2016/6/17, Fri.

 早い時間に一度覚めたのは、何時だったのか定かではない。次にはっきりと時間を確認したのが、一〇時である。ひらいた窓の向こうには、長方形の雲が静止してはいるが青さも覗いて、ベッドの隅に光が落ちていた。上空の、結構な近さの場所をヘリコプターが泳ぐ音で覚めたらしい。ヘリコプターはしばらくのあいだ旋回を続けて、何度も同じ軌跡上に姿を現し、それが下腹を見せて窓を横切っていくたびに空を削るような飛行音が降ってきた。その騒音を聞きながらも半ばまどろみ、身を折って光のほうに顔を寄せたりしつつも、瞼がいまひとつはっきりひらかず、腰や背も痛んで重い。たびたび時計に目をやって数分が過ぎていくのを見ながら、まずいな、このままだとあっという間に一一時になってしまうぞ、と思ったところが、実際にその通りになった。何とか起床を掴むと洗面所に行き、顔を洗って戻ってくると、戸口をくぐった瞬間に、室内全体に籠った生ぬるさが感じ取られた。一〇時五六分から一一時一〇分まで瞑想をして、上階に行き、前夜の残り物である肉巻きを温め、米もよそってテーブルに就いた。ほかのおかずは、母親が毎朝作っているゆで卵である。食べると汁物が欲しくなったので、即席の味噌汁を作ってそれも飲み、ちょっと休んで正午前になると、皿を片付けて風呂を洗った。そうしてアイロン掛けをしようと肌着を脱ぎ、台を炬燵テーブルの上に置いて、床に膝を付きながら正面のテレビに目をやると、天気予報は夏日を伝えて、埼玉や群馬あたりの内陸では三三度と言った。シャツの皺を伸ばしながら続くニュースも見ていると、EU残留か離脱かで揺れる英国で、残留を訴えていた労働党の女性下院議員が路上で襲われて死亡したという報が流れて、少しショックを受けた。三枚のシャツを処理すると、蕎麦茶を持って上半身裸のまま室に帰り、汗をかきながら茶を飲む一方、諸々の記録を付けた。そうして一二時半、前日の新聞から記事を選んで写し、歯磨きを済ませながらレヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅰ』を少し読んだ。ベッドに転がってさらに少々読んだあと、下半身をほぐしてから腕立て伏せと腹筋運動を行うと、汗が膜のように肌を包みこむかのような感じがする暑気である。それから上に行って、制汗剤ペーパーを使って身体を拭いてきてから、ワイシャツとスラックスに着替えた。そして出かける用意も済ませたあと、一時四〇分から瞑想を始め、目をひらくとぴったり一〇分が経っていた。母親が朝食にでも作ったのか、ハムを挟んだ小さなパンがあると言うので、労働前のエネルギー補給用にそれをもらって荷物に加え、出発した。その頃には空に雲が群れて隊列を作り、青みを覆い隠していたので、勿論暑いには暑いが、存外歩きやすかった。街道に出ると、昨日も聞いたAntonio Sanchez『Live In New York at Jazz Standard』の、 "Did You Get It" を頭に戻してまた流しはじめ、聞きながら裏通りを行った。路程の半ばを過ぎても終わらない、一七分の白熱した演奏である。背を汗で濡らしながら歩いていき、職場に入って挨拶するとさっさと奥に行った。荷物を机の脇に置いてから、尿意が溜まっていたので便所に行ってきてから、机に就いてコンピューターを取りだした。二時四〇分くらいからOAM Trio & Mark Turner『Live In Sevilla』とともに書きはじめて、前日の分はさっさと終えて、この日の分も綴って切りを付けると、ちょうど一時間ほどが経っていた。腹も軽くなってきていたので、イヤフォンを外して、ひとまずエネルギーを補給することにした。それでパックを取りだして、小さなパンの包装を取り、何口かでたやすく平らげた。そうしてガムを噛みながら、レヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅰ』を読みはじめた。そのうちにやんちゃな小学生がやってきて、狼の雄叫びを真似るかのように、何か甲高い声を繰り返し上げている。それが聞こえてくるのもしかし苦にはならず、ひとりでくすくすなりながら、イヤフォンを外したままに読書を進めた。やがて授業が始まると、意識が自然とそちらのほうに向かってしまうようなので、イヤフォンを付けて、OAM Trio & Mark Turner『Live In Sevilla』を流し、アルバムはすぐに終わったがそのまま耳を塞いだままに文字を追った。『悲しき熱帯』の一巻目は、五時過ぎに読了した。それからテキストファイルをひらき、こちらも残すところわずかだった知人の小説を読んだ。モニターを見つめていると突然、軽い吐き気の予兆のような感覚が喉元に生まれて、仕事中にこれが起こるとやりづらいななどと考えていると、今日は薬を飲むのを忘れたのではないかと気づいた。記憶を探っても引っ掛からないので、飲んでおくことにして財布をひらき、一粒を水で流しこんだ。五時半だった。そうして、知人の小説を読み続け、読了する頃には勤務の始まる間際になっていたので、急いでコンピューターを片付け、荷物をロッカーに突っこんで働きはじめた。この労働で何が一番面倒なのかといえば、まったく価値のないような、教科書を読めば載っているような類のことを、それでもぺらぺらと喋らなくてはならないことである。これでもそれなりに真面目に役割を果たす程度の責任心は持ち合わせているから、働いている最中は普段よりも多少活動的に、子どもたちに対する愛想もいくらかは良くして動いているらしいが、その時の自分の声音や語調には、自分で少し気色悪くなるような違和感を覚える。ともかくこの日も真面目にやることはやって退勤し、外に出たところで視線を上げると、ビルの上空に満月が見えた。大した労働でなかったわりに、身体には疲れが満ちているようで、横断歩道を渡りながら月をまた見ようと首をひねると、軽い頭痛が走った。空は澄んで月の光が澱みなくよく流れ、その明るさのなかで星々もはっきりと灯っていた。裏通りをゆっくり行って表に抜けると、個人商店脇の自販機でジンジャーエールのペットボトルを買った。その首を片手に掴んで提げながら、夜になってもぬるい空気のなかを帰宅した。居間に入ると、父親もちょうどいま来たところらしく、シャツを脱いで肌着姿になっている。おかえりとこちらを振り向いた顔が、戻ったあとにふたたび振り向いて、随分髭を生やしているな、と言った。室内の空気も蒸し暑く、扇風機が出されていた。洗面所に行って、その髭面を確認しながら手を洗い、自室に帰ると服を脱いで身をベッドに横たえた。ちょっと休んでから、瞑想をする気力もなくこの日は怠けて、上に行った。食事はマカロニだとか焼き鯖だとかである。だらだら食べて一一時を越え、皿を洗って、テレビに七二時間密着型ドキュメンタリーが流れているのをちょっと眺めてから、風呂に行った。出てくると蕎麦茶を持って室に帰り、このあと確か零時半頃から読書を始めるのだが、それまでの時間に何をしていたのか思いだせない。多分インターネットを回ったり、あとは新聞を読みもしたのではないか。それでベッドに身を預けて、レヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅱ』を読みはじめたところが、足の速い眠気が即座に身を囲みに四方から集まってきて、混濁した意識のなかに時折り戻ってくる澄明な瞬間をかき集めて読めたのは、わずか五ページに過ぎない。気づけば一時半を回っていた。今日はもう駄目だ、というわけで、脱いだまま忘れて放置していたワイシャツを、洗濯機のなかに入れに上階に行き、用を足してから室に帰ると、アイマスクを付けてさっさと寝に入った。