2014/7/11, Fri.

 気づいたら十時を過ぎていた。一度目に目ざめたときは久しぶりに雲のない快晴が見えた。カーテンの隙間から光がもれる部屋は暑いけれど、じめじめしていないからそこまで汗はかいていなかった。 
 階段から出た瞬間にリビングの空気全体が熱を持っているのを感じた。顔を洗うとひげが伸びていた。小鍋を見ると具がキャベツだけのスープが入っていた。冷蔵庫をのぞいても納豆はないかった。ゆうべの残りの野菜炒めが大皿にあったから、半分くらい移してレンジであたためた。中澤俊輔『治安維持法』を読んだ。湿気はないのに蒸し暑かった。窓はいちおうあいているけれど風は通らなくて、温度計は三十三度だった。
 今日もBobby Timmons Trio『In Person』を流して日記を書いた。部屋は上のリビングに比べればそれほど陽が入らないから、窓をしめてもドアをあけて扇風機をつければなんとかなった。暑いけれど熱いお茶を飲んで汗をかいた。途中で腕立て伏せを挟むと、昨日筋肉をほぐしたからやりやすかった。一時前に書き終わった。ストレッチはずっとさぼっていたから足のつけ根がかたまっていた。
 上へあがって、皿を洗って風呂を洗った。風呂はわかさないでシャワーにすることにした。洗濯物をしまった。ベランダは夏そのものだった。白い床に照りかえす光がまぶしくて、後頭部と背中にはのしかかるように熱が落ちてきた。入れたタオルをすぐにたたんで、シャツとハンカチにアイロンをかけた。かけながら職場での人格のつくりかたおよびインターネットから離れた生活の実現について考えていたら電話が鳴った。花屋なんですけど、の「けど」のあとを「けどお」になりきらないくらいに伸ばした声はまだわりと若そうな女の人だった。あまり営業用につくっていない声だった。悪くいえばすこし雑だった。今日花を届けに行くけれどいまからか五時以降かというから、すみませんが五時以降でお願いしてもよろしいでしょうか、と答えた。明日の盆で使う花だろうから母にまかせることにした。アイロンを終えてから野菜炒めの残りを食べた。食べ終わって下に行こうとすると救急車のサイレンが近づいてきた。小窓から姿を見て、家の前を通りすぎていくのを聞きながら部屋におりた。これだけ暑ければ人も倒れる。
 日記を下書きしていると、雲の多くなった空から雨が落ちはじめた。シャワーを浴びる前に洗面所で眉毛をととのえたら、眉頭を細くしすぎた。シャワーを浴びながら、同じT字のカミソリでひげもそった。出て、歯みがきをしながら、もうたいして本を読む時間もないからBobby Timmons Trioを聞いた。勝手口をあけて家を出ると、ちょうど母が帰ってきたところだった。風呂はわかしていない、花屋が五時以降来る、と言い残して出かけた。
 セミが路上に落ちていたからいよいよ夏だった。死んでいるのかと思ったらばたばた動いた。空は西も東も雲が折りかさなっていて、それでも暗くはなかった。水しぶきの白い泡が湧いて広がってそのままかたまったみたいなつらなりで、そのあいだを清々しい薄青が流れていた。額まで汗をかいた。電車から空を見晴らすと雲は巨大な艦船みたいに浮いていて、すこしわくわくした。
 四時間くらい働いた。
 歩いて帰った。うしろでは隠れた月の光で雲のかたちが浮き彫りになって、夜空の藍色と網目をつくっていた。行く先の西の空は最後の光が逃げきる前の醒めた青が煙みたいな雲ごと包んでいて、歩いているうちに暗く沈んでいった。裏道の脇に猫がしゃがんでいて、手招きしたけれどふられた。ジンジャーエールの缶を自販機で買った。小さい虫が群がっていて、缶を取りだそうとすると飛びたった。
 甘じょっぱく炒めた肉とシシャモを食べた。だらだらしたあとに風呂に入って、プルーストと『幻のアフリカ』はかろうじて読んだ。職場で日本史はできるかと聞かれて勉強しなおしていると答えてしまったから、『もういちど読む山川日本史』を読んでから眠った。