2016/11/14, Mon.

 何をするでもなくただぼんやりとしながらものを口に運んで、ふと目を上げると、兆しはじめた薄い陽射しを、窓際の飾り時計が壁に反映させているのが知覚に捉えられた。飾りが回転するのに応じて、湯気のように、あるいは熱湯のなかで踊る溶き卵のように、柔らかな襞を作った薄明かりが後ろの壁に、繰り返し映しだされる。手近の床の上には同じ源から発された虹の、まるで一枚の葉のように小さい断片が、ゆっくりと曲線を描いて回り、消えたかと思うとすぐにまた別のものが現れて、交錯しながら見え隠れを続けるのだった。

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 柚子の木をいざ前にすると、この木をまじまじと目にするのは、去年か二年前にも棘に阻まれながら手を伸ばして実を取ったことがあってその時以来かと思われたが、こんなに痩せていただろうかと思われた。葉は実と同じような黄の、しかしより乾いて艶のない色にところどころ褪せており、全体に葉叢の厚みが記憶よりも貧しい。隣家に立っているものと比べれば、あちらはもう少し背も高く、葉もまだまだ濃緑を残していて、生命力が窺われるようである。

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 時間は五時を回った頃合いだが、もうよほど日は短くなってあたりは既に黄昏れも過ぎ去って、宵の暗さである。歩きながらまるで眠くなってくるような闇色のなかで、定期的に置かれている電灯が際立ち、黄緑をうっすら帯びたような光を、四方八方にざらざらと伸ばして、どことなく海棲生物めいている。

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 最寄りに着くと降りて、傘をひらいた。雨はそれほどの強さでもなく、頭上から降る灯りのなかで、直線的に落ちるものの隙間に、それほどの勢いもなくて横に逸れて気まぐれな虫のように波を描きながら漂うものが見える。駅を抜けて横断歩道で、車の行き来を窺って視線を伸ばすと、走る車と車のあいだをライトが繋いで、そこのあいだだけ煙がもやったようになっている。彼方では街灯の黄みがかった光が下向きに放射されて広がり、道の途中にテントのような三角形を作っていた。