2021-01-01から1ヶ月間の記事一覧

2021/1/31, Sun.

彼は勝ち誇った発言があまり好きではない。だれであろうと人が屈辱をあじわっているのには耐えられないので、どこかで勝利が見えてくると、〈ほかのところ〉へ行きたく鳴る(彼が神だったら、たえず勝利を覆していることだろう――いや、そもそも神がおこなっ…

2021/1/30, Sat.

しばしば心にうかぶイメージ。(光輝く白い)アルゴー船だ。「アルゴー船員たち」がすこしずつそれぞれの部品を交換してゆき、その結果、ついにはまったく新しい船になってしまったが、船の名前と形を変えることはなかった。(……)ひとつの同じ名前のもとで…

2021/1/29, Fri.

貧しさゆえに、彼は〈社会からはずれた〉子どもであったが、階級からはずれていたわけではなかった。彼はどの社会階層にも属していなかった(ブルジョワ的な場所であるB[バイヨンヌ]には、休暇で行くだけだった。〈訪れる〉のであって、演劇の舞台を見に行…

2021/1/28, Thu.

(雄牛は、おとりが目の前にぶらさげられると、その赤色を見て怒り狂う。怒りの赤とケープの赤という二つの赤色が合致しているのである。雄牛は、類似性のただなかに、つまり〈想像界のただなかに〉いる。わたしが類似性に抵抗しているとき、じつは想像界に…

2021/1/27, Wed.

ソシュールが嫌悪していたもの、それは(記号の)〈恣意性〉だった。彼のほうはというと、嫌悪しているのは〈類似性〉である。「類似にもとづく」芸術(映画や写真)や、「類似にもとづく」方法(たとえばアカデミックな批評)は、信用できなくなっている。…

2021/1/26, Tue.

彼は、自分自身のいかなる〈イメージ〉にも耐えられないし、名づけられることを苦痛に感じている。理想的な人間関係というのはイメージのないことだと彼は思っている。つまり、親しいあいだでは、たがいに〈形容詞〉をなくすことである。形容詞をもちいて語…

2021/1/25, Mon.

(……)写真は、漠とした夢想のようなものをわたしのなかに起こさせる。夢想の単位は、歯、髪、鼻、瘦身、長靴下をはいた足、などである。それらは、わたしのものではないのだが、しかしわたし以外の誰のものでもない。それゆえ、わたしは不安にみちた親密さ…

2021/1/24, Sun.

「イマジネール」について、バルトは一九七一年につぎのように語っている。「イマジネールとは、内的表象の総体として(一般的な意味である)、あるいはイメージの欠在の領域として(バシュラールやテマティック批評にみられる意味である)、あるいは[…]主…

2021/1/23, Sat.

自由時間が取れた初めての日曜日に、私はとまどいを全身に感じながら、できる限り誠実で、釣り合いが取れ、品位のある返事を書こうとし始めた。下書きを書いてみた。私は実験室に入れてくれた礼を述べ、敵を許し、おそらく愛する準備はできているが、それは…

2021/1/22, Fri.

(……)彼は完全なドイツ人ではなかった。だが完全なドイツ人、完全なユダヤ人がいるだろうか? それは単なる抽象概念でしかない。一般的なものから特殊なものに移行する時、常に刺激的な驚きが待ち構えている。輪郭のない、幽霊のような相手が、目の前で、少…

2021/1/21, Thu.

(……)たまたまその翌日、運命が私にまた違った種類の、比類のない贈り物を用意していた。若い、生身の女性との出会いだった。外套を通しても、寄りそう体のぬくもりが感じられた。彼女は通りに漂う湿った霧に包まれても快活で、まだ瓦礫が両脇に残る道を歩…

2021/1/20, Wed.

(……)私には決まった仕事は与えられなかった。私は化学者としては宙ぶらりんのまま、完全な疎外状態(当時はこの言葉は使われていなかったが)にあって、私を毒していた思い出を何ページも乱雑に書き散らし、同僚たちは私をひそかに無害の頭のおかしい人物…

2021/1/19, Tue.

ブルーニが話したクロム酸塩防蝕塗料と塩化アンモニウムの話は、時をさかのぼらせ、一九四六年の、厳寒の一月に私を連れ戻した。その頃、肉や石炭はまだ配給制で、誰も自動車など持たなかったが、イタリアに希望と自由があれほどあふれていたことはなかった。…

2021/1/18, Mon.

(……)朝の一〇時頃、空襲警報[フリーゲルアラルム]のサイレンが突然鳴り響いた。それはもはや目新しいことではなかったが、警報が響くたびに、私や残りの全員は、骨の髄まで恐怖に打ちのめされる気分になるのだった。それは、この地上の、たとえば工場のサ…

2021/1/17, Sun.

(……)あの時、私はかなりの勇気をふるい起こして、死を待ちながら、ありとあらゆること、人間が経験しうるすべての体験をしたいという刺すような希望を抱いていた。そして自分の前半生を呪っていた。わずかのものを、不十分にしか利用できなかったと思えた…

2021/1/16, Sat.

助手がどういう人物か知るには数時間接するだけで十分だった。三〇歳で、結婚したばかりで、トリエステ出身だが、祖先はギリシア人で、四ヵ国語に通じ、音楽と、ハクスレイ、イプセン、コンラッド、それに私のお気に入りのトーマス・マンを愛していた。物理…

2021/1/15, Fri.

今では、ある人物を言葉で覆い尽くし、本の中で生き返らせるのは、見こみのない企てであることは分かっている。特にサンドロのような人物は。語るべきでも、記念碑を立てるべき人物でもなかった。彼は記念碑をあざ笑っていた。彼は徹頭徹尾行動の人で、それ…

2021/1/14, Thu.

山でサンドロを見ることは、ヨーロッパに覆いかぶさっている悪夢を忘れさせ、世界との和解をもたらした。それは彼向けにあつらえられた、彼の場所だった。顔つきや鳴き声をまねてみせたテンジクネズミと同じだった。山に入ると彼は幸せになった。その幸福感…

2021/1/13, Wed.

私たちは物理学を一緒に勉強し始めた。私が当時もやもやと暖めていた考えを説明しようとすると、彼はびっくりした。人間が何万年もの間試行錯誤を繰り返して獲得した高貴さとは、物質を支配するところにあり、この高貴さに忠実でありたいからこそ、私は化学…

2021/1/12, Tue.

化学研究所の壁の外は夜だった。ヨーロッパにはたそがれが訪れていた。チェンバレンはミュンヘンでいいようにあしらわれ、ヒトラーは銃弾を一発も撃たずにプラハに入り、フランコはバルセロナを屈服させ、マドリッドに腰をすえていた。小悪党でしかないファ…

2021/1/11, Mon.

パンフレットには、初めに読んだ時に見逃がしてしまったある事項が書いてあった。亜鉛は非常に敏感で、繊細で、酸には簡単に屈し、あっという間に解かされてしまうのだが、純度の高い時は大きく違った反応を示すのだった。亜鉛は純粋なら、酸の攻撃にも執拗…

2021/1/10, Sun.

私はP教授が好きだった。その講義の抑制された厳密さが気に入っていた。試験の時に、定められたファシストのシャツの代わりに、手のひらほどの大きさの、奇妙な黒いよだれ掛けをつけ、侮辱をあらわに示すやり方が面白かった。そのよだれ掛けは彼が不意に体を…

2021/1/9, Sat.

実験室のガラス器具に私たちは魅せられ、おじけづいた。ガラスは壊れるから、手に触れてはいけないものだった。だが親密に触れてみると、他のものとは違う、特有の、神秘ときまぐれだらけの物質であることが明らかになった。この点では水に似ていたが、同じ…

2021/1/8, Fri.

(……)エンリーコの兄は怒りっぽい謎めいた人物だった。エンリーコは兄について進んで語ろうとしなかったが、化学を学ぶ学生で、ある建物の中庭の奥に実験室を作っていた。それはクロチェッタ広場から発する、狭く、曲がりくねった奇妙な小路の奥にあり、そ…

2021/1/7, Thu.

(……)私にとって化学は形の定まらない雲のような未来の潜在力、私の未来を黒い渦巻きになって覆い、炎のきらめきで裂け目をのぞかせるような雲、シナイ山を覆い隠したような雲だった。私はモーセのようにその雲から、私の律法を、自分自身や周囲や世界を律…

2021/1/6, Wed.

我らが祖先はトリーノで拒絶されたり、冷たくあしらわれて、ピエモンテ地方南部の様々な農業地帯に定住し、絹の技術を導入したのだが、最盛期でも、非常に数のすくない少数派の状態を超えることはなかった。彼らはさほど愛されなかったし、ひどく憎まれもし…

2021/1/5, Tue.

私たちの呼吸する大気には、いわゆる不活性ガスが含まれている。それらは「新しいもの」「隠されたもの」「怠惰なもの」「よそもの」といった、学術的な起源の、奇妙なギリシア語の名を持っている。それらはまさに、不活発すぎて、自分の状態に満足しきって…

2021/1/4, Mon.

一旦知的好奇心に取り憑かれた者は、決して結果を恐れてはいけない。あらかじめ何らかの見返りが期待できるような仕事に手を染めるのは、すでに学者研究者ではなく、単に資本主義に侵されきって、一切のオルタナティヴを思いつかない小市民の発想である。そ…

2021/1/3, Sun.

黒人奴隷は「自由」を欲した。自由を得るには白人並みにならねばならず、そのためには白人文化の産物である言語の「読み書き能力[リテラシー]」が必要だった。ところが、読み書き能力はさらに黒人を白人的諸学諸芸術という制度の奴隷にしてしまう。要するに…

2021/1/2, Sat.

『煽情的な構図』第一章はナサニエル・ホーソーンの文学的名声がいかに確立したか、その背後のネットワークを語るところから幕開けし、終章第七章は再びホーソーンに戻って、彼の同一の短編でもアメリカ文学傑作選収録の際の編集自体でいかに印象が変わって…