2014/1/26, Sun.

 最終的に起床した十時半までずっと眠っていたわけではなくかなりはっきりした頭で覚醒した記憶もあったがしかし布団から出ることはかなわなかった。膀胱が限界をむかえていたので何はともあれ排尿した。時間からして何かを食べてしまうと昼食が食べられなくなると思われたのでただ白湯のみを飲んだ。身体の節々に軽い筋肉痛ともつかぬような痛みがあり、風邪かと思うようなだるさもあった。Bobby Timmons『In Person』を流しながら借りたCDをインポートし、録音データを記録した。それが終わるとギュスターヴ・フローベール/渡辺仁訳『ブルターニュ紀行 野を越え、浜を越え』を読みはじめ、そうしているうちに身体の固さや重さがなくなっていることに気づいて安堵した。ここ数日毎日こうしたおのれの体調に対する神経質な疑いをくり返しているように思われるが、本物の風邪の前兆であるのかもしれなかった。
 林道に落ちる光が常よりも色が薄く無色に近づいていたのは雲が多いからだった。空の八割方は白で覆われ、もくもくと立ちあがるわたあめめいた大きな雲から、レースのカーテンのように薄く引き伸ばされたものまでが一丸となって太陽の朱をさえぎっていた。Carpenters『Horizon』を聞いた。"Only Yesterday"の春の並木道を走っているかのような爽やかな8ビートとコーラスにふわりと包まれたポップさを堪能した。続いて流れだした"Desperado"はただひたすらに感傷的で、ここまで突き抜けられてしまうと脱帽してただそれに浸るしかなかった。
 電車を乗りかえ、席につき、ガルシア=マルケス『族長の秋』をひらいてまもなく、後続車両からどたどたと一団の家族がやってきた。三人の子どものうちの真ん中だろう女児はピンクのパーカーにタイツもピンクという出で立ちで目を引いた。弟はまだ小さく五歳にも達していないと思われた。兄は小学生だろうが、身長が百六十センチはあり丸々と太って、並ぶと弟の小ささがきわだった。巨体の内に閉じこめられたエネルギーを持て余してくるくると踊るように歩きまわった。車両の先頭までいくと妹は車掌室をのぞく窓にかじりついていたが身長が足りないので兄が持ちあげてやる場面もあった。
 正面の席に座った男性はスーツを着た身体を気だるげに座席に投げ出した。生まれてから五十余年は経つだろうその頭頂は端的にはげており、申し訳程度に髪が残った左右側頭部のあいだを細く貧弱な毛の束がつないでいた。いわゆるバーコードであった。特徴的なのは頭のみならずその顔で、ひとつには、鼻が非常に大きいにんにく鼻だった。もうひとつには口が斜めにゆがんでいて、そのせいで常にすねているような表情に見えた。丸々とした輪郭が露わになった顔を見ていると突如としてアンパンマンを連想し、そうするともう年をとってひねくれた顔のアンパンマンにしか見えなくなった。
 『族長の秋』を読みながら立川駅壁画前でH兄弟を待っていると先にNさんが現れ、直後にTさんも合流した。まずは腹を慰めようということで、昨日も訪れたルミネ八階のレストランフロアから地鶏の店を選んだ。茄子の味噌煮と鶏を合わせた丼のようなものを頼んだ。Tさんも同じものを頼み、Nさんはチキンカツカレー定食のようなものを頼んだ。誤って二つ注文してしまったというマルグリット・デュラス『北の愛人』をNさんがくれると言うのでありがたくちょうだいした。それぞれ食べ終わってもまだ食べ足りないようだったので、砂肝のにんにく炒めと唐揚げを追加で頼んだ。いつもながらの文学や芸術のこと、三宅誰男『亜人』のこと、就職のことなどを話し、二時半まで居座った。
 立川駅北口を出ると空気は灰色に染まっており、まもなく雨が降りだした。見る見るうちに雨脚は増したが手のつけられない強さに変わる前にディスクユニオンに入ることができた。NさんがジャズのCDを見つくろってほしいということだった。いくつか候補を示して、Miles Davis『My Funny Valentine』とJohn Coltrane『Blue Train』に決まった。その後は欲望が止まらず猛然とCDをあさり、いつの間にか手元には八枚が集まっていた。Miles Davis『In A Silent Way』『Bitches Brew Live』、John Chin『Blackout Conception』、Tony Malaby Trio『Adobe』、Sam Rivers『Contours』、Joey Baron, Elliott Sharp, Roberto Zorzi『Beyond』、Greg Osby『9 Levels』、Mark Soskin『17』で六千円弱だった。Tさんに、それ全部買うんですか、と呆れたような笑みを浮かべられた。買ってしまうのだった。
 店を出ると雨はやんでいた。コンビニで二万円をおろし、残高は七万五千円となった。このあと訪れる本屋を最後に次の給料日まで避けられる出費は避けるべきだった。高島屋の前では休日の常でクレープ屋が出ていて、カップルらが並ぶ黄色の車から湧きでる香りが鼻をくすぐった。昨日も訪れてクロード・シモン『フランドルへの道』を買った本屋を今日もまた訪れた。昨日ムージル著作集の八巻目を立ち読みしたところ、冒頭に「形象」という断片群があり、それはどうやらムージルが自分の見たものなどを記述したものらしかった。買わないわけにはいかなかった。日記や書簡などがおさめられた九巻目も同時に買い、これで松籟社ムージル著作集はすべて手元にそろった。それらに加えて河出文庫中上健次千年の愉楽』も購入した。H兄弟は世界の仮装を集めた写真集を見ていた。しばらく写真集のコーナーを眺めてから喫茶店にでも行くかとなった。
 一体どこからこれほどの人間が集まるものか日曜日の立川はどこもかしこも人であふれており、たどりついたスターバックスもほとんど満員だったが限定販売のコーヒーを頼めば使える専用席がちょうど三つあったのでそこに座ることにした。ホットココアを頼んで話しているとどういうきっかけだったか神経症の話になり、自らの経験をいくらか語ることになった。Tさんの顔が青白いのを見て体調があまりよくないのではないかと駅で会った瞬間から懸念していたが、尋ねてみると顔の白さも目の下のくまももともとのものだということだった。「高校のころはもっとひどかったですよ」と彼は言い、Nさんも同意した。「死んだ魚の目とか言われてましたからね、本当に」
 店に入ったのがいつだったか覚えていないが五時半ごろまで居座ることになった。緑色のタイルの壁の前で店員たちは愛想をふりまき、さまざまに並べられた用途不明の機械を使いこなし、忙しく立ち働いていた。それを見ているとこうした喫茶店や飲食店の仕事に比べて塾講師という仕事がいかに楽なものであるかと思われた。その楽な仕事でさえ週の半分も出勤したくないのがおのれの性向だった。ホットココアに追加してはじめてバニラクリームフラペチーノというものを頼んだ。いくらか高級なシェイクという感じで、一口吸いこむと脳をしびれさせる麻薬のごとき砂糖の甘さが舌の上に広がった。
 高架歩廊の下で舛添要一の応援をしている議員と群衆を横目に駅へとむかい、H兄弟と別れた。今日は楽しかった、と並んで頭を下げる二人を見ているとやはり兄弟なのだと訳もなく実感された。帰りの電車内ではBud Powell『At The Blue Note Cafe, Paris, 1961』と『Hot House』を聞いた。六十年代のBud Powellには一九五十年ごろにあった誰もを屈服させる彗星のごとききらめきは既に失われているが、だからといって所詮全盛期の彼の亡霊であると切り捨てられないものがあるのだった。座席に座ってからはメモノートに今日のことを思いかえして記録した。地元に着くと暗夜だった。ここ数日見慣れた透明な藍色は空になく、深海めいた闇空のなかに点々と星々が灯っていた。
 出かけるために中断していたCDのインポートを再開してメモノートに日記の下書きを続けたあとに風呂に入った。湯に浸かっているとふいに頭を洗ったのかどうだったのかわからなくなった。湯船を出て座って湯をはった洗面器に頭をつっこんだ瞬間の感触でどうやら既に洗ったらしいことがわかったのだが、完全な無意識で行動していたのか記憶がまったく欠落していた。
 風呂から出て、そうめん、豚汁、鮭のムニエルを食べた。Scott Colley『Empire』を流して茶を飲みながらフローベールブルターニュ紀行』の第七章を読み、続けて『族長の秋』の冒頭六頁目から十一頁目までを音読した。John Scofield『A Moment's Piece』を流しながら日記を綴るともう十一時半が近づいていた。