もう一つには、何か学校のような、あるいは城のような大きな建物の周りを、歩き回っていた夢があった。あたりは草が生い茂っていたはずである。自分一人で、ほかに人影が見えないのを不気味に思って、人を見つけようとしていたような覚えもあるし、それとは違う場面だったのかもしれないが、集団で連れ立っていたような覚えもある。さらには、おそらくこの夢と繋がっており、学校か城らしい建物のなかに移ったのだと思うが、ある一室で、女を殺した記憶もある。たしか腹に一撃、武器を刺し入れるかして倒したのだが、そのあとにも死体となった相手の顔を、何度も強烈に踏みつけたりして、死体をぐちゃぐちゃに損壊した。このようにあとから文字にしてみると、極めて残虐な振舞いなのだが、夢のなかにいたその時は、殺人という行為に当然付きまとうはずの異常な興奮だったり、良心の呵責だったりといった、感情の高ぶりはなかったように思われる。相手も人間というよりは、何か別の生き物、エイリアンのような存在として認識されていたのだと思う。その証拠に、死体を激しく壊したにもかかわらず、そのあとで、さして時間も掛けずに女の肉体は、破片が元の場所に寄り集まって再生しはじめたのだ。それはこちらが恐れていた事態だったようで、だからこそ死体を損壊したのだと思う。しかしその甲斐もなく、回復を許してしまい、相手の力に恐れをなしたようになって、完全な再生を迎えて襲いかかられる前にとその場を逃れたような記憶がある。
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道の上には陽が照って、枯れ落ちた紅色の葉がかさかさに乾いている。家からすぐの道端に楓の木が立っており、その葉々は涼しげな若緑から上品な黄を経由して、固まった血のような質感の老いた紅へと、移り変わる色彩の諸段階をすべて孕んで接触させており、艶やかというよりは病んだような混淆を見せていた。坂を進めば、途中で木々の間に、隅から隅まで赤く染まりきったものも出現して、両側には緑と黄褐色の木が並んで、それぞれの装いで並ぶ三人姉妹といった風情である。マフラーで首を固めているから良いものの、空気は冷たい。街道に出て、陽を浴びた丘を見れば、斑な色々が随分と乾いていよいよ稀薄で、色砂を固めて作ったような風合いに、風が吹けばぼろぼろと零れてしまいそうな、との印象も湧く。裏通りを行って、女児たちとすれ違いながら視線を下向けていると、自分の影が斜めに道を渡って、向かいの旧家らしい宅の塀にまで届いている。一歩を踏みだすたびに、靴紐の輪が踊るのまでが、西から送られてくる露わだがささやかな陽射しに、路上に写し取られた。冬の近くなったいまのほうが、並ぶ木々がそれぞれの老色を見せて、緑と一口に言っても個々の木の違いがわかりやすくなっているようである。林や丘に視線を向ければ、黄色やら臙脂やらがそこここに混じって、数か月前にはてらてらと、濃緑一色を湛えて陽を弾いていたのが、いまは同じ色の木は一つとしてないかのようだった。
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湯に浸かって、ふと周囲に耳を向けると、外からの音が何一つ聞こえない。時計の刻みと、自らの立てる水音と、電灯か何かのものか、一つの音程をひたすらに持続させる耳鳴りめいたノイズのみで、窓の外から沢の水の流れる音や、木々の葉が擦れる音も微塵もせず、居間の方にいるはずの両親の気配も伝わって来ず、まるでほかの存在から隔絶された宇宙船にでも乗って、永遠の漆黒のなかを孤独に進んでいるかのような感じで、心が非常に落ち着いた。