2016/6/21, Tue.

 雨降りの朝だった。一度目の覚醒は一〇時に得たが、まどろみのなかで時間を過ごして、一〇時四五分頃に意識がはっきりした。布団を剝いでしばらくうごめき、一一時を過ぎて起きあがり、洗面所に行った。戻ってきて瞑想を、一一時一三分から二二分まで行い、それから上階に行った。母親は仕事で不在である。風呂を先に洗っておいてから、卵を焼いて米に乗せ、即席の味噌汁も合わせて卓に並べた。その簡易な食事を取って皿を片付けたあと、正午を回った頃に自室に帰った。コンピューターを眠りから覚ますと再起動を要請しているので、望み通りにさせてやり、そのあいだにLove in the Time of Choleraをひらいて、ほんの少しだけ復習をして待った。機械の用意が整うと諸々の記録を付け、一二時四〇分頃から前日の新聞をひらいた。Richie Kotzen『Mother Head's Family Reunion』を流して、記事を選んですぐに写し終わり、その後、メールの返信をしたためた。外では雨降りが続いていた。自室だといまいち集中できないので、二時を迎えると場所を移ることにして、上階にコンピューターを持って行き、居間の椅子に腰を据えた。合間にカップ蕎麦で腹を満たして、食後の蕎麦茶も飲みつつ打鍵して、ひとまず仕上げた頃には、ちょうど四時である。非常に長々と綴ってしまい、四〇〇〇字近くになった。日々の文章の一記事分と、遜色ない。自分の思考を論理付けて他人に伝えるための文章というのはまったくもって難しいが、性分で自然と、しっかりとした散文を形作りたいと欲が出て時間も労力も多く使って、日常の作文よりも遥かに、「テクスト」を作っているような感覚があった。その頃には雨は消えて薄陽が射し、山の緑の上に薄膜が柔らかく掛かっていた。それから、米を研ぐのだったと思いだし、席を立って釜を洗い、四合半をざるに用意して適当に研いだ。米と水を入れた釜を炊飯器に戻すと、出発の五時までもういくらの時間もない。室に戻って、固まった身体をほぐすために、寝床でごろごろしながらレヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅱ』を読み、頭痛の軽減を図っていると、母親が帰宅した。ワイシャツを羽織りながら上に行って挨拶し、戻って歌を歌いながら仕事着を着込んだ。携帯電話を確認すると、五月七日にも会った友人からメールが入っていて、会合の誘いだった。ひとまず保留して上に行き、五時ちょうどあたりに出発した。ずっと家にいたためにコンピューターなどを持つ必要がなく、身一つで出たが、何の鞄も持たないその姿を戸口から見た母親が手ぶら、と心配そうに訊くのに、何とでもなると返して歩きだした。実際、ボールペン一つあれば務まる仕事であり、そのペンは職場に置いてある。リュックサックを背負わないだけでも非常に身が軽く、まるで散歩に出るかのような気軽さで、それだけで待ち受けている労働の煩いも減じるような感じがした。空は淡く晴れており、液体性の西陽が流れて、竹の木の前に黄金色の薄靄を浮かべて空気を美しく濁らせている。街道に出ると北側の家から青影が、切り絵のように路上に洩れているが、通りのこちら側は一面オレンジ色が貼りついて、渡る機会を窺いながらそのなかを進み、対岸に行くとBill Evans Trioの一九六一年のライブを聞きはじめた。裏通りに入ると、道の果て、遠くの丘の木々が霞んでいる。高校生のカップルが先のほうで手を繋ぎながら並んで歩き、男子の肩ほどまでしか背丈のない女子が隣の相手に、じゃれる猫にも似て身を擦り付けるようにしていた。そのあとを歩いていき、職場に着くとまだ猶予があったので、奥に座って瞑目した。あとで書き記す時のためにと前日の記憶をたどって、それから働きはじめた。退勤は九時半過ぎである。駅を離れて裏通りに移るところで、東の空に満月が浮いているのが見えた。進んで、自動販売機の前で何となく足を止めたのは、喉が非常に渇いていたからである。オレンジジュースを飲むことにして買い、歩きながら喉を潤して、南北の坂に当たったところで折れ、新聞屋の前に置かれた自販機のごみ箱に、缶を押しこんだ。さらに歩くと、裏にまた入るあたりで夜空の群青色が明瞭になる。月は円熟したように赤みをはらんで表面の模様は定かならず、漣めいて光を放射して空に青から闇色への階層を作っている。その色彩の移り変わりのちょうど中間、色の沈下が始まる境あたりで月と同じ高さに、やはり赤の輝きを含んだ星が照っていた。帰宅して室に下りると、やはり疲れていたのでベッドに転がり、レヴィ=ストロース川田順造訳『悲しき熱帯Ⅱ』をちょっとひらいた。それから一〇時三二分から三九分まで瞑想をし、上に行った。母親は疲れたからとテレビの前に寝転がり、姿の見えない父親が蛍を見に外に出ているらしかった。アジフライなどを用意して食事を取り、一一時を迎えるとニュースが始まった。まるで追い打ちのような九州の大雨で、熊本で死者が出たと伝える。そのあとに、北海道のショッピングモールで刃傷沙汰があったと報じられたのだが、室内に入ってきた父親が呆気に取られたような顔でそれを注視していた。犯人は、人生を終わりにしたかった、死刑になるかなと思った、と供述したと言う。その後友人からのメールに、来週の水曜でと返信し、食器を片付けて、台所に出たままのフライなどにラップを掛けて冷蔵庫に入れ、風呂場に行ったのが一一時半だった。湯に浸かって心身を和らげ、出ると零時、室に下りるとメールの返信を読み返して書き足した。そうして零時半から前日の文章に掛かって、一時過ぎに居間に移った。Duke Ellington『Hi-Fi Ellington Uptown』を流して綴り、音楽が終わるとその後は無音で進め、記事を終えられないままに三時前である。いい加減に疲れたので眠ることにした。部屋に戻って書いた字数を数えると三八〇〇字程度で、進みが実に遅いなと思った。ヴァルザーについてどんなことを話したのか思いだすのに時間が掛かったのだ。そのくせ結局、重要そうな細部が思いだせずに書くのを断念したのだから、甲斐がない。コンピューターを沈黙させると、洗面所の鏡の前でなおざりに歯を磨き、それからさっさと瞑想、三時一分から一四分まで枕に座って、消灯した。