2016/8/31, Thu.

 覚醒した時のことをもはや記憶していないが、記録によると八時四〇分に正式な目覚めを得たらしい――子どもたちの夏休み中は労働が朝からだったのが、ふたたび夕方からに戻ったからといって、いつまでもだらだらと朝寝をするまいと目覚まし時計を仕掛けていたのだ。ただ、すぐには行動に移れずしばらくまどろんだのか、読書を始めたのは九時二五分になっている。この日の労働は三時限で長いものだった。その前にできるだけ『失われた時を求めて』四巻を読んでおき、できれば読了しておきたかったのだ。外は久しぶりの印象がある、からりとした快晴だった。仰向けに寝転がっているのにも身体が飽いて、起きあがってクッションに寄り掛かると、カーテンのあいだから入って本のページ上に掛かった光が、ふるふると震えるアサガオの葉の影を伴って柔らかい斑点を生みだしたのを覚えている。残り二〇ページというところで読了はできなかったが、一一時になったところで読書を中断し、上階に行ったはずである。食事が何だったかまったく覚えていない――いつもの如く、卵とハムでも焼いたのだろうか。おそらく風呂を洗ってから、下階に帰ったが、まずギターに触れたらしい。それから前日の記録を完成させ、そののちに冷蔵庫に冷やしてある水を取りに行くと、レトルトのカレーを食べていた母親が、余っているから食べるかと言うので、食事を済ませて一時間も経っていなかったはずだが、さらに食らうことにした。冷蔵庫に入っていた袋を取りだし、米にルーを掛けて電子レンジで回してから、卓に就いてさっさと平らげた。母親は、やっぱり安物の味だと言っていた。それから自室に戻ると、一時だったらしい。Paul Bley『The Complete Footloose』を聞きながら(この作品は売却しないほうに判断された)、『失われた時を求めて』二巻の書き抜きを行った。途中で行きつけの美容院に連絡をして明日はどうかと訊いたが、空いていないというのでまた連絡すると言って日にちを決めずに切った。オデットへの恋に狂うスワンの諸々の様相を写して二時を過ぎると、書き物に移行した。今度は音楽に、Gerry Mulligan Quartet『Pleyel Concert Vol.2』を掛けた。八月三〇日の記事を三時半まで綴ったところで、完成できないままに中断して、シャワーを浴びに行った。明るい浴室で肌のべたつきを流すともう四時が目前になっており、急いでワイシャツとスラックスを身に付けて、出発に向かった。よくわからないが、住宅会社宛の葉書を出すよう母親に渡されたので、携帯電話と一緒にポケットに押しこんだ。自転車を駆りだして職場へと向かう道中、取り立てて印象に残っていることはない。せっかく湯で流した肌を、西陽に打たれてまたべたつかせていたはずである。職場の扉の前に立つと、ちょうど粘る光に身体がすっぽりと包みこまれる位置になって、ドアをひらくと目を細めながら挨拶をした。それで宵も深まった九時半過ぎまで働き、退勤した。さらさらとした夜気のなか、欠伸を漏らしながら自転車を漕いだが、この時も周囲の物事が何も心に留まっていないのは、おそらくブログの帰趨について考えていたからである。帰宅すると、母親が風呂に入っていた。三時限の労働で疲れたので、室に帰って服を脱ぐとベッドに転がり、身体を休めながら『失われた時を求めて』四巻をしばらく読んだ。そうして食事を取りに行き、ナスの炒め物などをおかずにして米を食ったが、やはり疲労のために身体が重くて腹を満たしてもすぐに動けず、家を売ることを生業としている女性のドラマをぼんやり眺めてしまい、入浴に行くのは一一時過ぎになった。風呂から戻ってくると零時前である。そんな時間にもかかわらず、兄の部屋に入ってギターを持ち、単純なアルペジオをひたすら繰り返した。そうして、零時一五分くらいから八月三〇日の記事の続きに取り掛かった。音楽は、Gerry Mulligan Quartet『Pleyel Concert Vol.2』が一度聞いただけでは売却か保持か判断が付かなかったので、もう一度これを流した(そして二度目を通過しても売るべきか残すべきかわからなかったのだが、わからないということはまた聞く価値があるということだと判断して残すことにした)。前日の記事は、本の感想やら、母親の些細な一言に抱いた気持ちやら、ブログをどうするかという思考やらをまたうだうだと綴ったので、(引用を除いて)六四〇〇字とわりと長くなり、仕上げると一時二〇分に至っていた。書きながらブログについてふたたび考えたのだが、結論としては、少なくともいまのブログは引き払うことに決めた。なぜなら、隠遁によってテクストが生の記録としてより完全なものへと近づくと思われるからで、だとしたら迷う余地はない、人目から隠れることは必須である。しかし同時に、ひらかれた場所にテクストを置いておきたいという気持ちも残っていて、それにはいくつかの理由がある。そのなかには単純な自己顕示欲のようなものもあるのだろうが、もう一つ挙げられるのは、文学的(芸術的?)野心のようなもの――すなわち、以前から折にふれて表明していることだが、自分が死ぬまでのすべての一日を記し、集積した文章、生そのものと同じくらい長く続く絵巻物、ほとんど永久と思えるまでに続く一冊の書物のようなものを、世界の一角にごろりと転がって座を占めている巨大な畸形生物のようにして、電脳空間の片隅に鎮座させたいという欲望があるのだ。そして、いま物質的な肉体を持って現実に生きているこの自分の存在が、生身を離れて匿名的な言葉の上だけの存在と化し、自分の生に現れたさまざまな人間たちもまるで虚構の小説の登場人物のように、実際のその人のことを誰も知ることができないまま、ただ文字のみで構成された人間として立ち現われ、漂流していく――そうした事態を考えるのは魅力的なことだ(こうしたロマンティックな誇大妄想を排除できない、ナイーヴな性向を持っているのだ)。ほかには単純に、完全に外界から切り離された場に引き籠るよりは、かろうじてひらかれた場で、他者に対して何らかの作用を及ぼす可能性が(少なくとも可能性だけでも)確保されていたほうが良いのではないかという気持ちもあるし、その延長で、自分の文章を読んでくれていたはずの、具体的に名も顔も知っている個人や、名も顔も知らない誰かとの、ある種の密かな連帯感のようなものが失われてしまうことにも多少の寂しさを覚えないでもない(親しみという観点から言って、この文章を読んでいる人間は明らかに肉親よりも自分のことをよく知っているし、こちらの気持ちとしても、家族よりも強い親近感を覚えるのだ)。孤独と連帯という二つの相剋する道を繋ぐ折衷案は、二つある。一つは制限公開で気の許せる人間にだけ読んでもらうこと、もう一つは、こちらの具体的な素性に繋がるような情報は排して、公開して支障のない部分――そして公開する価値のあるほど良く書けたと思える部分――だけを断片的に公開することである。後者の場合、それはロラン・バルトが試みた「偶景」のバリエーションの一つのようなものになると思われるのだが、どちらかと言えばこちらの案には魅力を感じない、というのも、この種の文章はやはり一日一日が全体として欠けずにまとまっていて意義を成すものではないかという気がするからだ。実行するとすれば前者だが、こちらの道を実際に取るかどうかも、いまのところは未定である――この八月三一日の夜の時点でもそうだったし、この文章を書き付けている九月一日の夜においてもそうだが、別に誰にも読まれなくても良いかな、という消極的な気持ちが立っているのだ。完全に隠遁して自分のコンピューター内に引き籠ったところで、自身がいまと変わらず、性懲りもなく毎日を記し続けるだろうことを、自分は既に知っている――なぜなら、人は読まれることによって書くのではなく、自分の欲望によって書くからだ。その場合、生の記録は、(現在と未来の)自分自身のみを読者とした閉鎖的な営みと化すわけだが、しかしこの「読者」はそれに尽きないものをもはらんでいるのではないか――純粋な観念としての「読者」が、自分の頭のなかに存在しているような感じがするのである。そのことに気付いたのは、ブログから離れたあとの自身を考えてみたとして、自分はそれでもいまと変わらず、文体を整え、自分自身だけに向けて書くのなら不必要なはずの生活の背景的な説明などを、懇切丁寧に綴るだろうと思われたからだ。ある種の作文者は、こうした観念上の「読者」を頭のなかに抱いており、それは現実には親しい友人や単なる知人や赤の他人など、さまざまな水準で具体化されるものの、究極的にはその人の文章は、最も抽象的なレベルの「読者」に向けた報告のようにして綴られるものなのかもしれない。こうした態度はおそらく宗教的なもの、信仰のそれに近いものだと思われる――そう考えた時にうっすらと光を放って共鳴しはじめるのは勿論、フランツ・カフカが日記に書き残した、「祈りの一形式としての執筆」という言葉である(ここでいう「読者」を「神」に、日々言葉を綴り続けることを、敬虔な信仰者の毎日の祈りに置き換えても整合するはずだ)。そしてそれとともに連想されるのは、ヴァージニア・ウルフが小説のなかで、なぜパーティをひらくのかと自問するダロウェイ夫人に独語させた「捧げ物」の一語、「捧げ物をするための捧げ物」という一言であり、また、作家生活晩年のローベルト・ヴァルザーの執筆態度である。いわゆる「ミクログラム」――掌大の紙片に、一、二ミリほどの、常軌を逸したかのような微小な鉛筆文字として綴られた原稿――をヴァルザーは、誰にも読ませるつもりがなかったはずなのだが(なにしろその内容を明らかにするのに研究者による長年の「解読」が必要だったわけだし、また、W・G・ゼーバルト『鄙の宿』には、精神病院で彼の看護人だった人物の証言として、「人に見られていると思うや」、「まるで悪いことか恥ずかしいことでも露見したかのように、そそくさと紙片をポケットに押し込んでしまった」ヴァルザーの姿が紹介されている)、それにしてはその時期の文章には、「読者」に対する呼びかけが頻繁に見られ、その存在を前提とした書き方がなされている。その不思議について知人との会話で触れた時には、未来に自分の原稿が陽の目を見ることを期待していたのか、それとも単なるそれまで築いてきたスタイルの(いささか惰性的な?)持続に過ぎなかったのか、と話したのだが、おそらく事態はそのどちらにも留まるものではない。ヴァルザーはきっと、「読者」を前にしていたのだ、といまの自分には思えるのである。――ともかく、そういう次第で、この日の記事を最後に現在のブログからはおさらばすることに決めた。こうしてまた、自ら作った巣穴を自らの手で破壊するというこれまでの仕儀をいま一度反復することになったわけである。書き終えると歯を磨き、それからベッドに仰向いてしばらくぼんやり物思いをしたあと、『失われた時を求めて』四巻を取りあげた。既に二時前だった。残りの二〇ページほどを読み終えると、即座にジュリア・アナス/大草輝政訳『プラトン』をも読みはじめたが、疲労が極まり、作文中からわだかまっていた頭痛が高まる一方なので、碌に読まないうちに読書を諦めて、二時五〇分になったところで瞑想もせずに明かりを消した。



 けれどもスワンは彼女に対してひどく臆病だったので、カトレアの花を直すのをきっかけにしてとうとうその晩彼女をものにしてからも、彼女の気を悪くさせはしないかという恐れからか、またあとで嘘をついたように見えはしないかという危惧からか、さらにこれ以上のことを要求する大胆さがなかったからか(最初のときにオデットを怒らせなかった以上、同じ要求を繰り返す(end95)ことはできたので)、それにつづく数日間というもの、同じ口実を用いた。彼女が胸にカトレアをいくつもさしていると、彼は言うのだった、「こりゃ残念だ、今夜はカトレアがずれてないんですね。このあいだの晩みたいに直すまでもないようだ。でも、この花一輪だけはあんまりまっすぐじゃないようですよ。これは前のよりも匂いが強いんでしょうか、ちょっと見てもいいですか?」 また、彼女がカトレアをさしていないときは、「おや! 今晩はカトレアなしですか、これじゃちょっと直させていただくわけにもいきませんね」 こういうわけでしばらくのあいだは、最初の晩にやったとおりの順序が踏襲されて、まず指や唇でオデットの胸にふれることから始まり、こんなふうに、いつもそこから彼の愛撫は始まるのであった。そしてずっと後になって、カトレアを直すこと(ないしは儀式のようなその真似事)がとっくにすたれてしまってからも、「カトレアをする(faire cattleya)」という暗喩は、二人が肉体的な所有の行為――もっともそこには何も所有するものなどないのだが――のことを言おうとするときに、カトレアのことは考えずに使用する単純な言葉となり、このしきたりが忘れ去られた後も、それを記念して二人の用語のなかに生き延びたのである。そしておそらく、「愛の営みをする(faire l'amour)」という意味のこの特殊な語法は、そのさまざまな同義語とまったく同じ内容ではなかったのかもしれない。というのは、たとえ女遊びに飽きがこようとも、また、どんなにさまざまな女をものにしたところで肉体の所有に変わりはなく、はじめから分かりきっていると考えようとも、それでも相手がかなりむずかしい――あるいはむずかしいと私たちが思っている――女で、ちょうどスワン(end96)にとってはじめカトレアを直すということがそうだったように、その肉体を手に入れるためには女との関係のなにか思いがけない挿話をきっかけにしなければならないといった場合には、所有は新しい快楽となるからである。あの晩スワンが震えながら望んでいたのは(それにしてもオデットは、と彼は考えた、こちらの策略にはまることはあっても、まさかこのことを見抜けはしないだろう、と)、薄紫[モーヴ]色をしたカトレアの広い花びらのあいだからこの女を所有するということが生まれてくることだった。そして彼のすでに感じはじめていた快楽、オデットはたぶんそうと気づかなかったからこそ堪えることができた(と彼の考える)快楽は、それゆえ――地上の楽園の花にかこまれてそれを味わった最初の男の目にきっとそう見えたように――以前には存在しなかった快楽、彼が作りだそうとしている快楽であり、「カトレアをする」という彼のつけた特殊な名前にその痕跡が残されているように、まったく特別な新しい快楽のように思われたのであった。
 (マルセル・プルースト/鈴木道彦訳『失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へⅡ』集英社、一九九七年、95~97)

     *

 彼女は、帰る前に明りを消していってくれと彼に頼んだ。彼は自分でベッドのカーテンを閉めて引き上げた。しかし家に帰ったとき、突然一つの考えがひらめいた。ことによるとオデットは今夜だれかのことを待っており、ただ疲れたふりをしているだけで、明りを消してくれと頼んだのもこれから眠るのだと信じさせるためにすぎないのではないか、彼が行ってしまうとすぐ彼女はまた明りをつけて、そのそばで一晩中過ごすことになっている男を招き入れたのではないか。彼は時計を見た。彼女と別れてからほぼ一時間半たっていた。彼はふたたび外に出て辻馬車を拾い、彼女の家の目と鼻の先の狭い道で停めさせたが、その道と直角に交わる道は彼女の家の裏通りになっており、彼が何度か、その通りに面した寝室の窓を叩いて戸を開けてもらったところで(end164)あった。彼は馬車から降りた。この界隈は人通りも絶え、あたり一面は真っ暗である。数歩歩くと、ほとんど彼女の家の真ん前に出た。この通りに面したすべての窓の明りはもうとっくに消されて真っ暗だったが、ただ一つの窓からだけは、部屋に満ちた光の不思議な金色の果肉が鎧戸のあいだからしぼり出されて、外にあふれ出ていた。その光は、幾晩も幾晩も、この道に着いて遠くからこれを認めるたびに彼を喜ばせ、「彼女がここでお前のことを待っているよ」と告げていたのだったが、今はこう言って彼を苦しめるのであった、「彼女はお待ちかねの男といっしょにここにいるよ」 その男がだれであるのか彼は知りたかった。彼は壁に沿って、窓のところまで忍びよった。けれど鎧戸の斜めになった薄板のあいだからは何も見えない。夜の沈黙[しじま]のなかに聞こえるのは、ただひそひそとささやくような話し声ばかりである。たしかに彼は、この光を見るのが苦痛だった。その光が金色に照らし出している窓枠の向こうの空間に、姿の見えない憎らしい二人がうごめいているのだ。また、このささやきを聞くのが苦痛だった。それは彼が帰ったあとでやってきた男がそこにいること、オデットが嘘をついていたこと、今や彼女が相手の男とともに幸福を味わっていることを示していた。
 (164~165)

     *

 けれどもたちまち彼の嫉妬は、まるで愛の影ででもあるかのように、彼女がその晩彼に投げかけたあの新しい微笑と瓜二つのもの――今は逆にスワンを嘲笑し、別な男に対する愛に満ちあふれている微笑――彼女の頭の、ただしスワン以外の男の唇に向かって倒れかかってゆく、その似たような傾け具合、以前は彼に向けられていたが今は他の男に対して与えられている愛情のさまざまなしるし、そういったものによって完成されるのであった。そして彼女のところから彼が持ち帰るいっさいの官能的な思い出は、室内装飾家から示される略図や「設計図」のように、彼女が他の男たちといっしょのときにするはげしく燃え上がる姿態や恍惚とした姿勢をスワンに考えさせた。だから彼はついに、彼女のそばで味わった快楽、彼が編み出して不用意にも彼女にその心地よさを教えてしまった愛撫、彼女のうちに彼が見出した美しさなど、そういったものの一つひとつを後悔するようになった。なぜなら、一瞬後にそういったものは新たな拷問の道具となっ(end170)て彼の苦しみを増していくことが分かっていたからだ。
 (170~171)

     *

 (……)ああ! 彼がオデットとともに一つ家に住むことを運命によって許され、彼女の家にいるということがすなわち自分の家にいることであったなら、また召使いに昼飯は何かとたずねると、返ってくる答えで彼が知ることになるのがオデットの決めた献立だったら、オデットが朝、ボワ・ド・ブーローニュ通りに散歩に行きたいと言い、善良な夫としての彼の義務感で、たとえ行きたくなくとも彼女について行かねばならず、彼女が暑がるときはそのコートを持ってやるのだとしたら、また夜は夕食後にもし彼女が家にいてくつろぎたいときには、彼もかならずそばにいて、彼女の望み通りのことをするのだったら、そうなれば、現在は実に物悲しく見えるスワンの生活の些細なすべてのことが、同時にオデットの生活の一部にもなるのだから、どんなにありふれたことでも――ちょうどこのランプ、このオレンジエード、この肘掛椅子が、多くの夢を内に含み、多くの欲望を物に変えているように――逆に一種の優しさに満ちあふれ、神秘的な充実感を帯びたことだろうに!(end211)
 しかしながら、スワンはちゃんと気づいていた、自分がこうして懐かしんでいるのは落ちつきであり、平和であって、それは自分の恋にとって都合のよい環境ではなかったろう、と。オデットが自分にとって常に不在の、常に自分が未練に思う想像の女であることをやめるとき、彼女に対する自分の気持が、もはやソナタの楽節が惹き起こすのと同じ不思議な不安ではなくて、愛情や感謝になるとき、また二人のあいだに正常な関係がうちたてられ、それが彼の狂気や悲しみに終止符をうつとき、そのようなときにはおそらくオデットの生活にあらわれるもろもろの行為が、それ自体としてはさして興味のないものに思われることだろう――ちょうどこれまで彼が何回となく、そうではないかと疑ったように。たとえばフォルシュヴィルあての手紙を透かし読みした日がそうだった。スワンはまるで研究のために自分に細菌を接種した者のような明敏さで、自分の苦しみをじっと考察しながら、この苦しみから全快するときは、オデットが何をしようと自分にはどうでもよくなるのだろうと考えた。しかし実はこのような病的な状態のなかにあって、彼が死と同じくらいに怖れていたのは、現在の彼のすべてが死んでしまうそのような全快であった。
 (211~212)

     *

 彼女の行先が分からない場合でも、そのとき感ずる苦悩を鎮めるためならば、オデットの存在と自分が彼女のそばにいるという喜びだけがその苦悩の唯一の特効薬なのであるから(この特効(end239)薬は、長い目で見れば、かえって病状を悪化させるが、一時的には痛みを押さえるものだった)、オデットさえ許してくれれば彼女の留守中もその家に残っていて帰りを待ち、魔法や呪いにかけられたようにほかの時間とまるで異なっていると思われたそれまでの数時間を、彼女の帰宅時間によってもたらされる鎮静のなかに溶けこませてしまえば、それで充分だったろう。けれども彼女はうんと言わなかった。それで彼は自分の家へ戻ることになる。道々彼は、無理にもさまざまな計画を作り上げ、オデットのことは考えまいとした。そればかりか家に帰って着替えながら、心のなかでかなり楽しいことをあれやこれやと考えるのに成功さえした。ベッドにはいり、明りを消すときには、明日は何かすばらしい絵でも見に行こうという希望に心が満ち満ちていた。けれども、いざ眠ろうとして、習慣になっていたので意識さえしなかった心の緊張をゆるめたそのとたん、ぞっとするものが不意に湧き上がり、彼はたちまち嗚咽しはじめた。なぜこうなったのか、その理由さえ知りたいとも思わずに、彼は目を拭うと、笑いながら自分に言うのだった、「あきれ返った話だ、ノイローゼになるなんて」 それから彼は、明日もまたオデットのしたことを知ろうとつとめなければならないし、なんとか彼女に会うためにいろいろ力になる人を動かさねばと思うと、ひどい倦怠感を覚えずにはいられなかった。このように休みない、変化のない、そして結果も得られない行動が必要だということは、あまりに残酷なものだったから、ある日腹にでき物ができているのに気づいた彼は、ことによるとこれは命とりの腫瘍であり、もう自分は何ものにもかかわる必要がなくなるのではないか、この病気が自分を支配し、もてあそび、やが(end240)て息の根をとめてしまうのではないかと考えて、心の底から嬉しくなった。事実このころには、自分でそれと認めたわけではないにしても、よく彼は死にたくなることがあったのだが、それは苦痛の激しさを逃れるというよりも、むしろかわり映えのしない努力をつづけたくなかったからであった。
 (239~241)

     *

 ときとして彼は、朝から晩まで家の外にいるオデットが、路地や広い道路で何かの事故に遭って、苦痛もなしに死んでくれたらと考えた。けれども彼女がかならず無事に戻ってくるので、人間の身体がこんなに柔軟で強靭であること、それをとりまいてさまざまな危険があるにもかかわらず(ひそかにオデットの死を願って、危険を数えあげるようになって以来、スワンは無数の危険がころがっていると思っていた)、いつもこれをことごとく巧みに防止し、その裏をかくものであること、こうして人間が毎日、ほぼなんの咎めも受けずに、欺瞞の仕事や快楽の追求に耽っていられることに、すっかり感心してしまった。そしてスワンは、あのマホメット二世、ベルリーニの描いたその肖像画が彼は好きだったが、そのマホメット二世の気持を自分の心のすぐ傍らに感じるのだった。この人物は、自分の妻の一人に狂気のような恋を感じはじめたと思ったので、ヴェネツィアの彼の伝記作家がナイーヴに伝えるところによると、自分の精神の自由をとり戻すためにその妻を短刀で刺し殺したのだった。それからスワンは、こんなふうに自分のことしか考えないのに腹を立てた。そして彼がこれまでに覚えた苦悩にしても、彼自身がオデットの生命をこれほど軽視している以上、なんの同情にも価しないもののように思われるのだった。
 (307)

     *

 「(……)ね、オデット、こんな時間をいつまでも長引かせないでおくれ。これはぼくら二人にとって拷問だよ。その気になればすぐ片がついて、きみは永久に解放されるんだ。ね、そのメダルにかけて、いったいこれまでにこういうことをやったかどうか、言っておくれ」
 「だって、知るもんですか、わたし」と彼女はすっかり怒って叫びだした、「ことによったらずっと前、自分でもしてることが分からずに、たぶん二度か三度したかもしれないけれど」(end320)
 スワンはありとあらゆる可能性を検討していた。だがこうなると、あたかも頭上の雲のかすかな動きと私たちをぐっさり突き刺すナイフの一撃とが何の関係もないように、現実は可能性とおよそ無関係なものになる。なぜならこの「二度か三度」という言葉が、生きたままの彼の心臓に一種の十字架を彫りつけたのだから。奇妙なことに、この「二度か三度」という言葉は単なる言葉にすぎず、空中で、離れたところで発音されたものなのに、それがまるで本当に心臓にふれたかのように心を引き裂き、毒でも飲んだようにスワンを病気にさせることができるのである。スワンは知らず知らずにサン = トゥーヴェルト夫人のところで耳にしたあの「こんなにすばらしいものは、回転テーブル以来見たことがございません」という言葉を考えていた。いま彼が感じているこの苦痛は、彼がこれまでに考えたどんなことにも似ていなかった。それは単に、このとき以上に何もかもすっかり信用できなくなった瞬間でさえ、こんな不幸にまで想像を及ぼすことは稀だったから、というだけではない。たとえそのようなことを想像したときですら、それはぼんやりとしていて不確かで、「たぶん二度か三度は」といった言葉から洩れるような、はっきりとした、特有の、身震いするようなおぞましさを欠いており、はじめてかかった病気と同じように、これまで知っているどんなものとも異なったこの言葉の特殊な残酷さを持ってはいなかったからだ。にもかかわらず、彼にこういった苦痛のすべてを与えるこのオデットは、憎らしい女に思えるどころか、ますます大切な人になってゆき、それはあたかも苦痛が増すに従って、同時にこの女だけが所有している鎮痛剤、解毒剤の価値も増加してゆくかのようだった。彼は、まるで(end321)急に重病と分かった人に対していっそうの手当をするように、もっと彼女に心をかけたいと思った。彼女が「二度か三度」やったと語ったあのおそろしいことが、もう繰り返されるはずのないものであってくれと願った。そのためには、オデットを監視する必要があった。よく言われることだが、友人に向かってその愛人の犯したあやまちを告げると、相手はそれを信じないために、ますます相手を女に近づける結果にしかならない。だがもしその告げ口を信じた場合は、さらにいっそう相手を女に近づけることになるのだ! それにしても、いったいどうやったら彼女をうまく保護できるだろう、とスワンは考えた。たぶん、ある一人の女から彼女を守ることくらいはできるだろうが、しかし何百人という別の女がいるのだ。そして彼は、ヴェルデュラン家でオデットの姿が見えなかった日の晩、他人を自分のものにするなどという絶対に実現不可能なことを欲しはじめたあのときに、どんな狂気が自分の心を通り過ぎたかを理解した。スワンにとって幸いなことに、まるで侵入者の群れのように彼の心にはいりこんできた新たな苦悩の下には、あたかも傷を受けた器官の細胞が、冒された組織をすぐさま癒しにかかるように、またあたかもしびれた足の筋肉がふたたび動きをとり戻そうとするかのように、以前からのおだやかな本性があって、それが黙々と働きつづけていたのである。彼の魂に巣くうこの古い土着の民は、一時スワンの持っているすべての力を、全快間近の病人や手術を受けた患者に休息の幻想を与えるあのひそかな回復作用のために用いた。このとき、全力をふるってぐったりと弛緩したのは、いつものようにスワンの頭ではなくて、むしろ心だった。けれども人生で一度あったことはすべてまたもう(end322)一度繰り返される傾向にあり、瀕死の動物がもう動かなくなったと思われてもまたぴくぴくと痙攣するように、一時は苦痛の去ったスワンの心にふたたび同じ苦痛が勝手にやってきて、また十字架をえぐるのだった。彼は月光に照らし出されて、ラ・ペルーズ街へと自分を連れてゆく無蓋四輪馬車[ヴィクトリア]に深々と身体を横たえながら、それがかならず毒の果実をつけるものだとはつゆ知らずに、恋する男の心の昂ぶりを自分のなかに育んでは官能の逸楽を味わっていた多くの夜のことを思い出した。だがこのような思いはどれもこれも、彼が胸に手を持っていってほっとひと息つき、苦痛を隠すためににっこりとすることができたほんのわずかな時間しかつづかなかった。そしてすでに彼は、ふたたびその問いを始めていた。なぜなら彼の嫉妬は、どんな敵もやらないような努力を払って彼にこの一撃を加え、これまでに彼の経験した最もむごい苦痛を味わわせたのに、まだ彼の苦しみ方が充分でないとみて、さらに深い傷を負わせようとしていたからである。こうしてまるで意地の悪い神のように、嫉妬はスワンの心をかきたてて破滅へと追いやっていた。はじめのうち彼の苦痛がそうひどくならなかったのも、彼のせいではなくて、むしろオデットのせいにすぎなかった。
 (320~323)