2014/3/26, Wed.

 六時に目覚めて頭もはっきりしていたしこれはすぐに起きられそうだと思っていたらその油断が容易に二度寝を招いて気づけば八時半になっていた。米、味噌汁、キャベツの炒めものを食べながら久しぶりに新聞を読んだ、とはいっても食事のあいだの手持ち無沙汰(ものを食べているというのに?)を埋めるためだけのもので、内容など頭に入ってはいなかった。九時から一時間かけて昨日の日記を書くあいだ、小澤征爾ドヴォルザーク交響曲第九番を流し、ちょうど一時間で音楽も終わった。
 風呂を洗ってから外に出た。曇り空で午後から雨降りとも聞いていたけれど寒さはなく、身体と外気が一体化したように過ごしやすい気温だった。サンダルをぺたぺたと踏んで畑におりた。生えている菜っ葉をぶちぶちちぎってビニール袋二つに詰め、ネギも二本抜いた。玄関外の水道でネギを洗おうと流し台を占拠していたバケツをどかすと、その下にナメクジがいた。死んでいるのかネギを洗っているあいだ水に浸かってもぴくりとも動かなかった。ナメクジが塩でとけるという知識を実践したことがなかったので、台所から粒の粗い食塩を持ってきて積もるくらいにふりかけておいた。Charles Mingus『Alternate Takes』を流しながら『失われた時を求めて』第三巻を読んでから労働に向かったが、そのときに見ると期待したよりもとけておらず、体のまわりが少しふやけたかという程度だった。
 行きの道中では何を見ても言葉がやってこないし、ここ数日何かを書けたという実感もないおのれの無能さに苛立っていた。
 帰路はKew Gardensを聞いた。往路の途中、空腹に刺激されて今日は帰りにハンバーガーを食べて帰ろうという考えが思いついたが、職場を出てすぐそこの店内をのぞいてみると四時半だというのにやたらと頭が揃っているし、財布に四千円くらいしか入っていないことも思い出して却下した。雲の向こうの西陽がつくりだしたどきどきするような夕方の薄明るさを見過ごすのももったいなくて、陽が落ちないうちに、昼間よりわずかに涼しくなったなかを歩いて帰ろうと決めた。西陽は雲に隠れていてもたしかな光を届け、視界の果てまでアスファルトをぼんやりと発光させた。太陽をさえぎる雲の前面は一面青く染まった陰になり、そのなめらかな色だけ見ればそこもまた空の一部のようだったが、少し離れたところでは巨大なうろこめいた雲が何枚も折り重なり、にぎやかな様相を繰りひろげていた。仕事終わりはのどが乾いていることもあって炭酸の刺激が欲しくなり、似非コンビニエンスストアのようなローカルな商店の脇にある自販機でジンジャーエールを買おうと思ったら、ペットボトルではなくて350mlの缶の存在に気づき、前々から求めていたちょうどいいサイズとの思わぬ遭遇に二本買って帰った。
 母に外の水道見たかと問えば、ナメクジがいたから流しちゃったよ、と言うし、どうやらあまりとけていなかったらしい。時間ははやいけれど母が買ってきたチキンがあり、素麺もゆでてくれたのでさっさと夕食にした。昼間とったばかりの菜っ葉が和え物として出てきて弾力のある歯ごたえだった。夕食後、帰路のことをノートに下書きし、昨日の日記から「その日の日記がきちんと書けるか否かというのは日記を書くそのときではなくて、一日を過ごしているあいだにすでに決まっている。何かを見たり何かをしたときに、頭のなかで言葉が生まれているか、いわばその場で下書きができているか、それがポイントだけれど、どうしても言葉がやってこない日というのもまたある」という一節を英訳して投稿した。
 帰ってきて玄関で足を止めたときに気だるい疲労とともに眠気の種を見つけていたが、食事をして体があたたまるとそれが芽を出して心地よい睡魔が訪れ、しかしそれはいつものようにこちらを強引に夢のなかへ連れ去ろうとするようなものではなく、意識を手放すかどうかはこちらにゆだねられているようなところがあって、ベッドに寝転がりたい誘惑を振り切りながらプルーストを読み、風呂に入ればいくらかふわふわとしていた頭もはっきりした。風呂を出ると母が、チック・コリア七十二歳だって、と声をかけてきて、まずもって母がChick Coreaなどという名前を知っているはずがないのだが、どうも新聞に記事が載っていたようで、差し出された読売新聞の夕刊を見ればpopstyleという見開き一面を使った記事でCoreaが特集されていて、この欄をいつも読んでいるわけではないどころかほとんど読んでなどいないのだけれど、ジャズを取り上げていたのは見るかぎりはじめてと思われて、それも例えば上原ひろみのような若くて華やかなこれから油の乗ってくるミュージシャンではなく(もしかしたら過去に取り上げていたかもしれない)、押しも押されぬベテランを扱っていたのが少し意外ではあった。Chick Coreaに強烈な魅力を感じたことがないというのはこちらの怠慢以外の何ものでもなく、先日立川でFive TriosのNo.3を借りたのもこの巨匠を少しは聞かなくてはなるまいとの思いからだった。こたつに入ってうとうとしていた母はといえば、父から実家に泊まって帰ってこないという連絡を受けて、いくらか不安気な様子で玄関の電灯をつけておいてくれと頼んできた。