視船を当該地域に専従させているといい、海上保安庁が巡視船を何隻もっていたかわすれたがたしかそんなに多くはないというはなしだった記憶があり、人材もそんなに豊かに育ってはいないといわれていたはずで、つねに一二隻をそちらに配備しなければならないというのはかなり痛手なのではないか? 中国は二月に海警局の権限を増大させる法律を成立させたばかりなのだけれど、さらにもうひとつ、海上権益の拡大を主眼とした国内法をつくりだしているらしく、習近平マジでなにかんがえてんの? というかんじではある。
  • 母親は音楽番組を変更し、瑛太北川景子が離婚してしかしその後もすったもんだするみたいなドラマをうつしていた。キャラにせよ台詞にせよいかにも漫画的で、漫画でよめばそういうものとしてそんなにどうともおもわないだろうが、それがテレビドラマになって、現実の肉体をもっている人間が演じているのをみると、つまり受肉しているもしくはさせられているのを目にすると、とたんに陳腐さとチープさがきわだってくるのはなぜなのか? 食器をあらうと入浴へ。風呂のなかでもそこそこ停まることをこころみる。瞑目でつかっているあいだ、ヴァルザーをパクった小説の案というか、そのなかの一場面があたまのなかで展開されていた。つまり脳内で書いていた、ということになるか。ほんとうに、ただヴァルザーをパクっただけの小説になる予定で、そのなかで主人公が公園にいって偶然でくわした老人とながながと対話するという場面をつくるつもりなのだが、その対話が勝手に想像された、というかんじ。双方詭弁をふんだんに濫用して互いによくわからんことをいいつづける、みたいな調子で、そういうかんじのものだったらじぶんはたぶんけっこう、というかことによるといくらでも、書ける気がする。構成とかもかんがえず、てきとうにおもいつきでいきあたりばったりでやるとおもうのだが、そういうものならじぶんでも書けそう。書き出しの声も、これでいいかどうかはべつとしても、多少きこえてはいる。気持ちがむいたらそのうちやるが、ヴァルザーを真似するだけのものなので、べつにやらなくてもよい。
  • 入浴後は茶をつくって帰室し、それでもう一二時半をすぎていたとおもうのだが、勤勉なことにこの日の日記を記述した。明日が朝からの勤務で、八時すぎには出るようなので、六時には起きたいというわけで、そうすると遅くとも二時には寝ないとさすがにきつい。しかし二時まえまで記述をつづける勤勉ぶり。いそがずおちついて、かつ楽になめらかに書けた感があったが、これはやはり瞑想をして心身がまとまっていたためである。主観的にはあきらかにそう。焦りがなくなるので。二時まえでそろそろ切るかとしまえて、歯をさっとみがいたあと、Queenを何曲かきいた。"Don't Stop Me Now"がききたかったのでまずそれを。『Jazz』にはいっているスタジオ音源。ドラムやベースの音とか、そのややもったりしたかんじのエイトビートに古い時代のロックをかんじる。なんだかんだいってもこの曲の多幸的な、ほとんど唯我独尊的なきらびやかさと、それと同時にイントロとアウトロでちょっとだけほのめく切なさの香りというのはよく、大したものだ。この曲を歌うとすると、"Two hundred degrees, that's why they call me Mr. Fahrenheit"というところが相当言いにくく、この詰め込み方なんやねんというかんじ。英語をそこそこ読んできていまだにわからないことのひとつなのだが、このdegrees, that'sみたいに、zの音とthの音が接して連続するとき、ネイティヴのひとたちはどういうふうに言っているのだろう? あと、monthsみたいなかんじでthの音でおわる単語が複数形になるときの発音のしかたもいまだにわからない。なんか、そういうときはもう「ツ」と言ってしまっていい、みたいな説をむかし聞いて以来そうしているのだが。
  • 『Live Killers』のディスク二の冒頭の"Don't Stop Me Now"もきく。ライブなのでスタジオ版よりとうぜん粗い。この曲の途中にはだいたいドラムのリズムだけになったうえで"don't stop me, don't stop me"とくりかえされる間奏部があるが、ライブだとそれがスタジオ版よりもながくなっていて、ギターも多少コードで装飾をつけており、やろうとおもえばここからお得意のロックンロールメドレーとかにいけるな、とおもった。それでそのつぎに、『Live At Wembley '86』のディスク二の序盤にはいっているそのメドレー、すなわち、"(You're So Square) Baby I Don't Care"、"Hello Mary Lou (Goodbye Heart)"、"Tutti Frutti"をきいた。これがおどろくほどによい。このときはたしかバンドがみんなステージの前の方に来て、ほぼBrian Mayのアコギだけをバックにしてみんなでうたう、みたいな趣向だったような気がするのだけれど、そういうひどくシンプルなやりかたのときにこそやはりバンドの地の力というものがありありとあらわれるもので、ギターと歌とコーラスだけでこんなによくなるかと、八六年当時のQueenというグループの円熟がきわだっているようなきがした。ここでのBrian Mayのアコギの音はあらためてきいてみると変で、これガットギターなのかな、このまえでバラードをアコギだけの伴奏でやってるし、そのながれのままなのか、ガットギターでこういう曲をジャカジャカやるっていうのもあんまりないだろうし、とかおもったのだが、一方でガットの音かというとちがうような気もされ、よくわからなかったのだが、いま検索してみたところ、これは一二弦ギターなのだ。あれが一二弦ギターの音だったのか。と書いたところで、いや、俺がみたのは"Love of My Life"の映像だから、"Baby I Don't Care"の時点ではギター変わってるんではないかとおもって検索しなおすと、やはりそうで、ここではふつうにペグが六個のギターをつかっているし、ヘッドのかたちからしてもやはりこれはガットだろう。ナイロン弦のガットでロックンロールをガシガシやるって、あまりやらないのでは? とおもうのだが。だがそれはそれとして演奏と歌はよく、こういうのができれば俺ももうそれだけで満足なんだけどなあとおもった。けっきょく、こういうむかしながらのロックンロールとか、ブルースの色合いをまだ濃くとどめた時代のロックが好きな人間なのだ。メドレーのさいごまできて、"Tutti Frutti"の終盤では、Mercuryが観客と掛け合いしているあいだにほかのメンバーはずいぶんすばやくバンドセットにもどり、Roger Taylorがスネアの連打で切りこんできてBrian Mayもエレキにもどり、尋常のバンドサウンドになるのだけれど、文句なしに格好良く、乗れる。ドラムもおりおりのフィルインはスネアを三連符でひたすら連続させるだけなのにやたら格好良いし、Brian Mayのソロもじつに伝統的な、ペンタトニックを駆け回るロックギターの格好良さ。あまりにも大げさで馬鹿げたいいかただが、西暦二〇二一年のわれわれがいまや失ってしまったものがここにはあるな、とおもった。じっさい、こういう音をいまマジで真面目にやろうというひとびとはあまりいないのではないか? やっても売れないだろうし。海外にはまだわりといるかもしれないが、日本でこれで勝負しようというバンドはないだろう。
  • さいごにディスク二の冒頭にもどって"Love of My Life"をきき、それで終了。コンピューターをおとして瞑想。二〇分ほどすわって、二時半すぎに消灯した。いつもより時間がはやいので眠気はさほどなく、いましばらく起きていたようだが、じきに就眠。寝床のなかで、多少の詩句めいたフレーズをいじりまわしていた。