2016/10/25, Tue.

 傘を差して出発である。坂の木々の合間からは空に均一に薄青さが残っているのが見えるが、ちょっと離れただけで木の姿は霧がかった空気に乱されている。街道に出ると向かいから、二つの目を皓々と灯し膨らませた車が次々と流れてくる。距離が置かれていると、車体は光線を撒き散らす目玉の後ろに黒く隠れて、その姿はぎらぎらと目を光らせる得体の知れない生物のようである。空気は明確に冷たく、震えが軽く走るようで、ワイシャツの袖をきっちりと留めたが、上着を着なかったために、腕にぴったりと触れる布の感触が冷たい。とはいえ、しばらく裏通りを行くと身体が温まってきたようで、段々と慣れてきた。軽めの雨のなかを行き、職場に着いて傘を閉じ、ばさばさやってから自分の胸を見下ろすと、ベストの黒い繊維の隙間に雨粒が引っ掛かっていて、それは液体というよりは固さを持った物質のように質感で、以前にも書き付けて馴染みの比喩だが、やはり塩の欠片のように目に映った。

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 二時二〇分を回ったところで切りとして、起きあがって瞑想を始めた。外からは何の音も伝わって来ず、そのなかに聴覚が吸いこまれて耳鳴りの始まりそうな静けさ、まるで空間が窓の外でばっさりと断ち切られて空虚と化し、世界にこの狭いねぐらしか存在しなくなったかのような静寂で、そのなかで時計の針が、耳を寄せていると不安になるような単調さ、苛立たしいほどの勤勉さで一秒を刻み続けている。父親の、河馬かアザラシか何かを思わせる気の抜けたような唸り声が一瞬立ったが、それが消えるとあとはまた同じ沈黙が広がるばかりだった。