2014/7/2, Wed.

 アラームと同時に目がさめた。久しぶりにすっきりと晴れた空が目に入った。夏になりきらない青さの空のなかに雲はうすくただよっていた。からだに重さはなくて軽い目ざめだったけれど、だからといってすぐに起きられなくて三十分くらいじっとしていた。
 今日も母は休みだった。ハムとキャベツが炒めてあった。冷蔵庫にあったサバの煮つけも出して、あたためて米といっしょに食べた。母はI.Yさんと電話をしていた。昨日送られてきたお中元のお礼をいっていた。新茶が一袋ついていて、手紙を読むとSくんにどうぞと書いてあった。右下にアサガオが描かれた便箋二枚にきれいだけれどところどころ崩してある文字がつづられていた。Yさんは昔から手紙をよく書く。母は電話を終えて、Yさんが来るからいっしょに墓に行ってくるといった。祖父の命日だった。
 Kenny Dorham『Quiet Kenny』を流した。窓をあけたまま音楽を流すのはあまりよくないけれど、茶のせいで汗をかいていたし、ジャズなら許してほしい。日記は前よりも書くのが苦しくなってきている。ともかく終えて、昨日と同じくらいから本を読みはじめた。茶を新しくつぎにいってリビングの時計を見たとき、またこの時間か、という気がした。ほかならないいま読んでいるプルーストが、小説のなかでくりかえし習慣の執拗さについて書いていた。読みはじめると音楽は消した。
 ミシェル・レリス『幻のアフリカ』を日課通り読んでから、柴崎友香『わたしのいなかった街で』に移った。柴崎のこの作品はうまいと思うことがたまにあって、いままで三冊柴崎を読んで単純にいいとかちょっと変だとか淡いとか思うことはあったけれど、うまいあるいはよく書けていると思うのはたぶんこれがはじめてだった。読んでいると、母が楽しそうに布団を干していった。
 昼食は天ぷらと素麺だった。Yさんにナスやなにかをもらったから天ぷらにしたらしい。揚げたてだからおいしいけれど、上唇の裏の中央に出来た口内炎が痛かった。前にもここにできたから、口内炎ができる場所は決まっているのかもしれない。テレビはついていなかった。食べ終わるころにカレンダーを見て、またバイトか、とつぶやくと自分のその言葉で気分が萎えた。本当に同じような毎日だった。もしかして今日はなかったのでは、と携帯を見てみてもあった。明日はないから図書館へ行くつもりだった。
 Richie Kotzen『Get Up』を流したくなって、ロックはうるさいから窓を閉めた。柴崎友香を読んだあたりまで書きぬきした。終わると音楽をとめた。ベランダで布団を入れる母が隣の人と話しているのを聞きながら腕立て伏せした。Tさんの息子さんが家の片づけかなにかに来ていた。お店が東京Xで有名になりましたね、とか、なんとかいう女優が来たとか、今度またテレビでやるんです、とかなんとかいっていた。Tさんは今日は水曜だからデイサービスに行っていていなかった。母が去ったあとのベランダと塀の向こうに息子さんの姿が見え隠れしていて、貧弱な上半身とだらしない格好を見せるのは気が引けたからベッドの上から部屋の内側に移った。パソコンの前のイスに座って日記を下書きしようとメモノートを前にしたら、しばらく言葉が出なくてまいった。ともかくも一文書いたらあとは流れだして安心した。バートルビー症候群はごめんだ。
 書けない間があったせいで風呂に入るのが遅くなって、出るとそろそろ出かける時間だった。母が送ってくれるというので甘えることにした。朝はすこし艶のあった空もいまはもう乾いた水色だった。その下でさわさわと木々が揺れるのを眺めてから車に乗った。車は密閉されているからかにおいのせいか、乗るだけでつかれる。駅前のコンビニの脇で車から降りた足が重かった。
 四時間くらい働いて疲れた。
 線路の上のぼんやりとした暗闇のなかで光る白色灯が不思議に好きだ。その先の小学校は一室だけ蛍光灯が灯って浮かびあがっていた。職員室の位置ではない気がしたけれどわからない。電車の席に座っていつもどおりMiles Davis『Four & More』を聞いた。Tony Williamsのドラムだけを集中して聞きたかったけれど、むずかしかった。降りてイヤフォンを外した。北西の位置にわずかに赤みがかって細い月があった。駅前の横断歩道を渡って、そのまままっすぐおりずに左へ曲がって、自販機でコーラの缶を買った。ふりかえってすこしぼやけた月を見ながら歩いた。進むと家の前の林に入る細道があるけれどそこも折れずに、もうすこし先の坂道に曲がった。まっすぐにおりる狭い道で、アスファルトで舗装されているけれどやっぱり林に囲まれていて、下の家並みが透けて見えもしないから家の前の林よりも暗闇に圧迫感があった。街灯はふたつかみっつくらいしかなくて、入り口近くのアジサイは色がわからなかったし、出口近くの街灯は消えていたから足もとが見えなかった。抜けて下の道に出るとすぐ向こうに自宅が見えた。月は林のむこうで見えなかったし、星もあまりなかった。
 (……)
 ベッドに寝転んで柴崎友香『わたしのいなかった街で』を読んでいた。本の大半を占める同名の編を読み終わってからだらだらと夜更かしをして、寝る前に残った「ここで、ここで」も読んで電気を消した。