2014/6/15, Sun.

 アラームで目ざめることはできたけれどまぶたは重い。頭も重い。鳴りつづける携帯を放置できないから無理やり布団から出るとからだも重い。だから携帯を持ってまたベッドにもどってしまう。毎日それをくりかえしている。そこから起きるまで時間がかかって、この日は九時半過ぎになった。カーテンをあけると外は濃い青一色の晴れで、陽の光を目に当ててなんとかはっきりと覚醒した。蓮實重彦『随想』を読みつつ混ぜご飯と肉じゃがを食べた。父はひとりで墓に出かけていった。献血もしてくるらしかった。こんな暑い日に血を抜いたらふらふらしそうだった。しかも帰ってきてから畑をやるから母は心配していた。
 昨日借りたMiles Davis『Get Up With It』を流して日記を書くと十一時半を過ぎた。一度上へいってスイカを食べてから、Kew Gardensを推敲した。終わりまで読んで訳文はほぼかたまった。一時にならないくらいだった。上にあがって、昼食に素麺を食べた。ソファで蓮實重彦『随想』を読んでいったんKew Gardensから離れた。部屋にもどって、「5 大晦日の夜に、いきなり「国民服」とつぶやいたりする世代がまだ生きている日本について」まで読んで、ふたたびKew Gardensに取りかかって、もう一度最初から読みなおした。もう訳の変更はほとんどなくて、残りは読点と漢字のひらきだった。三時ごろ読み終わった。もう推敲するのはつかれたから、これで完成にして、ブログと投稿サイトにあげた。やっと一仕事終わった。七千字にもならない短編にとぎれとぎれで四か月半もかけてしまった。
 ギターをいじってからベッドに寝転んで『随想』を読んだ。四時半くらいにメールが入って、母からで、ごみの整理を手伝ってくれといった。面倒な気分だったけれどとりあえず上にあがって、面倒な気分のまま軍手をつけて外に出た。家の下にまわった。ベランダの下にはよくわからない雑多なものが数えきれないくらい押しこまれている。古くなった植木鉢やプラスチックのケースや園芸用の支柱などがあった。たぶん園芸関係の化学的な液体が入っていた鈍い茶色のビンはもろく割れかけていて、足でつついただけでぼろぼろと崩れた。なぜかサバやサンマの缶詰があった。きっと何でも買いこむくせのあった祖父のしわざだった。古びて色がくすんで表面になにか白いすじもついたすだれを小さく分割した。足でおさえてぐいっと上に引っぱるとひびが入って、折りたたんだ上を踏みつけてねじりきるように割った。それらをごみ袋に詰めた。隣の庭ではTさんも腰を曲げてなにか立ち働いていた。袋を玄関前に持っていって、借りている土地から母がごみを持ってくるあいだ、階段に腰かけた。西陽が林のてっぺんを照らして、鮮やかすぎず落ちついた色合いに染めていた。ずっと昔からある家を見たときみたいな、理由もなくなつかしいような気分になった。その先の空は薄雲がかかっていたけれど青が透けていて、雲の膜はゆっくりと、だけど明らかに移動していった。
 米をといで釜に入れて水も入れてセットしたけれどスイッチはつけなかった。部屋にもどって読書をしたけれどすぐにお腹が空いたからさっさと夕食にした。父はもう自治会の集まりに出かけていたから、六時くらいだった。昼の残りの素麺を食べて、すぐなくなったから食パンを焼いて、兄が送ってきたというソーセージもゆでた。部屋にもどって蓮實重彦を読んだ。読んでいると家のなかが静かで上からなにも音がしないことに気づいた。なぜか母が倒れているのではないかという不吉な思考がよぎって、そんなわけがないと思いながら上にいくと、当然そんなわけはなかった。母は祖母の部屋にいて、床に座ってなにか整理していた。七時になる前だった。外はまだ明るさが残っていて、青だけれど紺ではなかった。それから三十分もすると夜が幕を下ろして空気が藍色に染めあげられた。
 読書をしていたはずがパソコンをひらいてくるり"ロックンロール"を流して、そこからthe pillowsに移っていくつか流したあとは『Wake Up Wake Up Wake Up』をBGMにして『随想』から一部分書きぬいた。the pillowsは五曲目までにして昨日借りたChuck E. Weissを聞こうと思ってライブラリでchと打ちこんだらChuck Berryのところに移動したからそっちにした。"You Can't Catch Me"はThe Beatlesの"Come Together"の元ネタだった。"Roll Over Beethoven"や"Rock & Roll Music"もカバーしていて、後者はカバーのほうがキーが高くて格好よかった。それらが流れるなか、蓮實重彦で検索したらその批評の姿勢を考察したブログが出てきて読んだ。『表層批評宣言』は読まなくてはならなかった。蓮實のルーツらしいリシャールとかアンリ・フォシヨンも読みたいと思いながら風呂に入った。出てからはだらだらして十一時くらいになって、歯をみがきながらプルーストを読んだ。それから日記の下書きをして、ふたたびプルーストを読んで、『随想』もすこし読んでから寝た。英語の読書をなかなか生活に組みこめないでいた。