2014/7/10, Thu.

 八時前に目ざめた。すっきりした目ざめだったけれど、じっとしているとまた眠くなった。ゴーヤがだいぶ伸びてきて、窓のすぐ外の緑の色が厚くなった。その先の空はくもっていて、押しかためた砂糖がひび割れたみたいにすこしだけ隙間が生まれていた。空気は湿っていて、じっとりとした汗をかいていた。
 携帯の契約変更届がテーブルの上にあった。クリアファイルに入っていた。それをどかして、ご飯はお茶漬けにして、餃子とみそ汁を食べた。中澤俊輔『治安維持法』をすこしだけ読んだ。小説を読むときよりもペースが遅い。だけど、急ぐつもりもない。
 携帯の申込書をどこにやったかと思ったら、部屋の前のガラクタが置いてある場所にあった。オレンジのストライプがついた電話会社の袋のなかにスマートフォンの箱といっしょに入っていた。そのまわりには冬になると使う電気ストーブや、ギターをはじめたときに兄から譲り受けた小さいマーシャルのアンプがある。契約書を書くのは面倒だからあとまわしにして、とりあえず昨日の日記を書くことにした。その前に、地元の物件を検索してみた。いちばん上に出てきたサイトを見ると、賃料は二万円以下のところもけっこうあるみたいだった。いちばん安いのは一万二千円か三千円だった。それくらいでも風呂とトイレはなかについていた。だいたいどこも六畳で、それだけあればたぶん暮らせる、というかいまの自分の部屋がたしかそのくらいかそれよりも狭かった。六畳あっても、机や棚や本やCDやベッドで埋まっているから、あらためて考えると自分の部屋は狭い。サイトを閉じて、The Band『The Last Waltz』をゆうべの続きから流しながら日記を書いた。千字くらいしか書けなかった。
 日記を書いたあとは、ミシェル・レリス『オランピアの頸のリボン』を書きぬいた。BGMはBobby Timmons『In Person』、Art Blakey & The Jazz Messengers『At the Jazz Corner of the World』と流した。途中で読書メーターの感想をほとんど消して、残すものも「よい」「傑作」みたいな簡単なものに変えた。腕立て伏せもしたけれど、しばらく休んでいたから筋肉がなまっていて力が入りきらなかった。
 書きぬきは一時までかかった。上にあがって皿を洗って風呂も洗った。シャワーを浴びたかったけれどもう時間がなかったから着替えた。下はいつもどおりうすめの裾をまくれるやつで、上は白いドットが入った半袖の黒シャツにした。
 勝手口から出ると、ぱらぱら雨が舞っていた。傘は面倒だから持たなかった。今日は仕事はないけれど、塾というのもたちの悪い商売だと思いながら歩いた。坂をのぼっていて、木々の切れ目にさしかかると、さっきまで風に粒が散るくらいだった雨が垂直に壁をつくっていたから驚いた。傘を持ってこなかったのは失敗だったかもという気がした。坂の終わり近くから駅まで軽く走った。階段をのぼっていたりホームの屋根の下にいても雨が吹きこんできた。西の空は厚く雲が閉ざしていたけれど、東の果ては水を注いだような空色が雲間に見えた。
 ipodの充電を忘れていたことに家を出る直前に気づいたから持ってこなかった。電車のなかでは『治安維持法』を読んでいた。立川につくと雨はほとんどやんでいたから安心した。北口を出た。犬や猫の引き取りを探しているいつもの団体の人が広場から出る通路の入り口のいつもの場所にいたけれど、いつもの女の人ではなかった。たぶん平日だからだった。今日はふたり組で、すこしパーマがかかった髪の格好いい男の人がよく通る声を張っていた。図書館に行った。
 新着図書には新しい中上健次全集の一巻があった。めくってみるといちばん最初のほうに自筆原稿の写真があった。文字が妙に丸くて、ちょっとかわいらしさすら感じさせた。きれいな字だった。『岬』の原稿の写真もあって、そっちはすこし荒くなっていたけれどやっぱり丸かった。『オランピアの頸のリボン』を返して、CDも返して、三枚選んだ。新着にあった黒田卓也『Rising Son』をまず取って、二枚目は、ロックやワールドを見てまわったけれどあまりぴんとこなかったから、新着に戻ってScott Walker『Bish Bosch』にした。あと一枚はジャズの棚を見て、Johnny Griffinがカフェ・モンマルトルでやったライブ盤にした。
 CDを借りてから美術の棚を見たり全集を見たりして、時計を見て時間があっという間に過ぎていると思いながら下におりて、文学の棚をいろいろ見てまわったあげくにまた上にもどって、結局Jackson Pollockの本を二冊借りた。モネかポロックかどちらかにしようと思ってポロックにした。文学では金子光晴西脇順三郎の全集を一冊借りようかと思ったけれどやめた。金子光晴全集はいつか読みたい。ウルフの『波』ももう一度読まないといけない。
 出ても雨は降っていなかったし、くもり空の色も変わっていなかった。CD屋と本屋に行った。Hank MobleyとかDexter Gordonがモンマルトルでやった最近出たライブ音源が押されていた。お金はないから見るだけで何も買わないで出て本屋にあがった。こっちも何も買わなかった。ムージルの伝記の帯に全三巻と書いてあるのに気づいた。だけどまだ二巻までしか出ていない。原著も二巻までしか出ていないのか、訳していないのかはわからない。一巻と二巻の奥付を見ると出版年が二〇〇九年と二〇一二年だったから、同じペースなら来年には出る。ヴァルザーの著作集がなくなっているのに気づいた。前は四巻すべてではなかったかもしれないけれどそのうちの三つくらいはあって、二巻目の『助手』は手に入れていた。
 帰りの電車でも『治安維持法』を読んだけれど、すぐに中断して眠った。地元の図書館の駅で目がさめた瞬間、扉があいて冷たい空気が流れこんできて、雨が降っているのに気づいた。けっこう降っていた。正面の扉脇にビニール傘が立てかけてあったから、いただくことにした。座席横の手すりにかかっていなかったから忘れ物ではなくて捨てていったのかと思ったけれど、ひらいてみると普通に使えた。それをさして家まで帰った。
 今日は母の帰りが遅いから誰もいなかった。夕食をつくるよう言われてあった。面倒だから簡単に野菜を炒めた。キャベツと人参と玉ねぎを切って、封のあいていたハムも加えて炒めた。あとは冷凍のハンバーグがあったから鍋でぐつぐつあたためて食べた。口内炎が痛くて食べづらかった。もうだいぶ治ってきたけれど、上唇と下唇の裏にそれぞれできていて、右上の歯茎にも軽い炎症があった。食べ終わるころに母が帰ってきた。夕食をすませて寝るまでのあいだはだらだらしながらプルーストと『幻のアフリカ』と『治安維持法』を読んだ。