2017/2/28, Tue.

 往路。空は坂に沿って並ぶ木々の毛細血管めいた枝振りをその上に黒く刻印されながら、軽い水色に広々とひらき、低みではそのまま和紙の淡紫に移行している、晴れた晩冬らしい夕刻である。コートの下の身体の方には冷気がさして伝わって来ないが、真正面からやって来て顔を擦って行く風に、頬や鼻の周りの肌ばかりが無闇に冷たいのに悩まされながら道を行った。

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 帰路も、ここ最近では久しぶりに冷たさに寄った夜気で、たまには車の光でも見ながら歩くかと表の通りに出た。空気は夕方に比べると動き少なく、ほとんど止まっているようで、道端の、通りがかりの家の足もとで褪せている草の先も揺れない。往路ではいくらか掛かっていた雲は消えたらしく、街灯の合間から見上げる空はいかにも黒々と、偏差なく磨きこまれたような風情で、星も薄く灯っているなかで、地上の道路では、タクシーが客を送って帰って来たのとよくすれ違い、鼻面を黒く沈ませて二つ目だけを露わに光らせながら滑ってくるのが、機械というよりは何かしらの生物――イメージをより限定すれば、巨大な虫だろうか――のようにも映った。裏道の坂の上に至ると、西は変わらず黒いが、市街の上空の低みまで見晴らされる東の方は地上の光が混ざるのか、かすかに色が薄らんでいるのが見て取れる――青味のどこにも窺われない、黒髪に籠められたような夜で、下りながら見上げた木々の、まっすぐ屹立して星を隠さんとする突き出しの先端が、夜空に溶けこみがちだった。