2016/6/13, Mon.

 覚めると、尿意が差し迫っていた。アイマスクを外して時計を見ると五時、まだ寝付いて一時間も経っていないわりに、頭は軽かった。寝床を抜けて、青ざめた早朝の外気の色がカーテンを通して洩れ入っているなかを渡って便所に行き、用を足すと戻ってふたたび眠った。その後何度も目覚めたが、夢はそのたびに割れて流出してしまって、眠りから立ち戻った意識には何も残らなかった。最後の目覚めにアイマスクを外すと時計は九時半、カーテンをひらいて雨降りの白い窓を晒すとそれがひどく眩しくて、しばらく瞑目してだんだんと瞳を馴染ませた。布団を剝いだがまだ横になったまま、レヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅰ』を取って読んだ。一〇時を回るまで読み進めて、一五分から一〇分間瞑想をしてから上階に行った。前夜の肉じゃがや、前々夜の野菜炒めの残りをレンジで熱する一方、卵とハムを焼き、米に乗せた。そうして卓に就いて食事を取っているあいだ、母親はソファに座ってタブレットを操作し、誰だか知らないが聞いたことのあるような女性の声が歌う、R&B調のJ-POPを流して、これはこういう時にいいねとタブレットの利便性に洩らしていた。食器を片付けて、蕎麦茶の代替として緑茶を持って室に帰ると一一時、前日の新聞からシリアで起こったテロ事件の報だけ写してから、Richie Kotzenのいくつか曲を流して口ずさんだ。そのうちにRyosuke Hashizume Group『As We Breathe』に移して、Gabriel Garcia Marquez, Love in the Time of Choleraをひらき、前日に線を引いた単語の意味を求めて紙の辞書を繰ったが、それだけでやたらと時間が掛かるので単語の検閲を少し緩くしようと思った。正午を回ってから歯を磨き、転がってLove in the Time of Choleraを、一時を越える頃まで読んだ。ここ二日に比べると、それでもよほど遅いが、それなりに読みがうまく流れたようである。そうして下半身を柔軟し、腕立て伏せと腹筋運動をしてから上階に行って、風呂を洗おうと思ったところが浴槽に半分くらい湯が残っている。これはどうするのかと母親に問うと、今日は洗わないでいいかと言うので、そのままにして部屋に戻り、仕事着に着替えた。それで立川Jesse Davisや国立No Trunksのライブスケジュールを調べてコンピューターを落とし、荷物をまとめてから隣室に入ってギターを弄んだ。そんなことをしていると二時を過ぎて遅くなったが、上階に行き、いびつなおにぎりを一つ作って、マスクを用意してガムを噛みながら出発、雨は続いていたので黒傘をひらいて歩いて行った。街道に出て聞きだしたのは、Antonio Sanchez『Three Times Three』である。雨粒は綿毛のように小さく軽く、風に容易に傾いて傘の下に入りこんでくる。葉書を投函すると裏道に移って、 "Nar-this" に耳を寄せながら、落ちるというよりは宙を漂っているかのような長閑なテンポの雨のなかを進んだ。駅前に着く頃には、ベストの表面は細かな石灰色の砂が撒かれたようになっていた。それを払って傘も畳んでばさばさいわせ、イヤフォンを外してから職場に入った。奥の一席に就いてコンピューターを出し、蒸し暑かったので換気扇のスイッチを入れて、他人のブログを読んだ。前年の今頃のOrnette Colemanの死去に触れられていて、あれからもう一年経ったのかと大きく息を吐くような心持ちになった。書き物はそれで三時一〇分頃から始めて、最初はRyosuke Hashizume Group『As We Breathe』の続きを流し、それが終わるとOrnette Colemanを聞くことにして、『At The Golden Circle Stockholm, Vol.1』を掛けた。それでキーボードを叩いていくのだが、どうも進みが遅い。一時間経ってようやく前日の分に片が付いて、分量を数えてみるといつの間にか三一〇〇字書いていて、記事全体では五五〇〇字になっていた。それからこの日に移り、アルバムはColemanを続けて『The Art of the Improvisers』、目覚めの記憶から綴って現在時が近くなるともう五時前で、労働までいくらもない。ひとまず作ってきたおにぎりを食いながら、前年の六月一三日の記事を読みかえした。特段の日ではなく、生活はいまとまったく変わっていない。ブログのフォントをいじるのにやたらと時間を費やしているのだが、その記述のなかにはてなブログの文字が見られて、まだこの頃は前の巣にいたのだなと思いだされた。いまの場所に引っ越してきたのはこの直後、何だったらこの翌日ではなかったか。空は白いわりに陽射しが抜けて屋根が液体じみて輝き、車の鼻先に真珠が宿ると言う。土曜日だが午前中から労働があって自転車で出勤し、二時半に終えたあと図書館に行って、文芸誌を取って磯崎憲一郎蓮實重彦の対談、古井由吉堀江敏幸の対談をそれぞれ読んでいた。おにぎりを食べ終わると、残り少ない時間だが書き抜きをできる限り進めることにして、『ローベルト・ヴァルザー作品集5』を取りだした。それで『盗賊』から何箇所か写して、労働の五分前になったところでコンピューターを停止させ、荷物をロッカーに入れて働きはじめた。九時半を過ぎる頃まで真面目に仕事に取り組み、退勤するとガムを一つ口に入れて夜道を行った。裏道を抜けて街道に出てまた裏に入る前のあたりで、もうこんな場所まで来たのかと気づいたところでは、思念を巡らせるのに集中していたようである。振り向くと黒々とした家屋根の彼方、東南の空は褪せたような色の雲が広がっているが、その裾に青さが、湿原のなかの水路のようにいくつも切れ目を作っていた。帰宅して居間に入るとひどく蒸し暑い感じがした。室に帰って服を脱いだ下の、肌着の背が湿っていて、ベッドに寝転がると肌に粘った。一〇時一〇分から二〇分まで瞑想をしてから階を上がり、やたらとコーンの入ったカレーや味噌汁をよそってテーブルに就くと、夕刊の一面にフロリダ州はオーランドでの銃乱射事件が大きく伝えられていた。黒字の太い帯の上に白抜きの見出しで、ショッキングさの度合いを助長している。記事内に少し目を通したり、バラエティ番組を眺めたりしながらものを食べて、一一時頃に風呂に入った。浴室の磨りガラスを嵌めた狭い窓から、雨音が聞こえるようになっていた。出て緑茶とともに室に帰ると一一時半、Nikolai Kapustin『Kapustin Plays Kapustin Vol.1』をイヤフォンで聞きながら、Love in the Time of Choleraの語の意味調べをした。細部まで完全に理解したいという潔癖のためか、いくつも線を引きすぎているようで、一時間を費やしても最前線にたどり着かず、そもそも語彙の蓄積がいまだ洋書を読むレベルに達していないのではないかとも思われた。そして日付も変わった零時半だが、気力が充実しており、ヴァルザーの文章を写したいという欲望がふつふつとたぎるのを感じたので、普段は自宅ではやらないが書き抜きの続きを行うことにした。Nina Simoneの一九七四年のライブを収めた『It Is Finished』を流し、机の前に立ち尽くして打鍵をする途中で、ヴァルザーの小説に頻出する逆説の論理について何か述べている者はいないかと、インターネットをさらった。すると目的とはずれるが、「「マイナー文学」における「私」の比較研究-カフカ、R・ヴァルザーと日本の私小説」という研究題目が網に引っかかって、クリックすると、KAKEN、科学研究費助成事業データベースのページが出現した。古川昌文という、広島大学助教の手になるものらしく、研究期間は二〇一一年から二〇一五年までとあるからもう完了しているようで、成果は順次公開予定と書かれていた。このような研究に二五〇万近くの金が国から提供されているらしいから、日本という国も捨てたものではないなと、説明や中途での成果報告などを読んでいき、それからCiniiで古川氏の名前を検索するといくつか無料で読める論文が発見されたので、日記にメモしておいた。そうして書き抜きに戻り、一時四五分あたりまで進めても気力は途切れず、精神が興奮しているようで、何だったらこのまま夜通しひたすら文を写してやろうかと思うほどだったが、さすがにそれも身体に悪いので冷静にここで終いとし、歯磨きをしながら先ほどの夕刊を改めて読んだ。そうして二時、寝床に身を投げだして、レヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅰ』を読み進めて、二時三六分から瞑想をした。五一分までちょうど一五分行って消灯、寝床のなかでさえ気力が満ち満ちていたが、自律訓練法を試みて宥めるようにしているうちに、寝入った。