2014/6/24, Tue.

 アラームが鳴る前にさめはじめていたのかもしれない。さめた瞬間は自分がどこにいるのかわからなくて、すぐにまた朝か、と気づいた。まったく同じ朝をくりかえしている気がした。それなのに昨日はもう消えてしまって、いまは今日だった。鳴りやんだ携帯を持って蒲団にもどってから、また抜けだすまで一時間かかった。空は白く閉じていたけれどまぶしかった。目をひらいていられなくてまどろんでいるとメールがあってそれで起きた。
 冷蔵庫に入ったフライパンを取りだして鶏肉をあたためた。みそ汁もあたためて食べながら三月の日記を読みかえした。もう一度冷蔵庫を見ると、チョコレートがあった。ケーキみたいにチョコをぎゅっとかためた直方体で、コンビニの安いものではなくきちんとしたお菓子だった。昨日父が買ってきたらしい。それを小さな包丁で一切れ切りとって食べた。濃厚な甘みで口のなかがいっぱいになった。
 日記を書きはじめたのは十時過ぎだった。Bob Dylanの一九七五年のライブ盤が途中で止まっていたから、そのまま流した。"Hurricane"のバイオリンソロがよかった。だらだら書いたつもりもないのに十一時半までかかった。途中で外が明るくなりかけていたから、上にあがってベランダにタオルを出した。くもっていても光は雲をすりぬけてベランダをあたためた。うなじのあたりにあたたかさがたまって、黒い手すりにもたれると一瞬熱くて、すぐに慣れた。風はあまりなかった。
 二十三日の日記を投稿して二十四日の記事をEvernoteにつくった。2014/6/24, Tue.という文字を見て、今日は全世界的にUFOの日だと思いだした。中学のときはライトノベルをいくつか読んでいた。高校になると本はあまり読まなくなって、かわりに音楽をよく聞いた。
 Bob Dylanがリピートするのにまかせて、日記の下書きを終えると十二時だった。物音がしたので上にあがると母はもう帰ってきていた。パンを買ってきていたけれど食べなかった。すぐにまた部屋におりて、Dylanからくるり"ロックンロール"に変えてうたった。ライブラリを眺めるとOasisが目について、ベッドから革命をはじめる歌を流して、ギターを持ってペダルも踏んで弾きながらうたった。大学二年のころを思いだした。それから音楽をOrnette Coleman『The Art of the Improvisers』にして、柄谷行人『批評とポスト・モダン』を書きぬきはじめた。腕立て伏せをはさみながら最後までおおざっぱに読みかえして、一箇所書きぬいた。作業中に腕立て伏せやストレッチを適当にはさむとモチベーションの維持になる。終えると一時半で、そこからミシェル・レリス『幻のアフリカ』を十ページ読んで、こっちも最初から八五ページまでざっと読みかえした。書きぬくときに部屋の暗さに気づいて電気をつけた。『幻のアフリカ』は千ページ以上あるから本をひらいたままにするのにも苦労した。二時を過ぎて停止した。日記の下書きをしながら外を見ると雨が降っていた。空は白のなかに青が一滴まざったような淡さで、まんなかに白い雲が光のようにただよっていた。地上は濡れて少し暗い色だった。霧は出ていないけれど山は平坦な影になっていた。
 洗面所の扉をあけると雷が鳴った。入浴してひげをそった。出て、顔をそったから化粧水をつけた。歯をみがいて部屋で着替えればもう出る時間だった。電車でいこうと思っていると、母が送っていくといった。医者にいくのだといった。黒い傘を持って玄関を出るとちょうど雷がなった。林の上から重い響きが降ってきた。rolling thunderとはよくいったもので、音が回転して空気を削っているみたいだった。車のなかでマスクをつけた。図書館へ曲がるところの信号がちょうど赤になって降りた。
 『失われた時を求めて』第七巻を返して奥の書架に入った。フランス文学の文庫をぼんやり眺めた。中央図書館よりもちろん少ないけれど、もう古くてあちらでは書架に出ていないものもあるみたいだった。サド、デュマ、ジュール・ヴェルヌなどが並ぶなかに、講談社学術文庫長谷川宏『同時代人サルトル』があった。二〇〇一年の本だった。プルーストの八巻目をカウンターへ持っていった。出したところであ、先生!と声がして、見ると塾の小学生がこちらを見あげていた。頭が濡れて前髪がぴったり額にくっついていた。別れて出て、傘をさして職場へ歩いた。
 四時間くらい働いた。つかれた。入ってからしばらくは雨が降って雷も聞こえたけれど、だんだん晴れて夕暮れの色が入り口の扉に宿るのが見えた。
 出ると降っていなかった。電車まで二十分あった。迷いながらとりあえずコンビニへと歩きだすと、うしろから走る足音が近づいてきて女の子が横から顔を出した。元生徒だった。髪をうしろでくくっていて、そうすると顔の丸さがよく見えた。話しながら歩いているとコンビニの前に見覚えのあるふたりがいた。現生徒だった。いつも遅れてくる女の子たちで、はやく行けよといって通りすぎた。女子高生とたわいない会話をして表通りで別れた。年金を払おうと思っていたけれど、もどるのも面倒だからそのまま歩いて帰った。途中の自販機で缶のジンジャーエールを買った。夜空は煙っていてなにも見えなかった。星も月もなくて、家々の暖色の明かりと街灯のさめた光だけがあった。山もうっすらと白い空気をまとっていた。
 天ぷらを食べた。うどの葉をもらったからといっていた。他にも玉ねぎやじゃがいもがあって、おいしかった。食後茶を飲みながらひと息ついた。Ozzy Obourne『Diary of a Madman』を流していた。入浴をすませて出ると父のために用意されたレタスを見て食べたくなった。マヨネーズの味の記憶が口のなかに広がった。実際に食べると、胃はもう十分満たされていたけれど、舌が喜んでいた。部屋にもどって、Ozzy Osbourne"Tonight"をくりかえし流して、"good intentions pave the way to hell"とうたっているのに気づいた。このアフォリズムマルクスも使っているらしいけれどオリジナルは知らない。ミシェル・レリス『幻のアフリカ』を読んだところまで読みかえして書きぬきを終えると、十一時だった。歯みがきをしてから、『族長の秋』の彗星のシーンをキーボードだけれど写経みたいに書き写した。眠気を受けとめながら日記の下書きをして寝た。