2014/6/25, Wed.

 七時ごろに一度目ざめて、洗面所へいって顔を洗ったのにまた寝た。夢を見ながらそのあと何度か目ざめて、起きるのは九時だった。窓はあいていたけれど布団に熱がこもって暑い朝だった。H.Mさんからメールがあって、待ち合わせを四時半でというので了承した。上へあがって、野菜スープの残りをあたためて、納豆を出して、卵をふたつ焼いた。クリーミー豆腐というのがあったから食べてみたけれど、普通の豆腐のほうが好きだった。食べながら三月二十二日の日記を読みかえした。祖母の四十九日の法要の日だった。透きとおるように晴れた淡い青空だった。久しぶりに会ったO.Sさんの顔が全然変わっていなくて、父方の祖母がずいぶん小さくなったと感じた。磯﨑憲一郎『肝心の子供』を読んでいたころだから、多少影響されているのが見て取れた。適当なくせに偉そうな論評もしていて、いま読むと当たっているとも思えなかった。
 Stevie Wonder『Talking Book』を流して日記を書いた。窓を閉めて扇風機を弱くまわした。座っていると腰がつかれるし、尻も圧迫されてからだが固まっていく感じがするから、立って書いた。書き終わると十時半になって、投稿した。そのあとはOzzy Osbourneを適当に流して、Sonny Rollins『Newk's Time』のデータを記録し終わると、1stの"Goodbye To Romance"、"Dee"と流した。"Dee"は中学時代に練習した。卒業も間近の三年の昼休みに、なぜか教室にクラシックギターがあって、片隅で"Dee"を弾いていると担任が教えてくれたことがあった。担任はロックが好きで、Led Zeppelinがいちばん好きだった。アルバムの順番通り"Suicide Solution"を聞いて、飛んで"You Lookin' At Me Lookin' At You"も聞いた。Randy Rhodesのバッキングが絶妙にメロディアスで、よく動くけれど邪魔ではなかった。それからOrnette Coleman『The Art of the Improvisers』に音楽を変えて読書をはじめた。腕立て伏せをはさみながらプルーストを読んだあと、日記を下書きした。外は陽がさしたりくもったりしていた。
 皿を洗って風呂も洗って洗濯物をとりこんだ。陽はうすくて柵の影がうっすらとできるくらいだけれど、ベランダのくすんだ白の床に光が反射して熱が浮遊しているようだった。取りこんだタオルをたたんで、シャツにアイロンをかけた。無意味に指を鳴らしていると"Killer Queen"をいつも思いだす。アイロンを終えて、腕立て伏せをして、スクワットも軽くゆっくりとしてからシャワーを浴びて汗を流した。下へおりて、Queen『Sheer Heart Attack』を流しながら歯みがきをした。青く濡れた雲みたいな色のシャツと、チェックのボトムスに着替えた。"Killer Queen"まで聞いてとめた。リュックにメモノート、『幻のアフリカ』、プルーストムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る』を入れて上にあがった。「立川行き/人と会うからたぶん夕飯は食べてくる」と赤いボールペンで書き置いた。靴下をはいて、勝手口から外へ出た。
 雨は降っていなかった。目をこらしても見えるのは雨粒ではなくて風に浮かんでいる細かい虫だった。歩きだすと母からメールがあった。まだ家にいるのか、洗濯物を入れたかというから、もう出かけた、夕飯はいらない、とメモに残したことを伝えて、洗濯物は入れてアイロンもかけた、風呂はわかしていないとも送った。坂に折れる十字路のむこうで工事をしていて、トラックの脇にガードマンがひとり立っていた。右に折れて坂に入ると、蝶みたいなガクアジサイの花が今日も目についた。あたりの緑に埋もれてぽつんと小さく咲いていた。あがって駅について、SUICAに千円チャージした。空は重い色で垂れた雲と色のないうすい雲が重なりあって埋まっていて、そのなかに一箇所だけむき出しの青が見える穴があった。西の空は水に浸かっているみたいに沈んだ色で、雲のかたちもあいまいだった。電車が来ると同時にMiles Davis『Four & More』を聞きはじめた。電車のなかから見える空は表面がはっきりしていた。線路をはさむ短い斜面に生えたアジサイが色の群れとしてだけ見えて、すぐに消えた。
 図書館で職場体験の中学生が受付をやっていた。メガネをかけた女子で、おぼつかない手つきでCDをチェックした。自分のことを思いだしても、職場体験をした記憶がなかった。CD棚のほうへ歩く途中、Rockin' Onの表紙がJimmy Pageだったから手にとった。白髪で、おじいさんというよりはおばあさんにも見える。Zeppelinの1stから3rdが新しい音源をつけてリマスターされるらしかった。インタビューを少しだけ読んで閉じた。CDは特に借りたいものがなかったか上へあがった。新着図書にもほとんど目新しいものはなかった。『徳川制度』という岩波文庫のと、小泉義之デカルト哲学』くらいだった。『プル族』というアフリカの作家の本は前からあった。パトリック・ドゥヴィル『ペスト&コレラ』も何度も見かけていた。ジョン・クロウリー『古代の遺物』というのは国書刊行会から出ていて、SFらしかった。丸山健二の『ぶっぽうそうの夜』と『トリカブトの花が咲く頃』はどちらも断章というか断片形式で少し詩みたいな感じでもあっておもしろそうだった。五冊借りていて何も借りられないから席へついた。二時だった。そこから日記を下書きした。最初は静かだったけれど、書いているあいだに小学生や中学生がたくさんやってきて、音が多くなった。みんな小声で話しているけれど、空気がざわざわと揺れた。
 下書きを終えるとミシェル・レリス『幻のアフリカ』を読みはじめた。野戦慰安所の話に具体的な生々しさがあった。十ページ読むと、保坂和志が小説論三部作のどこかでこの本に言及していたことを思いだして文芸批評の棚にいった。小説論を見る前に棚をなんとなく見てまわった。梶井基次郎の『檸檬』について書かれた論集があった。保坂にもどると、『幻のアフリカ』は三つ目の本にあった。同じ章にマルケスのことも書かれていて、『族長の秋』の「出来事的面白さ」について触れたあとにそれと関連づけてレリスに言及していた。昨日書きぬいた「日曜」のエピソードも引かれていた。席にもどってまた下書きしていると、右側に赤ん坊があらわれた。ピンクの服を着て、目がくりくりととても大きかった。どた、どた、と床を踏んで、こっちをじっと見つめて、手を伸ばして銃で撃つようなしぐさをしてみせた。母親がすみません、と笑いながら謝って連れていった。そのあとはムハマド・ユヌスを読んでいた。
 イヤフォンを取ってipodをしまってから電車をおりた。高校生の多いホームをゆっくり歩いて階段をあがって、改札を抜けて外に出た。見まわすとまだいないみたいだったから、リュックからプルーストを出そうとした。そうしたらむこうのほうで手を振っている人が見えたから合流した。Hです、Fです、とあいさつして、駅に入った。ホームの先のほうまで歩いて電車に乗った。雨はやんでいたけれどはっきりしない天気だった。
 立川駅の改札から出ると、人が多いですね、とHさんがいった。遊べる場所を知っているわけでもないから、本屋にいくことになった。駅から出て、Hさんは無駄な大きさのスクリーンがついた伊勢丹のビルを見て、大きい、と声をあげていた。本屋の前にCD屋に入った。ジャズを見てまわって、Joshua Redman『Trios Live』が発売されていたから、買わないわけにはいかなかった。ブルースの過去の盤が千円で出ると聞いたけれど、探してもなかった。ソウルのほうの再発盤を見て、Steve Miller Band『Fly Like An Eagle』も買うことにした。Hさんは青葉市子を買っていた。
 本屋では読みたいものはいくらでもあるけれど、いますぐ買いたいというものはそれほどない。蓮實重彦『反=日本語論』が少しほしかった。ベンヤミンもいつか読みたい。Hさんはここでもウルフ『灯台へ』とか柴崎友香とかいろいろ四冊か五冊くらい買っていた。レジの近くに政治的・社会的な問題について簡潔にまとめられている岩波のブックレットがいくつか置いてあるコーナーがあって、同じ場所に作家や学者が一冊ずつ選んだ河出の本も集めてあった。作家はいとうせいこう平野啓一郎星野智幸とかが参加していた。ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』とか、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』とか、『災害ユートピア』とかがあった。
 六時を過ぎて、そろそろお腹も減ったので食べにいこうとなって駅ビルの上にあがった。一周して見てまわった結果、お好み焼き屋に入った。ここに来るとお好み焼きを食べたくなるからたいていお好み焼き屋に入っている。ほわほわ焼きとミックスを頼んで食べて、そのあとにパリパリ餃子も頼んだ。餃子はせんべいみたいなうすい皮を二枚合わせて具を包んだものを焼いていた。Hさんの仕事の話や、文章や日記の話をして七時半を過ぎた。喫茶店に行こうとなった。
 一階の隅の席についた。うしろと右側が壁で、テーブルの上のあたりにはよくわからないオレンジの抽象画みたいなものがかかっていた。こっちはアイスココアを、Hさんは抹茶色のなにかを頼んでいた。そこでずっとだらだらと話した。比較的社会的な話もした。政治や政治思想というものは狭い方向に引き寄せて考えると、結局相手とどう相対するかという問題になって、それについてはある程度の方針はあるとしても普遍的に妥当する原則はなくて、そのつどそのつどで特殊な答えを生みだしていくしかないのではないか、というような話をした。十一時になると店員が残っていた客に向けて、閉店時間ですのでお帰りの準備をお願いいたします、といったので帰ることにした。
 改札のなかで、お互いにありがとうございました、といって別れた。日記をぜひ書いてください、といった。帰りの電車はMiles『Four & More』を聞いたはずが、気づかないうちに意識を失っていて、気づくと時間を飛んでいた。今日も星も月も見えない夜空だった。帰宅は十二時半ごろになって、面倒だし眠かったから風呂には入らないで寝た。