2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

2023/3/31, Fri.

さて、世界とはそれ自体、ある意味で自らの記録保存庫 [アーカイブ] である――そして地上のあらゆる有機物および無機物は、とてつもなく巨大で長い時間に及ぶ書き込みシステムによる、過去の経験から教訓と(end20)結論を導き出そうとする無数の試みの記録で…

2023/3/30, Thu.

「歴史的資料は何を保存しているか。リエージュ占領の際に踏みつぶされたスミレたちの運命でも、ルーヴェン焼き討ちの際の牛たちの苦しみでも、ベオグラードの雲の形でもない」と、テオドア・レッシングは第一次世界大戦中に成立した著作『無意味なものへの…

2023/3/29, Wed.

地球自体は周知のとおり、過ぎ去った未来の残骸の山であり、人類は色とりどりに寄せ集められ、互いに相争うヌミノース的な太古の相続共同体として、たえず獲得・変革され、拒絶・破壊され、無視・排除されなければならない。その結果、世間一般の想定に反し…

2023/3/28, Tue.

残存するものが自らの運命を説明しているように見えることもある。たとえばモンテヴェルディのオペラ『アリアンナ』のうち現存するのは、よりによって絶望したヒロインが歌う嘆きの歌だけである。「私を死なせて。かくも辛い運命、かくも大きな苦しみの中に…

2023/3/27, Mon.

すべてを保存する記憶は、基本的に何も保存していないに等しい。記憶術を使わずに、一九八〇年二月五日以降のすべての日を思い出せるという例のカリフォルニアの女性は、たえず雪崩のように襲ってくる自分の記憶のこだまから逃れることができない。彼女はア…

2023/3/26, Sun.

死という節目は、遺産と追憶の出発点であり、死者を悼む行為はあらゆる文化の源である。それはぽっかりと口をあいた空白、突然襲った静寂を歌や祈りや物語で埋めようとする行為で、その時死者はもう一度甦る。あたかも鋳型と同じように、喪失の体験は亡き者…

2023/3/25, Sat.

数年前の八月のある日、私は北国の町を訪れた。その町は、長い入り江の最後の湾曲の一つに面していた。前の氷河期以降、陸地の奥深くへと浸食をつづける入り江の塩分を含む水には、春はニシン、夏はウナギ、秋はタラ、そして冬にはコイ、カワカマス、ブリー…

2023/3/24, Fri.

本書が執筆される間に、ニューヨークのシャファー図書館の司書が一七九三年の暦のページの間に挟まれた封筒の中にジョージ・ワシントンの銀色がかった白髪の房を発見し、ウォルト・ホイットマンのそれまで未発表だった小説とジャズ・サクソフォン奏者ジョン…

2023/3/23, Thu.

本書が執筆される間に、宇宙探査機カッシーニが土星の大気圏内で燃え尽き、火星着陸探査機スキャパレリが調査予定だった火星の赤さびた岩石地表に墜落して粉々になり、ボーイング777機がクアラルンプールから北京へ向かう途中で跡形もなく消え、パルミラで二…

2023/3/22, Wed.

全体についての経験とは、何かが「しかじかのもの以上のなにものでもない」という経験である。「これですべてである」という経験である。たとえば、自動車は自動車以上のなにものでもなく、自動車以下のなにものでもない。建物でも飛行機でも何でも、すべて…

2023/3/21, Tue.

ハイデガーは、彼以前の哲学はすべて存在忘却の哲学であった、と断罪する。存在忘却とはなにか。存在(Sein)と存在者(Seiendes)との区別がつかないこと、存在を存在者と考えることである。アリストテレスも、これを継承したキリスト教の神学も、万物の存…

2023/3/20, Mon.

存在は大昔から問われてきた。しかし、「存在」と「人間の了解(Verstehen)」とが必然的な相関関係にあるという問題意識から、この問いが問われたことはなかった。この姿勢がハイデガーに固有な画期的な点であったのである。ハイデガーは、人間に「現存在(…

2023/3/19, Sun.

人生を生きるということ、行為するということは、理論によっては基礎づけることのできない決断であり、選択である、ということが、キルケゴールが「跳躍」という言葉であらわす事態である。彼は、人生行路には三つの段階があると言う。 第一の段階は美的段階…

2023/3/18, Sat.

さて、実存とは自由な者、「あれかこれか」の選択に自分を賭ける者、それゆえに、自分のあり方に全責任を背負う者である。そうであれば、このような者にはたえず不安がつきまとうことはとうぜんだ。不安とは、未知なるものの誘惑にひかれていると同時に、現…

2023/3/17, Fri.

ハイデガーはキルケゴールから多くを学んでその実存概念を練りあげたが、『存在と時間』の中で展開される「平均的日常性(durchschnittliche Alltäglichkeit)」という概念が、ここでキルケゴールが批判している大衆的人間のあり方にあたる。この種の人間は…

2023/3/16, Thu.

こうして、正しい社会は各人が自由に活動し、自分の選んだ目的を追求し、それを実現しうる社会でなければならないが、そうすると、人間には生まれつき能力差があるから、教育(end205)や職業選択の機会を万人に均等に開放していても、必然的に職業や財産に…

2023/3/15, Wed.

ロールズの正義論はきわめて簡単な二つの原理から成立している。すなわち第一が自由の原理であり、第二が配分の原理である。 そこでまず、第一原理からその内容を見てみよう。自由の原理とは、まず基本的人権の確保である。すなわち、思想・信仰の自由、言論…

2023/3/14, Tue.

さて、原因と結果の連結関係(因果関係)に関する認識は、すでに述べた論理的認識の場合のように、アプリオリには成立しない。はじめて世界を見たアダムは、水が人を窒息させる力をもち、磁石が鉄片を吸引する力をもつことを知りえないだろう。アダムはこう…

2023/3/13, Mon.

純粋理性批判とは、感覚的経験を離れて(純粋に理性そのものになって)形而上学へ向かう理性能力を吟味する、という意味である。カントにとって、基本的に感覚的経験を離れれば理論的知識は成立しない。それゆえ、形而上学は理論的知識としては成立しないの…

2023/3/12, Sun.

イエスは、つねひごろ「自分を捨てよ」と言いつづけてきた。なぜ、自分を捨てなければいけないのか。それは、愛するためである。愛するとは、他者を愛することだからである。他者を愛するとは、自分の気に入った人間によくしてやることではない。それは自己…

2023/3/11, Sat.

「おまえたちを愛する者たちを愛したとしても、おまえたちにどんな善意(charis)があるのか。なぜなら、罪人でさえ自分たちを愛してくれる者たちを愛するからである。たとえ、おまえたちに善いことをしてくれる者たちに善いことをしたとしても、おまえたち…

2023/3/10, Fri.

「私は、私の話を聞いているおまえたちに言う。おまえたちの敵を愛しなさい(agapâte)。おまえたちを憎む者たちに善いことをしなさい。おまえたちを呪う者たちを祝福しなさい。おまえたちを侮辱する者たちのために祈りなさい。おまえの頬を打つ者には、別の…

2023/3/9, Thu.

あるとき、一人の律法学者が「どうしたら永遠の命を受けられますか」とイエスにたずねた。「律法になんと書いてあるか」というイエスの反問に、彼は「神を愛し、隣人を愛せ、と書いてあります」と答えた。「そのとおりだ。実行せよ。そうすれば、永遠の命を…

2023/3/8, Wed.

この点について、イエスの考えを示すもう一つの有名な話に「パリサイ人の祈り」がある。 「自分を正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスはつぎのたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はパリサイ人で、…

2023/3/7, Tue.

ところで、イザヤ書は六六章あるが、そのうちの第四〇~五五章は、背信と不義の民に対する神の怒りとその処罰を強烈に説いた第一~三九章とは、異なった雰囲気の内容である。そこで、この部分の著者はイザヤではないと判断され、旧約学はこの無名の預言者を…

2023/3/6, Mon.

天地創造の最後に、「神は自分にかたどって人を創造された」(『創世記』一の二七)と記されている。だから、人間は神に似ているのである。 では、神に似るとはどういうことか。神は切に他者を求めて世界を創造した。そうであれ(end95)ば、人間も本質的に…

2023/3/5, Sun.

『創世記』は「はじめに神は天地を創造された」という言葉ではじまる。すなわち、天地創造以前の神については一言も触れていない。「天地創造以前に神はなにをしていたのか、(end92)という問いは意味をなさない」とは、アウグスティヌス(三五四~四三〇)…

2023/3/4, Sat.

それでは、何が人間の本来的自己なのか。それは魂(プシューケー)である。それゆえ、「幸福とは魂がその優秀性に即して活動することである」。 ただし、アリストテレスが「人間の魂の活動」と言うとき、それは、栄養生殖機能、運動機能、感覚機能、思考活動…

2023/3/3, Fri.

しかし、同時に、クセノパネスのうちには、神が精神的存在であるという新しい洞察がある。この両者が明るいイオニアの啓蒙的知性のうちで合体し、擬人的神観にたいする壊滅的批判が成立した。 もし牛や馬やライオンに手があれば、あるいは人間のように手で描…

2023/3/2, Thu.

彼ら [ホメロスの描く英雄たち] にとって霊魂(プシューケー)とはなんであったか。彼らの考えでは、死ぬと肉体は滅び、プシューケーはあの世(ハデスの館)へ行く。だから、死後においても、人間はなんらか(end24)の形で存続するとは考えられているのであ…