2017/2/13, Mon.

 散歩に出た。時刻は午後五時半である。外に出ると、煙の匂いが薄く香った。先ほど部屋で着替えながら窓のほうを向いた時には、曇り空があるかなしかの薔薇色をはらんで、さながらコーヒーのなかに注ぎこまれて膜を広げるミルクといった趣に和らいでいたが、いまはその色も消えて仄暗かった。しかし大気が動かなければ、大した冷たさも顔に感じられない。あたりには誰の姿もない、静かな夕方道である。十字路を越えてその先の上り坂の中途に、速度制限の「30」の表示(見つけた当初は距離と黄昏のために、十の位が「3」なのかどうかもはっきり視認できなかったのだが)がオレンジ色で路上に記されたのが、薄暗い空気のなかでそこだけ浮かびあがるようで目につき、そこにそれがあるということに初めて気づくようになった。ちょっと目を離していた隙に、その表示のあたりに突如として湧き出たようにして、対向者の影が出現していた。その人とすれ違って坂を上って行き、そのまま裏道を進んだ。道の先に猫らしき影が横切るさまが、ほとんど目の錯覚のようにして不確かに映る。空には雲が多くて、行く手の西の方では落陽が隠れているらしく、辛うじて白さが敷かれて手前の雲の影形がその上に明らかだが、背後の方ではどこまでが雲でどこからが地の空なのか、薄青さのなかに境も見られなかった。古ぼけたような家々のあいだに空き地が差し挟まれて、そのすぐ際にわだかまった林の下から川の鳴りが上って来るのが、いかにも侘しげである。街道に出ると向きを変えて、東に向かった。道路のアスファルトは、こちらのほうは長く通らなかったので知らなかったが、舗装されて比較的間もないらしく見えて、墨汁を塗りこめたような真新しい黒が、まっさらとした二つ目から放たれる光に艶を帯びて、その上を車たちも実に滑らかに、行きやすそうに走って行く。最寄り駅を過ぎ、しばらく町内を横切ってから裏に入り、職場からの帰路に通る普段の道に合流した。坂の上から山際に見えた薄膜状の雲が、薄青さとの対比でか、赤みを含んでいるように見えた。林中を下って行くあいだ、ふたたび煙の香りが、どこからかわからず鼻に届いていた。