2019-12-01から1ヶ月間の記事一覧

2019/12/31, Tue.

ヒトラーの反ユダヤ主義思想の根底には、「上からの反ユダヤ主義」と「下からの反ユダヤ主義」ともいうべき一つの政治思想が横たわっている。このことを理解するうえでもっともよい文献は、ヒトラーの現存する最初の政治的文書と考えられるものである。すな…

2019/12/30, Mon.

現代史研究においては、当たり前と思われていたことが実はあまり根拠のないことだったということがよくある。ユダヤ人絶滅政策がヒトラーの命令によるものだということは長い間いわば自明のことのように思われ、それを疑ってみることは考えもされなかった。…

2019/12/29, Sun.

「ガス室」が存在しなかったとか、ホロコーストがなかったとかいうのではない。しかし、なぜ、ホロコーストのような途方もないことが行なわれたのか、そのことを理解するのに、私がかりに単純絶滅史観と名付ける従来の単純な歴史観では必ずしも十分でないの…

2019/12/28, Sat.

(……)一人の人間に罪をすべてかぶせることで、歴史現象を説明するのは公正とは思えないし(おぞましい命令を実行したものたちが無罪などとは決して言えないのだ)、ある個人の心の奥底の動機を解釈するのは大胆すぎるように思える。提起されたさまざまな仮…

2019/12/27, Fri.

特にドイツでは、十九世紀を通じて、狂信的な理論をかたくなに主張する哲学者や政治家が絶え間なく現われた。つまり、ドイツ国民は、あまりにも長きにわたって分断と辱めを受けてきたが、実際には、ヨーロッパはおろか世界中の最高位の人々を生み出してきた…

2019/12/26, Thu.

反ユダヤ主義は、本質的には、不寛容という非理性的な現象なのだが、キリスト教が国教としての地位を固めて以来、キリスト教国ではどこでも、主として宗教的で、神学的な衣をまとうようになった。聖アウグスティヌスの主張によると、ユダヤ人は神自身により…

2019/12/25, Wed.

ソ連とナチのラーゲルには類似点がうかがわれる一方、本質的な違いも見られる。根本的な違いはその目的だ。ドイツのラーゲルは人類の流血史上、唯一独特のものだ。政敵を除いたり、暴力でおどしつけるという古来の目的のほかに、民族とその文化全体を地上か…

2019/12/24, Tue.

(……)情報を得る可能性がいくつもあったのに、それでも大多数のドイツ人は知らなかった、それは知りたくなかったから、無知のままでいたいと望んだからだ。国家が行使してくるテロリズムは、確かに、抵抗不可能なほど強力な武器だ。だが全体的に見て、ドイ…

2019/12/23, Mon.

2 ドイツ人は知らなかったのでしょうか? 連合国側は? どのようにして、ヨーロッパの真ん中で、だれにも知られずに、大虐殺が、何百万人もの人を殺戮することが、できたのでしょうか? 現在私たちヨーロッパ人が生きている世界は、重大な欠陥を数多くさらけ…

2019/12/22, Sun.

ラーゲルは死ぬやいなや、すぐに腐敗し始めたようだった。水も電気もなかった。壊れた窓や扉は風にバタバタと鳴り、屋根からはずれたトタン板はキーキーと軋り、火事の灰は高く遠く舞っていた。それに爆弾の仕事に人間の手が加わっていた。何とか動けるだけ…

2019/12/21, Sat.

この知らせを聞いても、生々しい感情はいささかも湧いてこなかった。もう何カ月も私は、苦痛、喜び、恐れを感じていなかった。あのラーゲルに特有の、条件付きとも言うべき、距離のあるよそよそしい感じ方しか味わっていなかった。もし今私にかつての感受性…

2019/12/20, Fri.

だれ一人として理解できなかったドイツ語の演説が終わると、また初めのしわがれ声が響いた。 「分かったか?[ハプト・イーア・フェアシュタンデン]」 「分かりました[ヤヴォール]」と答えたのはだれだ? だれでもないし、全員である。まるで私たちのいまいま…

2019/12/19, Thu.

選別の噂が流れ始めた。Selekcja[セレクチャ]。このラテン語とポーランド語の合成語が外国語のおしゃべりの中に、一回、二回、とはさまり、その数がひんぱんになってゆく。初めは聞きとれないのだが、やがて耳に止まり、最後にはつきまとってくる。 今朝はポ…

2019/12/18, Wed.

私たちの飢えが、普通の、食事を一回抜いた時の空腹感と違うように、この私たちの寒さには特別な名前が必要だ。私たちが「飢え」「疲労」「恐れ」「苦痛」と言い、「冬」と言っても、それは別のことだ。こうした言葉は、自分の家で喜びと苦しみを味わいなが…

2019/12/17, Tue.

(……)同じような仲間が何千といた中で、私が試練に耐えられた原因は、その究明に何か意味があるのだとしたら、それはロレンツォのおかげだと言っておこう。今日私が生きているのは、本当にロレンツォのおかげなのだ。物質的な援助だけではない。彼が存在す…

2019/12/16, Mon.

さあ、ピコロ、注意してくれ、耳を澄まし、頭を働かせてくれ、きみに分かってほしいんだ。 きみたちは自分の生の根源を思え。 けだもののごとく生きるのではなく、 徳と知を求めるため、生をうけたのだ。 私もこれを初めて聞いたような気がした。ラッパの響…

2019/12/15, Sun.

イギリス人から来る物品の取り引きはアンリの独占だ。ここまでは組織を作ることだ。だが彼がイギリス人に食いこむ手段は同情なのだ。アンリの体つきや顔だちは繊細で、ソドマの描いた聖セバスティアヌスのように、かすかに倒錯的なところがある。瞳は黒くう…

2019/12/14, Sat.

一四一五六五番のエリアス・リンジンは、ある日、何の理由もなしに、突如化学コマンドーに入ってきた。彼は小人で、背たけは一メートル半もなかったが、あれほどの筋肉の持ち主は見たことがない。裸になると筋肉の一本一本が、皮膚の下で、別の命を持った生…

2019/12/13, Fri.

シェプシェルはラーゲルに四年住んでいる。彼はガリツィアの村からポグロムで追われたのを皮切りにして、自分のまわりで何万というユダヤ人が死んでゆくのを見てきた。妻と、五人の子供を持ち、馬具店を営んで成功していたが、今ではもう自分のことを、定期…

2019/12/12, Thu.

だが飢えがないことなど、考えられない。ラーゲルとは飢えなのだ。私たちは飢えそのもの、生ける飢えなのだ。 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、92; 「良い一日」) * 分からない点が多かったラーゲルの生活とは…

2019/12/11, Wed.

人生には目的があるという信念は、人間の骨の髄までしみこんでいて、人間という実体の特質になっている。自由な人間はこの目的にさまざまな名を与え、その本性について考え、論議をする。だが私たちにとって、問題はずっと単純だ。 今日、ここでは、春まで生…

2019/12/10, Tue.

凍った雪の上を、ぶかぶかの木靴をはいて、よろめきながら作業に向かう時、私たちは少し言葉を交わして、レスニクがポーランド人であることを知った。彼は二十年間パリに住んでいたのだが、ひどくへたくそなフランス語しか話せなかった。三十歳なのだが、私…

2019/12/9, Mon.

今も心が痛むのだが、私は彼の正しく明快な言葉を忘れてしまった。第一次世界大戦の鉄十字章受勲者、オーストリア・ハンガリー帝国軍の元軍曹、シュタインラウフの言葉づかいを忘れてしまった。私の心は痛む。なぜなら、良き兵士がおぼつかないイタリア語で…

2019/12/8, Sun.

ラーゲルの住民は、刑事犯、政治犯、ユダヤ人と三種類に分けられるのを、私たちはすぐに学んだ。三者とも縞の服を着、みな囚人[ヘフトリング]なのだが、刑事犯は上着の番号の脇に緑色の三角形を縫いつけている。政治犯は赤い三角形。大部分を占めているユダ…

2019/12/7, Sat.

それに加えて、私たち新参者は、風変わりで皮肉たっぷりなやり方で、こうした秩序に組み入れられることになった。入れ墨の手術がすむと、私たちはだれもいないバラックに入れられた。寝台は整えてあったが、さわったり、上に腰かけるのは厳しく禁じられた。…

2019/12/6, Fri.

暗い収容所が、鐘の音に目覚めるのが感じられた。不意に熱いお湯がシャワーからほとばしり出た。五分間の至福だ。だが、おそらく先ほどの床屋だろう、男が四人すかさず押し入ってきて、びしょ濡れで湯気をあげている私たちを、叫んだり突き飛ばしたりして、…

2019/12/5, Thu.

(……)それから私たちは無蓋バスに乗せられ、カルピ駅に運ばれた。そこには汽車と護送隊が待ち構えていた。そこで私たちは初めて殴られることになった。それはひどく目新しい、常軌を逸した行為だったので、肉体的にも精神的にも苦痛を感じなかったほどだ。…

2019/12/4, Wed.

ファシスト政権下のイタリアでは、ナチの人種法を模倣して(いわゆるニュールンベルク法)、一九三八年に、当時約四万五千人ほどいたユダヤ系少数民族の諸権利と尊厳を大幅に制限する一連の措置が制定された。これらの措置はファシズムの決定的崩壊まで(一…

2019/12/3, Tue.

(……)この本の意図と構想は、もちろん実際には書いていなかったのだが、ラーゲルにいた時に生まれていた。そして「他人」に語りたい、「他人」に知らせたいというこの欲求は、解放の前も、解放の後も、生きるための必要事項をないがしろにさせんばかりに激…

2019/12/2, Mon.

暖かな家で 何ごともなく生きているきみたちよ 夕方、家に帰れば 熱い食事と友人の顔が見られるきみたちよ。 これが人間か、考えてほしい 泥にまみれて働き 平安を知らず パンのかけらを争い 他人がうなずくだけで死に追いやられるものが。 これが女か、考え…