2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧
数百メートル南西の灰色の肌のシラカバが、水の行方を教えていた。私は野原を横切って、少し幅が広くなった川床にたどり着く。細い畦道が蛇のようにくねくねと畑と用水路の間を縫ってつづいている。道幅は二メートルもない。若芽の毛布にいくつか裂け目がで…
大きな雲の覆いが、頭上に低く重たげにかかっている。かろうじて遠くの方に空が明るんでいる所があり、そこから薄いバラ色がひとすじのぞいて見える。がっしりしたナラの木が数本、柵で囲まれた牧場の向こうにそびえている。大昔に開墾された放牧地の名残だ…
困難なのは水源を見つけることではなく、それを見分けることだ。私は牧草地の前に立っている。持ってきた地図は役に立たない。私の目の前には用水路が流れている。水はさほど深くなく、溝幅は(end173)せいぜい五十センチメートル。水面はところどころ穴の…
一九二九年の特別暑い日のこと、三人の青年がメディネット・マディからほど遠からぬ、なかば砂に埋もれた廃墟を通りかかり、丸屋根の下にぼろぼろに朽ちた木の箱を発見した。箱は太陽の光にさらされて瞬時に崩れ去り、その中から腐朽したパピルスの束がいく…
やがて殉教の時が近づくと、マニは弟子たちに言った。「私の本を大切にしなさい! そして折に触れて私が口にした智慧の言葉も、失われぬうちに書き留めておくように」 それらは赤々と燃えた。それらを食いつくす炎の中から、純金が流れ出した。だが、マニ教…
そこで彼はまもなく預言者たちの住む洞窟の一つに引きこもると、左脚の上に座り、歩く時に言うことを聞かず、子どもの頃から引きずるしかなかった右脚を前に出して台にした。その上に冊子本を置いて紐をほどき、本を開いて、葦のペンをまっさらの紙に下ろす…
マニは北へ向けて出発した、ティグリス川左岸の生まれ故郷の街へ。翼のある石の獣に守られた門を通り、集まってくる人々の群れに交ざり、声をあげ、古より預言者たちが語ってきたことを語った。汝らは地の塩なり。この世の光なり。我につづく者は闇を彷徨う…
禁欲のうちに修行すること、世を捨てて悪魔に立ち向かうことならだれにでもできる。神の言葉を聞いた者は多く、それを広く告げ知らせた者も少なくない。だが、天使のお告げすら、いつかは風に散る。時が吹き散らしてしまった言葉を一体だれが集め、その智慧…
長い間女同士の行為は女と男の間の性行為を模倣している場合にのみセックスと見なされ、処罰の対象となりえた。性行為を特徴づけるのは男根 [ファルス] とされ、男根のないところにあるのは何らかの記号によって強調されることのないただの空白、見えない点…
断片とは、私たちは知っている、ロマン派の無限の約束であり、いまだ有効な近代の理想である。詩はそれ以来他の文学ジャンルに例を見ないほど、雄弁な空虚、投影に養分を与える空白と結びついている。幻肢と同じく「…」はまるで単語と癒合したかのように、失…
この顔のために、何だってしたではないか。髪の生え際をまっすぐにし、歯を矯正し、髪型と髪の色を変えた。あの阿呆な卑怯者どもが、この顔が彼らのものだと勘違いしたのも無理はない。彼女は睫毛を震わせるだけでよかった、世界中がその意味を勝手に解釈し…
こうして彼女は立っていた、洟を垂らしながら。鼻水が流れ落ちた。だれもそれを止めてくれない。なんてみじめなの! 彼女の世話を焼いてくれる者はだれもいない。彼女に注意を払い、彼女がだれだか気づいて手を差し伸べてくれる者は。皆が通り過ぎていった。…
どうやら風邪を引いたらしい。鼻水が止まらない。最近鼻がつまっていたかしら。まったく記憶にない。信じられない。健康にはとても気を遣っているのに。あのいまいましいクリネックスはどこだっけ。たしかこの辺にさっきまであったはず。ちぇっ。とにかくテ…
ピラネージは斧と松明でもって藪と夕暮れを切り拓き、ヘビやサソリを追い払うために火を放った。黒いケープに身を包み、月光に照らし出されたその姿は、まるで未来の小説の登場人物のようだ。つるはしと鋤で地中の王国に向かって掘り進み、台座や石棺を発掘…
ローマの遺跡保護のために心を砕く者はごく少数だったが、ヴェネツィアからやって来たジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージほど炎のような好戦的な性格の持ち主はなく、彼を励まし経済的に支援してくれる人々とことごとく不和になった。よって人間よりも…
彼らは廃墟をまるで聖遺物のように崇拝し、その復活に望みをかけ、失われた、満足を知らぬ豪華絢爛にうっとりした。つねに何かが欠けていた。目は見る、脳は補う。断片は建物になり、死者の行いは甦る、かつて実際にあった以上に素晴らしく、完璧に。この神…
こうして私は研究に没頭し、あっという間にまる一冊ノートを埋めてしまった。さまざまな怪物や空想生物の形態的特徴、彼らの伝説を構成する要素、恐怖の渦巻く世界において彼らがそれぞれ担う役割をそこに書き留めていったのだ。正直なところ、私は少し失望…
パーカを着、登山靴を履いて外に出ると、まっすぐに森へ向かった。アオガラがさえずり、クビワツグミが高い声で鳴き、窪地には残雪がきらめいている。蛍光緑色に発光する、彫金細工のように繊細な腕を持つ繊維の塊がそこかしこの木の幹を覆っている。これも…
私は彼らの心に養分を与えた憧れがいまなお見て取れるそれらの絵を、図書館の地図室の風通しの良くない広間でじっと観察した。問い合わせてみて知ったのだが、その広間の曇りガラスの窓は、資料保存のために開けられないようになっていた。スケッチの中には…
こうして二隻の船は、帆が垂れ下がった状態で漂っていった。耳を聾するような静寂が訪れた。その静寂は、図書館にこもる私の調和に満ちた静けさとは根本的に違うものだった。それでも私には時おり、間隔をあけて押し寄せるうねり、あざけるような晴天、無限…
紀元前二九〇〇年頃の第一エジプト王朝期に由来する一巻のパピルスの巻物が残されているが、保存状態が非常に悪いため今日まで開かれぬまま、その中にどんなメッセージが含まれているのか私たちは知ることができない。私は時々こんなふうに未来を想像してみ…